間話・銀狐たち、捕らえられる
これはちょうど、フラフがウルフェンと共に旅立ち、フェアシュリー・クルルシェンドと周り、協力者を得てグルムガンドに向かっている最中の出来事――。
――フラフ視点・グルムガンド近辺――
ティファリス様からグルムガンドへ向かう使者として抜擢され、出発してから幾日かの時が過ぎた時……あたしはラントルオの鳥車にごとごとと揺られていた。
隣にはフェアシュリーから一緒に来てくれることになったフェリアがいて、目の前にはクルルシェンドで合流したマヴィンの二人。
マヴィンはクルルシェンドの中に居た時は出会ったことなかったけど、名前だけは知っていた。
アロマンズの政策に反対したことで辺境に追いやられていたようだけど、フォイル……様が新しい魔王になったことで呼び戻されたんだって。
狐人族には珍しい赤い髪のスラッとした長身の男性で、いかにも仕事がこなせそうなオーラを放っている。
「どうしたんですか? マヴィンさんをじっとみつめて」
「なんでもない」
隣のフェリアはマヴィンとは別で、のんびりとした空気を身に纏ってるっていうか……どこかふわふわしてそうな物腰柔らかな女の人だ。
妖精族ってあたしは初めて見たけど、本当に大きかったり小さかったりと様々な妖精がいて驚いた。
彼女はその中でもウェーブがかったピンク色の髪をしていて、目も細めというか、常に笑顔でいるように見える。
ゆるふわってこういう事言うんだろうか? って思うほどだ。
この二人はティファリス様の要請を受けたフェアシュリーとクルルシェンドが同行させてくれた二人。
あの書状になんて書いてあったのかは知らない。
だけど、初めて会ったフェアシュリーの女王のアストゥ様は、悲しげな顔をしたり嬉しそうだったりところころと表情を変えていて、フォイル様はしょうがないなぁといった表情をしていた。
「もうすぐ着くが、準備はいいか?」
そう言って来たのはリーティアスから出発してずっと一緒にいるウルフェン。
あたし達に視線をちらりと向けながらだけど……この人はあたしのことが嫌いなんだろうと思う。
ほとんど喋らないのは仕方ないけど、なんというか……ちらっとこっちを見てもすぐに視線を逸らすし、話しかけてもそっけない。
ティファリス様の命令を受けたときもどこかしょうがないって雰囲気であたしの方を見てたし、お荷物に思われてるのかもしれない。
ロクに面識のなかったウルフェンにそんな事を思われるのは正直かなり
あたしだってやれるところをこの狼に見せつけてやりたかったんだけど、そんな機会に恵まれることもなく、もうすぐあたし達の最大の目的であるグルムガンドに到着する。
確かこの国の話はクルルシェンドに居た時にも聞いたことがある。
過去に魔人族とエルフ族から迫害を受けたせいで現在でもその二つの種族のことを相当嫌っているって話だ。
おまけに魔人族は結構近いせいでそれがより一層濃いと聞いた。
獣人族の国であるグルムガンドでは魔人族が領土に入ってきたら問答無用で捕らえようとしてくる派閥が存在して、それが反エルフ・魔人族派と呼ばれている派閥らしい。略して反エ魔派。
それの逆が親魔派。親魔人族派という、エルフ族は許せないが、魔人族とは親しい関係を結べるのではないかとと唱えている人たちの派閥だ。
親魔派のリーダーであるルブリスはグルムガンドの魔王であるビアティグ王と親しい間柄らしく、王に対する強い影響力を持っていて、反エ魔派のリーダーのレウンは内政を執り行ってる人たちなんかに強い影響力を持っているらしい。
もっとも、反エ魔派の辺りは全部マヴィンの受け売りで、ティファリス様も知らないことなのかもしれないけど。
マヴィンの考えでは、現在のグルムガンドを取り仕切ってるのはその反エ魔派なんじゃないかということらしい。
だからあたしとリカルデが襲われたのはそういう事情があるんじゃないかって言ってたけど、いい迷惑だ。
「準備、出来てる」
「こちらもいつでも大丈夫ですよ」
「そうか」
あたしとマヴィンが返事をすると、その一言だけで片付けてしまった。
……ちょっと幸先が良いのか悪いのかわからないけど、何も起こらず無事に済めばいい。
それだけを願っていよいよグルムガンドの首都・デリウヘルムに入ったのだった。
――
デリウヘルムはなんでだろうか、空気が重い……というか、人の顔に生気があまり感じられない。
ディトリアでは活気があった。人々が笑顔で満ちていたし、多少の闇があったとも、それ以上の優しさを感じ取れた。
だけどここは違う。重苦しい空気に国が支配されていて、まるでこの世の終わりが近いんじゃないかというような顔でゾンビが歩いてるようにのらくら進んでる獣人族の姿が目立つ。
「これ、本当にこの国の、首都? すごく、暗い」
「……そうですね。私が以前来た時はこうではなかったはずなのですが」
マヴィンが警戒するように周囲の様子を見回している。
違和感を覚えるほどの
「ちゅういしたほうがいいかもしれませんねー」
「フェリア、気が抜ける。もっと声、引き締めて」
「そんなこといわれても……こまります」
どこか気が抜けそうになるほどのふわふわした声に、ちょっと気合を入れるように忠告すると、「しょうがないこね」とか言ってきそうなほど緩い雰囲気を纏ったまま、困った顔をしてる。
