間話・悪意を振りまく者

 ――???視点――


 コツコツ、と硬い廊下を歩く音が響き渡る。

 薄暗い夜の中でもこの城の廊下は明るい。まるでここだけ昼の光の中にいるようだ。


「ふぅ……」


 そのように明るい中でも、私の気分は晴れない。

 それはそうだ。今から会う御方の機嫌のことを考えると、気が暗くなるというものだ。


 あの御方……いや、あの御方達の機嫌はすこぶる悪い。

 もちろん原因はわかっている。恋い焦がれるほどにご執心の者が手に入らなかったからだ。


 全く……こんなことは計算外だ。

 私がここに来るというのも……あの男がここに来るというのも。

 何もかも全てが、だ。






 ――






 たどり着いた王の間には、我らが国王陛下が座してお待ちになっておられた。その目の前には鬼族どもの国・セツオウカから来たと思われる使者がそこにいた。

 相変わらず鬼族というのは無骨で良くない。エルフ族のような気品さがまるでない。

 それでいて酒・喧嘩が好きだというまさに野蛮を体現したような種族だ。

 そんな彼らにも正当に接さなければならない。高貴な種族の辛いところだ。


 その一方で陛下は笑顔でおられるようだが……あれほど恐ろしい笑顔がこの世にあるのであろうか。

 あれは嬉しそう、という言葉ではない。不機嫌な感情をその目にはっきり宿しているのが見てわかる。

 冷たい、残酷な笑顔だ。見ているだけで背筋が寒くなってくる。


「遅かったね。エリク」

「申し訳ございません。陛下」

「いいよ別に、顔を上げなよ」


 私はエルフの騎士達がそうするように片膝を付き、顔を伏せ、陛下に忠誠の意を示す。

 いつもどおりの私の態度に満足そうにしてくれたようで、多少柔らかくなっていくのがわかった。


「さて、僕たち側も揃ったし、話の続きをしようか……ねえ、オウキ?」


 鬼の使者――オウキは涼やかな顔で受け流すかのような態度を取っている。

 なぜわざわざセツキ王の懐刀と呼ばれているこの男が現れた? ……まさか、死体の件で追及に来たのか?


 ティファリス女王がセツオウカに行ったこと、シュウラの遺体を回収されたことは既にこちらにも伝わっている。

 それについて追及に来たとなれば話もわかる。生半可な者がここに来るよりも、この男のように実力者の方がより本気であることが伝わることだろう。


「それでは早速……まず、我らが先王であるシュウラの遺体に『死霊の宝珠』が使用され、戦争に使用されたことについてお聞きしたいことがござります」

「その話、僕も聞いてるよ。あの時は驚いたね……僕も君達の国から盗み出された魔王の遺体が、まさか『死霊の宝珠』で操られていただなんてね」

「……知らなかった、そう仰られる訳でござりますね」


 疑いの目を向けているオウキは少しでも情報を仕入れようという姿勢が見れる。

 少しでも自身の主のために何かを得ようとするとは……目の前にいるのは上位魔王であり、数々の魔王共を束ねる……フェリベル陛下であるというのに、いい度胸だ。


「僕らエルフが作ってる魔道具は色んな国々で売られているんだよ? それに懇意にしている国には提供していることもあるし……商品の管理は出来ても売ったあとのことなんて管理しきれないよ」


 我らが陛下も涼しい顔で嘘をつく辺り、さすがだ。

『隷属の腕輪』は技術者を色んな国に派遣して、製造量を増やしてはいる。が、『死霊の宝珠』は魔力の素養が高い者たちが、光と闇を全く同じように力を込めなければ作られない魔道具……。


『隷属の腕輪』を作るよりも遥かに難易度が高い魔道具だ。これを作ることが出来る者は、我らの国では陛下方のみであろう。そのような魔道具……他国に貸し与えてやることはあっても、管理しきれないほど売るということはまずない。


 ……最も、わざわざそれをオウキに打ち明ける必要はない。

 下手なことを言って藪蛇を突くこともないということだ。


 しかし『死霊の宝珠』の作り方くらいはわかっているとばかりにさらなる追及をオウキはしてくる。


「……たしかにそれはそうでござりますが『死霊の宝珠』はまた別でござりましょう? あれは非常に作成が難しいと聞き及んでいるでござります。それを商品として販売するにはそれ相応の価格で売ることになるのではござりませぬか?」

「そうだよ。だからそれだけの財力のある国の魔王が買ったってことになるね。

 あ、でもその情報は明かせないよ? こっちも信用というものがあるからね。

 損するであろう分をそっちが補填してくれるんだったら考えるけど」

「……」


 これ以上は何を言っても無駄。明確にこのパーラスタが関わっているという証拠がなければ、フェリベル陛下は一切動かない。

 オウキもそれを知っているからか、完全に口をつぐんでしまった。

 実際金さえ積めば『死霊の宝珠』は買えるのだから、何を探っても無駄だ。


「で、他になにか言うことは?」

「……いえ、それともう一つ。『夜会』についてのことでござります」

「……『夜会』?」


 今まで笑みを保っていた陛下の表情が少し固まったように見えた。

 それを知ってか知らずか、オウキは話を始める。


「はい、拙者たちは貴方様が度々ティファリス女王に接触を図ろうとしていたこと。妨害をしていることは知っているでござります」

「……なにか根拠があってのことかい?」

「貴方様が接触していたディアレイに、南西魔王の猫人族が黒いローブを被ったエルフ族の者を目撃しているという情報を得ているでござります。

 それに南西魔王達の戦争が終えた瞬間に敢行した通貨価値の統一化。あれは少々急すぎたでござりますな」


 私の目からは、陛下から一気に表情が消えたかのように見えた。あれはまずい。

 しかし私が今ここで口を出せば、間違いなく怒りの頂点を迎えてしまうだろう。


 得意げに自分たちの知り得た情報を明かすのはいいが、相手ぐらいは少し考えて欲しいものだ。……とは言っても、口に出して言わなければ陛下ははぐらかしてしまうであろうが。


