99・魔王様、必要なものを確かめる

「アレって一体なんのことよ?」

「ティファリス様はご存じないかもしれませんが、ディトリアでは12の月ルスピラでは十年に一度しか現れない魔物がいるのですよ」


 ほう、それは初耳だ。

 私がまだそんなに長い間の記憶をもっていないせいかもしれないけど。


「へえ、それってどういうの?」

「『ドラフィシル』と呼ばれる魚ですよ。ちょうどその月が産卵の時期らしく、すごい量の卵を産むのですよ。それから再び十年間、エネルギーを蓄えてからまたここに戻ってくるというわけです。

『ドラフィシル』は五つの魚群に分かれているので、大体二年周期になりますかね」

「それがちょうど今年のルスピラってこと?」

「そういうことですよ」


 それはまた壮大な旅をしてここに帰ってくるな。魔人族にとって十年なんて短いものだろうし、それが二年周期なら尚更だ。この時期の楽しみにみたいな感覚で話しているようだ。


「で、それはどういう魚なの?」

「シードーラに似た蛇のような頭をしてるのですが、魚のような身体をしています。身体は輝く銀色なのが特徴ですね。身は身体の色と同じく白く艷やかな光を帯びた銀。そしてそれはしっとりと柔らかくほのかな甘みがあり、蒸すとふっくらと旨味が凝縮され、煮込むと汁が格段に美味くなります。

 中央で見かけるかどうかは私では少し判断出来かねますが……非常に美味しい食材であることは間違いありませんよ」


 ……そういえばそうか。

 私自身はセントラルに行ったことがあるけど、ミットラは南西地域の国のいくつかを行き来したことはあっても、セントラルまで足を運んだことはない。

 魔人族に排他的な者も住んでいるグルムガンドが近い上に、クルルシェンドにも少なからずそういうのはいる。

 ……あの時はディアレイの配下が近くにいる街にしか行ってないこともあって、そういう目には晒されたことがないが……今にして思えば、それ自体に違和感を感じるべきだったかも。


 あの後、フォイルがサラッとそういう事を口にしていたのを今思い出した。


「んー……グロアス・リンデルと少しは見てきたつもりだけど、そういうのは初めて聞いたわね……」


 しかし、あれはどちらとも内陸の国だ。海に面した国には南西地域の国しか知らない。

 確か11の月ズーラにセツキが来るそうだし、一度聞いた方がいいかもしれない。


「わかったわ。それについては一度確かめてみましょう。

 時間はかかるけど……大丈夫?」

「はい! 12の月ルスピラでドラフィシルを確保していただければ問題ありません。ただ……」

「ただ?」

「ドラフィシルにもより美味しいものがいますので、なるべく早く言っていただければ、こちらも質の良いものが準備しやすいです」


 それもそうだ。品質が下がればその分美味しさも低下する。

 もちろん中には腐りかけが美味しいというものもあるんだけど、上位魔王共が跋扈ばっこしているであろう『夜会』につけ入る隙をあまり与えたくない。

 わざと質の悪いのを持ってきたとかいちゃもんをつけられてはたまらないからね。


 そういう事を考えたら、セツキの立場が余計に羨ましく思えてくる。

 彼の立ち位置で料理に文句をつけてくるような輩が現れる可能性なぞ、まずないだろうからね。


「わかったわ。ちなみに品質の良いのってすぐにわかるものなの?」

「そうですね。ドラフィシルは海の中では集団でその輝く銀の身体を寄せ合って、大きな流れのようなものに見せながら産卵場所に向かう習性がありますが……その中でも一際大人しめの輝きを見せるドラフィシルが、一番美味しいと言われていますね。上品な感じ……といえば良いのでしょうかね」


 他のドラフィシルが輝くその身を見せあってる中で、一際落ち着いた色合いの物がより美味しいって……まず見つけ出すことすら難しいんじゃないかと思う。

 水揚げ後にゆっくり探していたら鮮度だって落ちるし……そこの所は完璧に運になりそうだ。

 私が探しているということを知られれば、容赦なく値段を釣り上げて儲けようと画策してくる輩が出てくるだろうしね。


「ちなみに、極たまにですが金の入り混じった重厚な輝きを放つドラフィシルがいるのですが……聞くところによりますと、ものすごく美味らしいですよ」

「聞くところ? らしい?」


 ミットラにしては珍しい。見たことがなく、人から聞いたような喋り方だ。

 困ったような顔で私を見てるその様は、余計にそう感じさせる。


「私もそのドラフィシルには出会ったことがなくてですね……。本当に珍しい上に、あまりに美味くて漁師がその場で食べてるんじゃないかと言われている程なのだとか。私もそれなりには生きておりますが、未だに出会ったことはないですね」


 それほど珍しいのなら『夜会』に出したいところだけど……こればっかりはどうしようもないと言ったところか。

 うーん……でも気になるなー……私としては美味しいものを提供するんだったら最善がほしい。

 ならば……。


「それなら私も一緒に乗り込んで、その珍しいドラフィシルを探しに行こうじゃない」

「え? ティ、ティファリス様がですか?」


 あまりの美味さに漁師がその場で食べてしまうのではないかという噂が立つほどのドラフィシル……ちょっと、いやかなり見てみたい。

 決して私が書類の大陸を切り開くのに嫌気が差してきている……というわけではない。

 …………断じてない!


