96・魔王様、新たな不安を抱える

 セツオウカから帰ってきてから二日。

 執務室の新大陸を少しずつ片付けながら、適度に休みを入れている中、一つだけ気になっていることがあった。

 グルムガンドの魔王ビアティグからの連絡が最初の一枚……国内でまとまりを見せていないというところから全く届いていない件だ。


 確かあれは8の月ペストラの序盤だったはずだ。届いたのはその一ヶ月前、7の月ビーリラのときだった。

 そして、今が9の月ファオラ。合わせて二ヶ月ぐらい音沙汰無しなのだ。


 これがゴタゴタが収まってから連絡してくるというのならいいんだけど……そんなに楽観視できるような状況ではなさそうだ。


 そんな事を考えていると、ノックの音が聞こえてきた。

 入室を促すと……予想通りというかなんというか、リカルデがそこには立っていた。


「お嬢様、少々お時間をよろしいでしょうか?」

「ええ、どうしたのかしら?」

「実は……グルムガンドについてなのです」


 やっぱりグルムガンドか。あの時、私は空からワイバーンで帰ったけど、リカルデとフラフは最初に乗ってきたラントルオの鳥車で帰ってきたんだっけか。

 その時になにかあったと……そういうわけだろう。


「ティファリスお嬢様が先にワイバーンで帰られた時、私達も行きの時に酷使したラントルオを休ませながらゆっくりと帰りの道を進んでいたのです」

「……それで?」

「旅は途中まで順調でございました。フェアシュリーのあの村の近くを通るまでは」

「あの村? それって……」

「はい、あの獣人族の村です。お嬢様と私が一泊し、お嬢様のお母様の思い出を聞かれた」


 あそこか……私が不思議な夢を見た場所。それとやたらと不安そうな目で見られた村だ。


「あそこの近くを通りかかった時、ラントルオを狙った魔法が周囲から一気に放たれ……私が正面の魔法を払って一気に突破を図りましたので事なきを得ましたが……。

 車体は半壊。追手を振り切る為に怪我をしたラントルオを酷使してしまったので、当分は満足に動くことは出来ないでしょう」

「そう……」


 これでラントルオが死んだと聞いたら今現在借りているワイバーンを使ってでも乗り込みに行ったんだけど、そういう心配はしなくても良さそうだ。


「で、その魔法というのは獣人族が使ったもので間違いない?」

「はい。彼らは覆面をしておりましたが、尻尾が生えておりましたし、あの付近には人狼族はいませんので間違いはないかと。ただ……」

「ただ?」

「下手に攻撃して因縁を着けられることのほうが厄介に感じましたので……」


 なるほど、捕虜の類とかはいないというわけか。

 これじゃあグルムガンドに対して正式に抗議することも出来ないだろう。

 全く……ビアティグは何を考えているんだろうか?


「なんにしろ、一度あの国に行ったほうがいいかもしれないわね」

「お嬢様、それでしたら使者を送ってはどうでしょう?」

「使者?」

「はい。襲撃の件はひとまず置いておくとしましても、セツオウカ・フェアシュリー・クルルシェンド・リンデルと次々と同盟が成立している中、これ以上グルムガンドを放置するのも外交のことを考えてもあまり得策とは言えないでしょう。良いことにせよ悪いことにせよ、何かしらの進展が必要です」

「だったら私が行けば早いじゃない」


 グルムガンドをあんまり放置しすぎるのは確かに良くないことだ。それならさっさと解決させるために私が赴いたほうが良いだろう。

 だけど私の言葉を聞いたリカルデは微妙に渋ったような表情でこっちを見ている。


「お嬢様……」

「な、なによ……そんな不満そうな声あげて」


 大きなため息が出てきそうなほど呆れたような顔をこっちに向けてるけど、一体何だというのだろうか。


「お嬢様、今は国のことを考えてください。お嬢様がいなければ立ち行かないことだってあるのです。使者を送り、様子を見てから動く方がいいでしょう」

「それはそうだけど……」

「外に向けて働きかけることも悪いとはいいません。ですが、それだけではダメなのです。民の声を聞き、国のために成すべきことを成す……内側から盤石にしていくこと、それも貴女様の大切な仕事の一つです」

「……わかったわ」


 リカルデがあまり真面目な顔で言うもんだからびっくりした。

 だけど彼の言うことももっともだ。いずれはこの国にも向き合わなければならないし、国民のことを思いやることも私の仕事。長らくここを離れて活動していたこともあってか、ないがしろにしていたのかもしれない……今私がしなければならないことは国にあるのだろう。


「……なら、使者を送る方向で行きましょうか。まずはフェアシュリーに行かせましょう」

「フェアシュリー……にでございますか」

「ええ、アストゥに一度この事を相談して、協力を仰ごうと思うの。獣人族は妖精族と仲が良いからね」

「なるほど。でしたら使者の方も魔人族以外の人がいいでしょうね」


 魔人族に酷い迫害を受けていた歴史が獣人族にはある。

 下手に魔人族の使者を送ったら逆に神経を逆撫でするのがオチだろう。

 出来れば彼らに近しいか、縁のある種族に頼んだほうがいいかもしれない。


「なら、フラフとウルフェンに行ってもらうのはどう? フラフは狐人族だし、少しはグルムガンドも友好的に接してくれるんじゃないかと思うの」

「そうですね。期待しすぎるのはあまり良くないですが、こちら側から送るにはその方が良いでしょう。それと、クルルシェンドのフォイル王にも話を持ちかけたほうが良いかもしれません」

