95・魔王様、帰国する
『夜会』のことを知らされた翌日、私はセツキの国、セツオウカと正式に同盟を結ぶことになった。
南西の……というよりも普通の魔王が上位魔王と同盟を結ぶということは初めてだそうだ。
内容的には物資の流通などはさすがに無理がある……というところから軍事同盟みたいなもんだ。
まずお互いの領土に侵攻しないこと。侵略行為を受けた場合、金銭以外での援助を行うこと。来年、9の月ファオラの1の日に交流を図る為に年に一度、兵士を交換することに……他にも互いの職人なども率先して受け入れる事が決定した。
食べ物や資材などよりも技術力の発展を優先させたというわけだ。
しばらくは……というか結構長い間私達が有利になる同盟だ。
兵士たちの技量や職人の技術は圧倒的にセツオウカの方が上だからね。
さすが鬼神族のセツキ。約束はきちんと守る男だったわけだ。
同盟締結後はやることはやったし、これで国に帰ることが出来る。
ということで、私達はワイバーンを借りてリーティアスに帰ることになった。
返却の時はどうしようかと悩んでいたが、11の月ズーラの時にリーティアスに遊びに来るらしく、その時に連れて帰るから、それまではこちら側で世話をよろしく頼むとのことだった。
帰りの世話までしてくれたわけだし、それくらいはお安い御用だと言うことで引き受けることに。
そして――
――
――リーティアス・ディトリア――
久しぶりにきちんと帰ってきたこの国の独特な潮の香りが、私を迎え入れるかのように包み込んできてくれた。
ああ……。
「何もかもがみな懐かしい」
「ティファさまティファさま、そんなに長い期間離れてませんよ」
私の心の声が言葉に出たのか、アシュルが水を差すかのように忠告してきた。
……全く、こういうところ、空気が読めていない。アシュルはそうかもしれないけど、私はフェアシュリー以降、長い間この国を留守にしていた。
ちょっとの間……っていうかほんの数日しか戻ってなかったし、書類整理という名の地獄への行軍をし続けただけの苦痛の日だった。
……ああ、書類整理。思い出しただけでも頭が痛くなってくる。
そうだ。リーティアスに帰ってきたという感動だけで胸がいっぱいになっていたんだけど、ここには書類整理という正にこの世の地獄を体現した仕事があるんだった。
一度それを悟ってしまうと、もはや帰郷による想いは一瞬に消え去ってしまい、途端に戻りたくないという念が頭の中を支配してしまっていた。
「……どうしたんですか? 苦虫を噛み潰したような顔されて」
「……いいえ、なんでもないわ」
もはや帰ってしまったものは仕方ない。今は正にワイバーンで館の庭に降り立ったばかりなのだから。
書類整理からは逃げられない……あれからまた時間も経ったとはいえ、まだ渓谷のような書類の地形は作られていないだろう。
私の部屋が新しい大陸を再現する前に戻ってこられただけでもマシだと思っておこうか……。
「お嬢様、おかえりなさいませ」
「ティファリスさま、おかえり、なさい」
ワイバーンが降りてくるのを見ていたのだろう、少々遠くからではあるけどリカルデとフラフが私達を迎えに来てくれていた。
二人共少し離れていただけにやたらと懐かしく感じる。セツオウカがそれほど私達の国の生活事情とかけ離れているからだろう。
「ただいま、二人共」
「……? どなたですか?」
アシュルはフラフの方をジロジロと、不躾な目で見ていた。そういえば二人共初対面だったっけか。
対するフラフの方も同じように怪しい人をみるような目つきで見ているようだった。
「あたし、フラフ。ティファリスさまの! 信頼できる家臣の一人、です」
「私はアシュルです! ティファさまの! 契約スライムです」
お互い挨拶になにか思うところが合ったのだろう。
しばらく互いに様子を伺っていたかと、がっしりと手を握りあって不敵に笑いあった。
というかなんで二人共私の名前を強調しあってるんだろうか?
「ふ…ふふっ、よろしくおねがいしますね」
「こちらこそ、よろしく」
負けないからな! と言ってるかのように互いに火花を散らし合っているようだけど……変に争ったりはしないでほしいもんだ。
「二人共、仲良くしてよね?」
「もちろんですよ!」
「わかって、る……!」
火が付いたというかのように燃えてるみたいだけど……本当にわかってるんだろうか?
