105・魔王様、乗り込む
セツキがこの国に来訪して次の日、私はカヅキとリカルデに軍の編成を任せ、アシュルと共にワイバーンに乗り込む支度をしていた。
アシュルを連れて行く理由は簡単。私がグルムガンドのバカどもと戦いをしている最中、フラフとウルフェンの護衛を頼みたいからだ。
「それじゃあ、私達は行ってくるから。町の守り、くれぐれもよろしく頼むわよ」
「はい。お嬢様もお気をつけください」
そんな風にリカルデとやり取りをかわしている間、アシュルはというと、何やらカヅキと密かに話し合ってる最中だった。
一体どんな話をしているんだろうか? 互いに良い顔で頷いたかと思うと、話が終わったようで二人共こっちに来た。
「おまたせしました!」
「ティファリス様、首都の守護はお任せください! 拙者とリカルデ殿でしかとお守り致します!」
「ええ、お願いね」
丁寧に私の目の前で膝をついて……この子は毎回こういうことをするのだろうか? 大げさすぎるというか忠誠心が溢れ出てるような気がするというか。
まあいい、嫌われてるよりはずっとマシだ。
私達はワイバーンに乗り込み、リーティアスからグルムガンドへ向かう。
使者もついでに荷物として麻袋の中に入れて吊るすような感じで持っていくことにしたのだ。
こんな男この国には無用の
わざわざ丁寧に運んでやることもないし、適当でいいのだ。一応フラフ達の交換用だから生きていればそれでいい。
どうせ城に戻ってこっちに刃を向いてきたら問答無用で消し飛ばしてやるだけだからね。
――
――グルムガンド・首都近辺の森――
予想通り、グルムガンドには一日かからずに着くことが出来た。
一応首都のデリウヘルムが遠目に見える森に降り立つことにした。
「ティファさま、なんでここで降りるんですか?」
荷物と一緒にその小さな森に降り立った私に、アシュルは問いかけてきた。
「グルムガンドの連中にワイバーンを傷つけられるわけにはいかないからね。
この森ならこの子より強い魔物は出てこないだろうし、いざとなればなんとでも出来るでしょう」
一応ワイバーンのご飯を二日分ほど置いておくことにする。
何かあった時……例えばここに戻ってすぐにこの場から離脱したいときなんかに狩りに行かれてても困るからだ。
「なるほど……」
「さて、それじゃあ行くとしましょうか。デリウヘルムにね」
「はい!」
私はワイバーンの頭をなでて、ここに待っているよう指示を出した後、森を抜け出しグルムガンドの首都・デリウヘルムに行くことになった。
とは言っても、遠目に見えている以上そんなに時間もかからずに着くことになったんだけど。
「なんだか……ディトリアとは大分違いますね……」
初めて訪れたグルムガンドは重々しい空気に満ちていた。
思わずここが首都なのかと疑うほど、住民たちに活気がなかった。
空の方もそれを表してるのか、曇り気味の天気。そのせいで尚更重い空気が場を支配していた。
アシュルが思わずそう呟くのも理解できるというものだ。
まるで……そう、まるでフィシュロンドの貧民街にいた人々を思い出す。
あそこにいたオーク族・魔人族……複数の種族たちは皆一様に暗い顔をしていた。
だけどここの住民はそれ以上に酷い。恐らくだが……彼らがこんな顔をしている原因の一つは何の表情も浮かべず働き続けている獣人族の姿のせいだろう。
彼らは皆同じ腕輪をしている……そう、寸分違わず
「『隷属の腕輪』……」
それは装着者の全てを縛る。肉体や精神、その全てを支配する外法の道具。
その腕輪を装着されたら最後。所有者に一切逆らうことは出来ず、その気になれば息をすることすら許されない。
私も初めて見た。まさかこんなところで見るなんて思いもよらなかったけど。
恐らく彼らは精神すら縛られてただただ働くだけの人形にされているのだろう。
「これはまた随分と醜悪なことをしてくれるじゃない……」
思わず歯噛みしてここにはいないビアティグに苛立ちを募らせてしまう。
こんな風に住民を使っていたなんて……思っても見なかった。
こんなものは暗君中の暗君――民をまともに思いやることすら出来ず、ただただ自分のしたいように心を縛って民を動かす輩の所業。
ここは国じゃない。国と言う名の箱庭だ。こんなこと……許される所業じゃない。
「もう……いいえ、最初から話し合う余地なんてなかったってことね」
初めて会った時、フェアシュリーでの会談の時のビアティグからは、こんなくだらないことをしでかすような男には感じられなかった。
そうであったなら、私が大硬貨をこちらに回すようにビアティグとアストゥに要求した時、どこか嘘くさい様子を感じ取っていたはずだ。
だけどあの時、ビアティグは本心を話していたと思う。
私の放つプレッシャーに怯え、魔人族を嫌いながらも私と接し続けたあの王の姿と今のこの地獄を演出している者の姿が、どうにも重ならないのだ。
見た瞬間は怒りに身を震わせそうになったけど、よくよく考えればおかしいことが多い。
「ティファさま……大丈夫ですか?」
