104・魔王様、配下を加える
五日後――。待ち望んでいた彼はようやくやってきた。
「ティファリス様、お客様がいらっしゃいました!」
いつものように客の来訪を告げるリュリュカの声。
それは普段と変わらないよう見えたが、どこか驚いているかのような……若干テンション高めな調子でいるところから意外な客……いや、待っていた客が来たというところか。
上位魔王なんてこの国では迎えたことがなかったし、余計に緊張しているのかもしれない。
とりあえずいつものようにしておこうか。
こっちももう少しで仕事に一区切りつくしね。
「応接室に通してお茶とお菓子を出しておいて。私のお気に入りのお菓子も出していいから」
「はっ、はい!」
私の言葉に大きく目を見開き、意外そうな顔をしていたけど、元気よく返事をして準備に向かってくれた。
クロシュガルはこの国ではあまり……というか現在でもまず手に入らないお菓子だ。
サクッとした食感が特徴のビスケットに分類されるもので、ほろほろと解けていく心地よくも上品な甘さがなんとも言えない美味しさを味あわせてくれる。
普通の客だったら絶対に出さない逸品だ。
だけど相手は上位魔王だし、共に激しい闘いを演じた仲だ。
向こうでは色々と良くしてくれたし、せめてこれくらいはしないと失礼というもの。
なんにしても、移動のタイミングも考えればまだ三日ぐらい余裕がある。先に来てくれて良かった。
私の方も手早く切り上げて彼の待つ応接室に行くとしようか。
――
「おう、早かったな! これ、頂いてるぜ?」
のんき……というよりもゆったりとリラックスしたような様子でセツキはのんびりお茶を飲んでいた。
相変わらずの異国風――セツオウカ特有の服に身を包んでるけど、これが私達のところと同じような衣装だったら様になるのになぁ……と思うほど決まっていた。
そしてそんな彼の背後に佇む少女が一人。
淡く薄いピンク――いや、桜色と呼ぶのが相応しい色の髪に、小さくも立派にそびえ立つ一本の角。静かに目を閉じている様子がちょっと神秘的な印象を抱かせる。
衣服はやはりセツオウカ風。全体的に開放的で、衣装の横から胸が少し見える。一応サラシと呼ばれる白い布で締め付けてるようだからその白いものが見えるだけなんだけど。
そして一番気になるのはおへそ丸出しな感じ。私より随分オープンな衣装だ。
下の方は普通の袴のようだけど、そのセツオウカ風スカート(のようなもの)の特性上、上着の丈が短かったらそうなるだろうなって程度に肌が見えてる。もうちょっと長いの着ればいいのにとも思う。
だけどそれよりなにより、腰の左右にぶら下げている二対の刀に視線がいく。珍しい二刀流タイプの剣士か。
私があまりにも無粋な視線を向けていたからだろうかゆっくりと目を開けてこっちを見てきた。
髪と同じ色の目が私のことをしっかりと捉えたかと思うと、途端に顔を赤くしてうつむいてしまった。
これは一体どうしたことだろうか……私の顔になにかついてるのか? それともなにか見せてはいけないものを見せてるんだろうか?
そう思って服やスカートを確かめてみるけど、特になんともない。
「……なにしてるんだ?」
私の行為がまるで理解出来ないといったような素振りをセツキが見せてきたが、特に変わった様子のない以上仕方ない。
「いいえ、ちょっとね。
それよりよく来てくれたわね。間に合ってよかった」
「間に合った?」
「ええ……」
そこから私はセツキにグルムガンドのことについて話した。
使者を送ったこと。その者たちが帰らず、逆に理不尽な同盟を結ぼうと使者を送り出してきたこと。
それとこちらの使者と開戦を盾にそれを迫ってきたことだ。
最後に、もしかしたらグルムガンドの裏で糸を引いている者がいるのではないかという可能性の話しもする。
ある程度話し終わった時、セツキは少し考えるような素振りを見せていた。
「……俺様はお前を例のあれに誘うと決めたとき、上位魔王の中でも発言力がある奴らには釘を刺しておいたんだが……まだ一部の奴らが暗躍しているのかもな。
それなら下手に刺激するより、さっさとお前が乗り込んでぶちのめした方が早いだろう」
やはりセツキも私の意見に賛成らしく、『夜会』や今後の内政に力を入れるなら手早く解決した方がいいという結論だ。
「だからワイバーンをもう少し貸して欲しいのよ」
あのワイバーンがいればグルムガンドまで最速で向かうことが出来る。
今後の予定もスムーズにこなせるというものだ。
「ああ、俺様ももうしばらくここにいる。お前に渡したいものもあるしな。
好きに使ってくれ」
「ならお言葉に甘えて使わせてもらうわね」
よし、セツキにも承諾を得たし、これでなんの後ろめたさもなくワイバーンで向かうことが出来る。
「なら、ちょうどよかったかもしれないな」
セツキが指でちょいちょい、とこっちにこいという合図を送ると、先程の少女がすいっと私の目の前にやってきた。
さっきのように冷静を取り戻した澄ました顔で目を閉じている。
「……なんで目、閉じてるんだよ。お前があんなに言ってたティファリスが目の前にいるんだぞ?」
「わ、わかってます! それがしとて閉じたくて閉じているわけでは……」
