88・決闘後、一時の憩い
アシュル対カザキリの戦闘は引き分けにこそなったけど、観客達の期待にはしっかりと答えてくれていたようで、大きな歓声が辺りから響き渡っていた。
「全く、とんだ事になったな」
その中でも堂々と歩いてくるところはやはりセツキ王。
カザキリのことを受けたりに来たのだろう。私の目の前で止まって、そいつを渡してくれと言うかのように手を差し出していた。
「はい、しっかり受け取りなさいよ」
「ああ、すまんな」
ぽいっとカザキリを放り投げると、がっしりと彼を受け取り、肩に抱え込んでいた。
無造作に投げたことに抗議でも来るのかと思ったが、むしろありがたいといった様子だ。
完全に力が抜けている状態のカザキリはロクに首も動かせないままなので若干うなだれているように見える。
情けない姿を主に見せてしまったせいか、震えるような声で謝罪を口にしてきた。
「はっはっ……申し訳ございませぬ。我が主」
「ざまぁねえな。いつも言ってただろうが……油断してると足元
「まったくもって……その通りでござるな」
「これからは『無音天鈴』以外の技にも磨きをかけるんだな」
二人でそんな話をしていたかと思うと、改めてセツキ王は私の方に向かい合って礼を言ってくる。
「感謝するぜ。おかげでこいつももう少し気合が入るだろう」
「別に構わないわ。むしろ私のほうが申し訳ないと思ってるくらいなんだから」
「それでも、だ。例えあれが制御できなかった暴走だったとしても、それによって得られたものは、互いに大きい。そういうことだ」
ニヤッと私に向けて笑った後、カザキリを抱えながらゆっくりと闘技場を後にするのだった。
私の方もいつまでもここにいてもしかたない。さっさと引き上げてアシュルをベッドに寝かせてあげないといけない。
地面に倒れたせいで服も盛大に濡れてしまったし、早く乾かさないと風邪を引きかねないしね。
――
――セツオウカ・キョウレイ セツキ王の城――
鳴り止まぬ歓声から引き上げてきた私は、城の者にお湯を貰ってアシュルの身体を拭くことにした。
ただ拭くよりも少しでも温めてあげたほうがいいだろうと思ってのことだ。
というわけで現在は私が寝泊まりしている部屋の床に布を敷いてアシュルを寝かせてある状態だ。
服の心配なども有るが、幸いアシュルの替えの服は私のアイテム袋に入ってる。っていうか、もう色々入るもんだからさながらなんでも入る便利袋扱いだ。
それはさておき……問題は服を脱がせること……この一点に尽きる。
初めて人間体として会った時は契約した時だったし、あの時はむしろ驚きだったり感動だったりが大きくて、すぐにリカルデが布を用意してくれたから詳しく見る余裕はなかった。着替えもスラムルが手伝ってたし、実質私のすることはなんにもなかったのも大きい。
……今回も城の者にやってもらえば良いんだろうけど、私のために頑張ってくれていたわけだし、これくらいはしてあげたいのだ。
この子は私がセツキ王と決闘する時の条件に対して反発していた。禁止した技を使用したのも私を守りたいからなんだろう。
だからといって命を賭けていいというものではないんだけど。
それだけ思ってくれてる考えると、嬉しく感じるのも事実か。
……あんまり考えてる時間はないだろう。早くしないとアシュルの体が冷えてしまうし、ベッドに寝かせて少しでも身体を休めてあげないといけない。
覚悟を決めて服に手をかけると、水に濡れてひんやりとした感触が伝わってくる。
服がぴったりと肌に張り付いていて脱がせにくい。ちょっと絞ってくればよかった……べっちょり濡れていて普通に脱がせるより難しい。
それでも上の方をなんとか脱がせると、傷一つないきれいな素肌が見える。元がスライムだとは到底思えないほどだ。
きちんと体温もあるし、そうと知らなければ普通の魔人族の少女にしか見えない。
水のせいでしっとりと濡れた肌に開放的な容姿になってしまい、二つの肌色の山も自己主張している。
垂れるとかそういうのに無縁そうな丸い良い形が……って何考えてるんだ私は!
無縁なのは私も同じだし! いやどっちかって言うと小さいからなんだけどさ……。
男だった私が思うのもなんだが、自分のものくらいもうちょっとくらい大きくても……まずい、また思考が逸れてしまっていた。
布をお湯につけ、少しずつ冷え切ったその体を拭いていき、すぐに濡れたその肌を乾いた布できれいにしてあげる。
それにしても、想像以上に身体が冷たい。やっぱり時間を掛けすぎたのが原因なのかもしれない。
本当はお風呂に入れてあげたいんだけど、入らせるのにも苦労するし、そんな時間もなさそうだから今回は仕方ないだろう。
ひとまずいつものメイド服じゃなくて、今回は寝間着のような服を着せてあげる。
その後下の方はスカートを脱がせて、下着の状態で拭いてあげることにした。
本当はパンツにまで手をかけるのはどうかとも思ったけど、そこはもう仕方ないと割り切るしかないだろう。……なんだかさっきからそう思ってばっかりだな。
というかふと気になったことがある。アシュルの身につけてる下着が……私の持ってる下着の柄と同じだということだ。
んー……いや、そういうこともあるか。今日私が着けてるものと全く一緒だけど、そういう偶然もあるだろう、多分。
深く考えたら負けなような気がする。
体全身をしっかり拭いて下の方も着せてあげた後、最後の仕上げに今まで避けていた髪を丁寧に拭いてあげる。指で梳くように撫でると、サラサラした感触が非常に心地よい。ふむ、いい髪してる。
拭き終わった後はベッドに寝かせてあげて、しばらく髪の手触りを楽しむことにした。
気絶してから相当時間が経ってるだろうし、そろそろ目を覚ますだろう。
食事までもう少し掛かりそうだし、せっかくだから一休みしておこう。
アシュルの身体はお湯で拭いたとはいえまだまだちょっと冷たい。温めてあげる必要がありそうだし、ちょうどいいか。
――
――アシュル視点――
目が覚めたら見知らぬ天井がそこにありました。
意識がまだちょっとしっかりしていませんが、一体何が起こったのでしょうか?
