92・鬼、真価を発揮する

 ――セツキ視点――


 俺様はゆっくりと背負っている大刀に手をかけた。

 ――『金剛覇刀』。俺様の能力を最大限に引き出し、望む全てに応えてくれる刀。


 刀とは名ばかりのその大きな刀身は黒く艷やかな光沢をしている。

 この世で唯一、長い年月を掛けて魔力を練り込みながらでなければ加工することすら不可能と言われる『ヒヒイロカネ』のみで創られた刀。


 そんじょそこらの能力を付与されただけの魔剣とはわけが違う。


「なるほど、それが貴方の相棒、というわけね」


 ひと目でこの刀の価値を見抜いたのか、驚きながらも嬉しそうに目を細めるティファリス。

 やはり、お前にもわかるか。この刀の素晴らしさが。


「くっくっくっ、俺様が唯一認めた刀……それがこの『金剛覇刀』だ」

「……なら、こっちも見せなければならないわね。私の剣を」

「ほう、見せてもらおうじゃないか。お前の全てをよ!」

「『人造命剣「フィリンベーニス」』!!」


 ティファリスが魔法みたいな名称を口ずさむと、胸のところから剣の柄のようなものが姿を見せた。

 ゆっくりとそれを引き抜いて現れたのは白と黒にはっきり分かれた二色の剣。


 見ただけでわかる。圧倒的な存在感を放っているあれは……俺様の『金剛覇刀』とはまた違った強大さを持つ魔剣だ。


 あの『人造命剣』とかいう魔法……アシュルも同じものを使っていたな。その時は確か……『クアズリーベ』だったか。


「興味深い魔法だな。自分の中から剣を作り出すか」

「それだけじゃ……ないわよ!」


 早速斬り合おうっていうのか。

 一気に加速をつけて俺様に向けて斬り込んできやがった。


 左に、右に……一気に4つの方向からの斬撃が飛んでくる。

 ったく、いきなり調子いいじゃねえか。だがよ……。


「はっ、これくらいじゃねえとな!」


 俺様は全て防ぎきり、刀をティファリスに向けて振り下ろす。

 今までの俺様の動きからは想像もつかなかったのだろう。俊敏な動きにティファリスが少しばかり目を見開くようにこちらを注視したのがわかる。


 それに対し剣の刃に乗せて受け流す姿勢を取り、そのまま流しつつ俺様に迫ってきてきやがる。

 なんて豪胆さだ。並の奴だったらこんな風に刀の軌道を逸らしながら攻撃を仕掛けに向かってくるなんてことは出来ねえ。


 逸らしきった剣をそのまま刺突の構えから一気に解き放ってくる。

 これは……防御が間に合わねえ!


「くっ……」


 上体を低くすることで突きを避けようとしたが、それすら叶わず俺様の肩を切り裂いた。

 が、そこは俺様の間合いの位置だ……!


「うおらああああ!」


 片手で思いっきり刀を振り上げ、ティファリスの身体に直撃させる。

 うめき声をあげながら吹き飛んでいく姿を見て、そのまま体勢を整えて追撃を仕掛ける。


 惜しいのか惜しくないのかわからないが、無理に刃を向けずにそのままぶっ飛ばしたのが正解だったな。

 斬った方が威力があるとか下手に考えていたらまずその隙をついて二度目の突きを放ってきただろう。ティファリスというのはそういう女だ。


「よくもまあ、そんな重そうな剣を軽々と扱えるものね!」

「はっ! 当たり前だ! この俺様を誰だと思ってやがる!」


 吹っ飛んだ先で剣を大地に突き刺しながら体勢を整えようとするティファリスだが、そうはさせない。

 俺様はあえて横に切り払ってやる。すると早々に剣を抜くという考えを諦めたのか、飛び退って俺様と距離を取ってきた。


「『人造命剣「フィリンベーニス」』!」


 再び魔法を詠唱したティファリスは、胸からさっきと同じ剣を抜き放ち、距離を保ったまま俺様がどう動くか見定めているようだ。

 ……随分あっさりと手放すと思ったらそういう理由か。地面に刺さった剣は光を放って消えているみたいだし、あれは魔法を使えばいつでも呼び戻せるタイプの剣のようだ。


 だがどうもそれだけじゃないように見える。あれは命を喰らうかのような…包み込むかのような不思議な気配を感じる。ただ単に魔法で戻ってくるだけの剣ではない。


 なら、それを引き出させてやるよ。この俺様の手でな!


「『火風……』」


 魔法の効果で『金剛覇刀』が鳴動する。注ぎ込まれた魔力を嬉々として喰らうような、そんな高鳴りを俺様に伝えてくるかのようだ。

 刀は火と風を纏い、渦巻くその力を内面に押し込み……一気に解き放つ。


「『鎌鼬かまいたち』ぃぃぃぃぃッ!!」


 思いっきり宙に十字を描くように斬る。炎を纏った風の刃がティファリスに向かっていく。

 俺が使った今までの魔法よりも数倍に威力を増したその一撃を真っ向から受け止めている姿は俺様の期待通りだ。

 この程度のこと、涼しい顔でやってもらわないとなぁ!


