90・魔王達の本気、ぶつかり合う力

「ちっ……参ったな。格闘戦では俺様のほうが有利のはずなんだがな」


 膝を見ながら嘆息混じりに呟くセツキ王だが、私だってそれを考慮して動いている。

 どうみたって私とセツキ王の体格差は倍以上ある。その分腕や足の長さも違うし、体重を乗せた一撃だって向こうの方がずっと重い。


 力で押されたらひとたまりもないだろう。だからこそ余計に気を使ってるわけだ。

 腕越しにも貫通したあの一撃を防御なしに受ける自殺行為をしたくはない。


 身体の頑丈さには自信があったんだが、それでもこれほどとはね。


「はあ……」

「……ふはっ、それでもさっきの腹への一撃は随分効いたみたいだな」

「……ふふっ、それほどでもないわよ。これくらい涼しいものね」


 軽く呼吸を整えて改めてセツキ王と向き合って全く効いてないことをアピールすると、彼は余計に愉快そうな笑顔を浮かべていた。

 こっちは結構気を使って攻めてるのに全然ダメージが与えられてないのがなんとも……。



「ならば……『火風・鎌鼬かまいたち』!」


 複数の火の刃が折り重なって放たれるその一撃は、結構距離が離れてる今なら避けることも造作もないだろう。

 しかし……避けてしまえばその不意をついて攻めてくることは受け合いだ。


「『シャドーリッパー』!」


 影の刃で迎え撃ち、火風の刃と相殺される。

 が、その瞬間さっき私がやったことと同じように魔法と共に直進してきたセツキの姿が確認できた。


「どこまでも真似してくれるわね……!」

「さあ、もっと愉しもうぜ!」


 そう言うと繰り出されるのは無数の連打。まるでいくつもの腕が同時に私を襲いかかってるように見える。

 ……いいだろう。この間合いだったらよほどのことがない限り引き剥がすのも無理だろう。ならば、こっちも対抗してやる。


 そこからはしばらく激しい拳と拳の応酬が繰り広げられることになった。セツキ王の放つ拳や蹴りに合わせて、こちらも身体を捻ったり逸らしたりして上手くかわし続ける。

 回避しきれない場合は自分もタイミングを合わせて拳で応戦したり、腕の方に掌底を食らわしてやり軌道をずらしたり……それでも間に合わない場合は後ろに飛んで威力を殺したりと忙しく動き続ける。

 向こうが攻撃一辺倒ならこちらは回避一辺倒といったところだ。一度でも目測を見誤ってまともに受ければ、あの剛拳は私の身体を貫き、ボロボロにするまで止まらないだろう。


 こっちは拳で迎え撃つ場合、寸分違わず合わせなければいけないのに対して、彼の方は私の間合いから常に少し離れた場所で攻撃を仕掛けてきているため反撃に関しては全く気を使う必要がない。

 その分思う存分こちらに重たい一撃を与えることに専念できるわけだ。


 軽いジャブのような応酬から大地を踏みしめ、腰に力を入れた本気の一撃のせめぎ合い。

 息もつけぬ程の激しい攻防がどれくらい続いただろうか。

 徐々に身体が空気を求めるように、息をしたいと言わんばかりに悲鳴を上げそうになる。


 対するセツキ王は随分と余裕そうな表情を浮かべてまだまだこれからだと言うかのように手数を増やし始めてきた。


「……っ!」


 それに対応しなければならない私は否が応でも動きの加速を迫られてしまい、どれだけ長く続くのだろうかという不安が一瞬頭によぎるほどだ。

 それでも決してそれをセツキ王に見せてはいけない。


 不安・恐怖・焦り……それを相手に見せるなんて、「私はこんなに苦しいんです。だからもう許してください」とお願いしているようなもんだ。

 絶対にそんな表情は見せたりしない。どんなに息ができなくて苦しくても、言葉を口にすることすらままならなくても……なんでもない涼しい顔をして余裕を見せなければならない。


