100・魔王様、それでも伝えたい事 前

 ミトリ亭でミットラと『夜会』の料理について話してその数日後、私はようやく自分の仕事に一区切りがついたことから、自分の国の訓練場を訪れていた。


 私自身、この国で魔王を努めてはいるが、訓練場に訪れたことはほとんど……というか一~二回ぐらいしかなかった。

 国境平原での一戦後は全く、と言ってもいいほどだ。


 オーク族がゴブリン族や魔人族から迫害じみたものを受けているという話を聞いても、忙しさのあまり中々行けず、いつか……いつか話しをしようとおもっていたのだけれど、今回はようやくその機会に恵まれたというわけだ。


 私としては今やオーク族の村はリーティアスの国内生産を底上げしてくれる立派な農村になってきているし、他の村や町ともそれなりに良好な関係を築きはじめている。

 ディトリアに住む人々も終戦直後はかなりぎくしゃくしていたし、喧嘩などの騒動も多かったが、今はかなり落ち着いている。

 いや、そういう考えが裏に潜んでいるのかもしれない。が、表は比較的に落ち着きを取り戻しているということだ。

 これもフェーシャ達が私の代わりに尽力してくれたおかげだ。感謝してもしきれない。


 だけどその中でも未だに奥深い傷が残っているところがある。それがリーティアス軍の面々だ。

 なまじ強い恨みで軍に入隊した者も多い。中にはエルガルムのオーク族に恋人を奪われた者。村をめちゃくちゃにされた者も少なからずいる。


 女だてらに魔法使いとして、衛生兵として……軍に入る者も多い。

 それだけ彼ら――オーク族の魔王であったオーガルのやったことは許すことが出来ない者も多いんだ。


 そんな人達に無理にオーク族と仲良くしろ、とは言えない。それを強要する権利は私にだってない。

 たとえそんな事をしたところで反発されるのがオチだし、私はそれを決して悪いことだといい切ることは出来ない。


 これがあくまで住民……となれば一年やそこいらで心の傷が癒えるとも思えない。もう少し様子見も必要だろうと結論づけていたかもしれない。

 だけど、今回の対象は軍。国民の命を守り、生活を守る者たちが集うところだ。


 下手をしたらオーク族の村を守ることを放棄する輩が現れかねない。そんなことになってしまえば、兵士の一部は激しく消耗してしまう。オーク族の兵士たちはいつ後ろから斬りかかられるかと余計に神経を尖らせながら軍役につくことになるだろう。

 それに現在は他の種族も兵役についている為、彼らにも影響を及ぼす可能性だってある。


 もちろん、そんなことが起こらないように出来るだけ互いに距離をとって運用するつもりではあるけど、それだって絶対じゃない。

 だから私は自分の考えをしっかり伝え、それを含めてゆっくり考えてほしいと思ったのだ。同じリーティアスを思う者として。


 リカルデと一緒に訪れた訓練所は、既にそれぞれの訓練を始めているようだった。

 体力づくりに自分に合った武器……基本的に剣・槍・弓の中から選んで訓練していると行った感じだ。

 大概の者は剣を選んでるようだが、やはり中には別の武器を習得しているものも多いそうだ。


 今はちょうど互いに打ち合ってる時間のようで、剣と槍を扱っている兵士たちは互いに打ち合っているようだ。

 私はこういうところで剣を振るったことはないが、その真剣さがビシビシ伝わってくる。


 初心者……というか打ち合いがあまり得意ではない者達は同じ武器種で打ち合って、それなりに訓練を積んでるように見える者たちは槍対剣というような構図で、互いに有利不利を考えながら戦っているようだ。


 槍は剣よりも間合いが広いこともあって攻めやすいが、剣は短いリーチでいかにして懐に飛び込むか……そういうことを思案しているようにも見える。


「中々様になってるじゃない」

「ありがとうございます」


 これは実にいいところに来た。

 オーク族の者たちも一緒くたに訓練しているようで、彼らは珍しくも大きな槌やら斧やらを武器にしている。

 ガッシリとした重鎧を着込んで、中にはその頭をすっぽりと覆うヘルムを付けているものもいて、中々の迫力を醸し出している。


 元々ゴブリン族や魔人族よりも身体が大きく、まるで山のようにどっしりと構えた者達の多い種族なわけだし……そんな彼らが一列に並んでる所は圧巻だ。

 他の種族が弓に槍にと、多彩な武器種を選んでる中、オーク族だけは槌、斧のどちらかだ。


 中には盾もちもいることから、より重厚な雰囲気が伝わってくる。


 どうやら次に打ち合うのはその盾持ちの槌を握りしめたオーク族の男と、両手剣をしっかりと握りしめた魔人族の男のようだ。

 盾を持っているせいか、両手で武器を持っているオークのものよりもいささか小ぶりの槌を握りしめてるけど……それでも相当大きい。


 両手剣より若干短いぐらい……といったところだろうか。リーチは魔人族のほうが有利だけど、オーク族の方はその佇まいが落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「それでは、はじめス!」


