89・鬼と魔人の決闘、魔王達の狂宴

 アシュルとカザキリが引き分けた次の日、私達は再びこのキョウレイの大闘技場に訪れていた。

 次は私とセツキ王の試合だからだ。


 アシュルの方はすでに貴賓席に座ってもらっている。本当はあまり無理させたくないから寝かせておきたかったんだけど、どうしても見たいと言って聞かなかったから大人しく座ることを条件にしてここまで連れてきたのだ。

 説教……というか一通り制御できないものを使うなと諭して、きっちり反省させたから許したという面もあるけどね。


「ティファさま、応援してます。頑張ってください!」


 と貴賓席から控室に行く前にそう言って笑顔でアシュルが見送ってくれたし、やる気も十分。

 だけどまずは…………ちらりと見たのは訓練場に置かれている剣。そう、まずはこれで、だ。






 ――






 しばらく控室で過ごしていたけど、会場が沸き立つのを感じて場内に入場する。

 そこには威風堂々という言葉が相応しい佇まいで堂々と私を見据えるセツキ王の姿があった。


「よう、昨日は面白い試合だったな」

「そうね。私達も精々負けないように盛り上げていかないと、アシュル達に悪いわね」

「はっはっ! 違いねえ」


 昨日あんなに水浸しになった場内がしっかりと元通りになっている。踏ん張りの効く大地に戻っていて良かった。

 ぬかるんだ水じゃ足元が滑りかねない。目の前のことに集中できるのとできないのとでは大違いだ。

 実にいい仕事をしている。


 ちなみに前回いた審判役の鬼は観客席にすでに避難している。

 アシュルとカザキリの戦いのときも激しくなってきた時点でさっさと逃げていたようだけど……今回は最初からそこにいる、というわけだ。


「さて、御託はいらねえ。とっとと始めようぜ」

「ええ、そうね。私達に試合開始の合図は必要ないでしょう……でも、それで大丈夫?」


 私が見たセツキ王はカザキリと似たような感じだ。鎧は着けてないし、手には訓練用の剣。

 違うのは彼の身の丈ほどある大剣の存在だ。恐らくあれが相棒といったところだろう。


「はっ、その言葉、そのまま返してやるぜ。俺とやり合うのにそれで大丈夫か?」

「……ええ、問題ないわ」

「くっくっくっ」

「ふふふ」


 互いに笑い合って一時の沈黙の後――

 一直線に相手の方に向かって走り出し、剣を合わせる。


 ――ガキィィィンッ!


 その瞬間、いきなり互いの訓練用の剣が砕け散った。

 私とセツキ王の力に耐えきれなかったのだろう。それにひるむことなく柄を投げ捨てながら片足を軸にして上段蹴りを放つが、容易く受け止められてしまった。


「っく、中々の力じゃねえか。そうでなくちゃ、なぁ!」


 私の蹴りを繰り出した足を弾くように腕を動かし、そのまま拳を繰り出してきた。

 この不安定な体勢では無理にかわすよりも防御に徹した方がいい。腕を交差させ、セツキ王の拳を防御する。

 重たく、骨にまで響くほどの一撃が突き刺さり、踏ん張りの効かない私は一気に壁のところまで吹き飛んでしまった。


「ぐっ……くっ、恐ろしい一撃ね」

「はっ、防いだとはいえ俺様の拳をまともに受けておいてよくそんなことが言えるな。

 並の相手なら両腕砕けるだけじゃ済まないぞ」

「そこら辺の雑魚と一緒にしないでくれない? この程度の攻撃、なんともないわ」

「はっはっはっ! 言ってくれるじゃねえかぁ!」


 私に向かってとんでもない速さで迫ってくるセツキ王に私は迎撃するように構え、動きをしっかり観察する。

 大きく振りかぶり、手加減なんて全く考えていないであろう拳がさっきよりも速い動きで繰り出されてくるのが見える。


「動きが単調、よ!」


 あまりにもまっすぐ私に向かってくるものだからそれに合わせるように自分は拳を突き出しながら、顔を逸らしてギリギリそれを回避する。

 互いの腕が交差するように繰り出したおかげで、防御が間に合わずものの見事にカウンターが決まった。

 相手の全力を上手く避け、逆に攻撃を決める……この感覚は相当気持ちいいものだ。


「がはっ……ぐっ……」

「どうかしら? 私の、拳は!」


 そのまま腕を引いて、追撃の殺気を放ちながら上段蹴りを放つ……フリをしてすぐさま地を這うように身体を低くし、水面蹴りを放つ。

 私の殺気と動きに上手く騙され、完全に不意を突かれた形となったセツキ王は、倒れ込む身体を捻りながら私に向けて肘鉄を食らわせようとしてくる。


 あんなもの食らったらちょっとシャレにならない!


 慌てて飛び退るように右に逃げる。するとセツキ王の肘鉄が私のいた地面に命中し、ドゴォッ! とかいう衝撃音を響かせながら地面をえぐり取っていた。

 そこにはクレーターが出来ていて、底に沈むような形になってる。


「はっ、拳の礼をしようってんだ! 素直に受け取れよ!」

「少女に向かってそんな凶悪な攻撃をお礼になんてするもんじゃないわよ!」

「それならもうちょっとおしとやかにでも振る舞うんだなぁ!」


 何ということを言うんだろうかこの男は。

 そんな風に若干憤慨しながら起き上がりかけたセツキ王に向かって思いっきり蹴りを繰り出してやるが、足を掴まれてしまい、逆に引っ張られて倒されてしまうがそこは魔導でカバー。


 ――イメージは無数に出現する鎌。命を刈り取る者。

 自らの影より這い出て敵を切り刻む影の国の使者!


