91・鬼は感謝する、その強大な存在に

 ――セツキ視点――


 俺様はずっと……産まれたときから飢えていた。

 強敵に、この俺様とさえ互角に渡り合える強者に。


 俺様に勝負を挑んできた奴らは撫でるだけでぶっ倒れちまう。

 酒、祭り、喧嘩がなにより大好物な俺様たち鬼族にとって、それだけで勝利が決まる程度の戦いほどつまらないものはない。


 だから俺様は貪欲に強い奴を求めた。同じくらいの鬼がダメなら年長者を、それでもダメなら大人を、兵士どもを……一人で複数の鬼たちを相手にしたことだってある。


 ……だが、物足りねえ。つまらない。いくら戦っても満たされることがない。

 一発殴ればそれで終わり。わざわざ武器を使用させるハンデだって与えてやったのに、やつらの武器は俺様の肉体を傷一つつけることすら敵わない始末。


 そんな雑魚ども、いくらぶちのめしたところでなんの感情も湧き上がってくるはずもない。

 戦えば戦うほど渇いていくだけだった。


 酒は美味い。祭りは最高に楽しい。それなのに、最後の欲求だけがどうしても満たされねえ。

 ガキから成長しても、そのモヤモヤは決して晴れることなかった。


 ……そんな時だ。俺様は人生の師匠であり、先代の鬼神族の魔王であるシュウラに出会った。

 俺様の噂を聞きつけ、わざわざ喧嘩をしにきやがったわけだ。


 一国の王がこの俺様にだぜ? その時は魔王だろうがなんだろうが関係ねえ、どうせこいつも大したことねえ雑魚だと思って気軽に引き受けたんだが……その時は負けたと思った。


 お互い血だらけになりながら地面に横たわり、大声で笑いながら一歩も立てずにいるそれは、傍目から見れば引き分けにしか見えなかっただろう。

 だがその時の俺様は負けを知らなかった。常に勝ち続けた俺様が初めて与えられた引き分け。


 屈辱とかそんな感情よりも感動が先に襲いかかってきた。ずっと感じていた飢えが、渇きが……多少満たされたような気がしたからだ。


 だが今思えばシュウラの方は屈辱的だっただろう。俺様は鬼族だが半分くらい覚醒した状態で産まれた異端児で、鬼神族として誇りを持っていたシュウラに引き分けるほどの力をすでに持っていたからな。


 当時の俺様は自分のことで精一杯だったがな。

 それでその時、シュウラから俺様の来歴を初めて聞かされた。俺様が5世代前の魔王の子孫であり、俺様を城に迎えに来たのだと。


 俺様はそりゃあもうワクワクしたさ。これから毎日引き分けたシュウラと戦えるようになるとな。

 ま、現実はそう甘くもなかったわけだが。

 あれからシュウラと度々戦っていったんだが、俺様が成長していくにつれ、再び渇きを感じるようになってきた。


 シュウラは強かった。だが、それよりも俺様の方が遥かにまさっていたということだ。

 いつの間にか俺様はまた負け知らずとなっていた。

 だが、昔のように渇きや飢えでどうしようもなくイライラするようなことはなかった。


 それはシュウラが俺様に言った言葉がきっかけだ。


「セツキ、済まないな。俺ではもうお前に勝てそうにない。だがな、お前よりも強いやつに必ず出会う。必ずだ。

 お前のその圧倒的な強さには必ず意味があるそれを忘れずに自らを鍛え続けろ。魔王としての素養を身に着けろ」


 まるで俺様がこの国を背負って立つ、鬼神族として完全に覚醒する未来が見えてるかのように言っていたシュウラの姿は、今でも覚えている。

 初めて俺様と引き分けた男が……あまりにも当たり前のように言っていたからこそ、俺様もそれを素直に受け入れて信じることにした。


 シュウラの話す未来のために、俺様の強さの意味を教えてくれる強者と出会うために。

 それから俺様は大人になるまでの間に城で魔王のことについて歴史を、心を学び、シュウラの後釜として魔王の座を継ぎ、鬼神族としての力に目覚めた。


 ……よくよく今思い出してみれば、その頃から俺様も随分とおとなしくなったもんだ。昔のように荒んだ気持ちは無く、どこか達観したような落ち着きを放っていたとか周囲が言うほどだったな。

 ま、鬼族の言う落ち着きなんてのはたかが知れてると言うもんだが。


 そして初めて上位魔王共と出会った時、シュウラの考えが確信に変わった。

 竜人族の魔王、種族を不明としているあの男と……強いやつは確かにいたんだとシュウラに感謝したほどだ。

 ……ま、その時は俺様も完全に覚醒を遂げていたおかげで上位魔王の一員。同じ上位魔王の……それも最高位の実力を持つ魔王共に気軽に喧嘩を売れるほど、立場が軽くはなかった。


 もっとも、向こうが上位魔王の時点で、軽い気持ちで戦ってたら国同士の問題に発展する大問題だっただろうがな。

 だが、上位魔王にも俺様に匹敵する存在がいたんだ。それならば、下の連中からもそういうやつが上がってくるかもしれねえ。

 その時こそ、誰の気兼ねもなく最高の戦いが出来る……ってな。


 だから俺様はずっと待っていた。決して慢心せず、常に鍛錬を積み、民を思い国の富ませる方法を考え……いつか来たる強者の存在を。俺様が最強の魔王としてそいつを迎え撃つために。


