87・スライムたちの戦い、決着

 ――アシュル視点――


 かなり危険な賭けになりますが、この剣の全てを一気に解放させるしか手が残されていないでしょう。

 暴発する危険もある技……みたいなものなのですが、それでも使わないよりはマシです。


 なんにもしないでやられるくらいなら、最後に一花咲かせてやりますよ!


 私はカザキリさんから視線を外し、『クアズリーベ』に全神経を集中させることにしました。

 もはやいつ私に襲いかかってくるかわからない『無音天鈴』の斬撃になんて気にかけてる場合ではありません。

 どうせ私には防ぐことが出来ないのです。ならば、気を失うであろう最後の一瞬まで攻撃に体力を注ぎ込んだほうがずっと勝てる可能性があるというもの。


「『――――――』――!」


 変幻自在の流れる水。

 私の周囲には波紋が広がっていって、そこから次々と出現する無数の剣・槍などの刃のついた武器の数々。


 その一本一本に私の意思を宿していくような……まるで広がる波紋の中央でゆっくりと沈んでいき、私そのものがこの武器の群れの中に溶け込んでいくかのような、そんな感覚。


 多種多様な武器達は一斉に弾け飛ぶようにバラバラに散らばっていき、ある武器は雨のように無差別に降り注ぎ、ある武器は私に敵対する人物――この場合はカザキリさんに向かっていく。

 元は同じ水なためか、ぶつかっても決して互いに動きを阻害せず、一直線にその目的地に向かっていく……。


 世界の全てが私という水の青に染まっていく。

 この『クアズリーベ』を用いた奥義――それがこの『キュムコズノス』。


 本来だったら『クアズリーベ』の作り出した水がこの闘技場ぐらいは全て支配するというものなんですけど、私が能力を完全に活かしきれてないせいで私の周辺くらいしか展開出来ていません。


 これ以上広げると制御しきれずに暴発した上、水でできた武器が破裂して、敵味方問わず被害を及ぼすという惨状になってしまいます。


 一度それでティファさまにものすごく怒られてしまいました……。その後ギリギリ扱える形まで持っていくことには成功したので、褒めてもらえましたけど。

 あの時は訓練場もめちゃくちゃにしてしまって、あの時は本当に申し訳ない気持ちで一杯になりました。


 そんな全力で扱うことの出来ない技ですが、カザキリさんの度肝を抜く事には成功したようです。

 私が集中しながら少しだけ彼の方に目を向けると、驚愕に目を開いているようでした。ですがそれもほんの一瞬。それ以上に嬉しそうに目を細め、鈴の音と共に斬撃が私の方に向かってきました。


 それに応じるように私は『キュムコズノス』に意識を集中させます。

 力と力がぶつかりあうような衝撃を肌で感じ、『無音天鈴』の斬撃と『キュムコズノス』の武器達が相殺しあってるように見えました。


 私自身には全く聞こえないのですが、多分「くっ……うぅぅ……」とか口に出してるんじゃないかと思います。

 まだ未完成なこの技。精神を集中して、全ての武器の制御をしなければいけないので、疲労感が半端じゃないです。


 そんなに長く使える代物ではありませんが、ギリギリ渡り合っているように見えます。

 全く見えない斬撃に対して物量で押してなんとか互角。水の武器が斬られて軌跡が見えますし、そこに一部の武器たちを集約させれば戦えます。

 私が自身で『キュムコズノス』を使用するのを止めなければ、武器達は延々と姿を表し続けることが可能ですし、ここは根気のいる戦いになりそうです。






 ――







 ――どれくらい打ち合っているのでしょうか。無数の鈴の音が聞こえるだけのこの空間で、ひたすら技をぶつけ合っている狂気の一時。ほんの一瞬なのか、それとも随分と時が過ぎてしまったのか……。


 唯一わかっているのは、私にはもう『キュムコズノス』を維持するだけの力が残っていないということです。

 ただ、負ける訳にはいかない。ティファさまをお守りするのはこの私なんだと……それだけのことで保っているんです。

 このままだったら私は負けてしまい、ティファさまがいなくなって……。


 嫌だ……負けたくない。ティファさまを奪われるのは嫌です。誰にも渡したくない。誰のものにもさせたくない。

 だって……だって! 私は! 私はティファさまの契約スライムなんです! 私以外……必要ないんです!