「『フィロビエント』!」


 地面を削りながら少し後退したティファリスはお返しとばかりに魔法を解き放ってくる。

 次々に現れる風の刃が縦横無尽に俺様に襲いかかってくる。


 ……まだこんな魔法を隠し持っていたとはな。

 そうでなくちゃ面白くはない。

 俺様が回避しながら刀で弾くように動こうとしたが、ティファリスは更にもう一つ魔法を詠唱してきた。


「『シャドーステイク』」

「……なにぃ!?」


 動かそうとした足がまるで地面に縫い付けられるかのように止まった俺様は一瞬足を見てみると、なにか黒い杭のようなものが足に刺さっているのがわかった。


 迫りくる風の刃を前にこれはやばい。動かそうとした足が急に止まってしまい、俺様は完全に体勢を崩してしまった。


 こうなったら仕方ねえ。動きながらティファリスの隙を探すということはできなくなってしまった。

 俺は大刀を盾にするような形で極力攻撃を防ぐようにするが……どうしてもいくつか攻撃を掠らせてしまう。


「ちっ……いやらしい魔法だなおい」

「ふふ、それはどう……も!」


 真横から声がしたかと思うと、いつの間にか近寄ってきたティファリスがすでに剣を振り上げた状態だった。

 この状態で縦に斬るっていうのは相当嫌な攻撃だ。

 足を地面に縫い付けられているせいでまともに避けるという選択肢を完全に奪われてしまっているからな。


 こうなっては受け止めるしか方法はない。足止めの魔法としてはこれほど優れたものはないだろう。


「くっ……まだまだぁ!」


 刃を合わせ、互いに剣を弾かせながら次々に斬り結ぶ。横薙ぎには縦斬りで、合わせ、弾き、逸らし、つばぜり、睨み合う。

 やがて持続時間が切れたのか足が軽くなったような感覚がした。

 一気に引き離すために大きく横薙ぎの一撃を放ちながら飛び退りながらさらなる一手を打つ。


「『火土・地走』!」


 そのまま魔法を繰り出してティファリスを寄せ付けないようにする。案の定追撃をかけようとしていたようで、そこで足止めを食らう形になったあいつは、悔しそうにその端正な顔を歪めていた。


 そこで何度目かになる様子見状態になり、俺様はティファリスの一挙手一投足に真剣に注目する。


「ふふっ、中々やるじゃない。でもこれじゃあいつまで経っても決着が付きそうにないわね」

「はっ、どうやらそのようだな」


 妖艶に微笑むその姿は、恐ろしく色っぽい。純粋なようで怪しいその有様は、ベッドの中だったら間違いなく襲うだろうとか思ってしまうほどだ。本人は気づいてないんだろうけどな。


 そんな雰囲気を纏いながらティファリスの話は続く。


「なら、今からお互い力の続く限り攻撃し続けましょう? 一瞬でも攻撃の手を休めたほうが負けってことで……どう?」

「……は、ははは、バカげてるな。だけど面白い。乗ったぜ! その方が手っ取り早いからなぁ!」


 本来だったらそんな意味のわからん勝負に賛成することはない。だがこのままではいつまで経っても決着がつかないのもまた事実だ。


 ……なら、最後の一瞬まで全てを絞り、死力をつくして見せてやるよ!


「ティファリス! 俺様の渇きを……飢えを、満たしてくれよぉ!!」

「思う存分満たしてあげるわ!」


 俺様はもはや致命傷や動きを阻害するような一撃以外は全て無条件で受け入れる覚悟を決めて突進する。


「『ガイストート』!」


 ティファリスの影から放たれたのは、あの時の意識が飛ぶかと思った程の激痛を味あわせてくれた魔法だ。

 だが所詮それだけの魔法だ。あれによる外傷は一切ない。そんなもん、来るとわかっていたらなんともねぇ!


「今更そんなもんでぇ……この俺様が止まるわけねえだろうがああああああ!!」


 幾度も襲ってくる命を脅かすほどの痛みに俺様は歯を食いしばりながら耐え、力の限り構えた刀を振り下ろす。

 真っ向から受ける形でそれを迎えたティファリスは衝撃で身体が沈み、地面にヒビが入るのをものともしない様子で受けきった。


「『火火・火影乃舞』!」


 そのまま『金剛覇刀』に魔力を纏わせ、一気に威力を底上げする。刀身がまるで燃え上がるかと思うほどの炎が一気に解放され、刀の形となって剣舞を演じてるかのように襲いかかっていった。


「くっ……この程度…でえええええ!」


 炎刀がティファリスの全身の肌をなぶりながらも肝心の一発を決められず、こっちまで詰め寄られる。

 幾度となく斜め、左、右にと刀を合わせ、力で押してお互いの顔を真っ直ぐ見据え、お互いの魔法を発動させる。


「『火火・火烈鳳凰』!」

「『フラムブランシュ』!」


 再度赤い魔力が『金剛覇刀』に宿り、圧縮し、強大にする。

 炎は灼熱のように激しく、それは鳥の形を取り、眼前のティファリスに襲いかかる。


 が、向こうも白い光線みたいなものを放ってきてこれを迎え撃ってきた。一瞬光魔法かとも思ったが、『火火・火烈鳳凰』にも負けないほどの熱量が伝わってきて、火属性であることがわかった。

 俺様の得意属性で張り合おうというのはいい度胸だ。真っ向から返り討ちにしてやるよ!


 ぶつかり合う二つの赤と白の魔法。互いに拮抗しているが、どうせ相殺することが見えている。

 すぐさま駆け出して大刀を持つ手に力を込める。


 ちょうど火の鳥の近くまで行った辺りで俺様の予想通り、小爆発を起こして魔法は跡形もなく消え去り、目の前にはやはりティファリス。

 やはり俺様と同じ考えか……おもしれえ。


 こんな時間が、いつまでも続けばいい。

 それは叶わないとわかっていても、な。

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