73・魔王様、戦いを肯定する

「あ、主よ……しかしそれは……」

「なんだ、もしかして自信がないか?」


 くっくっく、と笑うセツキ王に対し、しばらく悩むような素振りをみせたカザキリだったけど、やがて覚悟を決めた男の顔つきで自身の主を見据える。


「承知致しましたでござる。拙者も男。我が主に及ばぬともこの国一の益荒男である自負もありまする。ティファリス様を見事、幸せにしてごらんにいれましょう!」

「まだ決闘すら始まってないのに、勝手に進めないでちょうだい」


 全く、私は誰の嫁にもなるつもりはないっていうのに……。

 決闘で負けたら、という話からいつの間にか二人の男に娶られる流れになるとは思いもしなかった。


「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください! そんな二人とだなんて……」


 そしてそのセツキ王の発言でより一層慌てたのはアシュルの方。

 そりゃ私がもうセツキ王に嫁ぐの前提で話が進んだ上、カザキリの先程の発言。

 私に仕える立場からすればこんな急展開、驚かないほうがおかしいか。


「うん? なんだアシュルの方も不満があるか……」


 その不満そうな声に対して再び何事か悩むような姿勢に入るセツキ王だけど、事態が悪化しかねないからちょっと黙っていて欲しい。

 しかしそんな願いも虚しく、妙案を思いついたかのように笑みを一層深め、非常に楽しそうに言葉を紡ぎ出した。


「ならばこうしようではないか。決闘の条件は俺様とカザキリ、ティファリス女王とアシュルの二人。一対一で交互にやるとしよう。

 ティファリス女王たちの勝利条件は俺様たち二人を戦闘不能にするか、負けを認めさせること。それかこの俺様に実力を認めさせることだ」

「実力を認めさせる?」

「そうだ。ま、これは救済措置ってやつだな。俺様を相手にして戦闘不能にすることなんざ出来るとは思えねえ。だからこそってやつだ。

 俺様がティファリス女王の実力に納得できたら敗北としてやるよ」


 これまた随分余裕そうな発言だ。いや、そんなことを言える程この男は強いのだろう。

 不遜で余裕そうであり、どこか楽しそうな表情を浮かべて入るけど、隙がまるでない。今まで相手にしてきた者たちとは明らかに格が違う。それはこの広間に入ったときからひしひしと感じていたものなんだけれど………。


 面白い。このセツキ王は上位魔王の中でも相当強い分類に入るんだろう。だからこそこれだけ強気というわけだ。その発言、後悔させてやろう。

 そしてその勝利条件から、アシュル達の戦いは前座のつもりなのだろうが、こっちも一切手を抜かせないようにしてやる。


「それ、あとでやっぱり止めたとか言わないでよね」

「当たり前だ。俺様に二言はない」

「いいでしょう。その条件で引き受けるわ」

「ティ、ティファさま!? わかってるんですか? 負けたらティファさまはこの二人の慰みものになるんですよ!?」

「「いやなんでそうなる(でござる)」」


 アシュルの慰みもの発言に二人して思わずそんなツッコミを繰り出してしまったのだろう。呆れた顔のカザキリとまんざらでもなさそうなセツキ王という両極端な表情だったが。

 そしてそのセツキ王のせいでアシュルの怒涛の口撃は止まらない。


「いいえ、男は狼、ケモノケダモノといいます。二人がかりでティファさまにあんなことやこんなこと、するに違いありません! 獣欲に任せてティファさまは……ああっ、そんなこと、させません! させませんとも!」

「……女王よ、お前の従者の妄想、ちょっと激しすぎないか? あの娘の頭ん中では俺様とカザキリはとんだど畜生扱いされてるんだが」

「だったらそんな顔するの止めてくれないかしら? 明らかに煽ってるようにしか見えないんだけど」


 このままでは延々と私が流されるまま二人の男によって汚されていく妄想が垂れ流されかねない。

 それは私も相当…………いや、そんなものすら軽く超えるほど恥ずかしい。

 多分決闘する前に敗北してしまいかねないほどに。

 と、とりあえずアシュルにはとっとと現実に戻ってきてもらおう。


「アシュルー、帰ってきてちょうだい。もうその妄想が私に深刻な傷を負わせようとしてるから」

「はっ、……あ、ああ。結婚するという話からつい……」


 ようやく妄想から解放されたアシュルはシュンと落ち込むかのように顔を伏せてしまった。

 私も辱めから解放されて、ようやく一息ついた。

 エルフ族のことから『隷属の腕輪』に国の問題に続いて、このアシュルの妄想爆発の酷さのせいでものすごく疲れた気がする。


「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ。それで、決闘はいつ頃になるのかしら?」

「……そうだな。ところで今がいつの月か覚えているか?」


 またセツキ王も随分急な質問をしてくる。話の脈絡というものを考えて欲しい。

 ええっと私が国を出たのが6の月・レキールラの半ばくらいだった。で、フェアシュリーに到着してからクルルシェンドに行くまでに月が一回変わって7の月・ビーリラに。

 その後戦争の準備、事後処理、なんかでビーリラの終わりまでは拘束されたはずだ。

 そういう事を考えると……。


「今は8の月・ペストラだったかしらね」

「そうだ。ペストラの13の日から15の日まで、この国は祭りの時期に入る」

「お祭り?」


 そういえば国によって文化が違い、祭りなどの行事があると聞いた。色んな国を転々とした私達だけど、そういう機会には一切恵まれなかったせいでどうにも忘れていたんだけど。

