間話・猫王、手紙を受け取る

 ――フェーシャ視点――


「ふぅ……今日はこれで終わりですニャ」


 執務も一息ついて、書類を片付けてから少し伸びをすると、ノックが聞こえてきたニャ。

 一体誰だろう? と思って入って来てもいいって促してあげると、予想外のカッフェーが入ってきたニャ。

 そう言えば今日の朝に着いたって報告を受けたニャ。


「おお、カッフェー! 久しぶりだニャ!」

「フェーシャ様、お久しぶりですにゃー」


 うわあ、すごく懐かしいニャ。

 ボクがここに来てからもう一年以上過ぎてるから、同じくらい会ってなかったはずだニャ。

 昔はずっと一緒にいたってことを考えると、不思議な気分になるニャ。


「お変わりはないですかにゃー?」

「そうだニャー……相変わらずだニャ。仕事はいっぱいあるし、ここでの暮らしにもなれたしニャ」

「それはよかったですにゃー。でも、ご自分の立場はお忘れになってないですかにゃー?」

「忘れてるわけないニャ……ボクも次にティファリス女王が戻ってきたら自分の国に戻るつもりニャ」

「だったらよかったですにゃー」


 笑うカッフェーを見て、思わずため息が出てしまったニャ。この男はそれを聞くためにわざわざここまできたんだろうニャ……。

 ボクはティファリス女王のところで治療を受けるまでは、わがまま放題の暴君に成り下がっていたと聞くニャ。

 国民を散々傷つけて、言いたい放題のやりたい放題……そんなもんだから、現在のボクの支持率は過去最悪だニャ。

 魔王はそれ単体で国の最大戦力であり防衛力になるからニャ……そんな魔王が好き勝手したら本来なら誰も止められないし、怒りを募らせるしかないのニャ。

 そう考えると記憶が失われてるとはいえ、なんとも情けないことだニャ。


「……カッフェーがボクを止めてくれればよかったのにニャ」

「にゃは、冗談は止めてくださいにゃー。ぼくにはとてもとても……」

「ここなら誰も聞いてないニャ」


 カッフェーは辺りをキョロキョロと不審そうに周りを――まるで誰にも聞かれたくないかのように慎重に辺りを伺ってるみたいだニャ。

 どれくらいそうしたんだろうかニャ。満足したように警戒しながら小声で話してきたニャ。


「ぼくは貴方の裏方で十分ですにゃー。フェーシャさまのお側にお仕え出来るだけで満足ですにゃー」

「そういう割にはあっさりとボクをリーティアスに引き渡したけどニャ」


 別に怒ってはないけど、ジトッとした目でカッフェーを見据えてやるとおどけたような態度を振る舞ってきたニャ。


「いやですにゃー。ぼくだって結構がんばったんですにゃー? 立て続けに何度も他国と揉め事を起こされる身にもなって欲しいですにゃー」

「……わかってるニャ。言ってみただけニャ」


 ティファリス女王側からしたら随分あっさり引き渡したと思ってるんだろうけど、その結論に至るまで、カッフェーはかなり悩んだと思うのニャ。

 カッフェーはボクの忠臣の中でも一番ケルトシルを愛している男。ボクがこの世界中の誰よりも信頼してる男だニャ。


「にゃは、フェーシャさまも人が悪いですにゃー。……ティファリス女王には本当に……本当に、感謝してもしきれないですにゃー」


 珍しくしんみりとした口調で言うカッフェーの言葉を聞きながら、ふとティファリス女王のことで思い出したことがあったニャ。


「そうニャ。カッフェー、せっかくだからそのティファリス女王の手紙の内容でも聞いていくかニャ?」

「……あの女王の手紙ですかにゃー? そういえば少し前に届いた現状報告書には信じられないほどの内容が記載されていましたにゃー」


 あごに手を当て、その手の肘をもう片方の手で支えるようなポーズでその時のことを思い出してるニャ。

 確かフェアシュリーと同盟締結。グルムガンド側は未だ保留。

 クルルシェンドは取り込む形で同盟を結び、グロアス王国は制圧。リンデルは決闘で勝利し、取り込むことに成功したって……もうなんとも言えないからニャ。

 中央の方に疎いボクたちに向けて懇切丁寧に説明・補足がされていて、あの女王のやってることの異常さがひと目でわかるくらいだニャ。


 それを信じられないっていう気持ちもわかるし、ボクも実際クルルシェンド辺りから使者が来るまではちょっと疑ってたくらいだニャ。

 その次々起こる信じられない出来事に押し寄せてくる使者。対応にてんてこ舞いになるボクたち。


 ティファリス女王からはなんの情報もなくいきなりフェアシュリーから使いの者が飛んできたりするから、もう大変だったニャ。

 リカルデが側にいなかったら絶対ボクたち死んでたニャ。死屍累々ニャ。


「あの時は大変だったニャ……」


 カッフェーの言葉であの事務戦争とでも呼べば良いのかという程の出来事に若干死んだ目になりそうになったニャ。

 他国の魔王をこれだけ好き勝手こき使ってくれるのはきっとティファリス女王だけだと思うのニャ。

 ……いや、ボクにも負い目引け目があるからなんにも言えないけどニャ。


「あれだけの出来事をこの短期間でこなしたんですからにゃー。首都側にかかる負担も半端ないことになってたでしょうにゃー」

「わかるかニャ!? ボクたちの苦労! やっとオークたちとの諍いも抑えられるようになってきたと思った矢先のこれだったからニャ……」


 特にクルルシェンドやグロアス王国辺りの話はニャ……ボクの思考じゃもう追いつけなくなってきたところだったニャ。


「わかります、わかりますにゃー。……ところで、ティファリス女王からの手紙ってなんでしたかにゃー?」

「あ、そうだったニャ。実はセツオウカのセツキ王と決闘をすることになったそうニャ。それで9の月・ファオラでの決闘と事後処理が終わるまでは残って欲しいという打診を受けてるニャ」

