72・エルフ発祥の文化、奴隷制度

 疑問に思うことも色々と増えてきたけど、奴隷なんてそう気軽に使えるものなんだろうか?

 私の知ってる奴隷っていうのは闘技場などの見世物として使われる奴隷や人には言えない用途で使われる奴隷ぐらいだ。

 とても襲撃などに使うなんて発想、思いつきもしない。


「ところで、奴隷ってそんなに便利に使えるものなの? 私には想像もつかないんだけど」

「……そうだろうな。奴隷制度ってのは南西どころか他の地域でもあまり聞き慣れないもんだ。エルフのバカどもが作った制度だからな」

「エルフが?」

「エルフどもが魔力が高く、『死霊の宝珠』なんかの魔道具作りが得意ってのは話したよな。

 奴隷のやつらはパーラスタを初めとした国々で作られている『隷属の腕輪』っつー魔道具をはめられることになってる。主人の命令に逆らわねぇ為だな」

「……なるほどね、大体想像はついたわ。要するに奴隷はその『隷属の腕輪』で管理されているってわけね」


 私の解答にセツキ王は「その通りだ」と頷いて話を続ける。


「購入した者の魔力を腕輪に込めることで所有者として認定される。『隷属の腕輪』を付けられた奴隷は主人に一切逆らうことは出来ない」

「つまり、生き死にすら自分の意思では許されないってこと?」

「そうなるな。エルフ族の奴隷に堕ちた者の人生はあまりにも悲惨だ。奴隷が出来ることと言えば用を足すことくらいだ。ま、それも勝手にすれば仕置されるわけだから実質なんも自由はねぇわな」


 はぁーとため息をついて嫌そうに喋ってるセツキ王だけど、正直相当気分が悪くなってくる。

 人道をどうと言う訳ではないけど、それではまるで物と変わらない。いや、物以下だ。

 ……セントラルではこれほど酷いことが行われているなんて、思いもしなかった。


「そんな物騒な道具があったなんてね」

「製造方法は秘匿にされていて、少しでも調べようものなら軽く爆発して跡形もなく消える。そのせいでどんな魔石が使われているのかすらわからん始末だ。他者を操るといった面では闇属性の魔石が使われているんだろうが……憶測の域は出ない。他の魔法にも精神に干渉する魔法はあるからな」


 どんな魔石や魔法が使われているかわからない以上、対抗できるかどうかすらわからない。

 仮に対抗できるとして、どれほどの力が必要なのかもわからない。エルフ族や妖精族のように魔法に精通している場合は抵抗できるようなんだけど、それ以外の対処法は今の所発見出来ていないそうで、『隷属の腕輪』については完全にお手上げなのだそうだ。


「おまけにフェリベルの野郎、自分の支配下にある国にばら撒いてやがるからどの国がどれだけ作ってんのかすらわかんねぇし、下手すりゃパーラスタと配下の国共と全面戦争になりかねん。どれだけの規模になるかわかんねえし、それは俺様の本位じゃねえ」


 頭を掻きながら不愉快そうな苦々しい表情を浮かべるセツキ王。

 だけど、その気持ちは少しわかる気がする。パーラスタにばかりかまけていると他国からの侵略を許しかねない。

 かといって末端部分からちまちま叩いていってもキリがないし、中枢に近づけば近づくほどパーラスタに近づく。そうなるとこちらに攻め入る口実を与えるだけ。実にもどかしい。


「他の上位魔王はどう思ってるのよ。あまりまともな道具とは思えないし、潰そうと動こうとする者もいるんじゃないの?」

「……簡単なことだ。言っただろう? ってな。それが答えだ」


 答え……フェリベルと呼ばれている上位魔王が治めてる国であるパーラスタで作られ、自分の配下である国にも配って……。

 まさか……。


「上位魔王がフェリベル王の勢力下に組み込まれている?」

「その通りだ。勢力図としては現在は上位魔王を代表にして5つに分かれている。俺様、フェリベルと他の2人の勢力……後はどこにも属してない勢力だ。

 ちなみにお前たちのところの南西地域はどこの支配下にも置かれてねえな」

「覚醒魔王がいないから?」

「そうだな。南西地域は唯一覚醒した魔王が存在していない地域……ということになっている。

 ま、今は違うようだけどよ」


 ニヤッと含みのある笑みを浮かべて私とアシュルを交互に見ているところから、これはもう私のことを言ってるんだろうとわかる。

 ま、今までさんざん暴れまわってたし、バレないほうがおかしいというわけか。


「ティファさまティファさま」

「? どうしたのアシュル」


 そう考えていたらアシュルがなにやら神妙な顔をして私に小声で話しかけてきた。

 今までずっと黙っていたはずなのに一体どうしたんだろう? なにか気になったことでもあったんだろうか?