この国の惨状と私の様子に不安そうな目を向けてくるアシュル。
私のことをすぐに心配して……まあ、そういうところもまた可愛いんだが。
「そんなに心配しない。さ、行くわよ」
「は、はい!」
私が普段どおりの様子に戻ったのが良かったのか、安心した様子のアシュルはほっと笑顔で一息ついていた。
この国は……予想以上に酷い出来事が起きているようだ。
気を取り直してデリウヘルムの中央。城の門の付近まで行くと、門兵が二人、私達に立ちはだかってきた。
「ここは獣人族の魔王ビアティグ様がおわす城。下賤な魔人族風情が気軽に通っていい場所ではない」
カチンと来る言い方をしてくれる。アシュルは一応表情には出していない……が、相当怒ってるだろう。
こんな言い方をする兵士がいるなんて……少なくとも住民の方からはこういう、魔人族排斥の視線は向けられなかっただけに信じられないという気持ちにさせられる。
「私はリーティアスの魔王ティファリスよ。貴方がたが差し向けた使者に対して返答を伝えに来たわ。さっさと門を開きなさい」
私の一言に一瞬驚くが……すぐさまへらへらしたような、あるいは面倒そうな態度を取ってくる。
こいつら……本気で半殺しにしたくなってきた。
「どうぞどうぞ。魔王様」
「こ、こいつら――」
「アシュル」
一応門を開けてはくれたが、何という態度だろうか。
だが……今は我慢。
こいつらは使者が語ってきた内容を恐らく知っている。
だからこんなふざけた態度を取っているのだ。
さしずめ私はこの国に奴隷になるべく現れた情けない魔王といったところだろう。
おまけにどこかいやらしい目線を向けてくるもんだから喧嘩別れになった暁には去勢してやろうかと思った程だ。
そんな風に思いながら奥に進んでいくと……まるで見世物。
競りにでも掛けられたのかと思うほど周囲の兵士や政務職に就いているであろう者達からもすごい目で見られている。
恨みがましい者もいれば、門番の男どものようにいやらしい目で見てくる奴ら、明らかにこちらを見下しバカにしている輩……負の感情のオンパレードと言ったところだ。
「はぁ……」
こんなのが城の中に
アシュルに抑えるようにしっかりと目配せすると、大仰に頷いているのが見え……って魔導を使おうとしてる!?
「アシュル――」
「大丈夫ですよ。ティファさま」
私に万事任せてくださいと言わんばかりの輝かしい笑顔。
この様子からしたら少なくとも今ここで盛大に仕掛ける……ということはしなさそうだけど…………なにをしようというのだろうか?
最近、アシュルも自身の魔導の腕に磨きが掛かってるし、私でも思いつかないような魔導を使う時もある。
派手に暴れるってわけじゃないなら好きにさせてもいいのかもしれない。
「これはこれは……魔王様がわざわざいらっしゃるとは……」
私達が玉座の間まで行くとまず最初に会ったのは獅子――ライオンのように立派なたてがみのような髭を蓄えた大体中年くらいの男がいた。
奥にはビアティグが感情のない目で私を見下ろしている。
「ビアティグ、久しぶりね。こ――」
「ティファリス女王……いや、ティファリス! これからお仕えする魔王になんたる無礼を!」
うるさいなぁ。さっきの物腰の柔らかさが一気になくなって酷い顔になったライオンのほうがよっぽど無礼だ。
こいつ……ちょっと調子に乗りすぎてるんじゃないだろうか?
「……お仕えする? 何をふざけたことを言ってるのかしら?」
「……なに?」
「私はただコレと私の国の使者を交換してもらいに来ただけよ」
がんじがらめの麻袋の中から取り出したのは、私の所に来た無礼な使者。
それを再び麻袋に詰め込んで、ポイッと放り投げてやった。
それを見咎めたライオンは途端に怒りの表情に歪めていているようだ。
「……どうやら、そちらは随分使者に対する扱いが酷いようですな」
「貴方には負けるわ。私の国の使者を処刑するなんて脅しをしてくるような連中、この世に居ないほうがいいでしょう」
「なるほど、つまりわざわざ宣戦布告をしに来たと。たかだか二人で」
「二人で? 貴方はエルガルムとの戦争で私がやった行為を知らないようね。お前たち程度、私一人で十分よ」
かかってこいとちょいちょいと指で挑発してやると、どんどん怒りのボルテージが上昇していくのがわかる。
ふん、これくらいの挑発で引っかかるなんてしょうもない男だ。
「お前たち! 魔人族の者が攻めてきたぞ! 相手はたかだか二人、殺せ!!!」
私の挑発に完全にのったライオンの掛け声の一つでぞろぞろと現れてくる雑兵共。
そろそろこっちも我慢の限界だし、私は大暴れしまくってこいつらの気を引いている間に、アシュルにはフラフたちを見つけてもらおうか。
「かかってきなさい。雑魚どもが、格の違いを教えてあげるわ」
これ以上我慢する必要はない。
私を散々コケにしてくれた罪、しっかり償わせてやる。
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