「……へー、いいね。でもさ、姿を変える魔法が使える悪魔族って可能性もあるよね? ま、推測の域をでないから好きに思ってていいけど……それで?」

「我らが主が今回の『夜会』に招待することを決定されたでござります。更に、ティファリス女王の国・リーティアスとも正式に同盟を結ぶことに相成りましたでござります」


 ……なんと。これは驚いた。

 セツオウカに彼の女王が渡っていたことは知ってはいたが、まさか同盟を結んでいるとは……。

 なるほど、オウキが来たのは牽制が目的か。これ以上のリーティアスへの妨害行為はセツオウカの……ひいては上位魔王であるセツキへの敵対行為であると。


「……そう、珍しいね。セツキが南西の魔王にそこまで深く入れ込むなんて。ある程度肩を持ってることは知ってたけどさ」

「それは貴方様も同じでござりましょう。……今回はひとまず、それだけをお伝えに参った次第でござります」

「なるほどね、要はリーティアスには手を出すなってことだよね? わざわざ言いに来るなんて随分可愛がってるもんだ……こちらとしてはどうでもいいことなのだけれど、わかったと君の飼い主に伝えておいてよ。それと、シュウラが戻ってきてよかったねってさ」


 こちらも戦争行為に発展することは望まないというアピールとともに、せめてものお礼と言うかのように皮肉げに言っているのを、噛みしめるかのような表情でオウキが聞いているようだ。


「……あいわかりました。しかと我らが主にお伝えするでござります」






 ――






 その後、オウキが帰って以降は不機嫌な顔を隠さずにイライラとした様子の陛下が口を開いた。


「セツキのやつ……あの子には僕たちが先に目をつけたのに……」

「……陛下」

「わかってるよ。今はまだ事を構える時期じゃない。だけどね、どうにも怒りが収まらないんだよ!」


 ドン、と椅子の肘掛けの部分を強く叩き、怒りをあらわにしていた。

 それはそうだ。彼女に目をつけていたのは陛下の方が先であった。それを後からかっさらうような形で奪われたのだ。

 陛下にとってはこらえ難い屈辱であっただろう。


「これは……彼女も悲しむだろうね。あの子を迎える日を楽しみにしていたのは彼女も同じなんだから」


 しばらく爆発しそうな怒りをこらえるように肩を震わせた後、今度は悲しむような表情を浮かべておられたが、こちらとしては戦々恐々といったところだ。陛下の方はまだ冷静で落ち着きがあられる方だが……あの方はそうではない。


「今は奴隷たちでなんとかするしかございますまい」

「そうだね。それに、また色々と考えないといけないね。セツオウカと同盟を結んだということは今まで以上に慎重にならざるを得ない」

「でしたら、他の上位魔王を使ってはどうでしょうか? もはや並大抵の魔王ではティファリス女王には敵わないでしょう」


 最初はオーガルとフェーシャで十分だと思われていたあの女王であったが、ディアレイ・シュウラすらも破り、今ではセツオウカと同盟を結ぶ程の成長を遂げてしまっている。

 これ以上力をつけてしまえば、もはやこちら側からうかつに手を出せないほどの存在にまでなってしまうだろう。


 ならば、こちらも上位魔王を使って動くしかない。


「……そうだね。そうするしかないね。僕たちの息のかかった……しかも表立って接点の少ない者達のほうがいいだろうね。……いや、もしかしたら…………だとしたら、彼らが適任かもねぇ」


 考えがまとまってきたのだろう。次第に落ち着きながら冷静になっているようだった。

 我らが国王陛下。無邪気に欲しいものを求める姿は、時には頼もしくもあり、恐ろしくもある。


「エリク、君はいつものように頼むね」

「はっ、手頃な奴隷を陛下のお部屋に……」

「うん。できれば魔人族の……あの子に似ているのがいいかな。彼女のご機嫌も伺ってあげないといけないしね」

「かしこまりました」


 それだけ言ってしまうと、陛下も後は動くだけだといくかのようにそそくさと王の間を後にされてしまった。

 さて……これからも忙しくなるだろう。


 以前のように多少バレても構わないといったようではセツキ王に発覚しかねない。今までより慎重に動かなくてはならないだろう。

 オーガルが敗北したときのような証拠を隠滅するやり方も難しいだろう。


 こういう風に裏方のような役割よりも、大手を振って劣等種共に愚かさを教えてやる方が私の性に合っている。

 ……しかし、陛下が望むのであればしかたあるまい。今は奴隷共で精々この猛りを収めるぐらいか。

 これもまた愛を尊ぶエルフ族の役目。劣等種にはそれ相応の役目を与えてやらねばな。


「さて、それでは私も動くか……。まずは、陛下のご所望の者を探すことにしようか」


 王の間から出てまず考えたこと……それは果たして陛下の御眼鏡に適う奴隷が見つかるかどうか……その不安だけであった。

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