79・青スライム、魔王様に試される

 ――アシュル視点――


 ティファさまから私に向けられた殺気のある攻撃が繰り出され、私は応対に苦心することになりました。


 最初はなんでティファさまが私に向けてこんなことをするのか理解出来ず、戸惑って情けない姿ばかりを見せてしまいました。


 でも、ティファさまが私の為に訓練をしてくれて……私の為にここまでやってくれてるのに……肝心の私がティファさまを傷つけたくないからと、主に手を上げるのは契約スライムにはあるまじき行いだといってこんな情けない姿を見せるわけにはいきません!


 私は強くなりたい! ティファさまと並び立てるほどに!

 それが例え……訓練とは言えティファさまと刃を合わせることになっても!


「やっとその気になってきたってわけね。面白くなってきたわ」

「行きます!」


 グッと両手で剣を握り締めて右に、左に、軽快にステップを踏んでそのまま勢いを付けてティファさまに向けて斬り込んでいきますが、私の斬撃は軽く受け流されてしまいました。けど……それは予測通りです。


 ――イメージは降りしきる氷雨。眼前の敵を凍てつかせる氷結の雫。


「『フリーズレイン』!」


 受け流されてまま一気に離脱すると同時に無数の氷の雨を降らせる。

 うまくすれば一発……できないにしても足止めくらいにはなるはず――!

 そう考えて次の行動に思考を移そうとしたんですけど、目の前の光景に一瞬目を奪われてしまいました。


 舞うように剣を振りながら致命傷を避け、進行方向を阻害しかねない氷を砕いて……私の魔導を物ともせずに向かってきました。

 足止めどころか遮ることすら出来てないじゃないですか!


「まだまだ甘い。魔導とはイメージと魔力の強さ。今の魔導じゃ私は止められないわよ!」

「くっ……はぁぁっ!」


 判断を見誤ってしまったのか、私の反応が一つ遅れ、後手に回ってしまいました。

 なんとか冷静さを少し取り戻して、短く細かい最小限の動作で突きをくりだしたのですが、それもかわされてしまいます。そのまま殺気の込もった剣が私の首めがけて襲いかかって……。


「ほら、動きが遅い! もっと感覚を研ぎ澄ませて、こっちの動きをよく見る!」

「はっ……はいっ!」


 辛うじてそれを剣で防ぎましたが、そのまま刃を合わせて睨み合うことに。

 しばらくそのまま睨み合っていましたが、スッとティファさまが体ごと剣を引いてきました。

 肝心の私はそのまま力を入れたままで……思いっきり姿勢を崩してしまい、そのまま私の剣を弾いて、そっと首筋に刃を向けてきました。


「これで終わりね」

「……『アイスソーンバインド』!」


 ――イメージは氷の茨。対象を絡め取り、凍てつかせるもの。

 動きを封じる冷たい束縛。


 地面から伸びてきた茨のような氷がいくつも飛び出してきて、ティファさまにまとわりつこうと襲いかかっていきます。

 咄嗟に剣を引いて茨を斬るように対処する動きが見えたので、そのうちに弾かれた私の剣のところまで移動しながら次の作戦を練ろうと頭を巡らせる……んですけど、私の考えが追いつかないままティファさまがもう目の前に……!


「ほら、対処が遅い! 剣を取って何をするかまで考えて行動しないと!」


 さすがにティファさまは動きが早くてすごいです……!

 それに対して私は魔導を使いながら手加減しながら相手をしてもらってるというのに……。

 私が一つ行動してる間にティファさまは二つ以上の事を考えて行動しているように見えます。


「ま、まだです!」


 反応できるギリギリを完全に把握されてるみたいで、まるで生かさず殺さずといった状況に陥ってしまいました。

 ここでなんとか打開しないと……そう思いながらもいい策が中々思いつかないまま、徐々に押し切られてしまいます。


「もうこれで終わり? この程度なの?」


 ティファさまの顔には失望の表情が見て取れるような気がして……すごく、すごく悔しいです。

 だから、そんな顔をさせないように……!


「まだです……! 『フリージングランス』!」


 一旦距離を取って、エルガルムとの戦いの時に使った氷の槍を放って、そのままもう一度イメージする。


 ――自由自在に、私の意のままに動く水の腕。斬られても魔力で戻る再生する豪腕!


「『アクアブラキウム』!」


 地面から生えてきた二本の水状の腕。ティファさまにもまだ見せたことのない、私だけのオリジナルの魔導です。

 ティファさまが言ってました、大切なのはイメージだって。だから私は斬られても元に戻って私の意思一つで動かせる腕をイメージして、ちゃんとその通りに作ることに、成功しました。


「へえ、いい魔導使うじゃない」

「……行きますっ!」


 改めて気合を入れて、ティファさまとの距離を詰めて一気に剣を振り抜く。

 そのまま受け止められたけど、水の腕に指示を伝えて思いっきり殴り飛ばしに行かせました。私自身は一度力を緩めてもう一度ティファさまの剣に強めの一撃を与えた後、すぐに離脱。

 刃を合わせる為に攻撃してきたのかと思ってくれてれば良かったんですけど……さすがにそう上手くは行きませんでした。


 ティファさまも私の動きに不信感を抱いたのか、私が遠ざかった瞬間、同じように後ろに下がったかと思うと、左に直角に進んでそのまま私の方に強襲をかけてきま……ってなんですかあの急な動きは!?