「漁に出たことがない人にはかなりきついのではないかと思いますが……。船にもお乗りになったことありませんよね?」

「んー……ないわね。でも、何事も挑戦というじゃない? せっかくの食事会、私も少しは手伝いたいのよ」


 決して気分転換などではないということをアピールしておく。

 私としては上位魔王共にケチを付けられてイラッとしたくないのもまた本音だからだ。


「そうまでいうのでしたらお止めはしませんが……くれぐれもお気をつけくださいね? 私は船酔いしやすい質ですのであまり乗りませんが……船はかなり揺れます。海は刻一刻とその顔を変えたりもしますので、荒れやすいとも聞きますから……」

「ええ、そこはわかってるわ」


 海というのは穏やかなときもあれば、雲行きが怪しいときなどは荒れたりもする。

 私は漁師ではないからそういうのはわかっていても読めないが、現役の漁師と一緒に行けばそういう問題も多少解決するだろう。


「そこのところはプロと一緒に行くから大丈夫よ。安心して……とは言わないけど、ドラフィシルは捕まえてくるから待ってなさい」

「本当は私もお手伝いできれば良いのですが、申し訳ございません」


 ミットラは心の底から申し訳無さそうな顔をしているけど、そんなことは全く気にしなくていい。

 これはいわば、私の道楽と言ってもいい。それに無理やり付き合わせるつもりもないし、船酔いしやすいと言ってる彼を連れて行くのは酷というものだろう。


 ミットラには自分の分野で最大限の活躍をしてくれればそれで構わない。

 それこそが私が彼に託したい仕事なのだから。


「そういうのはいいわよ。その分、料理の方は力入れてもらうからね?」

「はい! もちろんです!」


 笑顔で応えてくれるミットラに期待を込めるように私も微笑みかけた。

 さて、と……話も一段落したし、ちょっとなにか食べ――。


「あ……」

「どうしました?」


 そういえばミットラに色々買ってきたのを忘れていた。

 結構贔屓ひいきしてると自分でも思うが、このリーティアスで初めて行った店。美味しい上に店主の人当たりもいいことからすっかり常連に。

 ちょくちょく通い詰めていたら、すっかり仲良くなって今ではこのとおりだ。少しでも融通したいという気持ちが湧いてくるのも仕方ないだろう。


「実はお土産があるのよ」


 そう言ってアイテム袋の中から色々と取り出すと、驚いたような表情のミットラ。


「ちょ、ちょっとティファリス様、奥に良いですか? さすがにその量は……」


 困惑しながら微笑むミットラの様子で、私はすっかりここが店のテーブルだということを忘れていた。

 すっかりお土産のことで頭がいっぱいになってしまってた。


「ああ、ごめんなさい。ついつい……」

「頼みますよ……」


 ははは、と乾いた笑いを浮かべたミットラに少々申し訳ない気持ちになってきた。

 というわけで私は厨房の奥、食材置き場になってる倉庫に一緒に入り、買ってきたお土産を出すことに。

 ソウユから桜酒、クラウバードとアースバードの肉に、フーロエルの蜜、更に香辛料に他の調味料。

 後は普通にお菓子やら料理やら……。


「これはまた……随分と」

「いや、料理に合いそうとか考えてたらついつい……」


 あはは、ととぼけるように笑う私に苦笑いするミットラ。

 しかししょうがない。私が自分のところで食べたいと思ってしまったんだから。


「あははは、ティファリス様の期待が重いですね」

「そう変に気負わないで、気軽に考えてちょうだい。ただここでは見かけない珍しいものだから買ってきたってわけだから」


 そう言って謙遜する彼だけど、目の色が変わってるところを見るとさすが料理人といったところか。

 自分の見たことのない、新しい調味料にうずうずしてるようだ。

 あれは私の前だからこそこういう風に言ってるけど、私が帰ったらすぐに試そうというような顔をしてる。


「それに……その興味津々な顔で言われてもねぇ……?」

「はっ……ははは、手厳しいですね。私も一介の料理人ですので……」


 私が敢えてそれを指摘すると、途端にいやいや、困ったなぁというように笑いながら後頭を掻いてるミットラ。

 ちなみに私用に買ったものも多いので、彼に渡したのは調味料以外はそこそこ……といった感じだ。

 セントラルから持ち帰ったこの調味料がディトリアに幅広く受け入れられるようだったら、率先して取り入れようと思うから、ミットラには是非とも頑張ってもらいたい。


 ただお土産として持ち帰るほど、私は甘くはないのだ。


「ま、程々に気を張って頑張ってね。この国に馴染むかどうかはミットラにかかってるんだから」

「そうやって気軽に取り組めと言う割にはプレッシャー投げかけないでくださいよ……しかし、頑張らせていただきますよ」

「一応言っておくけど、食事会のことは忘れないでおいてよ?」

「ははは、わかっておりますとも」


 釘をさす私に爽やかな笑顔を向けてくる彼の顔は妙に印象的だった。

 ……本当に大丈夫だよね? なまじ料理の探究心の強いミットラだから、今更ながらちょっと不安になってきた。

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