101・魔王様、それでも伝えたい事 後

「私は別にオーク族を優遇していたわけではないわ」

「なに……!?」


 私の言葉に顔を真っ赤にして睨みつけてくるが、この男は今誰を目にしてそんな顔をしてるのかわかっているのだろうか?

 こっちが煽ったようなものなんだから別に構わないんだけどね。


「……貴方は要はオーク族を受け入れるべきではない。今からでも排除するべきだ……そう考えているってこと?」

「ああ、その通りだ! さんざん好き勝手しやがったオークの豚共がこの国に住み着くなんて……それだけでも反吐が出る!!」


 わざわざオーク族の最大の侮蔑用語である「豚」という言葉を口にして睨み付けるほどだ。


「貴方の言うこともわかるわ。オーク族は侵略を繰り返して私達の領土を奪い、汚してきた。私だってそれをそのまま許せ、なんて言わないし思わない」

「だ、だったらなんで受け入れるんだ!」

「それは今ここにいるオーク族達は侵略してきたバカ共にすら虐げられて過ごしてきたということよ。

 彼らと共に過ごしてきたゴブリン族や魔人族の者達には同じ境遇を共にいたことから、連帯感を感じている者もいる。

 それを切り捨てることは出来ないわ」

「そ、そんなもの……」

「それに」


 私は一旦区切り、よく考えながら今の状況を彼に説明する。


「この国にどれだけのオーク族がいると思ってるのよ。彼らが一斉にいなくなったら一気に生産性が激減するわよ」

「だ、だからオーク族を受け入れろっていうのかよ!? 生産性がどうこうっていうのなら他の奴らで埋めればいいだろう!」

「あの時はそんな事出来るほど交流もなかったし、他の国にも事情があったわ」

「だったら……だったらそれが整うまで待てばよかっただろう!? なにもオーク族の手を借りるなんて……」

「そんなに悠長に構えてられるような状況じゃなかった。エルガルムを退けたとはいえ、いつ他の国が攻め入ってくるかもわからない。下手をすればもっと厄介なものだって出てくる可能性も考えられたわ。

 同盟を結んでいたとはいえ、復興に時間がかかって支援されるものが多くなれば、その分後々不利になっていた可能性だってある」

「そんなの、オーク族と一緒に暮らすことになるよりずっとマシだ!」


 食って掛かるように私に怒鳴り散らしながら睨みつける彼の様子は、どんどんヒートアップしているように感じる。

 それでも話をやめようとしない辺り、まだ彼は救いがある。

 本当に救いようのない程思考停止してる者は、こんな話すら無駄だと切り捨てるのだから。


「……私は国民の安全を出来るだけ速やかに確保する義務がある。それに加えて、生活水準を元に戻し、向上させることも同じね。貴方の言うようにオーク族を受け入れず、ディトリアと二つの村に残るスライム・魔人族・ゴブリン族だけでの復興なんてしたら……それこそこの一年でここまで進むことはなかったわ。

 それどころか他の国を疲弊させてしまい、私達と敵対行動を取っているセントラルの国に攻め入る口実を与えていたかもしれない。

 貴方の言う通りにしていたら、国を滅ぼしかねない。そんなこと到底許されることではないわ」

「それをなんとかするのがあんたの仕事だろうが!」


 ああ言えばこう言う。自分の言葉以上の事を受け入れられないのだろう。

 でもそれを口にするわけには決していけない。彼の行き場のない怒りを、私は出来るだけ引き出して応えてやらねばならないのだ。

 それぐらいはしてあげないといけない。そんな気がするから。


「あんたは結局、国、国、国とか言いながら肝心な俺達国民の感情なんざこれっぽっちも考えてないんだ!」

「ふざけ――」


 声を荒げて段々と何も考えてないかのように見えるほどの怒りで言葉を放ってきたが、さすがに言い過ぎだと感じた魔人族の男性が批判の声をあげようとしたところを私は制する。

 今ここで言い合いになればもう収まりどころを見失ってしまうだろう。


 それだけはいけない。

 彼は恐らく、もう行き場のない怒りをぶつけるところがそこしかないんだろうから。

 同じ感情で、憤りに身を任せたらダメなんだ。


「悲しい人ね」

「な、なにぃ……?」

「感情のままに猛り、自分の心の赴くままに責め立てるのは貴方が弱い証拠よ」


 ぷるぷると怒りに震え、拳を握りしめるほど悔しいのはわかる。

 それでも私は彼に畳み掛けるように言葉を口にする。


「私も……私も父を無残に殺された。あの時、私が力を持っていればこんな惨状を迎えることはなかった……そう思う程心が病んだわ。これほど他人を憎いと思うこともなかったし、たまらなく悔しかった……。

 私だってね、心が凍りついた冷徹じゃないのよ」

「…………」

「でもね」


 そこから一呼吸入れ、どう言葉にするか一考する。

 ……いや、違う。自然とその言葉が口をついて出てきた。


「でもね、私はそういう悲しみを抱えてる魔人族の一人であれば、それでもそれを押し殺して背負っていかなければならない魔王でもあるの。感情のままに嘆き悲しむ暇も私には残されていない。先代魔王が命を懸けて守り抜いた国を建て直さなければならない……。

