93・戦い、決着の時を迎える
魔法と魔導の応酬に指し示したかのように攻撃に転ずる私達。
これほど楽しいひとときがあっただろうか?
まるでお互いのことを知ってるかのように打ち合い、斬り合う。
防御を捨てた激しい剣戟に私とセツキは自身の身体が傷ついていくのも構わず、二人で死をも厭わぬ程の舞を踊り続けていた。
私の頭の中には、もう決闘の勝敗なんて眼中に無く、今のこの戦いが続けばいいと……そう思うほどだ。
だけど楽しい時は長くは続かない。最初の余計な考えなんか、どうでもいい程の激しい攻め。
私は肩や腕の痛みがどんどん強くなり、刃が掠めた頭からは片目を遮るほど血が流れていて、全身傷だらけの酷い状態だ。
対するセツキ王も同じくらい血に塗れ、互いに満身創痍。
そりゃあそうだ。決着をつけたいのであれば、防御なんかかなぐり捨てて、どっちかが倒れるまでやりあうしかないんだ。
攻撃を止めたものが負け……そういう風に決めた以上、一歩も引かない。
突きで肩に深手を負うほどの斬り傷を受けると、逆に脇腹を抉ってやる。
それでも退かず、互いに最後の一撃だと言わんばかりに刃を合わせた瞬間、魔法(導)を解き放った。
「『火土・地走』!」
「『ソイルウェポンズ』!」
ほぼ零距離から大地を駆けようとする武器と炎が暴発したように辺りに
受け身もまともに取れないほど疲労しきっていた私は、無様に地面を転がりながら身体を強かに打ち付けてしまう。
もはや起き上がる気力も湧かず、ただ呆然と闘技場に広がる限定された空を見上げていた。
「ティ、ティファリス、よぅ」
離れた位置から精魂尽き果てたような声で私を呼ぶ声がした。
ちらっとそちらの方に視線を向けると、私と同じように大地に倒れ伏しているセツキの姿が確認できた。
満足したような、寂しいような顔で問いかけてくるその声に応える。
「……なに?」
「お前、なんでその剣の能力使わなかった?」
「……なんだそんなことか」
白の『フィリンベーニス』なら相手の体力を奪うことも出来た。血を、魔力を無理やり変換させ、放出させるあれなら恐らく私が有利に戦うことが出来ただろう。
だけどそれは……。
「バカねぇ……そんな無粋なこと、出来るわけないじゃない」
今までの戦いでは、これほど心躍ったことはなかった。
魔王として、国のために戦うっていうのもあった。それでもセツキ程純粋に戦いを望んできたものはいなかった。
だから、使いたくなかった。戦争の為の白の剣なんかでこの戦いを汚したくなかった。
「はっ、無粋、かよ……参ったなこりゃ」
「この戦い、引き分けね」
「そうだな……だけどよ……」
全身に力を込めるように立ち上がるが、すでにまともに動ける身体じゃないのだろう。フラフラと足取りは悪かった。
それでもしっかりと足を踏みしめるその姿に、私も同じように自分の力を振り絞って立ち上がる。
互いの視線が交差したかと思うと、セツキはふっと顔を緩めた。
「決闘はお前の勝ちだ。俺様は出来る限りお前の力になってやろう」
「……ええ、よろしく頼むわ」
こうして私達の長くも短かった戦いの幕は閉じた。
会場からの割れんばかりの拍手と歓声に身を包まれていたけど、下に降りてきたアシュルとカザキリ……それにオウキに抱えられる形で会場を後にすることにした。
……後で聞いた話なんだけど、壁はボロボロ、地面は大きな穴がいくつも空いてボコボコ。ギリギリ観客席は無事という酷さだったとか。
あれだけ激しく暴れたのによくそれだけで済んだなとも思ったけど、しばらく闘技場は復旧作業に時間を費やすことになったのだとか。
――
運び込まれたのは私が寝泊まりしていた部屋……ではなくセツキが休んでいる部屋だ。
回復魔法を使えばすぐに治るんだから、わざわざ怪我の手当てなんてする必要はない。そう思ってそのままここに連れてきたらしい。
私達は隣り合って寝かせられる形になったが、まるで添い寝させられてるかのようにさせられていた。
なんでわざわざこんな状態になってるんだ……。
オウキの方はセツキに任されていた件があるからと早々にどこかに行ってしまったが、相変わらず忙しい男だ。
よほど信頼されているのだろうけど、少しはゆっくりしていけばいいのに。
自分の主のこんな姿を見たくないだけなのかもしれないけど。
「それではアシュル殿、お願いするでござる」
「わかりました」
「ちょっとまって」
カザキリとアシュルの応答に対し、私はストップを掛けた。
不思議と思った二人が私の方に顔を向けてきたが、ちょっと思うところがあったわけだ。
私はセツキに自分の秘密を……聖黒族であることを打ち明けることにした。
闘技場で一戦交えた時に、はっきりとわかった。この男は……セツキは信用することが出来ると。
この男は他の魔王たちと少し違うと思ったのだ。
「ティファリス様、どうされたでござるか?」
「ちょっとカザキリには席を外してもらいたいのよ。セツキにだけしたい話があってね」
「それは今でなければならぬのでござるか?」
主の事が心配だからか、私の事情を知らないからだろうか……どうもカザキリは譲れないといった様子だった。
そこにアシュルが助け舟を出してくれる。
「話なら治療しながらでも出来ますよ。ちゃんと治しますからカザキリさんは安心して部屋から出ていってもらえますか?」
「……わかったでござる。回復魔法であれば一瞬とは言わずともしばらく時間がかかるでござろうし、その間に話すべきこともあるでござろう。完全に離れることは出来ぬでござるが、扉の前に待機させてもらうでござるよ」