「――、――しが――、わ…たし、があぁぁぁぁぁぁ!!」


 その瞬間、完全に限界が来たのか……何かがぷつんと切れた音が聞こえたような気がして、力がどっと抜け落ちていくような感覚に襲われました。


「あ、てぃ……てぃふぁ、さ…ま………」


 自分の崩れ落ちていくような感じがしたかと思うと、私はそのまま意識が暗闇の奥底に沈んでいきました……。






 ――






 ――ティファリス視点――


「間一髪、だったわね」


 私は大闘技場の中央で仁王立ちしていた。

 右手には意識を失って水浸しになってる地面に倒れ伏していたアシュル。左手には何が起こったのかと茫然としているような表情を浮かべているカザキリ。


 何故こんな事になったのか? ま、簡単な話し、アシュルが『クアズリーベ』の制御を維持しきれず暴走させてしまったことによる。

 アシュルは技や魔導の一つだと思っているようだが、あれは言わば『キュムコズノス』という形態だ。


 さしずめ『クアズリーベ・キュムコズノス』と言ったところか。私の『フィリンベーニス』が白と黒の状態では性能が異なるのと同じだ。

 今回は訂正させるよりも少しでも制御出来るように教えた結果でもある。


 ……今はそんな事どうでもいいか。

『人造命具』にはそういう制御が甘いと暴走するものもある。転生前に見た物の中には自身を破滅に導いた武具すらある。


 自らの『魂』とその時の本人の『心の在り方』……それが『人造命具』を形作る全てだ。

 心の奥底から強い破滅願望があればそういう武具が生み出されるし、それまでの人生の中で得られた経験が良いものであれば、それに合ったものが誕生する。


 逆に言えばそれだけで創れてしまう。思いが強ければ、魂から強く求めるほど願うのであれば……『人造命具』はそれに答えてくれる。例えそれが己の力量に合っていない武具であっても。


 今回のアシュルがまさにそれだ。

『クアズリーベ』単体として使うのであればまだ問題ない。あれなら多くて数本扱うだけで済むからだ。

 形状を変えるのは自分の手に持てる二本が限界。もっと訓練すれば恐らくその数本もいけるだろう。


 だけど『クアズリーベ・キュムコズノス』として能力を開放する時は別だ。

 あれは大闘技場の観客席を除いた会場全てをアシュルの支配下に置いて、それこそ無限に近いんじゃないかという武器の複製を生み出し続けられるだろう。


 そんな武器達を大雑把とはいえ制御するとなれば相当の技量を要求されるだろう。

 顕現したてであれだけ能力を使えるということのほうがむしろすごいことだ。


 私が見た感じではただ『キュムコズノス』で武器を複製してまっすぐ相手に向けて飛ばすだけならまだいいけど、大雑把とは言え制御しなければいけない時は、少量ではあるがそれなりに魔力を消費しているようだ。


 逆に言えばそれだけで済んでるというのがさすが『人造命具』で創り出された武器だというところか。


 精神・魔力・体力の全てをそれこそ注ぎ込むようにしなければ運用出来ないぐらい、今のアシュルには荷が重すぎる武器だと言えるだろう。


 カザキリの技に対抗できないと感じたアシュルが、これを展開することくらいは予想できたんだけど……やっぱりというかなんというか……お互いの力がぶつかりあう持久戦になってしまった。

 最初は互角であるかのように見えたその戦いは徐々にアシュルが圧されてるように見えたんだけど、極限の状態からどんな精神に達したのかはわからないが…一気に形成を逆転させ、アシュルの『キュムコズノス』の武器たちがカザキリの斬撃をわずかに上回り、カザキリの肩に傷を入れることに成功した。それに驚いた彼が動揺して無音の結界が途切れかけた……ところまでは良かったんだが。


 だけどその直後にアシュルは自分の限界を引き出した代償を支払うことになり、そのまま気を失ってしまい地に倒れ伏してしまった。

 その結果、急激に膨れ上がった『キュムコズノス』の武器たちが一斉に爆発し、カザキリどころかアシュルすら巻き込んで吹き飛ばしかねない危険な事態に陥ってしまうことに。


 慌てて私が飛び出して二人を抱えて防御の魔導を使うことになった。あの時一瞬でも躊躇ちゅうちょしてたらどっちも救えなかっただろう。まさしく間一髪だった。


「拙者……生きてる、でござるか……?」

「生きてるわよ。安心しなさい」


 恐らくあの時死を悟ったのだろう。自分が生きてるのが不思議なんだろう。

 本当に済まないことをした。後でアシュルはこってりと絞ってやらないといけないだろう。


 制御できない技を無理に使うな、としっかり忠告したのに使ったのだからそれくらいは当然だ。

 下手をすれば……もし私がいなかったら死んでいたかもしれない。


 私は……もう近しい人の死に際を見たくない。それはアシュルも同じだ。

 この子も私の大切な人だから。


「この戦い、拙者の負けでござるな……一度発動すれば一切相手を寄せ付けぬ、正に拙者の最強技であった『無音天鈴』の中で…傷つけられてしまうとは思いもしなかったでござる。

 今まで一度もあの状態で攻撃を受けたことがなかった……こういう自体を想定すらしていなかったでござる」


 うなだれてるカザキリの落ち込みようは半端じゃなかった。

 それはそうだろう。今まで一度も破れたことがない、繰り出せばほぼ必殺の技が破れたのだ。

 絶対の自信を持っている技を打ち破られば、そりゃ動揺もする。仕方のないこととも言えるだろう。


「制御できない技を使って自滅したアシュルの負けよ。

 あれは暴走寸前で押し切っただけ。あんなもので勝利したとは言えないわ」

「しかし……」

「引き分けよ。カザキリも過度の自信が打ち砕かれたでしょう? 貴方は自分の技に慢心していた。それだけわかったんだから上等よ。引き分け以外認めないから」

「はっ……はっはっは、そう言われては仕方ないでござるな。

 言った拙者の方もまた未熟者……『無音天鈴』にかまけ過ぎていたでござるな……」


 茫然としながらもどこか悟ったように話すカザキリの言葉とともに、この戦いは引き分けで幕を降ろしたのであった。

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