「……あの御方はどこまでいくつもりですかにゃー?」

「それはボクにもわからないニャ……」


 なにがどうなって中央――セントラルで大暴れした挙げ句、上位魔王の一人と決闘することになったのか、さっぱりだニャ。


「最初から思ってたけど、もうボクなんか遠く及ばないところまで行ってしまったニャ……」

「……」


 ケットシーはここでティファリス女王から魔導とかいうものを教わっていて、ボクはそのおこぼれに預かるような形で許可をもらって教わってる状態。

 アシュルっていう契約スライムも力を付けていってるのにボクは……。


「フェーシャさま」


 そんな風にちょっと自己嫌悪に陥っていると、カッフェーがずいぶんと真剣な目をして声をかけてくれたニャ。


「フェーシャさまも随分と成長されてますにゃー。以前とは明らかに違っておりますにゃー」

「そ、そうかニャ?」


 カッフェーはボクに対してお世辞を言うことはまずないニャ。

 だけど、いまいち自分には実感できないのニャ。

 そんな風に自信なさげにしているボクに更に頷いて言ってくれてるニャ。


「そうですにゃー。久しぶりにお会いして、ケルトシルにお戻りになられる際が非常に楽しみですにゃー」

「あんまりおだてないで欲しいニャ。ボクは自分の出来る限りをやってるだけニャ」


 ボクはこの陣営の中では弱い魔王の部類に入るニャ。

 ジークロンド王はボクよりもずっと戦いに慣れてるし、他の陣地の魔王は言わずもがな、ニャ。

 だからボクは誰よりも努力しないといけないのニャ。仕事も忙しいけれどニャ。


「だからぼくもフェーシャさまのお力になりたいと思いまして……あの時のパーティーのことを調べてきましたにゃー」

「調べてきた? ずっと調べてたの間違いじゃないかニャ」

「にゃは」


 いつものように笑ってるカッフェーだけど、こっちも随分苦心したと思うのニャ。

 あの時……ボクの誕生日パーティーの時にやってきたエルフのことだニャ。


 エルフなんて種族……ボクも知識でしか知らなかったけど、本当に出会うなんて思っても見なかったニャ。


「今まで姿を見せたことがなかったエルフ。それがフェーシャさまの誕生日パーティーに急に現れるなんておかしな話しですにゃー」


 それもそうだニャ。まるでボクの情報を知ってるかのような立ち回りは、エルフのように南西にいない種族には中々出来ないはずニャ。特にボクらの動向なんて普段は気にも止めていないはずのセントラルの魔王の配下だったら尚更ニャ。


 だったら考えられるのは限られてくるニャ。

 一つは密偵をケルトシルに放っている可能性。もう一つは……。


「内通者がいますにゃー」

「根拠はあるのかニャ?」

「内部を調べさせる為に放った密偵は、ある程度まで調査を進めると殺されてしまい、足取りが辿れなくなってしまいますのにゃー。調べたら殺すと言わんばかりに死体を城付近に積んでいましたにゃー」

「そうなのかニャ……」


 ボクの国を裏切ってる国民がいるなんて……正直、信じたくはなかったニャ。

 それもそんな非道なことをするような者がいるなんてニャ……。


「こちらもこれ以上人材を割けないですにゃー。だから、これ以上は詰み状態ですかにゃー。今までそういう事に無縁だったのが響いてきてるようですにゃー……」


 カッフェーも悔しいのか、若干うつむきがちで表情も少し暗いニャ。

 そういう事に無縁だったからニャ……おまけに内通者はセントラル側の知恵をつけてるはずだし、尚更ニャ。


「カッフェー、密偵たちの家族には……」

「それは大丈夫ですにゃー。密偵を引き受けた者の家族には手厚い保護を約束しておりますにゃー」

「それは良かった……いや、良くないかニャ」


 どうしてそんな危ないことを、だなんてカッフェーを怒ることは出来ないニャ。元々はボクが操られてしまったことから生じた出来事だからニャ。


 内通者がいるとわかった以上のことはなにもわからない。これで終わりにしたら、そんなの無駄死にもいいところニャ。

 本当だったらボクの力で内通者をあぶり出して、成敗してやりたい……働いた者たちに報いたい……そう思っても今のボクじゃ出来ることは限られてるニャ。

 ならせめて……。


「カッフェー……ボク、もっと強くなるニャ。そして立派な魔王様になって、ケルトシルを守ってみせるニャ。それが内通者の存在を知らせてくれた、彼らへの弔いだニャ」

「フェーシャさま……」


 それがボクの――ケルトシルの為に命をかけた英雄たちに対して出来る、最大の感謝の仕方だと思うニャ。


「ぼくたちは引き続き周囲の動きに警戒しつつ、防衛力を高めますにゃー」

「カッフェー、よろしく頼むニャ」


 ボクたちは互いに頷きあって今自分たちに出来る精一杯をやることを改めて誓ったニャ。

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