 まさかこの鬼の国でそんな嬉しい出来事に立ち会えるなんて夢のようだ。さっきの疲れる話とは打って変わって興味が湧いてきた。


「それで、どんなお祭りなの?」

「このセツオウカには生き物は死んだ後、黄泉幽世よみかくりよと呼ばれる死者の世界に行き、そこで新しい生を待つと言われている。死んだ者の魂を、その黄泉幽世よみかくりよに送り出すための祭りが送魂祭だ」

「……それってお祭りと呼べるものなの?」


 死者の世界があるっていうのは私も信じてる。っていうか創造神から転生させられたこの身は、いわば死んだ後の世界に存在してるとも言えるわけだしね。

 というよりそんなことじゃない。それって果たして私が想像してるような祭りなんだろうか? と疑問が浮かぶ。

 どっちかというと神秘的というか、厳かというか……そういう厳粛な空気の中執り行われる祭りにしか思えない。


「ああ、食って飲んで、歌って騒いで……他人に迷惑をかけなければ基本的にどんちゃん騒ぎよ。しみったれた空気の中送り出すなんざ俺様達の主義じゃねぇ。屋台も数多く出店されたり、火属性魔法で綺麗な爆発を起こして空に簡単な絵を描いたりな。

 店側は儲かる、客はこのお祭り騒ぎを楽しむ。その光景を見た死者は生者達と祭りを楽しみ、やがて満足して黄泉幽世よみかくりよへと行く、と言われている」

「へー、そんな祭りがあるなんてね……」


 というか魔法で空に絵を描くとかどんなものなんだろう? さっきの魂を送り出すと聞いた瞬間のがっかり感から急に期待感がもてるようになってきた。

 屋台に魔法にお祭り……このタイミングでセツオウカに来て良かったと心底思えるほど、楽しみになってきた。


「他国の魔王がこの祭りに参加したことはほとんどないが……せっかくだ。楽しんでいかないか? 専用の衣装も用意させる。特に作法なんざぁねえからただ楽しむだけでいい」

「至れり尽くせりじゃない。私もその祭りや貴方達が着ている衣装については興味があったし……そうね、お願いするわ」


 お祭りを楽しむなんて初めての出来事かもしれない。想像以上に胸が高まってきた。

 礼儀作法なんて関係ないそうだし、ここは思う存分楽しむとしよう。


「決まりだな。取り寄せるために一度採寸しなきゃならんからしばらくしたら案内した部屋に待機しておいてくれ」

「わかったわ。で、話を戻すけど、肝心の決闘の日取りはどうするのよ」


 脱線してしまったけど、元の決闘に関する会話に戻す。そうすると予定を思い出すかのように宙を見上げて考え事をするセツキ王。

 ああでもないこうでもないと小声で色々つぶやいるみたいだ。


「そうだな……祭りの後の片付け、その後は少々予定が立て込んでいる。大体一ヶ月後を目安に考えてくれればいい」

「……それはまた随分長い目をみることになるわね」

「仕方あるまい。シュウラのこともある。パーラスタに圧力を掛けるのは早いほうがいい。その後書類の手続きに入るが……そっちにも準備は必要だろう?」

「それはつまり、こっちのために時間をくれる……そういうこと?」

「ああ、ティファリス女王はどうかは知らんが、カザキリは俺様の契約スライムだ。そっちのアシュルってのには準備が必要……だろう?」


 セツキ王がアシュルの方を見やると、ムッとした様子のアシュルと視線がかち合う。

 私はアシュルの実力を疑ってはいない。私の契約スライムだし、リーティアスでは私に次ぐ実力の持ち主だと思っている。

 だけど、カザキリの方が私には上回っているように感じている。経験の差か、それとも契約した者の能力による差か……そこはわからないけどね。


「まるで私が今カザキリさんより下みたいな言い方ですね」

「ふっふっふ……はっはっはっ! 仕方ないでござるよ。拙者は長年セツキ様に寄り添ってきた契約スライム。アシュル殿のようにぽっと出のスライムとは何もかも違うでござる。……まあ、アシュル殿は拙者と同じ完全人型のスライムでござるし、魔力の方も非常に高く感じるでござる。それでも拙者と戦うには役不足でござるよ」


 いい気になってきたのか、高笑いしながらペラペラと饒舌に喋るカザキリに対し、ぐぬぬ……といった様子で見返してやると言わんばかりに睨むアシュル。

 というかセツキ王も言ってたけど、やはりカザキリも契約スライムだったか。ライバルがどうとか言っていたときからそんな気はしていた。


「……わかったわ。それじゃあ決闘は一ヶ月後ということで。その間はここに滞在したり、国に一度帰国するかもしれないけど……それは問題ないわね?」

「ああ、好きにしてくれて構わない。ここには図書館と呼ばれる本を管理する館がある。他の国にはない本なんかもあるからな、俺の権限でそちらに入れるようにしておくし、戻るのであればワイバーンを貸してやろう。こっちの都合で振り回している感が強いからな、まあ詫びみたいなもんだ」


 セツキ王の提案は非常に魅力的だ。

 私の知識はリーティアスの本で知ったことと他人から見聞きしたことで大半作られている。セントラルに進出した今では、ほとんど誰かに聞かないとわからないといってもいいだろう。

 それ故に上位魔王の国に保管されている本が閲覧できるというのは非常に助かる。おまけにワイバーンを貸してくれるのであれば短期間ではあるものの、一度国に戻るという選択肢だって生まれるというもの。

 今現在は戻る気がないにしてもなにがどう転ぶかわからない以上ありがたい申し出だ。


「それじゃ、好意は素直に受け取っておくことにするわ」

「ああそうしてくれ」


 こうして私は、しばらくの間セツキ王が統べる国・セツオウカの首都キョウレイに滞在することになった。

 ……フェーシャには申し訳ないのだけれど、もう少しリーティアスで頑張ってもらうことにしよう。

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