 立会人となっているゴブリン族の掛け声とともに激しくぶつかりあう双方。

 金属音が鳴り響き、剣を盾で受け止めるオーク族の力強さに感服するほどだ。


「いかがですか? お嬢様には少々退屈でしょうが」

「そんな事ないわ。私達魔王とはまた違うのだから。彼らなりの強さがしっかり伝わってくる」


 彼らの戦いは確かに魔王の一騎当千ぶりに比べたらいささか劣るだろう。だけどそれはそれ、これはこれだ。

 私達と彼らでは果たすべき役割が違う。


 しばらく眺めていたけど、やはり盾での剣の捌き方、その隙をつく攻撃の仕方が上手いオーク族に軍配が上がったようだ。

 終始盾による防御の姿勢を見せ、的確なカウンターを浴びせるその姿は、どれだけ叩いても拒み押し戻す壁のように見えた。


「そこまで!」


 リカルデが大声を発したところからようやく私達の存在に気づいたのか、急にガヤガヤと騒ぎ立てる。


「訓練の途中だが、一度中断とする! ティファリス様がお前たちのオーク族の扱いについて伺いたいことがあるとのことだ!」


 いつもの、私に話しかける時のリカルデとは少し雰囲気が違う。そりゃ私と話すような態度では兵士たちに舐められかねないだろうけど、妙に新鮮な気分になってくる。


「お嬢様」

「え、ええ……」


 私に話しかける時は途端に「お嬢様」呼びになるんだからくすぐったく感じる。

 彼だけはどう言っても呼び方を変えてくれないもんだから、私の方はもう諦めてるんだけど。


 一気に多種多様な視線が私の方に集中する。それこそ尊敬していると言ってもいい者から、いかにもなにかいいたそうな目をしてる者まで様々だ。


 さて、まずなにから言おうか……。


「……言いたいことはおおよそ見当がついている者もいるだろうけど、私がここに来た理由は一つ。リーティアスではオーク族も積極的に受け入れ政策を取り入れてるわ。だけど、それについて不満を持ってる者も多い。

 民の間では比較的落ち着いてきたようだけれども……軍の内部だけが未だ是正されず、オーク族を虐げている者がいるという報告が通ってきているわ。この自体は到底放置することが出来ないということで私がここに来た、ということよ」


 その言葉に若干表情を歪めた者たちが複数いたが……あからさますぎるでしょうがと言ってやりたい。

 苦々しげにこっちを見ているが、黙ったままではラチがあかないとも思わないものかね。


「最初はじっくり話を聞こうと思ったのだけれど……」


 スッと、先程から私を睨みつけてる連中に目線を向けてやると慌てて顔を伏せたり、横を向いたりしたものがいる中、何人かはそのまままっすぐこっちを見据えている。


「私になにか言いたいことがあるようだから、そちらから話を聞こうじゃない」


 少々威圧的に会話を進めているが、私は彼らの頂点。そんな彼らに甘く見られることだけは王として、率いる者としてあってはならないことだと思うからね。

 ……自分が彼らの魔王としての姿をきちんと見せられているかはどうかは不安だけどね。


 私がしばらく視線を合わせていると、観念したと言うかのように一人のゴブリン族の男が言葉を投げかけてきた。


「魔王様、放置することが出来ないと言ってますけど……魔王様はオーク達が何をしてきたかわかって言ってるんですか?」


 慣れない敬語を使っているのだろう。多少怯えが混じりながらもしっかりと私を見据え、確かな怒りをその心の奥に宿しながら話しかけてきた。

 先程の観念した様子とは全くの別人のように見える。


「知ってるわ。リーティアスの元首都であるフィシュロンドがまだエルガルムの領土にされていた時、偵察部隊を組んで出したことがある。その時の様子ははっきりと伝え聞いてるわ」

「……なら! ならなぜそんな言葉が言えるんです!」


 おおう、私の答えに完全に怒りを露わにしてきたな。

 荒ぶるようにおもいっきり睨みつけてくれているけど、周りの兵士たちも多少同調する意思を見せていいる一方、一部のゴブリン族の者たちは信じられないというような目で彼をみていた。


 大方……というか間違いなく彼は蹂躙された町の生き残りなんだろう。

 どれほど辛い目にあったか……あるいはその光景を見てきたかは知らない。


 拳が震える程のことがあったんだろう……ということは予想できるけどね。


 特段表情が変わった様子のなかった私に更に怒りを高めて畳み掛けるように怒声を浴びせてきた。


「先代の魔王だってこいつらオーク族に苦渋を飲まされて、殺されたっていうのに……娘のあんたはなんで平気な顔をしてオーク族のことを優遇してるんだよ!」


 いや、別に優遇したことなんて一度たりともないんだけど。

 確かに彼らがこのディトリアに集まった時には多少の援助は行った。それは着の身着のままこの地に来たということもあるし、助けなければそのまま南西地域のオーク族は滅亡していた可能性だってある。


 別に奴隷として連れてきたわけでも、衰弱していく姿を楽しむためにわざわざ連れて帰ったわけじゃない。

 そりゃあまあ、完全に善意でやったわけでもないんだけどさ。


 これがこちらに攻め入ってきた……言わば略奪の限りを尽くしてきたオーク族の兵士たちだったら私も冷酷な処罰を降していただろう。


 だけど彼らはオーク族の中でも虐げられている部類に入っていたわけだし、私としては別に問題を起こすような者達に見えなかった。


 そういうことを考えたら手助けすることくらいなんの問題もない。……まあ、感情論から言うなら彼の気持ちもわからないでもないけど。


 この手のタイプには正論をぶつけても仕方がないが、それでも話し合わなければならない時がある。

 今がその時ということだ。

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