 当然ティファさまが最初の位置にいるであろうと思って繰り出した水の腕は通り過ぎる結果に。


 すぐにもう一つの腕に迎撃させて、私自身は魔導の準備。

 先程外した『フリーズレイン』をもう一度発動させ、ティファさまの動きに合わせながら残りの水の腕で攻撃を仕掛けに行きます。


 ティファさまがすぐに復元する水の腕に足止めを食らってたようで、一度離れようとしたところでもう一つの水の腕がそれを邪魔して、氷雨が追撃をかけてるんです…けど……。

 水の腕は大げさに避けながら、飛んでくる氷を必要最低限の動きで砕いていく。


「ふふっ、最初からそれくらいでいけばいいのよ」


 さっきの失望してた顔から面白くなってきたと少しずつ笑っていくのがはっきりと見て取れます。

 そこから一段階枷を外したかのように動きが早くなって、私も必死にそれに合わせて水の腕を動かして、『フリーズレイン』で動きを阻害。

 そのままもう一つ……決定的なものがないと……。


 ――イメージはあらゆる魔を打ち払う聖なる爆発。虚飾を打ち払うほどの輝く一撃。


「『リヒジオン』!」


 ティファさまがいる場所の空間に光が溢れ、一気に凝縮したかと思うと破裂したかのように大きな爆発音が響き渡りました。

 ちょうどティファさまの懐の近くで爆発したみたいで、防ぐことは出来な……か……。


「って、それまずいじゃないですか!」


 防げないってことは直撃したってことじゃないですか!

 あ、あわわ、あわわわわ……どうしましょう……。


 さっきまで本気で戦おうとしてた気が嘘のようにしぼんでしまって、あとに残ったのは完全にやってしまった感と、なんてことをしたんだろうという罪悪感。


 ちょっとどうなってるのか怖くて目を背けてしまったんですけど、どうしましょうか……。

 そんなことを考えてたら頭にゴンッと響いたのかと思うとすごい激痛が……っ!


「いっ……いったい……です……!」

「余所見してちゃダメでしょうが」


 頭を擦りながら抑えていると、いつの間にいたのか……目の前には怒るように目を吊り上げてるティファさまのお姿が。

 ああ良かったぁ……一体どうやって防いだのかと思うほど無傷で立っていました。


「え、ええっと、どう、やって?」

「うん? あの爆発のこと? 地に足がついてない時にいきなり飛んできたからびっくりしたわよ。

 普通に剣で防御とか間に合わなかっただろうし、逆手に持ってそのまま刃先に手を添えて防いだ…というわけよ。かなり魔力がこもってたから私も剣に魔力をまとわせたんだけど……こうなったわね」


 ティファさまが持っていた剣を軽く掲げて私に見せるようにしてくれました。

 柄は残ってるみたいですけど、剣身が根本から無くなっていました。


「やっぱり訓練用の剣は脆くてダメね……。ま、この程度使えれば良い方でしょうけど」


 やれやれと首を振って剣の柄だけの物体をアイテム袋にしまっていました。

 多分後で捨てるんでしょうね。そのまま適当に済ませないのがさすがティファさまです!


「というか、その後いきなり気を抜くのはちょっと油断しすぎね」

「それは……あの、すみません」

「……大方私に直撃したのが予想外だったんでしょう。全く……訓練とはいえ、戦ってる最中に気を抜くなんてまだまだね」

「う、うぅぅぅ……申し訳もないです」


 だからそんな仕方のない子を見るような目で私を見ないでください……!

 本当に心配したんですから!


 そんな思いが通じたのか、ティファさまはしばらくそんな顔をした後、満足そうな表情を浮かべてきました。


「ま、及第点と言ったところかしらね。私もあれを覚えた時は同じくらいだった気がするし」


 なにか思案するように考え込んでましたが、納得したようにうんうん頷いている様子でしたけど……一体どうしたというのでしょうか?


「アシュル、強くなりたいんでしょう?」

「え、それはなりたいですけど……」


 思わずの問いかけにどこかあやふやな解答をしてしまいましたが、気にする様子もなくティファさまは話を続けてきました。


「ちょっと辛かったり苦しかったりしても大丈夫よね?」

「え、ええっと……はい」

「そう、なら良かったわ」

「きゅ、急にどうしたんですか?」


 わけもわからずについ「はい」と返事をしてしまいましたが、私の様子により一層笑みを深めたティファさまには、なにか言葉にできない嫌なものを感じます。

 もしかして……私はなにか取り返しのつかない選択をしてしまったのでしょうか?


「いいえ、でもしばらくまともに動けなくなっても良いんだったら私がとっておきの魔導を授けてあげようと思ってね」


 いたずらっぽい笑顔を浮かべてるティファさまはすごくかわいい……じゃなくて、とっておきの魔導?

 でも……。


「魔導は自分のイメージと魔力で作り出すものだから、教えられても全く同じように出来ないんじゃなかったでしたっけ?」

「その通りね。だけどこの魔導はそれでも大丈夫なのよ。ただ、初めての発動ではちょっと魔力の消費が激しいのが欠点だけどね」


 なんだかちょっと怪しい含みがありましたけど……それでもティファさま直伝・とっておきという言葉に惹かれてしまい、教えてもらうことにしました。


 ――その後、二日ぐらいつきっきりで教えてもらいましたが、無事習得した瞬間一気に体中の魔力が抜け落ちたような感覚がして、そのまま七日以上寝込んでしまうことに……。


 確かにとっておきですごい魔導だとは思ったんですけど、まともに動けなかったのはすごく辛かったです……。

 あ、でもその分ティファさまが面倒をみてくださったので夢のように、とても幸せな一時でした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る