「『シャドーリッパー』!」


 私の影からいくつもの鎌の形をした影がセツキ王に襲いかかる。

 慌てたのかどうかはさすがに読めないけど、私を思いっきり適当な所に放り投げて回避に専念していた。


 その間に私は更に魔導のイメージを練っておく。

 最初から『シャドーリッパー』が外れることぐらい想定済みだ。


「『ガイストート』!」


 そのままお得意の魂削りの魔導を放つ。セツキ王に向けて更に襲いかかる黒い刃は『シャドーリッパー』で生まれた隙を的確に狙って攻め立てる。


「ちっ……『火土・地走』!」


 回避は不可能なら、少しは攻めてやると言ったところだろうか。

 あれはカザキリも使った……この国では昔――高い山々に囲まれていたせいで鬼族以外の国と交流がなかった時に鬼術と呼ばれていた魔法だったかな。


 基本的には二種類の属性を組み合わせて発動する魔法で、高位の鬼術は同属性を三つ組み合わせるらしい。

 カザキリの使った『風風・風神一刀』や『火火・火影乃舞』がそれだ。


 今回のは火と土を合わせた魔法なんだけど……カザキリが使用してた魔法よりもずっと強力だ。


 いくつもの大きな火炎とも呼べる火が大地を走るように私に迫ってくる。

 飛び避けるにしても左右に避けるにしても間に合わない。やるなら魔導による防御だ。


 ――イメージは水の槍。それはさながら豪雨のように。降り止まぬ水の力。


「『アクラスール』」


 私の頭上に出現した無数の水の槍が『火土・地走』で生み出された炎とセツキ王に向けて射出される。


「くっ……やりやがる……『土土・防魔壁』!」


『ガイストート』による激痛に苛まれているのだろう。よろよろと動きに切れがない。

 巨大な土の壁が一気にせり上がり、水の槍を防いでしまう。並の魔法じゃこうはいかない……さすがセツキ王。魔法も一流と言える。


 水の槍が放たれたと同時に駆け出していた私は、そこで一度止まることを余儀なくされた。

 大きく半円状の壁がそびえ立っていて、攻撃方向を限定している。何をどうしても後ろに回って攻撃するしかない上、それはセツキ王に完全に読まれてるだろう。


 こうなっては一度距離を取っておくのが一番だ。

 不用意に格闘戦を挑んでも打ちのめされるのがオチだ。


「『風水・真空流断』!」


 嫌な予感がしてその場を離れると、恐ろしいほど鋭い水の線が私に襲いかかってきた。

 自分で作り出した壁を貫通させるほどの威力を誇っているようで、直感に従ってなかったら恐らく酷いことになっていただろう。

 ギリギリ頬を掠めるだけで回避することに成功したんだけど、触れた部分が切れたのか、血が伝う感触が少しする。


「……とんでもないもの使ってきたわね」

「それはこっちのセリフだ。なんだあの魔法は……俺様でも死ぬかと思ったぞ」


 それはそうだ。あれは受けた者が死ぬほどの痛みを与える魔導だ。例外はない。

 セツキ王も思わずよろける程の激痛っていうのはちょっと想像出来ないけどね。


「お気に召したかしら?」

「はっ! 上等じゃねぇか! 俺様と渡り合おうって言うんだ。そうこなくちゃ面白くねえ」


 首の骨を鳴らして嬉しそうに言ってるところを見ると、私の攻撃は全く応えてないのかもしれない。

 随分余裕を見せつけてくれるじゃないか。


 ふっふふふ……思わず顔がにやけてくる。

 私はグッと腰を落とし、加速する。今度は私が攻撃し、セツキ王が迎撃するという展開だ。


 拳をセツキ王の顎に繰り出したんだけど、片手で受け止められてしまう。そのまま拳を握りつぶさんばかりに力を込めてきたけど、全く怯まずにそのまま跳躍して顔を蹴り抜いてやる。


「くっ……気の強い女だ!」

「それは、どうも!」


 力が弱まった隙に抜け出した拳がじんじん痛む。思いっきり握りしめすぎだ。

 だけどそっちに気をやってる場合じゃない。私とセツキ王の身長の差のせいで飛び上がった私の身体は無防備になっている。

 そこを見逃す彼じゃないだろう。即座に私の脇腹をがっしり掴んで容赦なく腹部に膝蹴りを仕掛けてきた。


「これは……今までの礼だぁ!」


 両腕で防いだのはいいが恐ろしい衝撃が問答無用で腕を貫通して腹部を襲う。

 まるで無防備に力を抜いてるお腹に、大きな岩を落とされたかのように重たい感触。私じゃなかったら無様に色々吐き出してしまうところだ。


「グッ……くぅっ……かはっ…」


 それでも口から空気が漏れるほどきつい衝撃。未だに掴んでいるってことはここから更に連撃を食らわせてくるつもりだろう。


「そら、思う存分ごちそうしてやるぜ! たんと味わいな!」


 アシュルが『ヒールベネディクション』を使えるのを知ってるからか、余計に一切の遠慮がない。

 生憎だが、このままセツキ王の好き放題させるのは面白くない。


「くっ……ぐっ、いい加減、に、しなさい!」


 膝蹴りが飛んでくるタイミングに合わせて肘と膝で挟むように迎撃してやる。

 こっちにも結構な衝撃が走ったが、それは向こうも同じ。


 手が離れた瞬間、私はセツキ王から飛び退って一気に間合いから離脱した。

 全く……お腹がじんじんしてたまらない。一発だけでも相当効いた……。


 前哨戦でこれだけダメージを受けるとはね。わずかな時でここまで激しい攻防をさせられるとは……面白くなってきた。

 この戦いの宴、まだまだこれからだ。

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