 そして今、俺様の目の前には恋い焦がれる程待ち望んでいた最高の好敵手がいる。それがティファリスだった。


 誰よりも可能性を感じさせる。この俺様の飢え、渇きを唯一満たしてくれる……そんな存在に初めて出会ったような気がした。

 最初は決して自分を曲げない気高さを持った強く美しい女だと思っていた。

 だけどよ、今はそんなんじゃねえ。この女となら俺様はどこまでも高みに昇っていける。

 俺様を心から満たしてくれる最高の存在が女であることに思わず先祖達に感謝した。代々鬼神族としてこの国を守護し続けてきた魔王たちに。


 絶対に欲しい、この女を。

 絶対に手に入れたい、この魔王の全てを。


 戦っていく中で、余計にその想いは強くなる。

 まるで産まれたときからずっと探し続けてきた……この世に唯一人だけしかいない片割れに出会ったような気持ちにさせてくれた。


 あるいは、この女と出会うために俺様は産まれてきたんだと……そう錯覚させるほどだ。

 ああ、今あらためて思うぜ。俺様は、完全にティファリスに恋をした。一目惚れなんかじゃもはやすまないくらいに。


 そんな中、お互い一歩も退かずに、楽しむように戦ってきた。

 格闘戦は俺様が有利だった。だが魔法では向こうの方が圧倒的。

 こんな最高に楽しい状況を創り出してくれて、もう頭の中には感謝の念しか思い浮かばねえ。だから……俺様は自分の出せる手の全てを出してお前を打ち負かし、俺様のものにしてみせる。






 ――






 ――カザキリ視点――


「な、なんですかあれ……」


 同じ貴賓席から眺めているアシュル殿が思わず呟く程の戦いがそこに繰り広げられていたでござる。

 拙者やアシュル殿がおこなっていた戦闘なぞ、もはや単なる児戯に等しいほどに、苛烈な争いがそこにはあったでござる。


 最初の一撃で訓練用の剣が同時に壊れるところから始まり、一応観客の者たちでもギリギリ見える程度の速さ……まるで身体を慣らすかのように戦闘が行われていたものの、とても拙者たちではついていけぬ拳と拳の応酬。

 そこから更に互いの感触を確かめ合うかのように速度をあげながら徐々に激しさを増していき、もはや理解が追いつかない程の速さでガンガン攻め立てていく様は、もはや拙者達の次元を軽く超えている事実を突きつけられているようにしか見えなかったでござる。


「それは拙者が聞きたいでござるよ……なんでござるかあの魔法は。

 我が主の魔法が複数発動してやっとなどと……」


 そして極めつけはティファリス様のあの魔法……確か『エンヴェル・スタルニス』でござるか。


 あのような魔法、聞いたことも見たこともない。いや、アシュル殿が使ってきた魔法もそうでござるが、これは更にその上をいったでござる。


 空がひび割れ、涙が溢れるかのように黒い闇が堕ちてきたかと思うと、大地がそれに合わせて波紋を広がらせる……そしてそこから闇の球体が徐々に広がっていくという異常すぎる光景。


 まるでこの世界そのものに干渉するかのような恐ろしい魔法でござる。

 エルフですらこのような魔法使えるかどうか……拙者はそれほど彼らに詳しくはないでござるから、なんとも言えないでござるが。


 そしてそれを秘技とも言える『火火・火烈鳳凰』・『土土・土龍覇撃』による灼熱を体現した荒ぶる業火の鳥と、厳かなる大地の具現化したと思える程の巨大な土の龍の同時使用で相殺を図る我らがセツキ王。

 まるではるか昔から伝えられる御伽噺おとぎばなしをこの目に焼き付けているかのような非現実感。


 これが……これが上位魔王の戦いでござるか。

 ティファリス様は覚醒魔王の存在しない南西地域出身の魔王だと聞いていたでござるが……とんでもない。


 今あそこで死闘を繰り広げているであろう女王こそ上位魔王の器。真に我らが主と肩を並べるにふさわしき存在。

 竜人の魔王、種族を明かさぬ魔王にも負けず劣らずの力。平々凡々とした地域出身の魔王だとは思えぬほどでござる。


「これほどの戦いが……この世にあったとは……これは、叶わぬでござるな」


 思わず呟いてしまうほど。明確に見せられている力の差。

 拙者達は今、新たな歴史が生まれる瞬間を目撃しているのでござろう。


「……でも」

「アシュル殿?」

「……それでも、私は追いついてみせます」


 瞬間、目を見開いたでござる。

 あれだけの異様な光景を見てなお、決して怯まずまっすぐ見据えているアシュル殿の姿は、追いつけないという未来など一切考えてないように見えたでござる。


 必ずその場所に行くんだと、強い意思の光を感じ、同時に納得したでござる。

 初めて会った当初は明らかに弱かったアシュル殿が、この短期間で拙者と引き分けにもつれ込むほどの成長ぶりを見せたことを。

 志でも拙者は負けていたのでござるか。


 そんな風にアシュル殿に対し若干の敗北感を覚えていた時、少し前にこの貴賓席に現れていたオウキ殿がようやく口を開いたでござる。


「実に、実に楽しそうでござりますな。我らが主よ……」


 拙者達の会話など眼中にないと言わんばかりに感慨深げに呟くオウキ殿をちらりと横目で見て、改めて闘技場で戦っている我が主を見ていると、確かに心底楽しそうに戦っているでござる。


 まるで長年探し求めていたものに出会ったかのように。

 これほど喜びに満ちた主の姿、見たこともなかったでござる。


 普段の酒や祭りなどでもそのような姿は見せてくれていたでござるが、こと戦いに置いてこれほど感情をあらわにことなどなかったでござるからな。


 改めて感じたでござる。この戦い、決して目が離せない……我らが主のその姿をこの目に焼き付けておかなければならないでござるな。

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