 そう思い立った時に、ふと気づいた。セツキ王も恐らく私と同じ考えなのだと。

 負けず嫌いで辛くても苦しくても、決してそれをこちらに向けては悟らせない。だから尚更速度を上げてきたのだ。


 ……あるいは私が苦しいからそう思いたいだけなのかもしれないけど。

 あまりの攻防の激しさに頭が茹だってきそうなほどだからね。


 なにせこの攻め、いつ呼吸してるんだ? と言いたくなる程の激しさ。無呼吸で続けなければこれほどの速さの拳は飛んでこない。

 だからこそこちらも同じくらい必死で避け、合わせ、ずらし続けているのだ。

 これで向こうも苦しくなければ息をする必要がないだろう生物に違いない。


 そんなどこかおかしい考えが頭をよぎりながら、奥底で沸騰しそうになるほどの熱さを身に纏ってなお止まらない攻防に……やがて私は心の奥底から笑みがこぼれてきた。


 だってそうだろう? 息ができなくなるほどの攻めを受けるなんて体験、そうそう出来るものじゃあない。

 これだけの力を私に見せつけながらも余裕の表情を見せつけられているのだ。是が非でも……それを歪めさせてやりたくなってきた。


 今までの攻防の隙をつくかのように片腕が引っ込んだ瞬間、上体を地を這うように地面に落とし、一つだけ浅くだが息をする。

 その時に片肩に拳が当たり、顔を歪めそうになるがここで留まってはいけない。

 まだ若干苦しいが、それでも魔導を放つには十分だ。


「『シャ、ドー、リッパー』!」


 それでもギリギリだったから途切れ途切れになってしまったが、なんとか魔導を放つことに成功する。

『ガイストート』と悩んだが、死ぬほど痛いっていうのはそれがくるとわかってさえいれば耐えることなんて簡単だ。

 私に出来ることがこの男に出来ないはずがない。だから影の鎌が相手に襲いかかる『シャドーリッパー』。


 鋭い軌跡が複数えがき、セツキ王に向かって襲いかかり、彼もこれ以上は分が悪いだろうと判断したのだろう。連打を止め、一度後退して息を整えることに専念し始める。


「……はぁーっ、はぁーっ……、はぁっ、はっは……最高だ。最高、だ」


 向こうが体勢を整えてる間にこっちも息を整えることに時間を費やす。セツキ王は心底楽しいと言わんばかりに輝かしい笑顔を私の方に向けていて、「最高だ」と呟いていた。


「……はあっ! くっくっくっ……それにしてもなんて顔してんだよ。ティファリスじょ……いや、ティファリスよぉ」

「どんな顔してるか教えてもらえるかしら? セツキ」

「はっ! 後で教えてやる、よ!」


 互いに認めあい、王も女王ももはや関係ない。今はただ、全力で目の前の敵を打ちのめしたい。そう……こいつにだけは、負けたくない。

 だから私も、この闘技場で使えるだけの力を引き出し、今私が使える技も魔導も……その全てを!


 ――イメージするは大地を震わし、覆い尽くすほどの闇の波動、その一雫。万象を飲み込む漆黒の星。情けもなく、慈悲もない黒の世界。魂すらも砕く破滅の災厄!


「『エンヴェル・スタルニス』!!」


 瞬間、世界は時が止まったかのような気がした。

 空がひび割れ、まるで黒い涙を一滴流したかのような…と表現したほうがしっくりくるあらゆる闇を内包した一撃。


「はっ……はっはっはっ! なんだありゃあ!」

「死なないように加減してあげるわ。安心して瀕死になりなさい!」


 闇の雫が大地に堕ちた時、大地に波紋が広がっていき、観客席までは届かないよう調整された闇の球体が会場を支配しようとどんどん膨らみ始めてきた。


「『土土・防魔壁』!」


 さっき使った防御の魔法を発動し、更に遠くに飛び退いたセツキだったけど、今回はその判断が正しかっただろう。

 しばらくの間防壁と闇の球体がせめぎあいをした後、徐々に壁を削り取っていくのが見えた。


「ははっ……マジかよ。なら……」


 セツキが力を込めるように魔力を練り上げていってるのがわかる。

 恐らく高位鬼術に更に魔力を上乗せしまくって対処しようというのが狙いだろう。


「『火火・火烈鳳凰』!」


 顕現したのは巨大な火の鳥。あれは炎の塊と言ってもいいほどのものだろう。

 私の『エンヴェル・スタルニス』に向かって飛び立ち、業火と呼べるほどの炎を纏いながらぶつかり合う。

 一瞬均衡したように見えたが、それでも徐々に徐々にとこちらの方が押していっている。


 それを見たセツキは予想通りだとでも言うかのようにもう一つの魔法を解き放った。


「『土土・土龍覇撃』!!」


 二連続の魔法の発現。土で出来た巨大な龍が姿を表し、先程創られた火の鳥と同じく『エンヴェル・スタルニス』に向かって解き放たれた。

 衝撃が辺りに走り、こちらが優勢だったはずの形成が再び均衡を保つ。


 しばらくその状態を維持した後、完全に相殺しあうかのような爆発が起こり、お互いの魔法(導)は完全に消失していた。

 私は内心悔しい思いをしてたんだけど、セツキにも苦々しい表情が多少浮かんでいるところからすると、同じようなことを考えているんだろう。


 ……もっとも、私と彼とでは思ってることがそれぞれ違うんだろうけど。

『エンヴェル・スタルニス』は『メルトスノウ』には及ばないものの、本来はかなり広範囲の魔導だ。

 それをある程度範囲と威力を絞ったせいか、セツキの放った二種類の魔法に防がれる形となってしまった。


 元々殺す気で撃ったわけじゃないにしても、もう少し威力を上げればよかったかと思ったのだ。


「……なるほど、魔法は俺様を凌ぐ程の実力を持っているか」

「バカ言わないでよ。加減してたくせに」

「その言葉、そのまま返すぜ。こっちが魔法を二種類使わないと相殺できないほどの魔法を使っておいて、それだけの涼し気な顔されるとはな」

「……ふふっ」


 お互い出せるだけの力で本気になって戦ってるからこそわかる。

 この男の全力はこの程度なわけがないと。そして、互いに本当に全力全開で戦うんだったら、この闘技場なんてまたたく間に粉々になってしまうだろう。


 だから打撃の応酬を繰り広げ、限られた力で魔法・魔導を使い続け……そして今、次の段階にステージを進ませる。

 もっと互いの力を知るために。本来の力を使うにはこの狭い戦場で、私達だけの戦争に収まる範囲内で最大限の力を引き出し……それを上回るために。


「さて……そろそろこいつにも活躍の場を与えてやらねえとな。

 そっちも、その気なんだろう?」


 不敵に笑ったセツキはとうとうその背負った大剣を抜き放ち、私にも自分の武器を使ってこいと催促を飛ばしてきた。

 やっぱり拳・魔法と来たら次は武器だろう。望むところだ。受けて立ってやろうじゃないか。

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