 なら、私が出来るのは何があってもこの国を守り通すこと。例えそれが貴方のような被害者の感情を踏みにじる結果になったとしても。

 私は、明日を生きる人達の為に最善を尽くさなければならない」


 不思議な感覚がある。

 私はお父様が無残に殺された……ことなんて覚えていないはずだ。

 死んだということは知っていても、その時の感情まで覚えているはずがない。


 だというのに、今の私の言葉はそのまま……本当に素直に口に出来た。

 まるで私の身体を借りて誰かが言葉にしたのかと思うほどに。

 ……いや、本当は私は覚えているんだと思う。心の奥底……無意識の領域に。


「憎しみや怒りは決して悪い感情じゃない。でもね、それは自分が前に、明日に進むために使わないといけない。

 だから私はあの時、自分の心に決着を付けた。未来をこの国の皆と生きるために」


 あの時、国境平原での一戦。私はオーガルを倒すことによって決着を付けた。

 アレオーガルが狂化され、操られていたってことをわかっていても私はそういう風にしか決着を付けることしか出来ない女なのだ。


「俺は……俺はあんたみたいに気持ちの整理なんか付けることは出来ない。村はオーク共に焼き払われた。兄は俺をかばって死んでいったし、妹はあいつらに拐われて慰み者にされた……! 許せるわけ……許せるわけが……!」


 怒りながらもまるで感情がぼろぼろと零れ落ちるかのように先程の烈火のような怒りの炎から、哀しみ溢れる水のように沈痛な面持ちになっていく。


「許せ……とは言わないわ。貴方のその気持ちも、想いも大切なものよ。だけどソレに囚われてはいけない」


 少なくとも今の彼になら私の言葉は少しでも届くだろう。

 なら、ゆっくりと精一杯の感情を込めて伝えていくしかない。そう思い、優しく諭すように話しかける。


「獣人族に猫人族……人狼族といろんな種族がこの国にやってきて住み着いている。それだけこの国が活性化した証拠でもあるわ。今ならオーク族を追い出したとしても盛り返すことも可能かもしれない。

 だけどそのやり方はこの国を攻め、奪った村や町から搾取し、暴虐の限りを尽くしたオーガル達と変わらないわ」

「…………」

「復讐は決して悪いことじゃないわ。だけどその激情に身を任せてしまったら……それは本能の赴くまま貪り尽くした一部の彼らと何ら変わりないのよ。

 私は本当の辛さ……奪われるものの痛み苦しみを知ってるからこそ、同じような……弱いものから奪い、痛みを与える存在になってほしくないのよ。

 これは私の傲慢なのかもしれない。でも、貴方も含めたこの国の民達には……オーガルのような畜生以下の存在に堕ちて欲しくないの」


 すっかり意気消沈してしまった彼だったが、少なくともなにか私の気持ちが伝わったのだろう。

 それっきり彼はおとなしくなり、口をつぐんでしまう。


 というかオーク族の方もいたたまれない気持ちで顔を伏せてるものもいた。

 ちょっとやりすぎたっていうか、言い過ぎたのかもしれない。それでも彼の心を動かすには、少なくともこれは伝えなくてはならなかっただろう。


 だからこそ、改めて笑顔で私は全員に笑いかけた。


「私はオーク族のこと……今ここにいる皆や村で一生懸命生きている全てのオーク族は、大切な国民の一員だって思ってるわ。私が守るべき、愛すべき者達よ」

「魔王様……」

「だから、貴方達には種族も何も関係なく、リーティアスを支えてくれる大切な仲間たちを守り抜いてほしいの。同じ時を生き、泣き笑い……最後に許し合う友として。

 それが私がこの軍に最も求める事。技術や戦闘能力以上に大切なこと。難しいことかもしれないけど、よく考えてほしい。

 理不尽に奪おうとしてくる者たちから、この国の友たちを守るために」


 ただ強いだけじゃない。お互いに認め合い高め合い……戦友として助け合って生き抜くこと。

 転生前の私では出来なかったことをこの軍隊の兵士達にはやって欲しい。

 それがどんなに厳しく、困難な状況でも、互いに力を合わせればきっと上手くやっていけると私は信じているのだから。


「ちょっと難しかったかもしれないけど、私の話はこれで終わり。熱心に聞いてくれている人もいるようで、ありがとう」


 ぱちぱちと拍手が鳴り響くのは少々恥ずかしいというか……あんまりにも語りすぎた感が出てしまって急に素の感情に戻りかけてしまう。


「お嬢様、最後までしっかりとしてください」

「わかってるから余計なこと言わない」


 リカルデには私の表情が若干変わったことを見抜かれたようで、こっそりと耳打ちされてしまう。

 私はあまりこういうことを大勢に向けて言わないから……。


 それでもリカルデ以外には気取られなかったのか、誰もがそのまま拍手をし続ける中、私はさっさとこの訓練場から退散するのだった。


 あー、恥ずかしかった。

 あの時の戦いでも鼓舞した時は結構恥ずかしかったけど、今のやり取りはそれ以上だ。

 私がどうしても話したかったというものもあったけど、これ以上こういうことにならないようにして欲しいものだ。

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