102・魔王様、怒りを覚える

 11の月ズーラの6の日。

 日々大陸としての領土を広げていく書類の山がいよいよ攻略間近だというときに……フェーシャがようやく成長を終えた執政官や他の人材への引き継ぎが終わり――


「これからはみんなに任せて……ボクは自分の国、ケルトシルの立派な魔王になってみせるニャ!」


 とか言いながらお別れ会でグッと力を込めて宣言して、散々飲み食いした次の日に私達に見送られながら帰っていった。

 今まで私がいない間、代理の魔王として誠心誠意尽くしてくれたお礼として渡したラントルオの鳥車によって帰っていった……正にその時を見計らったかのようにそれはやってきた。


「ティファリス様、お客様が来ました! グルムガンドの使者を名乗る獣人族の方です!」

「グルムガンドから?」


 フラフ・ウルフェンの二人の使者を送り出したのが9の月ファオラの28の日だったから……おおよそ一ヶ月とちょっとぐらい……私が進んだ道程のことを考えても結構スピーディに行動していたみたいだ。

 まあ、あの時はビアティグが来るのも遅かったし、クルルシェンドではしばらくの間滞在していた。

 ラントルオは休憩させながら走らせてもリーティアスからフェアシュリーまで大体十日。そこからクルルシェンドまではおおよそ五日ぐらいの距離だ。

 あくまでラントルオを使って移動した時に限るけどね。


 大体フェアシュリー・クルルシェンドに滞在した時期が3~4日と考えたら……逆算したらグルムガンドは5~7日くらいで決めて返事を出したことになる。

 早いのか遅いのかはわからないけど、結構面倒なタイミングで返事をよこしたものだ。

 セツキは11の月ズーラに来ると言っていた。ということは明日に来てもおかしくはないのだ。


 幸いまだ来てないから問題はないけど……。


「リュリュカ、フラフとウルフェンは戻ってきてる?」

「……いいえ、ラントルオの鳥車に乗って現れたのはその使者一人です」


 いつも明るいリュリュカがちょっと言いにくそうに……まるで叱られる子どものような雰囲気をその身に纏っている。

 その雰囲気で私は、少なくとも状況は悪い方に転がっているということは理解できた。


 いや……フラフじゃなくてリュリュカがここに現れ、使者が来たと報告してきたときからその予感はあった。

 私に懐いてる節があるフラフが戻ったなら、すぐさま私のところに報告にやってくるだろう。


 だけどそれがないってことは何かしらの事情があって戻ってこれなかった……要はそういうことだ。

 どうしてこうも揉め事ばかり起きるのだろうか? 全く、ビアティグももう少し頑張って欲しいものだ。

 一体どんな内容を持ち帰ったのかはあまり聞きたくもないが……そうも言ってはいられないだろう。


「応接室に通しておいて。態度が悪い者だったらお茶は出さなくて結構。それとアシュルを呼んでちょうだい」

「わかりました!」


 リカルデは既に訓練場で兵士たちの所にいる。それなら今はアシュルを呼んだほうが良いだろう。

 グルムガンドの使者程度一人で応対してもいいが……一応、だ。

 それにアシュルは私のこととなると感情の動きが激しくなる。そこを抑える練習をさせるためにもこういう機会があったら呼んであげたほうがいいだろう。


 さあて……どう出てくるか。

 舐めた態度を取ったらこっちもそれ相応の態度を取るまでだ。






 ――






 私がアシュルを連れて応接室に入った時、真っ先に感じたのは不快感だった。

 何様のつもりかしらないが、私の顔を見るやいなや小馬鹿にしたようにめあげてきたからだ。


 恐らくネズミタイプの獣人なのだろう。耳が丸く、尻尾もそんな感じ。ちょっと灰色がかった髪に、不機嫌そうな目が余計に不愉快だ。


 真っ先にアシュルが反応しそうになっているけど、どうどうとその気を抑えてやる。

 まったく、わざとなのか素なのかは知らないが……いきなりやってくれる。


「ようこそリーティアスへ。貴方がグルムガンドから来た使者ね」

「……この国の魔王は随分人を待たせるのが得意と見える。随分待たされましたよ」


 いきなりそれか。

 私に対して実にいい度胸だ。本来ならもっときちんと応対するべきなんだろうが……一気に削がれていく音が聞こえるような感覚を抱くほどだ。


「申し訳ないわね。『こちら』にもやらなければいけないこと多くてね」


 わざと一部を強調してやると、使者の男は眉をピクリと上げて余計に目を吊り上げてるように見える。

 全く、なんでこんなのを使者に寄越したんだか……これではこちらと事を構えること前提で動いてるようにしか見えない。


「こちらはわざわざやってきたというのにそのような態度を取られては……程度が知れるというものですよ」

「貴方ほどではないわ」


 わざわざ国に来てそういう態度を取る辺り、私には真似できない。

 少なくとも最低限の礼儀や挨拶ぐらいはしろというものだ。


 というかアシュルってば怒りを抑えるのに必死というか……いつもは私の邪魔にならないようにあまり口を出さないようにしてくれてるようだったけど、今回は感情をこらえるのに一生懸命と言ったところだ。

 ここに来る前にセツキに言われた通り、できるだけ感情を抑えるよう訓練している甲斐があったようだ。


「…………」

「文句を言う為にここに来たのであれば、もうお帰りいただいて結構。貴方のどうしようもない不満に付き合える時間は全く残ってないわ」

「よ、よくもそこまで言えるものですね……魔人族というのは本当に人の話も聞けない者の集まりのようで」

「……はぁ」


 思わずため息が漏れる。

 さっさと話をして帰れば良いものの、いつになったら先に進んでくれるんだろうか?