「ありがとう」
なんとか納得してくれたカザキリは静かに部屋から出ていった。
「アシュル、ナイス」
「当然ですよ! でもティファさま、よろしいのですか?」
「ええ、あれだけお互いのことをぶつけ合ったんだもの。セツキは信用できる」
「……なんの話ししてるんだ?」
いまいち状況を飲み込めてない様子のセツキに私は魔導を使う。
フェーシャやジークロンドに使った対象者の全てを癒す回復の光だ。
「『リ・バース』」
私とセツキの身体を柔らかい癒しの光が包み込んだかと思うと、すっかり傷も元通りになり、痛みも苦しさも完全に無くなっていた。
「これは……」
驚愕の顔を浮かべたセツキの気持ちはわかる。
この世界では闇属性を使える者は決して光属性を使えない。逆もまたしかりだ。
私が戦いの時に使っていた『シャドーリッパー』や『エンヴェル・スタルニス』は誰がどう見ても明らかに闇魔法だった。
しかしこの『リ・バース』は光系統の回復魔法。両方を使えるという事実を知ったことに驚きを隠せずにいたというわけだ。
「闇属性を扱うものが光を……? そんなこと……いや、まさか……」
ぶつぶつと色々と考え込むように呟いていたが、やがてひとつの結論を得たが、信じられないと言うかのような顔で私を見つめてくる。
戦闘だけばかりの魔王と違い、頭の回転も早い。さすがの上位魔王だ。
「まさか……聖黒族? ティファリス、お前……聖黒族なのか?」
「だとしたら?」
「……はっ、そりゃすごいことだ。とうに滅びてしまった種族が俺様の目の間にいるんだからな。
使うまでは到底信じられないことだっただろうが、こうして使ってる姿を間近に見ると、な。
鬼神族である俺様よりずっと貴重な存在じゃねえか」
今までの出来事を噛み砕くように頭の中で整理しているようで、しきりにうんうん頷いている様子のセツキ。
っていうかさり気なく重要なこと言ったなこの男。
そういえば前にアストゥが鬼族や竜人族は覚醒したら別の種族に昇華すると言っていた。それが鬼神族と言うわけか。
「それは今まで他の魔王には?」
「貴方が初めてよ。今まで会った他の魔王には誰ひとりとして明かしてないわ」
私のその言葉を聞いた途端ご満悦な表情でこっちを見ているけど……そんなに嬉しいことなのか?
絶滅したはずの種族に会えたという嬉しさからそう思っているのならこっちもちょっと照れるんだけど。
「それは賢明だったな。下手に上位魔王に知られでもすれば、余計な争いに巻き込まれかねない。
お前の国の為にも今までどおり闇属性使いの魔人族のまま、振る舞っていたほうがいいだろう」
「わかってるわよ。だから貴方もバラさないようにしてよ?」
私がちょっとおどけるように言うと、当たり前だと力強く笑ってセツキは頷いてくれた。
「このことは俺様の心の中にしまっておくさ。カザキリには悪い気もするけどな」
そんな風にカラカラと陽気に笑うセツキを尻目に、アシュルはちょっと面白くないような顔をしている。
まるで自分たちの隠し事だったのにというかのような態度に思える。
「アシュル……拗ねてる?」
「す、拗ねてませんよ!」
慌てて否定してるところがなおさらそう思わせてくれる。
少々分が悪いと思ったのか、別のことに気を逸らせようとしてきた。
「ただティファさまが私に命をかけるなっていった割にあんなにひどい状態になるまで戦ってましたから……!」
まるで妙案を思いついたとばかりに頬を膨らませているようだけど、アシュルのときと私のときでは状況が違う。
「私はまだ回復出来たけど、貴女は意識を失って暴発させたでしょうが」
「う……そ、それでも不安でした!」
「アシュル……」
そう思われるのは嬉しいが今は拗ねてない言い訳をしているようにしか見えない。
そんな事を思ってたらセツキが呆れたような乾いた笑みを浮かべていた。
「お前らな……そうやっていちゃつくのはいいが、俺様の目の前ですることもないだろうが」
「なっ……」
「い、いちゃついてません!」
いきなり何を言うんだか……だけどセツキはまるで聞く耳を持たない。
全く……なんでそういう話になるんだか。
「他の魔王たちの中には、スライムとそういう関係を持つ者だっている。そんなに気にする必要はないと思うけどな。
なにせスライムは――」
「わーーーー! わーーーー!」
セツキがなにか話そうとしてるのを遮るかのように大声をあげるアシュル。
そういう事する子じゃないはずなんだが……一体どうしたんだろうか?
「どうしたのよアシュル?」
「え!? いえ、あの……」
私達の様子を訝しんでいたセツキだったがやがて何かを気づくようにハッとした顔になっていた。
「アシュル……お前まさかまだ……」
「う、うぅぅぅぅ……」
「なるほど、そりゃあしょうがねえな」
唸るアシュルに納得がいった様子のセツキ。そして完全に置いてけぼりな私がそこにはいた。
二人だけなにかわかってるような雰囲気なのがなにか気に食わない。
「どういうことなの?」
「……少なくとも、俺様の言うことじゃねえってことだ」
何やら意味深な言葉とともにそれ以上は何もしゃべる気がないとアピールされてしまった。
アシュルは相変わらずもごもごしてるし……自分が関係してるはずなのに、まるで部外者みたいな扱いをされてしまった上、結局その後すぐにカザキリがノックしてきたことで話を中断されてしまうのであった……。
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