109・魔王様、不審に思う

 ――ティファリス視点――


 アシュルを救出に向かわせた後、あのライオンの獣人は視界の隅に追いやり、私はまっすぐビアティグを見据えていた。

 何を考えてるのか全く読めない虚ろな目。これは――


「なるほど……ここでも腕輪が使われてるってわけか」


 そう思うならここで何も言わず、ただただ私――いや、前を見つめているこの男の姿は納得がいく。

 精神すらも支配するほどの恐ろしい道具。生き物の全てを踏みにじる悪夢の腕輪。


 まさか魔王にまで使ってくるとは思っても見なかった。

 隣でがやがやと騒ぎ立てているライオンに出来る芸当とはとても思えないし、そもそもこいつに腕輪を確保すること自体が無理というものだろう。


「なにをやっている! その女をさっさと捕まえろ!」


 無茶を言うな。たかだか一兵卒程度が魔王であるこの私を捕まえられるわけがないだろうに。

 それにこの兵士達、ロクに鍛えられていない上に練度の低いことも相まって動きが遅い。

 もうそりゃあ遅いのなんのって、これじゃあ私の国の兵士達の方がよっぽど強い。


 槍で突いてきても、完全にその動作が終わる前に兵士の足をすくってやり、そのまま顔面にかかと落としを与える。

 その間に剣を振り上げようとしている兵士の腹に肘鉄を浴びせてやる。


 まるで作業のように流れるように兵士たちを倒していき、気がつけば私に襲いかかろうとしてきた兵士たちは全員地面に倒れ伏していた。


 そのせいかなにか知らないが、更にかっかしているようだ。


「くそっ……ビアティグ王、眼前の者は王に仇なす重罪人です。どうかあの者に死の鉄槌を……」

「あら、操り人形にしてる割には丁寧な言葉だこと。それとも皮肉ってるのかしら?」

「黙れ!」


 おうおう……随分と頭に血を上らせて……。

 ビアティグはあのライオンの言いなりのようで、のっそりと起き上がって玉座の後ろに隠されるように置かれていた剣を抜き、ゆっくりと構えてくる。


 動きが緩慢なようだけど……なにか得体の知れないものを感じ、私はしっかりとビアティグの一挙手一投足に注目する。


「やれ!」

「が……があああああああああぁぁぁぁぁ!!」


 もう王に対する丁寧な言葉すら忘れて私を殺せと言わんばかりに怒声を浴びせてきた。

 ビアティグはその言葉に応じるかのように大声で叫びながら突進してくる。


「…………っ!」


 やはり魔王というべきか。今までの兵士達とは違って鋭い動きが――ってこれはなにかおかしい。

 以前オーク族の魔王であるオーガルと戦った時よりも数段に早い。


 違う種族なんだし、本来なら比べるべきではないんだろうけど……少なくとも南西魔王としては明らかに動きが違う。

 鋭い動きで私の懐に潜り込み、右下から斜めに斬り上げるように襲いかかってきた。


 私はそれを間一髪で上体を逸らして避け、そのままの勢いで腹に蹴りを入れてやろうと放つが、片腕で受け止められてそのまま後ろに下がられてしまう。

 今度はこっちの番だとお返しに攻勢に出るが、どうにも攻めきれず、私の攻撃のことごとくが受け止められてしまう。


 ビアティグの剣撃に防戦一方といった様子の私に気を良くしたのか、ライオンの男は途端に上機嫌で笑いだした。

 その様子に苛つきを隠せないが、今は目の前のビアティグの動きに合わせながら戦うのが先だ。

 右に左にと斬撃が飛んできたかと思うと、突きに切り替わる。


 私はそれに対して蹴り、殴り……素手であることが余計に不利になっているというのが今の状況だ。

 私の攻撃に敏感に反応して防御に回る辺り、ここいらの魔王では考えられないほど反応速度が高いように感じる。


「よし、いけぇ! その女を殺せぇ! 魔人族は……皆殺しだぁ!

 がっははははは!」


 全く、調子のいいことだ。

 私が苦戦してる姿を見てそこまで言い切るなんて最悪もいいところ。

 というか捕まえろとか殺せとか実に忙しい男だな。頭の中腐ってるんじゃないのか?


「くっ……どうしてここまで強く……」

「はっ……はっははははは! 地獄への手土産に教えてやろう!」


 上機嫌のライオンは饒舌に語りだした。他人の威を借るとは正にこのことだ。

 こんな男が城の中で偉そうに振る舞ってるんだから、本当に救えないな。


「ビアティグ王には『狂化の腕輪』というのを取り付けている!

 これは個人の能力を倍加させる代わりに精神を狂わせるという魔性の道具だ」


 クックック、と笑っているがなるほど。

 精神を犯し、自我を壊して能力のリミッターを解除する……そんな腕輪まであるとはね。


「だけど、そんなの付けただけで貴方の言うこと聞くなんて……おかしな話じゃない?」

「はっ、これだから! これだから魔人族の魔王は頭が回らないというのだ!

 お前は知らんだろうが、『隷属の腕輪』というなんでも言うことを聞かせることが出来る代物があるんだよ!