「セツキ王という人、さっきからジロジロと私とティファさまを交互に見て、ちょっと不快です。それにティファさまに対してすごく熱っぽい視線を向けてます」

「……それは今言ってはいけないことよ。後でちゃんと聞いてあげるから黙ってちょうだい」

「……はい」


 いきなり何を言うのかと思ったらそれはとんでもないことを口走ってしまったアシュルを咎めると、向こうにもバッチリ聞こえたのだろうセツキ王が途端に面白い物を見るかのように笑いだした。

 カザキリの方も可笑しかったのだろう。微妙に笑いを堪えてるように見える。


「はっはっはっはっはっ! 俺様を目の前にしてそんなこと言うやつは初めて見たぜ! お前、名は?」

「あ、アシュル、です。え、えっと、申し訳ありません。つい口が……」

「はっ、気にするな。俺様は寛大だ。その程度なんとも思わん。

 だが、他の魔王の前では気をつけるんだな。お前もティファリス女王が侮辱されるのは我慢できねぇだろ? それとおんなじだ」

「は、はい! ありがとうございます」


 アシュルのせいで話が脱線してしまったけど、どうやら向こうは私が覚醒してることに気づいている……というところぐらいか。

 深々と頭を下げてるアシュルに対し、軽快そうに笑ってるセツキ王。中々に侮れない男だ。


「とりあえず、だ。上位魔王にも色々ある。俺様みたいに自分の国以外に興味をもたないやつとか、フェリベルの野郎のように己の勢力を広げようと躍起になってるやつとかな」

「魔王に力に目覚めた覚醒魔王、より強大な強さを誇る上位魔王っていうのだけでも多いのに、更にこうもそれぞれの思惑が交差されると頭が痛くなりそうよ」

「それが国を治めるってことだ。その点南西地域はそんなのとは無縁の所だったんだろうけどな」


 まさしくその通りだ。エルフ族の介入さえなければどうなっていたかは知らないが、基本的にあそこの魔王たちはそういう黒いものとは無縁に感じる。

 私を罠に嵌めようとしたのもアロマンズくらいだったしね。


「良くも悪くもまっすぐな魔王ばかりね。他国の魔王を操ったり『死霊の宝珠』やら『隷属の腕輪』やらを使って色々画策しようとする魔王なんていなかったわ」

「これからはそういう魔王ともどっぷり関わってくる羽目になるからな。覚悟しとけよ」


 よくもまあそんな話を笑って言えるものだ。

 ま、そういうのが絡んでくるのはおおよそ予想がついていたからいいんだけどさ。


「そんなもの、私が魔王になるってわかったときから知ってるわ。何をされても打ち砕くだけよ」

「ほう、いい心掛けじゃねぇか」


 見定めるかのようにじっとこちらを見つめていたかと思うと、なにか良いことを思いついたと言わんばかりに口を開いてきた。


「くくっ、オーガルどころか上位魔王に近い実力を持ってると言われているディアレイも倒した女なんだ。そうでなくてはな。話によればドワーフ族のガンフェットも降したんだろう?」

「随分と話が早いじゃない。独自の情報網ってやつ?」

「はっ、それは秘密だ。で、どうなんだ?」

「……ご明察よ。ディアレイのせいではあるけどね」


 私の返答にご満悦な表情のセツキ王は目を細め、愉快そうにこちらを見据えてくる。


「はっはっはっ! いいじゃねぇか。強く真っ直ぐ何事にも臆さない。無駄な胸もねぇし、顔も俺様好み。今まで見たこともないほどの一級品と来たもんだ。ティファリス女王程の粒はそうはいねえぞ」

「……何が言いたいのよ」

「ああ、そんなに身構えるな。要はあれだ、俺とも決闘しようぜってことだ」

「決闘?」


 いきなり何を言い出すんだこの魔王は。

 訝しむ様子の私に対し、笑みを深めたセツキ王はとんでもない爆弾を投下してきやがった。


「お互いに得になると思うぜ? 敗けたら俺様がお前さんと手を組んでやるよ。お互い平等な同盟だ」

「……私が敗けた場合は?」

「ティファリス女王、お前を貰おう」

「「は?」」


 思わずどこか間の抜けた声が私とアシュルの口から漏れ、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 今この男はなんて言ったんだろうか? あまりに唐突だったせいか少々思考停止してしまう程だ。


「今、なんて?」

「ティファリス、お前が俺の妻になれ」

「…………」


 ここぞとばかりに呼び捨てにされたことはひとまず置いておいて、どうやらセツキ王は本気で話してるようだ。目に偽りが見えない。

 というかここまでストレートに言われたのはカザキリ以外には二人目だ。フェーシャ? 彼は操られていただけだし、カウントは出来ないだろう。


「なんでそう、求婚されたり誘拐されそうになったりするんだろう?」

「はっはっはっ、そりゃひとえにお前の見た目のせいだろ!」


 なんだかその分損してるような……複雑な気分になってくる。


「主よ、それは少々お待ちを」

「ん? どうした?」

「ティファリス様には拙者が先に求婚いたしたでござる! いくら我らが主であろうともこればかりは引き下がれませぬ!」


 普段こういうこと言わない男だったのだろう。カザキリの発言に相当驚いた顔をしている。

 しばらくそのままだったけど、段々とにやにやした笑いに変化していく。


「ふっ、ふっははは、おもしれぇなあ。そう思わないか? ティファリス女王。

 カザキリが俺様にこんな意見してきやがったのはこれが初めてだ。こんなおもしれぇことは初めてだ」

「我が主よ……」


 心底楽しそうにしているセツキ王の姿を同じくらい嬉しそうに呟きながら見つめるオウキ。

 その姿はまるで王の姿に心酔している部下の姿そのまんまだった。

 っていうかなぜか本人である私の了解を置き去りに話が進んでるんだけど、この状況、どうすればいいんだろう。


「主よ……返答は如何に」


 必死な目でジッとセツキ王を見つめるカザキリに対し、今までとは少し違った……多少真面目な顔でセツキ王は向き合っていた。

 ただ、普段がどうも不遜というか、強者による余裕そうな笑みを浮かべていたりするところから、あんまり変わってないようにも見えるけど。


「ならば、俺様とカザキリ、両方の嫁にすればいいじゃねぇか」


 頼むからこれ以上私を苦しめることを言わないでくれ。

 というか、私が負けること前提で話を進めないで欲しい。

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