108・青スライム、不審な妖精を見つける

「どこに居るんでしょうか……」


 私達はいくつか部屋を調べていたんですが、肝心のフェリアという妖精は見つかりもしません。

 ティファさまが戦ってる階層は私の分身に探させているのですが、そっちの方もあんまり好調じゃないみたいで……。


「ここが最後の部屋のようですよ」


 マヴィンさんの言う通り、ここが最後。

 後はティファさまがいる階層しかないです。


 あまり人をぞろぞろ連れて獣人族の兵士たちが集まってる所に行くわけにはいかないし、できればここにいてほしいんですが……。


「開けるよ」

「お願いします」


 フラフさんがゆっくりと扉を開いていくとそこには――――ピンク色の髪の少女がそこで不安そうな顔をしてこちらの様子を伺っていました。

 この人が妖精族のフェリアさん……でしょうか?


「フェリア!」

「あ、ああ……皆さんでしたかー。兵士の人たちが来たのかと思いました」


 途端に笑顔を浮かべて安心したという様子でしたが……どんな人かと思ったら確かに優しげな表情の女の人です。

 ただ……なんだか違和感を感じます。それがなにかはよくわからないんですけど、言い知れぬ不安といえば良いのでしょうか?


 ちらっとマヴィンさんの方を見てみると、彼も同じようにどこか奇妙な感じがしているようです。

 会ったことのない私がそういう風に思ってるのですから、一緒にここまで来た三人は特に強く感じてるんじゃないでしょうか。


 確かに穏やかな――優しい笑顔ですが……目がまるで私達を観察しているかのように見えるのです。


「……? どうしたんですか?」


 警戒した私達に向かって本当によくわからないといった顔を浮かべているフェリアさんには、すっかり観察するような視線は消え失せて、来てくれた嬉しさを伝えているような……そんな感じがしました。


「貴女がフェリアさん、ですか?」

「そうですけど……貴女は?」


 気のせいかも知れませんが、こういう時ティファさまだったら警戒を緩めることなんてしなかったでしょう。

 なら、私もティファさまに習っておこうと思います。


 ここは敵地。何が起こるかわからないと常々言われておりましたから。


「私はアシュル。リーティアスの者です」

「これはこれは……私はご存知の通り、フェリアと言います。よろしくお願いしますねー」


 にこっと私に微笑みかけてくれるのですが……さっき感じた違和感のせいか、どうも嘘くさく見えてしまいます。

 私が警戒を解かないのを困ったような表情で見ているようでしたが、今まで黙っていたフラフさんの言葉でその状況は一変しました。


「……あなた、誰?」

「誰って……いやですねー、フラフさんは私のこと、知ってるでしょう?」

「あたし、あなたのこと、知らない。フェリアはもっと、ふわふわしてた」


 疑念の目をフェリアさんにフラフさんは向けているようで……それがきっかけでウルフェンさんやマヴィンさんも近寄らせないようにきつい目をしました。


「なんで……なんでそんな事を言うのですか。短い間でしたけど、今まで一緒にここまで来た中じゃないですか……」


 その悲しそうな瞳に罪悪感を感じた様子のフラフさんでしたが、ぐっと唇を噛み締めてキッと睨みつけるようでした。


「あなたは……フェリアじゃ、ない!」

「…………」


 フェリアさんは肩を震わせ、悲しげに顔をうつ伏せていました。

 ……いいえ、そんな生易しいものじゃないです。あれは――


「ギャ、ギャギャ……失礼、つい最近まで別の姿でいたせいで汚い笑いが染み付いてしまったようでスネ。

 クフフ、よく気づきましタネ。褒めてあげまスヨ」


 邪悪そうな笑い声を上げたかと思うと、そこにいたのはさっきまでの穏やかな表情を浮かべていた妖精族ではなく……悪意に満ちた別のなにかでした。


「いくら取り繕っても、ごまかせない。フェリアの話し方、雰囲気……どれをとっても、全然違う」

「これはこれは、申し訳ございまセン。わたくしとしてももう少し時間があればもっと完璧になれたんでしょウガ……さすが南西地域最強の魔王サマ。たった二人で乗り込んでくるとは、思いませんでしタヨ」


 話し方すら全く変わってしまって、別の人格が乗り移ったんじゃないかと思えるほどでした。

 これほどの恐ろしい雰囲気の人物……今まで見たことがありません。


 そう思うほど、背筋が冷えるほどの恐ろしさを感じます。


「……っ、フェリアは、どこ!」

「ああ、安心してくだサイ。まだ彼女からは知らなければいけないことが多イ。とりあえず生きてまスヨ。良かったでスネ。クッフフフフ……」


 どこまでも不気味な笑い声を上げるそれは、壊れたかのようにピタッと止まったかと思うと、目だけギョロッと動かしてこちらを――私を見てきました。

 その視線をこっちに向けられるだけで震えが来るほどの寒さを感じ、思わず一歩後ずさってしまいます。


「本当でしたら、貴女を連れ帰りたいところなんでスガ……残念、貴女に手を出すことは出来ないですかラネ。感謝するならティファリス女王に感謝するといいでスヨ。夜にでも、ネ。クフ、クッフフフフ」


 よ、よよよ、夜だなんて……なんてはしたないことを!

 というか、この男? 女? はここから逃げられると思っているのでしょうか?