 これで能力を上げたままコントロールすることが可能というわけだ!」


 私がビアティグの剣を避け、反撃をしてる間にも悠長に話をしているライオン。

 だが、その程度のことだろうとなんとなく予想は付いていた。


『狂化の腕輪』とか言うものがあるのだとしたら、『隷属の腕輪』で制御するという手もあるってわけだ。

 しかし、一体誰が……。


 ビアティグが単調な斬撃を織り交ぜながらフェイントをかけ、私の腹部に重い一撃を与えてくる。

 ニ~三歩よろけて片膝をつくと、ライオンは更に機嫌よく、ビアティグに待ったを掛けて私を見下してくる。すっかり有頂天と言ったところだ。


「……く、ぅっ、だけど、なんで貴方達がそこまでのものを」

「はっ、教えてやろう。上位魔王だよ。

 上位魔王の一人が俺の後ろに付いていてくれてるから出来る芸当というわけだ!」


 上位魔王……やはり奴らが絡んできたか。

 ということはやはり関係してるのはフェリベル王の国、か。


「上位……魔王……」

「そうだ。クックック……その使いの猫人族の男から貰ったのがこの二つの力さ」


 猫人族? エルフ族じゃなくて? とすれば、今回の件に関わってるのは私が想像していたのとは全く別の魔王だということか?


「はっはっは! もう後悔しても遅いぞ? ビアティグ王、ゆっくり斬り刻んで殺せ!」

「ガアアアウアアアアアアアア!」


 これ以上話すことはないとライオンは判断したのだろう。

 ビアティグが怒声をあげながら突っ込んでくる。






 ……もうこれくらいで十分か。

 私はビアティグが剣を振り上げた瞬間、思いっきり床を蹴って急接近する。

 そのまま振り下ろそうとしている方の腕を掴み、力の限り握りしめてやる。


「グ、グルルアアアア!!」


 どうやら痛みは感じないようだ。

 これでは『ガイストート』も無意味。なるほど、精神を支配するとはよく言ったものだ。

 私がディアレイと戦う前であったら本当に苦戦していたかも知れない。


「狂ってるってことも考えて……これくらいで勘弁してあげるわ!」


 思いっきりその腕を引いてやると、体勢を崩してよろけるように私の前に顔を突き出してきてくれるビアティグ。

 その物欲しそうな顔に私は腰を捻り、力を溜めてそれを一気に解き放つように鋭い一撃を顔面をぶち抜いてあげた。


 なんだかよくわからない悲鳴をあげながら勢いよく吹き飛んでしまい、そのまま壁を打ち破って上半身は外に、下半身はこっち側に残るというなんとも惨めな姿になってしまう。


「な、なななな……」


 さっきまでの苦戦が嘘のような流れるように綺麗な一撃に言葉にならないライオンだが……私の事を随分と舐めてくれていたようだ。

 ビアティグの攻撃なんか、痛くも痒くもなかった。


 正直な話、要所を魔力で防ぐなんてことをする価値すらない攻撃。

 南西の魔王ということを考えれば重い一撃、鋭い斬撃、早い反応……。


 だが、今の私にはこれくらいでは全然足りない。例え万単位で来られたとしても余裕で戦える程度の相手。

 そんなのに苦戦なんぞするわけもない。


「愚かの一言に尽きるわね。今までのは全部演技よ演技。最初に私の動きを見ていたはずなのになんで気づかないのか不思議に思ったんだけど……ま、間抜けそうだから調子に乗ってたんでしょうね」


 さて、次はライオンの番なのだが……ここまでペラペラと喋ってくれたのだ。こいつにもはや用はない。


「『ガイストート』」


 魂を削る苦痛の魔導をそのライオンに向けて放ってやる。

 正気に戻ったライオンは腰を抜かしたようで、そのまま崩れ落ちたところを『ガイストート』の直撃を受け、ごろごろと無様に転げ回る。

 なにかが詰まってる大きな袋にぶつかって止まったその様は滑稽としか言いようがない。


「ぎゃ、ぎゃあああああ!! ひ、ヒィィィ……」


 頼みの綱のビアティグが軽くぶちのめされたせいでさっきまでの威勢は一気に砕け散ってしまったようだ。

 かと言って許す気はさらさらないんだけど。


 こいつは生きていたら後々私の国に不幸をもたらす存在になりかねない。

 この男だけは必ず始末する。


 私のそんな気迫を読み取ったのだろう。這いずるように逃げようとするが、それはもはや何の意味をもたない。


「わ、わかってるのか? 俺は……俺の後ろには上位魔王がいるんだぞ……!?」

「だから?」

「だから……お前のその行動がどんな行為を招くか……わかってやってるのか……!?」

「ええ、で?」

「で? ……え?」


 この男はバカなのだろうか?

 今更私が上位魔王の存在をほのめかされただけで攻撃をやめるとでも? 冗談ではない。

 今この瞬間、上位魔王の一人がここに殴り込んできたとしたら……私は迷わずそいつを斬り捨てる。


 こいつは、それだけのことをこの私にしたのだ。

 私の国を傷つけようとする相手がたとえ何であろうと、私は一歩も引く気はない。


「『フラムブランシュ』」


 極力威力を絞り、ちょうどライオンが一人収まる程度の光の熱線を解き放つ。

 悲鳴をあげることも許さず、城の壁毎貫いたその白い一撃は、そのライオンの存在そのものを綺麗に消し去ってくれた。


 ……余分なものも消し飛ばしたような気がするが、ここは私の城じゃないし、別にいいか。

 操られる方が悪い。私に喧嘩を吹っかけてきたこの男たちが悪いのだ。


 さて、いつまでもこうしてはいられない。

 あそこで恥ずかしい格好で糸が切れた人形のようになってるビアティグをさっさと回復させるとしようか。

 ここは誰かに見られる可能性があるし、『リ・バース』を使うのは止めておいたほうがいいだろう。


 そう結論した私は、ディアレイの時に既に見せたこともあり、隠す必要のない黒の『フィリンベーニス』の力で元に戻してやることにした。

 全く……私の人造命剣をこんなことのために使わせるとは……これは相当の貸しにしてやろう。


 そう思い、さっさとビアティグの『隷属』と『狂化』の呪縛から解き放ってやることにしたのだった。

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