78・魔王様、忘れた約束と戦いへ
「こ、こちらの棚でしたら女王様の知識欲を満たせると思いますよ」
「うん、それはいいんだけど……わざわざ歩く意味あった?」
「え、ええと……申し訳ございません。ちょっと忘れてしまって」
「……頭を下げるのはもういいから」
まるで頭を下げる人形のように気軽に下げてくれるショホウキにため息をつきつつも、とりあえずは目当ての場所にたどり着けたのだからいいかと思うことにした。
「本を読まれる際はあちらの読書スペースでお願いします。一応明かりをつける魔道具を持っているのでしたらその場で読んでも大丈夫です。
貸出は禁止されておりますので、必ずここで読んでください」
「わかったわ。ありがとう」
「い、いえ……あ、帰られる際は自分か他の司書の方に退出報告をお願いします」
「それはわかったけど……貴方達、どこにいるのよ?」
他の司書の方って言うけど、彼らが普段どこにいるかわからないし、それを探すのもまた少々手間だ。
だからどこに居るかだけでも聞こうと思ったのだが、再び頭を下げるショホウキ。
「は、はい、普段はほんの整理をしていますので……あ、自分でしたらこの一般専用区域と大名専用区域の境にいますので、声をかけてくれればと思います」
「それなら……わかったわ」
それでは、と一礼してそのまま私一人を置いて出ていってしまった。
ここには誰もいなくて良いのか……とも思ったけど、よくよく見ればちらほらと明かりが灯っているのが見える。一応人はいるようだ。
あまり深く考えるなってことだろう。
気を取り直して探してみるとしましょうか。まずは、件の魔王について。
魔王と言っても上位魔王についてだ。
私はどうも他人の口から聞いた知識でしか上位魔王を知らない。そろそろまともに学んでおかないと、いつまで経っても南西の辺境魔王という偏見がまとわりついたままだろう。
だからこそ積極的に取り組んでいこうと思い立ったわけだ。
「さて、どれから手を付けたものかしらね」
しかしただ魔王の本についてといっただけでこういうところにたどり着けるとは思っても見なかった。
案外セツキ王の許可というのが聞いたのかもしれない。
でも……ちょっと多いか。
『魔王大全集』とか『地域別・魔王の歴史』などならまだしも、『恥ずかしい! 魔王の黒歴史大全』とかなんのために本にしたんだろうと思うものまであった。
そこまで見てめぼしいものがないと思っていると、『なるほどわかる! 現代の上位魔王基本編』と書かれている本を見つけた。基本のくせになんで大名専用区域にあるんだろうか。
まあまずは基本から……ということで、まずはこれから読んでみるとしようか。
――
最初の本を手にとってから数日、私は図書館に入り浸ることになった。
送魂祭のあった二日間は昼間は図書館に、夜はアシュルとのんびりお祭りに、といった感じで過ごした。
訓練中に息抜きも必要だろうと、私が無理やり連れ出したりしたのだ。
根を詰めすぎると身体に悪いってよく言うからね。
送魂祭が終わった後は私は夕方も図書館にいることが増え、大体夜頃帰る形になっていた。もちろんずっと入り浸ってるわけじゃなく、時折気分がてら散策とかしたりね。
で、最初に気になって手を取ってみた『なるほどわかる! 現代の上位魔王基本編』なんだけど、これは魔王についての基礎知識と決闘について理解できてないとついてこれない部分も多く、上級の基本編みたいな感じだった。
こんなわかりにくいタイトルにするなと思わず言いたくなるほどだったが、基本編の割には内容がしっかりしていたのは良かった。
あれのおかげか、随分色々と勉強になった。なった……んだけど……。
肝心のアシュルの訓練を見てあげようというのはすっかり忘れてしまっていた。
やってしまった感が非常にあるんだけど、忘れてしまったものはしょうがない。
色々興味深いこともあったから仕方ないじゃないか!