 入り口はここにしかないですし、どこかに逃げるなんて出来ないはずです。


「逃げられると思っているのか? 捕まえて、ティファリス女王の所に突き出してやる」

「クフ! クッフフフフ……クヒヒヒ! 笑わせないでくださイヨ! 貴方達程度の雑魚が、わたしを捕まエル? キッヒヒヒ、確かに可能かもしれませンネ! クフ、こんなに笑わされては、身動きもロクにとれませンヨ!!」

「バカにしないでください!!」


 私達など眼中にないと言わんばかりに大笑いをして苦しそうにしてる姿にはイラッとしましたが、それだけの事が出来るほど、向こうにも余裕があるようです。

 だったら、私がそれが間違いだと思い知らせてあげます!


「『アクアブラキウム』!」


 私の水の腕を作り出す魔導で一気に捕まえてやる! そう意気込んで放った魔導でしたが、捕らえようとした瞬間するりと綺麗に避けられてしまいました。

 それからも私は幾度となく水の腕アクアブラキウムを敵に向かって放つんですが……どうしても当たりません。


「クフ、クフフ、クヒヒヒヒヒ! 動きが単調ですヨネ! これではわたしには当たりませンヨ?

 ほうら『ウィンドランス』!」

「くっ……」


 風の槍が私に向かって襲いかかってきましたが、魔力を体にみなぎらせて受け止めきりました。

 ……けど、この威力、ちょっと洒落になりませんよ? 私でも結構きついです。


 これはティファさまがセツオウカで私の『リヒジオン』を剣に魔力を纏わせて防いだことで思いつきました。

 ティファさまの方も薄くですが魔力を身に纏っているみたいですし、もっと強く纏わせれば防ぐことも可能なんじゃないかと。


 実際やってみたのは初めてですが、結構上手くいくものですね。

 ですが、全身に纏わせるのは思った以上に魔力の消費が激しいです。

 これなら相手の発動を確認してから防ぐ方がよっぽど効率がいいです。……だからあの時ティファさまは剣に魔力を纏わせたんですね。


『ウィンドスピア』じゃなくてもっと威力も範囲も広い魔法だったら逆に私のようなやり方が良いんでしょうけど。


「おやおや、クッフフフ、クヒヒ! 随分と無駄な戦い方でスネ。魔力頼りの力押し……その程度でよく先程の大見得が切れたものでスヨ!」


 カラカラと心底おかしそうに笑う敵に思わず、尚更直情的に戦おうとしかけましたが、なんとか踏みとどまってイメージします。


 ――無数の光の爆発。魔の闇を許すことのない輝きの奔流。全てを染める白光の連爆!


「『リヒジオン・アロス』!」


 その瞬間、敵の体の近くで無数の光が周囲をまばゆく照らし、その全てが一気に凝縮していく。

 流石の相手もこの魔導には顔を歪めていましたが、もう遅いです!


 頭・胸・腕・足・背と様々なところで放たれる光の爆発。まるで対象を白く塗りつぶすかのように解き放たれる連爆。

 壁を壊し、床をえぐり、天井を吹き飛ばす。


 残ったのはもう部屋とは呼べない惨状。ちょっとやりすぎた感がありますけど……下手に手加減したらこっちがやられかねません。

 粉塵がしばらく舞っていましたが、視界が晴れたそこには……。


「全く……やってくれまスネ。ちょっと驚きましタヨ! 油断しすぎたということですカネ」


 流石に無傷ではなく、かなり手酷くやられた状態の姿です。

 相当ボロボロのように見えるんですが……どうもそれが演技のような気がします。


 フェリアさんに姿を変えていることといい、それをしばらく通そうとする姿勢といい……そういうこともあって、非常に嘘くさく感じてしまいます。


「アシュル……」

「大丈夫ですよ。まだ私はやれます」


 フラフさんが不安そうに私のことを見つめていますが、私はしっかりと頷いて敵の姿をしっかりと見据えます。


「クフフフ、まだやれるのはいいんでスガ……あいにくわたしにも時間がないのデネ。

 ティファリス女王がここに来る前に退散させていただきまスヨ」

「それをさせると思いますか?」

「おや、では妖精族の女性はどうなってもいい、ト。そう言うんでスネ?」

「フェ、フェリア……」


 ここでフェリアさんのことをちらつかせてくるなんて……卑怯にも程があります!

 私がこれ以上何かをすればフェリアさんの無事は保障しない。暗にそう言ってるようなものです……!


「わたしを逃してくれるのでしタラ、お教えしまスヨ。本当の彼女の居場所を……クフヒヒヒ」

「卑怯者……!」

「アシュルさん、受け入れてください。ここでフェリアさんを失うわけにはいきません」

「アシュル頼む。フェリアを助けてくれ……」


 必死に私に呼びかけるような声でマヴィンとウルフェンさんが訴えかけてくるんですが、私だってそれはわかってます。


「分かりました……行ってください」

「クフヒヒヒ、良い判断です。二つ隣の部屋の、ベッドの下を探してみるといいでスヨ。

 それでは、サヨウナラ。クフフフヒヒヒヒ!」


 とても重傷を受けている人とは思えないほどの動きで、その人は私がぶっ壊した窓の方から逃げていきました。

 やはりあの姿は演技でしたか。足を微妙に引きずるような姿を見せたりずるいことばっかりしてきて……あーもう!


「アシュル、早く行こう」

「……そう、ですね。早く見つけてあげましょう」


 それから私達は言われた通り二つ隣の部屋に行って、ベッドの下を探してみると、縄で縛られ、口を封じられているフェリアさんの姿を見つけました。

 流石に今回は本物でしょう。敵を逃がすのは不本意でしたが、それでも使者の方を救出するのが優先ですから……。

 ひとまず彼らをこの国から逃して、私もティファさまと合流しましょう。


 ここにはラントルオで来たはずですから、それの鳥車に乗れば脱出できるはずです。

 ティファさま……もう少し待っていてください!

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