74・鬼は心の底から、楽しげに

 ――セツキ視点――


 ティファリスとの会談は一通り終わった。今あいつは案内の者と共に部屋に向かってる最中だろう。

 俺様に対し、堂々とした姿を見せたあの少女……全く、どうにも好みでたまらねえ。

 アシュルとかいう契約スライムにはああは言ったが、獣欲に身を任せるのも悪くないと思うくらいにだ。

 女としては少しばかり未熟なもんだが、それも愛嬌。ああいう芯の入った女は好きで仕方ねえ。出来るなら決闘後とは言わずにいますぐ娶りたいくらいだ。


「……主! 我が主よ!」

「……ああ」


 触り心地の良さそうなサラサラとした黒髪。自分に自信を持ってるであろう強い意思を宿した目。所作に溢れる実力の端々。

 声は多少幼く感じるが、どこか惹かれるようなものをしている。

 あんなのが覚醒すら出来ないやつらの寄り集まりとまで揶揄やゆされた南西地域で産まれただなんてな。

 光が見えてすぐにオウキを向かわせたのは良かったが……帰ってきてすぐに受けた報告はこっちも慌ただしかったからな。対処は後に回したが、結果的にそれが良かった。


 俺様も近々上位魔王を討ち倒して新しくその座に就くだろうと思っていたディアレイを討ち倒し、国から奪われた魔王シュウラの遺体を奪還。おまけに無所属だったガンフェットの国リンデルもほぼ手中に収めたというじゃねぇか。

 あそこは資源豊富な一等地を領土にしている国。セントラルの魔王たちはお互い牽制し合って中々占領することも敵わないからと不可侵条約を互いに交わしてるような場所だ。魔石関連の資源は貴重だと誰もがわかってるからな。

 だからこそ流通させることを条件にした条約だったんだが……リーティアスの手に落ちたとなれば今後それも危うい。


 今頃周辺で力を付けていた魔王達は大騒ぎだろう。南西地域のぽっと出の魔王に利益をかっさわれちまったんだからな!

 ああ、愉快なことこの上ねえ! なにせあそこはフェリベルの息のかかった連中が多いからな!

 どいつもこいつも欲の皮突っ張ってるから互いに足を引っ張り合うんだよ。おかげで多少溜飲は下がったがな。


「主! 我が主!」

「っせーな。聞いてる聞いてる」


 オウキの話なんぞ適当に流しておけば大丈夫だ。そんなことより今後の方が楽しみなんだからな。

 間違いなくティファリスという存在が風を起こす。すでにあいつを手に入れようとフェリベルは動いているようだし、その事では少々出遅れたが、なんとかこちら側に引き込めるところまで持っていけた。


 これで俺様が勝とうが負けようがフェリベル側につくことはないと踏んでいいだろう。ま、俺様が負けるなんざ天地が裂けてもありえねぇけどな!


 ティファリスが俺様の妻になるにしてもならないにしても、今後はより荒れるだろう。

 セントラルに南西の魔王がのこのことやってきた。それだけなら適当にいなしたり食い物にするかのどっちかだっただろう。


 だがあいつは力を見せた。周辺国家からは性欲の化身とまで言われ蔑まれていたが、その実力は本物だと言われていたディアレイを倒し、それがまぐれではないことを証明しちまったからな。