多分、フェリアに気を引き締めろっていうのが無理なんだろう。仕方ない。
「警戒しておいたほうがいいかもな。ティファリス様もグルムガンドが攻撃してくることを示唆していた」
ウルフェンの言う通りだ。あたしたちにくれたティファリス様お手製のお守り。あれは暗にこの国でなにか起こることを伝えていたんだと思う。
「私もそれに賛成です。このような状況、普通ではまず考えられせん。何が起こっても良いように最悪を想定し、最善を尽くした方が良いでしょう」
マヴィンの言ってることは少し難しい。そんな小難しいこと言ってないで、何が来ても打ち砕く。それだけで事が足りればどれだけ楽なんだろう。
そんな事を話し合いながらしばらく鳥車を進め、首都の中央にそびえ立つ城の門にたどり着いた。
そこにいた門番に向かってウルフェンが咳払いを一つした後、話しかける。
「我々はリーティアス・フェアシュリー・クルルシェンドの三国の使者だ。グルムガンドの王・ビアティグに謁見を願いたい」
普段そんな話し方絶対しないのにと思うほど丁寧な話し方をするウルフェンに違和感を覚える。
「……わかった。王には伝える。来客用の部屋で待っているよう」
この兵士の口調もどこかおかしい。
あたしも自分はかなり独特な喋り方するって思ってるけど、目の前の兵士には抑揚というものがまるでない。
なにかが起こるかもしれない……。その不安を胸に抱きながらあたし達は案内されるまま部屋に入り、そこで待つことになった。
「……どういうことでしょうか」
「どうされたんですか?」
「兵士の数が多いように思えるのです。この部屋に案内される際、出来うる限り周りを見渡してみましたが、ちらほらと武装している兵士を見かけました。城を守るにしては些か多いのではないかと思います」
考え込むように顎に手を当てるマヴィンだけど、いつのまにそんなところまで見てたんだろう?
あたしはそんなの全然見てなかった。
「まるでわたしたちをかんししてるようなふんいきでしたねー」
そんな風に思ってなさそうな声で言われても困る。とか考えていた時にそれは起こった。
ドタドタと複数の足音が聞こえたかと思うと、いきなり扉が開き、兵士達がなだれ込んでくる。
ウルフェンとあたしは戦闘態勢を取り、彼らを警戒。
マヴィンとフェリアは完全に外交官で戦闘なんてほとんど出来ない。
「これは……どういうことですか?」
「どういうこともなにも、こういうことだ。見てわからないか」
あたし達を取り囲むように兵士たちが武器を構えている中、ゆっくりとした足取りで現れたのは……立派なたてがみのような髭をたくわえたおじさんといった方がいい年の男。
こっちを見下すように見てきて、すごく嫌な感じがする。
「こんなこと、していいと思ってる?」
「はっ、それをわざわざ聞いてくるのか?」
質問に質問で返す奴に小馬鹿にされたくない。
……ティファリス様の心配事が的中してしまった。
「貴方がたは……自分が何をしているのかわかっているのですか?」
「バカが。わかってるからしてるんだろうが。そんなこともわからないか?」
「……愚かなことを。私共に刃を向けるということは、リーティアス以外の二国とも敵対するということですよ?」
「はんっ、先に裏切ったのはお前らだろうが。過去の非道を忘れ、魔人族に汲みするとは言語道断!
狐人族は所詮獣人族とは異なる種族ということだ」
マヴィンの言葉に小馬鹿にしたように鼻を鳴らして悪態をついてるけど、他の国の使者によくこんな口を聞けるもんだ。
……こうなったら大人しくしておくのが良いかもしれない。
「わかった。おとなしくすれば、いいんでしょ?」
「はっ……そういう言い方は気に入らない……なっ!」
何を考えてるのかイマイチよくわからない目の前の男は、あたしに向かって思いっきり拳を振り上げて殴ろうとしてきたけど……それをウルフェンが間に入り込んで抱えて避けてくれた。
「……おい、誰が動いていいと言った!」
あたしを殴れなかった事に腹を立てたのか兵士たちに命令して武器を向けさせてきた。
なんて男だ。こんなやつが国を仕切ってるなんて信じられない。
「ウルフェン……」
「お前を守るのも俺の役目だ」
そういうウルフェンは何事もなかったかのようにあたしを降ろして、そのまま佇む。
あたしのこと、嫌ってるはずなのになんで……。
「お前たち、後悔するぞ」
「あん?」
「そこまでにしてもらいましょう」
ウルフェンとグルムガンドの男が睨み合ってるところにマヴィンが割り込んできた。
「使者に手を上げた事実を私達の国の者が知れば、ただでは済みませんよ」
「……クックック、哀れな奴らだな。その道化ぶりに免じて、今は止めておこう。
お楽しみは後でとっておくべきだ。おい! 妖精族の女以外は全員牢獄にぶち込んでおけ!」
一応妖精族への配慮はあるのか、フェリアを残してあたし達は全員このデリウヘルムの城の地下牢に放り込まれることになった。
これからどうなるんだろう……そんな不安に駆られたけど、ティファリス様に貰ったお守りを握りしめると少し安心できた。
ティファリス様はあたし達のことを考えてくれている。きっと助けに来てくれるはずだと、そう信じることが出来るから。
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