「……そうね」


 獣人族は仲の良い種族との交流は大切にする傾向がある。

 少なくとも迫害されていた時期を共にしていたであろう妖精族と狐人族からの働きかけがあれば、そう無下にはしないだろう。

 ……だとしても万が一ということはある。使者を送るんだったらこっちもそれ相応の準備が必要になるだろう。


「ひとまずウルフェンとフラフを呼んでまいりましょうか?」

「そうね。二人にもちょっと聞いてみたいし、お願いするわ」






 ――






「と、いうわけよ」


 リカルデに頼んで連れてきてもらったフラフ・ウルフェンの二人に呼んだ経緯と、これから行って欲しいところなんかを詳しく説明した。

 フラフの方は私に使えて初めての任務だとグッと気合を入れているようだけど、ウルフェンの方はちらっとフラフの方を見て、こいつのおもりが任務かというような顔してる。


 二人共実にわかりやすいやつだ。


「わかった。あたし、頑張る!」

「……ティファリス女王が言うなら、オレはそれに従おう」


 フラフの面倒見なきゃいけないとか思ってない? って口をついて出そうになったけど、それを言った瞬間二人の関係がギクシャクしてしまうのうけあいだろう。

 ここは黙っておくのが大人ってもんだ。


「二人共頼んだわよ。実際行ってもらうのはもう少ししっかり準備してからになるだろうけど、万が一を考えて最悪の状況を常に考慮しておいて」

「最悪の状況とは?」


 ウルフェン……間髪入れず質問してるけど、そういうことはもう少し考えてから聞くべきだと思うんだけど。


「……二人はどう思ってる? どういうのが最悪だと思う?」

「……」


 ちらっとウルフェンがフラフを見た瞬間、彼が何を考えてるのかがわかった。

 兵士たちの訓練を任せてはいたけど……そろそろ彼も鍛えてもらわなければいけない立場なのかもしれない。


 今のウルフェンは兵士としては並でも、部隊を指揮する者としては失格だろう。


「えっと……グルムガンドに攻撃、されるかも?」


 それとは別にフラフはうんうん悩んでしっかりと答えを導き出したみたいだ。

 ウルフェンとは別にこっちは多少はその資質があるようだ。

 ……だけど、言葉遣いというか……意思疎通が微妙に下手だからこれはこれで問題か。


「正解よ」

「やった!」


 嬉しそうにガッツポーズを取るフラフに、子どもでも見るかのようなウルフェンだけど……貴方も少し見習いなさいと言いたい。


「攻撃される確証はあるのか?」

「ないわよ。でもね、リカルデがここに帰国中に起こった襲撃に獣人族が絡んできた以上、可能性は決して低くない。想定して置いて損はないわ」

「そうか……なら気をつけておこう」


 従う姿勢は素直でいいんだけどなぁ……。

 今は仕方ない。心配事も多いが、何事も経験という。


 ウルフェンが担当していた戦闘教官の方はリカルデに兼任してもらうことにして、その分の仕事は最近育ってきたという人材に任せてやろう。

 内政の方は他にもケットシーやフェンルウもいる。フェーシャはそろそろ帰る頃だろうけど、そこは私が埋め合わせすればいいし、軍事関連の人材のほうがどちらかと少ないのが現状だ。


 下手に私が介入しても面倒見きれないからね。アシュルは教えるのが上手そうに見えないし、やる気を空回りさせてしまいそうな気がする。


「二人にはラントルオの手配と書状の作成が完了次第向かってもらうことにするから、その時はよろしくね。

 ウルフェンは後ででいいからリカルデに兵士たちの訓練状況を伝えて引き継いでおいてね」

「はい!」

「わかった」

「それじゃあ、下がっていいわ。ご苦労さま」


 これ以上話すこともないし、二人を下がらせた……のはいいけど、思った以上に苦労しそうな予感がしていた。

 出発させるのにもしばらく掛かりそうだし、出来るだけ手を打っておくと良いか。


「心配ですね。あの二人」


 私の心の中を見透かしたかのようにぽつりと呟くリカルデなんだけど……やっぱり同じことを感じていたのか。


「……もう一人くらい付けること出来ないかしらね」

「難しいですね。魔人族を付けてしまっては元も子もございませんし、ゴブリン族は南西ではここにしか存在しない種族ですので、どうしても魔人族のイメージが先行してしまうかと思われます」


 やはりリカルデも同じ考えか。となると……やはりフェアシュリーとクルルシェンドを経由して、少しでも外交の経験を積ませながら助力を求めさせるしかないか。


 ため息混じりに少し休憩がてら外を眺めて考え事をすることにした。

 これからのこと、獣人族のことを。


 それにしてもグルムガンドは……というよりもビアティグは何を考えているのだろうか。

 フェアシュリーで会った時はこういう事になったら不味い事になるのがわかる男だと思っていただけに残念だ。

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