 これからティファリスの周りには良くも悪くも魔王が集まる。当然フェリベルや他の上位魔王共も、だ。

 なにせ恐らく今一番上位魔王に近いのは……他ならぬティファリスなんだからな。


「主! いい加減まともに話を聞いてくださりませ!」

「ああわかったわかった! そう大声で怒鳴るな。うるさい」

「我が主が拙者の話をまともに聞いておらぬからでござりましょう!」

「わかった、ちゃんと聞く。で、なんだって?」

「はぁ……」


 ため息つきながら左右にかぶりを振るのはいい度胸だと思うが、そこは俺様とオウキの中というべきものだろう。

 今更というやつだ。


「ティファリス女王から受け取った者の処遇についてですが……オーガルは現在牢に閉じ込めており、処刑の準備を進めております」

「そこら辺はオウキに任せているだろう。俺様を愚弄したあの豚は許せんが、執行官が俺様であるならそれ以外は全て一任する」


 あの豚は俺様が立会人になった誓約をその汚い足で踏みにじりやがった。しかも他の国の奴を囮に使うなんざ胸くそ悪い事をしてくれやがって。絶対挽肉にしてやる。


「はい。それと、シュウラ様の遺体ですが、現在は霊廟に保管し直しております。是非とも後でお顔をお見せになってください」

「当たり前だ。あの男はこの俺様の先代。俺様も世話になったことがあるからな」


 シュウラの遺体も戻ってきた。良いことと悪いことは続くというが、この時ほどその通りだなと思ったことはない。

 これで後4人。まだまだ先は長いが、それでも一歩前進っていうやつだ。

 全員魔王のときよりは大分弱くなってやがるだろうが、それでも仮にも鬼を治めた魔王。並の覚醒魔王なんざ足元にも及ばねぇ強さを持ってるだろう。

 死体だから恐怖を抱くこともない、足が飛ぼうが腕が飛ぼうが迷わず標的に向かって突き進む都合のいい戦士。

『隷属の腕輪』といいこれといい、エルフの考えてることはつくづく悪趣味だということがわかるな。


「早く他の魔王様方も我らが故郷に帰っていただけるようにしていただきたいものです……」

「……シュウラという切り札を一つ使ってきた。これからは他の魔王たちも戦場に投入してくるだろ」


 ティファリスのところに現れたのなら、これからもあいつのところに出現する可能性が高い。

 そうなればその頃にはどう転んでも同盟を結んでいるであろう俺様達の国に返還されるのは間違いない。

 現にシュウラはここに戻ってきたからな。


「だから決闘を? こちらもティファリス女王という切り札を手に入れる為に」

「よくわかってるじゃねぇか。ま、それはもう建前みたいなもんだ。直接姿を見てから気が変わった」

「……と申しますと?」

「はっ、わざわざ聞くかオウキよ。っていうかなんで隠してた? 俺様が容姿を聞いた時なんざ適当にはぐらかしやがって」

「美しい見た目ですがまるで男のように戦場を駆けると申したではござりませぬか」


 こいつはまたいけしゃあしゃあと……お前が報告したのは本当にそれだけじゃねぇか。それじゃあ男みたいな女を想像しちまうだろうが!

 ……オウキの野郎、よく見たら目が笑ってやがる。こいつ、もしかしてワザとか!?

 そういや他のことについては詳しく報告してたのにティファリスの事に関してだけは必要最低限の情報しか渡してこなかった。

 あの時は別に必要ないからいいかと割り切っていたが、俺様の驚く様見たさこれだけのことをしやがったってわけか……。


 ま、良い意味で驚いたもんだし悪くはねえ。おかげで俄然にやる気が出てきたからな。


「……」

「……」


 お互い腹を探るように視線を交わしあい、なにを言ってやろうかと俺様が思案する一方、実に楽しげにこっちを伺ってるオウキの姿に若干苛立ちを覚え始めそうになるが……どうにか頭を冷静にさせる。

 最近悪い出来事も多かったし、俺様もパーラスタへの抗議やらなんやらでピリピリしていた。こいつにとってはちょっとしたサプライズのつもりだったんだろう。

 畜生が! 成功してる分余計に腹が立つ。なんか「どうですか? 驚きましたか?」とか言わんばかりの顔をしているようにしか見えない。


「……はぁ、まあいい。なんにせよ、後はティファリスの実力を実際確かめてみればいいだろう」


 これ以上容姿に関する会話を続けるのはあまり得策じゃないと判断し、俺様はそろっと話の流れを別方向に向かわせることにした。

 俺様がオウキの好みをしっかり把握しているのと同じように、オウキも俺様の好みをがっちり把握している。あの方面で会話を続けていたら不利なのは俺様、ということだ。


「今、露骨に話を逸らされましたね?」

「さあ、なんのことだ?」


 くそっ、微妙に勝ったような顔してやがる。

 オウキのやつめ……覚えてやがれよ……。


「……ティファリス女王の実力は拙者が報告したあの時点より明らかに上回っていると考えて間違いないでござりましょう」

「だろうな。ま、お前が立ち会った戦いは覚醒も果たしていない魔王との一戦だったわけだが」

「それを言われてはなんとも……」


 困ったような顔してるが、こいつはどうせ対して困ってなんぞいない。

 本当のことだし、言われるだろうなぁ……程度にしか考えてないだろ。

 こいつはそういう男だ。


「もし、でござりまするが……主の目論見より遥かに下だった場合、どうされるのでござりますか?」


 先程のような困った振りなんぞなかったことに。掛け値なしの本気の目で真っ直ぐ見据えてきた。

 これはこっちも本気で答えてやらんとならないな。

 オウキが聞きたいのはティファリスが覚醒はしているが、魔力一辺倒だった場合について聞いてるんだろう。

 あの女王の魔力は言うことなしだということは報告を受けている。セツオウカでも寒い時期に降る雪のようなものを降らせ、触れたものを焼き尽くす魔法。

 鎮獣の森付近での戦いに使ったという白い炎が線状に解き放たれ、正面の軍のことごとくを消し飛ばしたらしい魔法……とてもじゃないがセントラルの魔王でもそう簡単に出来るものじゃない。


 ティファリスが非常に優れた魔法使いであるのは間違いない。問題は他の部分ってわけだ。


「その時は俺様の背後で好き放題魔法を使わせりゃいいさ。それかあの契約スライムの言う通り、愛でるだけにしておくか。はっはっはっ」

「我が主よ……」

「割と本気で言ってるぜ? 夜の顔もじっくり堪能しておきたいってな!

 だが俺様の想像の上をいっていたなら……」


 万が一そうであるならば、これ以上頼もしい戦力はいない。


「誘いますか。例の『あれ』に」

「ああ、ティファリスが本物であったなら、俺様の陣営であることをアピールするのは得策だ。

 違ったとしたらティファリスは俺様の妻になっているというわけだし、得しかねぇな」


 思わず笑みが溢れてくる。

 今回の決闘、ティファリス側からしたら俺様という強大な国家と同盟を結べるチャンス。本来であれば有り得ないほどの話だ。

 対する俺様の方はティファリスという未知の存在を実際確かめる事ができ、妻にするにしても同盟を結ぶにしても不利益は全くない。


 だから遠慮なく試させてもらうぜ。俺様の隣に立つに値するか、俺様が愛でるだけの存在に成り下がるか……。

 精々満足させてくれよ? この戦いを統べる鬼から産まれ落ちた戦神である……唯一無二の鬼神族であるこの俺様をよ。

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