 若干……いや、かなり憂鬱になってきた。


「まあ良いでしょう。今回は以前ティファリス女王が提示した同盟についての返事をするために私が使者として選ばれたのですよ。そして、それがその返答が書かれた文書です」


 彼が提示してきた書類を確かめてみると……そこには到底許容出来ない内容が記載されていた。

 一方的にこちらが不利……しかもただ不利ってわけじゃない。


 税に輸入出制限、種族規制に軍解体……実質リーティアスを支配し、隷属させようという魂胆が透けて――というより完全にあからさまだ。

 こんなバカげた内容で結べと? ふざけるのも大概にしろ……!


 怒りを抑えるように拳を震わせ、ゴミに近いその紙を握りつぶしそうになってしまう私に、更に畳み掛けるようにその男は言葉を吐く。


「これが飲めないのであれば到底同盟など結べますまい。貴方がたの国の使者は即刻処刑。我らは武力行為も辞さないでしょう」


 ……こいつらはわかっているのか?

 それとも情報を入手できないほど低俗な群れの集まりなのだろうか?


 私が今どういう立場にあって、どんな事をしてきたかということを知っていれば出ない発想だ。

 少なくとも今グルムガンドはまともな情報な出入りが行われていないのだろう。


「ふざけてるの? それとも……私を侮辱しているのかしら?」

「これは異なことを……侮辱しているのはそちらでしょう。魔人族と獣人族は言わば犬猿の仲。謝罪すらまともにせずに公平な同盟が結べるなどと……少々お花畑がすぎてるのではないでしょうか?

 ――ここで地面に手をついて、魔人族が獣人族にしてきたことを詫びればまだ可愛げがあるものを……」

「……あ――」

「よくも、よくもティファさまにそこまでの暴言を口にしましたね! この薄汚いけだもの風情が!」


「ここで~」辺りからはぼそっと小声で言っているようで聞き取りづらかったが、明らかに私を挑発しているような態度だった。

 これは最初から同盟を結ぶ気がなかったのだろう。この酷い内容の同盟といい、この男の態度といい……そうとしか思えない。


 一応最終確認をしようと思ったところで、使者の言葉が聞こえたような様子。今まで黙っていたアシュルがついにブチ切れた。

 完全につま先から頭の天辺まで怒り一色。そしてそれに対応するかのように獣人族の方も怒りの表情を浮かべていた。


「……! ず、随分と口汚いメイドがいるものですね! 他国の使者を侮辱するとはさすが魔人族……民度がしれます!」

「そこまでにしなさい」


 自分のことを棚に上げて好き放題言ってるようだけど、これ以上この男に付き合ってやる義理は毛頭ない。

 セツキの訪問も近く、『夜会』の準備などで忙しいのだ。

 それに加えてグルムガンドとの戦争に事後処理を考えたらいますぐ事を起こさなければならないだろう。

 私をこれほどコケにしてくれたのはアロマンズ以来だ。使者としてやってきた割にはあんまりの態度……。

 こっちも完全に頭にきた。エルフ共のように奴隷が欲しいと言うのなら、力づくで従わせてみろ。


 そう思いながら私は男を見据えて厳かにアシュルに指示を下す。


「アシュル」

「……! は、はい!」

「その男を牢獄にぶち込みなさい」


 信じられないというような目で私を見ているネズミ男だったが、お前の方がよっぽど信じられないわと言いたい。


「こちらの好意を無下にするとはいい度胸です! 貴女が差し向けた使者がどうなっても良いというのです!?」

「……『チェーンバインド』」


 さんざん喚き立てているが、そんな事知るか。

 私も彼女たちにそういう可能性があることくらい十分承知している。

 それでも私は国民を守る為に……どうしても行動しなければならなかったのだ。

 今にして思えば、やはり私が直接行くべきだったかと若干後悔しているんだけど。


 というか、仮にこの男の言うとおりの同盟を結んだとしても無事にフラフとウルフェンを返してくれるとも思えないし、到底認める訳にはいかない。


 そう決断した私は、『チェーンバインド』でネズミの獣人をさっさと拘束し、口も聞けないようにぐるぐる巻きにしてやる。

 これ以上戯言を聞いてやる時間はない。


「アシュル、その男をさっさと連れて行ってちょうだい。抵抗したら好きにしていいから」

「も、もがもが!」

「わかりました!」


 もはや興味を失ったと言わんばかりにひらひらと手のひらを振り、使者バカを連れて行かせる。


「あ、ソレを連れて行ったら訓練所のリカルデに執務室来るよう伝えておいて。彼に少し相談したいことがあるから」

「はい!」


 私の言葉でさっきの怒りの表情から一転、にこやかな笑顔をこちらに向けてきた。

 もうあの男のことは生きていさえすればどうでもいい。


 今はそれよりも今後のことをリカルデに伝える事が先だ。

 この煮えたぎるような怒り……裏切りに近いものを受けた報いを受けてもらうとしようじゃないか。

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