私は確か……そうです。確か『クアズリーベ』で『キュムコズノス』を使用して……で、ティファさまを渡したくない一心で制御出来ないほどの力を引き出してしまい、そのまま意識を失ったのでした。
ということは、あの戦いは私の負け。力を使いすぎて倒れて負けたなんて……恥もいいところです。
いつの間にか寝巻きに着替えさせられてるところを見ると、随分長い間気を失っていたようですね……。
誰にしてもらったかはわかりませんけど、あのびっしょりと濡れた場所に倒れ込んだ割にはさっぱりしてますし、きれいにしてもらったのでしょう。
自分に制御できないほどの大きな力を使った挙げ句気絶して、戦いに負けて……おまけにこうして身を清めてもらって……涙が出るほど情けないです。
「ティファさま……」
「んっ……」
思わず涙ぐみながらティファさまの名前を呼ぶと、不意に隣から声が聞こえた気がして目をそっちに向けると……驚くことにティファさまが隣ですやすやと寝てるではありませんか!
「………っ!」
声が出そうになるのをこらえてまじまじとティファさまを見つめていましたが、起きる気配はないようです。
びっくりしました……恐らく今までで一番驚いたんじゃないでしょうか……。
だって、負けて恥ずかしくて……とても合わせる顔がないと思った瞬間すぐそこにその人物がいるんですから!
しかもこれあれです。添い寝です! ティファさまが添い寝してくれてます! これなんてご褒美ですか!?
情けない……とか思ってた感情がそれはもう音速で吹き飛んでしまいました。
もう今の私の心の中はまさに幸せの暖かさが心の中に去来していて、至福のひとときとでも呼べばいいのでしょうか?
すうすうと寝息を立てて穏やかな顔つきで眠っておられます。
息が触れそうな位の近さで、思わず悶絶しそうになるほどの嬉しさをなんとか噛み締めて改めてじっくりティファさまのお顔を眺めることにしました。
顔立ちが整っていて、時折色っぽく感じる寝息を立てる
「ゴクリ……」
もしかしたら、今ならキスしても大丈夫なんじゃないでしょうか? ちょっと、軽く口が触れるくらいだったら気づかれないのでは? そんな考えが頭に去来した時、思わず喉を鳴らして食い入るように見つめてしまいました。
ああ、でも万が一目を覚まされたら……ただでさえ敗北したというのに、そんな不届きなことをしている場面を見られてしまったら、もう合わせる顔どころの騒ぎではありません。
それでも少しずつ……少しずつ、吸い込まれるかのように、引き込まれる家のように顔を近づけ……もうちょっと、後少し……というところで――
「んふぁぅ……んー?」
「…………っ!?」
どこか寝ぼけたような声とともに目が少し開くような動きを見せたので、慌てて離れたらそのまま目を覚ましてしまいました。
あー……せっかくのチャンスが……もったいない。
「ティ、ティファさま?」
「うん? ……あしゅる?」
どうもいまいち起ききれていないのか、微妙に舌っ足らずに私の名前を呼ぶティファさまのなんと可愛らしいことでしょうか。
もう一度呼んでもらいたいです!
しかしそんな想いも叶わず、うつらうつらとしていた目がはっきりと覚めたようです。
「……アシュル、起きてたのね」
「え、ええ……あの、ティファさま?」
意識をきちんと覚醒させたティファさまはどこか安心したような顔を浮かべられた後、怒ったような顔をされていました。
そんな可愛らしい寝姿で可愛らしく怒ったような顔をされても微笑ましいだけなのですが、それでも本気で怒られてるようです。
「アシュル、私が使ってはいけないと言った『キュムコズノス』を使ったわね」
「あ、う、申し訳ございません……」
「私がなんで怒ってるかわかる?」
「え、ええっと……約束を破ったから、ですよね」
私の解答はまるで違うとばかりにため息をついて、身体を起こして少々鋭い目をしているのが見えました。
「それもある。でも私が本当に怒ってるのは貴女がこんな事で命を賭けるからよ。
アシュル……私に忠実なのも、期待に応えたいというのもいいけど自分の命を大切にしなさい」
ティファさまは私を見下ろすように見つめていましたが、その目はずっと真剣な目をしておられました。
心の底から私のことを心配してくれている……そんな空気が肌から伝わってきます。
「アシュル、覚えておきなさい。こんなところで命を投げ捨てるような真似、次したら絶対に許さないから」
「ティファさま……」
「私を守りたいのなら、ずっと一緒にいたいと思うのなら、自分の生を大切に生きなさい。
命は賭けても捨てることはしないようにしなさい。いいわね?」
「は、はい……」
私の不安な気持ちを見通すかのように染み入ってくるその声に、私は小さく声を出すことしかできませんでした。
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