そういって再び私の方に視線を向けると、また顔を赤くしてうつむいてしまった。
一体どうしたんだろうか? と首を傾げていると、セツキがやれやれと疲れたような声を出していた。
「ティファリス、こいつは先代の魔王シュウラのスライムだ。お前が闘技場で戦ってるのを見て、一目でその戦い方に心酔したそうだぞ」
「セツキ様、そのような……」
止めてくれと言うかのように顔がへにゃっと崩れて照れてる様子がなんとも可愛い。
さっきのような雰囲気も格好良かったがこういうのも合ってる。
「はあ……結構泥くさい戦い方だったと思うけど……」
「そんなことはありません!」
ぐっと力を入れて拳を握りしめて力説し始める。
さっきのような照れた様子から急に変わるもんだから驚いた。
「セツキ様との剣の打ち合いにも一歩も退かない強さ、舞うように綺麗な剣筋……そしてなにより一輪の美しい花を思わせる容姿に振る舞い! 更に我が元主であるシュウラの遺体を取り戻していただいた上、あれほど綺麗に修復していただいて……貴女様こそ最高の魔王様です!」
「え? あ、ありがとう……」
力説するように私の方に詰め寄ってくるのはいいんだけど、そんなに力説しながら私を射抜くように見るのは止めて欲しい。
気圧されて思わず体を仰け反らせてしまった。
「はっはっは! な、べた惚れだろ?」
「え、ええ……」
セツキがなにか言ってるようだったが、そのままじーっと私を見つめてる視線に身動きが取れず、思わず適当に返事をしてしまった。
そして次に彼から飛び出してきたのはさらにとんでもない発言だった。
「だったら、こいつをお前の所に受け入れてくれないか?」
「……え?」
熱心に私のことを見つめてくるその目に押し切られそうになったが、今すごいことを聞いた気がする。
「今なんて言った?」
「だから、この先王の遺したスライムを引き取って欲しいって言ったんだよ」
この子を、ねぇ……。
改めてじっくりとそのスライムを見てみると、私に何をしているのか気づいてしまったのか、途端に顔を赤くしてすごすごと引き下がってしまった。
「おい、いい加減挨拶しねぇか」
「は、はい! 拙者、先代の魔王を務めたシュウラの元配下、鬼神族のスライムのカヅキと申します。よろしければ拙者をティファリス様の下に……配下に加えさせていただく、こうして馳せ参じましたで候」
「候って……また随分古い言い回しをするな」
黙ってろと言わんばかりにちらっとセツキの方を見るカヅキだけど、一応自分の国の魔王だというのによくやると思う。
しかし……これは願ってもないチャンスかもしれない。
今回の戦いでは彼女はあまり役に立たないかもしれないが、カヅキはアシュルを除いて、この国の誰よりも強いだろう。
おまけに上位魔王の国の一員であるわけだし、戦略・戦術面でも色々と進んでるはずだ。
是非とも私の国に組み込んで参考にしたい。政治面より軍事面が薄くなりがちなリーティアスにとっては渡りに船、というわけだ。
「……いいわ、この国もまだ発展途上。私個人の戦闘力は高くても、軍全体の力はまだ薄い。カヅキにはセツオウカで培った技術や戦術を役立ててもらうわよ」
セツキの方はうんうんとうなずいているところを見ると、そういう目的も含めてちょうどよかったというわけか。
一方のカヅキは期待に目を輝かせて、一気に私を敬うように膝をついて頭を垂れる。
「はい! 拙者の出来うる限りの力を持って、新しき主にお仕え致します!」
これでまた私の国も一段階強くなるだろう。
同盟を結んですぐにこのように支援してくれるとは思わなかった。
「セツキ、ありがとう」
「良いってことよ。それと、セツオウカに戻ったらもう少し人を送ってやるよ。今のお前の国には色々足りない……だろ?」
「随分と理解が早いことね」
「はっはっは、だろう?」
こっちも領土の開拓がまだ完全に済んでいない。
ディトリアと、その近隣の……オーク族が居たりする村々は結構発展してきたが、フィシュロンドなんかの、エルガルムにズタズタにされた町はまだ手付かずのままなのだ。
まずは地盤をしっかりと固め、ある程度復興が完了したらそっちの方にも手を付ける予定だ。
『誓約』に立ち会ったセツキの方にはその辺のことも考えてくれているようだ。
「お礼にこの国を案内したいんだけど……」
「わかってる。お前はさっさとグルムガンドを制圧してこい。その後は……ゆっくりとお前の国の首都を案内させてもらおうか」
「わかったわ。その時は任せておいて」
話を終えた私は、部屋を出てすぐの所に待機させておいたリュリュカにセツキを部屋へと案内させるように伝える。
カヅキの方はそのまま私と共に訓練場まで行ってもらうことにしよう。
さて、これで心置きなくグルムガンドに赴くことが出来る。
彼らがなにを考えているかは知らないけど、それは私が直接行けば済むこと。
フラフ、ウルフェン……必ず二人共助けるから、もう少しの間だけ辛抱して欲しい。
帰ってきたら二人にはちゃんと労ってあげないとね。
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