それに上位魔王についてはいくつかわからないことがあったんだしね。
現在就いている十人の上位魔王は現在は鬼・竜人・魔人・スライム・エルフ・ドワーフ・悪魔・猫人・妖精に加え、種族不明の合わせて十人。
前にアストゥが妖精族は覚醒したら精霊族になるって言ってたし、あくまで変化前の種族を載せているようだ。
隠したい、という気持ちのあるのかもしれない。
最後の一人は魔人族に似ているけど、本人は否定していると書かれていた。
ではどんな種族なのか? という問いにも適当にはぐらかされていて、真相にはたどり着けていない。
そんなもんだからついつい気になって夢中に過ごしていたら、ね。
結局最後の一人についてはわからずじまい。本人が隠したがってるからだろう。
こちらの方はまるで私みたいだ。聖黒族のように絶滅したと言われている種族……なのかもしれない。次はそこのところを…………ああ、いけないいけない。
下手したらまた図書館に通い詰めになるかもしれないところだった。
再び私に本の誘惑負けそうになったが、なんとか振り切ってアシュルの訓練に付き合うことにした。
――
「ティ、ティファさま、いいんですか?」
翌日、アシュルが自主訓練に行くに会うことが出来た。訓練に付き合うことを説明すると、わたわたするように先程のセリフを言っていたわけだ。
「ええ。久しぶりにアシュルのこと、鍛えてあげるわ」
「お願いします!」
「実力、見せてもらうわよ?」
私がニヤリと不敵な笑みを浮かべると、期待したかのようにビシッと背筋を伸ばして答えた。
うん、良い返事だ。アシュルの実力、しっかり見せてもらうとしよう。
最近のアシュルはセツオウカの訓練場を使っていたようで、今回もそこに行くことにした。
なぜかいくつもの訓練場があるのだけれど、これは屋内と屋外で複数分けられている……らしい。
私達が行ったのは屋外で、最近アシュルが使ってるせいか人が少ない……というかいない。
「あ、私達が決闘するっていう話しが兵士たちの間らしいですよ。なんでもどっちが勝つか賭けをしてるんだとか。
……最も、セツキ王様達が圧倒的に票を集めてるんですけど」
「でしょうね。私達はアウェーだし、仕方ないわ」
逆にこっちに賭けようとしている鬼の方が珍しいだろう。
というか、人を賭けの対象にしないで欲しい。
「だから私がここで訓練し始めた時に邪魔にならないようにって、いつの間にか私専用の訓練場になってしまいました」
あはは、と笑ってるけど、人一人というか……契約スライム一人の専用訓練場になってるのがなんとも……。
まあいいか、それで周りを気にしないで思う存分やれるならなんの問題もない。
訓練場ということもあって好きに武器を使っていいようで、アシュルは長剣を一本選び取っていた。ついでに私も同じよう長剣を選んでおく。
「それじゃ、早速始めましょうか」
言って私がアシュルから数歩下がって、しっかりと彼女を見据える。
アシュルが頭に疑問符が浮かんでるんじゃないかと言わんばかりに頭をかしげていて、状況が上手く掴めていないようだ。
「えっと、ティファさま?」
「どうしたの? かかってきなさいな」
「え? ええ!?」
驚いて目を見開く姿を見ると、思わず笑ってしまいそうになるけど、気を引き締めて真っ直ぐアシュルを見る。
今回は鍛えるついでに実力を見るのが私の目的なのだ。それに初めに言ったはずだ。
「実力を見せてもらうって言ったでしょ?」
「あ、あれって、そういう意味だったんですか……」
他にどういう意味があったんだと言わんばかりに笑みを深めている私を見てため息を一つついて、ゆっくりとアシュルは構え、やる気を見せるようになった。
「手加減してくださいね……」
「出来るだけ貴女に合わせてあげるわ」
キッと目を細め、やる気で身体を満たしていく。
グッと腰を少々落とした後、足をバネにするかのように一気に私に斬り込んできた。
「うん、悪くはないわね」
勢いにのって、真っ直ぐ突っ込んできてる。太刀筋も良い。だけどそれだけだ。
私が相手ということもあるのか、いまいち気合というか、魂が剣に込められていない。
私は軽くあしらってあげるとそのまま返すようにもう一度斬撃を放ってくる。
「はっ……!」
「アシュル……」
これも最初のと同じ。気の入ってない一撃で、鋭さが全く無い。
私に遠慮してるのかどうかは知らないけど、これでは彼女の実力を確かめることが出来ない。
これを口で言うのは簡単だ。だけど言ったとしても改まらないだろう。
私はアシュルの本当の実力がみたい。そしてその上で教えられることがあれば教えてあげたいのだ。それが決闘に挑むと決意した彼女に対する私の最大の支援だ。
本気になれないというのなら……。
「今度はこっちからいくわよ……!」
私は……それなりにだが、確かに殺気を込めてアシュルに向けて一撃を放つ。
確実に相手を殺そうとする本気の攻撃。だけどギリギリアシュルが防げる程度に速度と力を抑える。
「え!? くぁっ……!」
突如私が加えた重い一撃に数歩よろめきながら信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。
こうでもしなければこの子は私に対して本気になれないだろう。
だけどここで私は彼女を鍛えるためにこの場にいる。いわば師匠というものだ。
そういう相手にあんなフヌケた戦い方をするなんて、許されない。
「ティ、ティファさま!? どうして……」
「アシュル、貴女本気で強くなりたいの?」
「それは、強くなりたい……なりたいです!」
「なら、なんで本気で来ないの?」
「それは……」
「強くなりたいのなら本気で来なさい。貴女の出来る限りの力を私に見せなさい!」
これ以上の問答は無用と言わんばかりに接近し、鋭い突きを繰り出した私に必死に対応するアシュル。
身をかがめて避けられたのを確認した私は、そのまま剣を引いて、流れるように体全体を使って振り上げ、そのまま振り下ろす動作に移る。
「くっ……ぅぅ……」
私の動きにぎりぎり対応出来てはいるようだけど、上手く反撃に転ずることが出来ないでいる様子だ。
「アシュル、貴女の強くなりたいという思いはそんなものなの? 私に剣を向けることも、情けない姿を晒し続ける程度の思いなのかしら?」
「わ…私は……!」
何度か私の攻撃を凌いでいたアシュルは、次第に乗り気になったのか徐々に動きが良くなってきた。
全く、これだけやってやっと目が覚めてくるなんて、困った契約スライムだ。
だけど、ようやく彼女の力を見ることができそうで、私の思わず軽く頬がゆるむのを感じた。
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