「さすがお嬢様。人たらしでございますね」
「……それ、あんまり褒めてるとはいい難いと思うんだけど」
「ははは、悪い意味に捉えようとするからそう思うのでございますよ」
ちょっとイタズラしてるかのような得意げな笑顔が妙に眩しい。リカルデもそんな顔するんだと思うほどだ。
「……まあいいわ。それで、なにか変わったことは?」
私がそれを聞いた途端、なぜかフラフの方が気落ちしたような空気に包まれてしまった。
リカルデもさっきの明るい雰囲気が一変。微妙に重たいというか……そういうものを身に纏っていた。
これは……私がいない間になにか不味いことが起こったな。
私が察したことに気がついたのか、すぐに元に戻ったが、もうバレてしまった後だ。
「リカルデ」
「……お話は致します。
が、今は一度ゆっくり休んでください。今すぐ話してどう、ということもありませんから……」
どうやら何を言っても今は無理なようだ。後で話すというのであれば聞き出す必要もないだろう。
私も久しぶりにきちんと帰ってきたんだし、ゆっくりしたいというのは心情を汲み取ってくれたのだろう。
「わかった。そのかわり、後できちんと説明してよね?」
「はい。その時は必ず」
リカルデが神妙な顔持ちで頷いていたし、これ以上は何も言うことはないし、他のみんなにも会いたい。
出迎えてくれた二人にワイバーンのことを頼んだ後、館に入るとまっさきにリュリュカが駆けつけてくれた。
「おかえりなさいませ、ティファリス様!」
「ただいま、リュリュカ。館の方はどう? 代わり映えない?」
「はい! ティファリス様の執務室に少しずつ新大陸が出来上がっていってること以外は特になにもありません!」
「そう…それはまた……」
随分と頭が痛くなる出来事だ。私に向かって堂々と言ってくる辺り、リュリュカもいい度胸している。
こういう事に無頓着の割には私のお菓子を勝手に食べた時は隠そうとするんだもんなぁ……よくわからない子だ。
ただ一つわかるのは、憂鬱になるような仕事が確定してしまったということだ。
それをなんにも悪びれず、むしろ「今までしっかり守りました!」と言わんばかりの得意げな表情でこっちを見てくるもんだから怒るに怒れない。
仕方ないから笑顔で褒めておくとしようか。それでお茶の準備でもしてもらってさっさとゆっくりしよう。
「ありがとうリュリュカ。ちょっと長旅で疲れたから、お茶を用意してほしいんだけど」
「かしこまりました! ティファリス様の大好きなお菓子も一緒に持っていきますね!」
「あら、ありがとう」
これはまた珍しい。リュリュカはどちらかというと言われたことしか出来ない……というかしないタイプだ。
自ら仕事を見つけた時はそうじゃないけど、誰かに言いつけられてやる場合は本当にそれだけしかしない。
命令するよりも大雑把に指示を出しておいて後は任せておけば、時たまミスはするものの、勝手に成果をあげる……そんな子だったはずだ。
……ちょっとは成長したのかもしれない。
そんな事を思いながら妙に感慨深げに館の中に入ると、今度はフェンルウに出会った。
カザキリやアシュルとは違う、スライムっぽい丸っこい容姿に犬の耳としっぽを生やしたこの姿を見ると……妙に安心できる。
っていうかなんだろうかこれは……みんな私が帰ってきたのを知っているのか、次々と現れてくる。
まるで順番待ちでもして一人一人会いにでも来てるのかと、そんな印象を抱くほどだ。
「ティファリス様、おかえりなさいっす」
「ただいまフェンルウ……まさかこの後ケットシーとカッフェーが控えてる……わけないわよね?」
「? なんのことっすか?」
……どうやらとぼけているわけでもないようだ。ちょっと安心した。
少なかくとも、この後二人に出会う予定が確定されていない……そう考えるだけでこうも心が安らぐとは思わなかった。
「いいえ、なんでもないわ。それよりどう? 仕事の方は」
「……ティファリス様がソレ、聞くっすか?」
じとーっとした視線をこっちに向けてくるフェンルウ。じくじくと刺さるかのようなそれは痛いからちょっと止めてくれ!
こういう時は……ご機嫌を取っておいたほうがいい。今回は長い間留守にした後ろめたさもあるしね。
「あ、ああ、そうだ。フェンルウ、お酒は好き?」
「え? そ、そりゃあ好きっすけど」
「だったらちょうどよかった」
まるで彼のために買ってきたかのようにアイテム袋から桜酒を取り出した。
これは決闘を終えた次の日に大量に買い込んだお酒の一つだ。フェンルウが飲めるんだったらこれを渡しておけばいいだろう。
こうなったら必然的に他の者にもあげなければならないだろうけど……それなりに買い込んできたからまあ大丈夫だろう。お金自体はアイテム袋に結構入れていたからね。
「……これは? なんだかちょっと甘い匂いがするっすけど」
「セツオウカの桜酒よ。あの国では桜という花が咲いている木があって、それの匂いがしてるのよ」
「へぇー……これ、本当に貰っていいんっすか?」
お、フェンルウの興味を見事に引いたようだ。
スンスンと鼻を鳴らして心地よさ気な表情をしているようだった。
「ええ、貴方の部屋に持っていっておくから、後でゆっくり楽しむといいわ」
「さっすがティファリス様っす! ありがたくいただくっす!」
嬉しそうにステップを踏みながら、フェンルウはどこかに行ってしまった。
ふぅ……危ないところだった。下手をしたら更にまずい状況に陥るところだった。
「ティファさま……」
「……? どうしたのアシュル?」
「い、いえ」
今度はアシュルがなにやら不満そうにこっちを――ってそうだ思い出した。
「アシュル」
「は、はい! なんですか!?」
ビシッと背筋を伸ばした姿がどこか滑稽だったけど、そんなことは構わずに私は指輪の入った箱をアシュルに手渡した。
「ティファさま、これは?」
「アクアベリルの指輪よ。フェアシュリーに行った時に買ってきたんだけど……すっかり渡し忘れていたからね」
フェンルウにお土産を渡すということをきっかけに思い出すことが出来た。
これは買った後、時間があった時に私の魔力でより強化された一品となっている。
「ティ、ティファさま……ありがとうございます!」
感激したかのように涙を浮かべながら嬉しそうにしている姿を見れただけ、渡した甲斐が合ったというものだ。
ま、ちょっと遅れてしまったことには目をつむってもらおう。
色々と揉め事が続いたし、忘れてしまったのも仕方のないことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます