42・白虎の魔王、恐れる

 ――ビアティグ視点――


 俺がジュライムに行く前、グルムガンドで出立の準備をしていた時の話だ。

 俺と同じ種類の獣人であるルブリスに忠告を受けていた。

 奴とは幼いときからの付き合いというやつで、他国と積極的に関係を持つ方が良いとよく俺に打診をかけてくることを除けばいいやつだ。


 ただ、最近はフェアシュリーの妖精族以外を嫌うやつらに色々と嫌がらせを受けていると聞く。

 古い付き合いの俺からすれば、あまり面倒事に巻き込まれるなと言ってやりたい。なんだかんだ言ってお前は俺の友人の一人なのだからと。


「王、今回の会談はグルムガンド始まって以来の出来事だ。南西地域の魔王がどのような王なのか……詳しくはわからないが、セントラルの魔王と同じやり方が通用するような相手だとは思うなよ?」

「わかってるわかってる。あいつらは俺たちのことをどうしても下に見てるからな。そんな奴らに接するにはこっちもそれ相応の態度を取らないといけないだろう? 今回はいつも以上に接することはしない」

「いや、お前は口が悪いからな。それに浅慮で感情的に物事を言ったり、微妙に言葉が足りないきらいがある。近隣国の魔王はまだフェアシュリーとクルルシェンドと三国が力を合わせれば拮抗している。

 だからこそお前のソレが通っているんだが、リーティアスの情報は少ないからな。最初から弱いだろうとたかをくくって馬鹿にしたりなんぞすれば……下手したら不味いことになるかもしれないぞ」

「はっはっは、それこそ問題ないだろう。辺境の地でひっそり栄えていた国だぞ? 少なくとも俺より力があるとは思えないな」


 大笑いでルブリスの話を一笑に付す俺の姿をどこか不安そうに見ている姿が、なぜか印象に残っていた。






 ――







 ――フェアシュリー・ジュライム――


 ティファリス女王・アストゥ女王とこの俺、ビアティグ王の三人で望んだ三国会談。

 全体的に硬貨の仕組みが変わる話になり、辺境国のリーティアスを収めるティファリスがこちらの大硬貨なんかを流通させてくれと言ったのを聞いて、なにを馬鹿な事を言っているんだと憤慨を覚えたものだ。


 こちらは少しずつセントラルから大硬貨を仕入れていって……ようやくある程度運営出来る環境になったのに、今リーティアスに流していけば、またしばらく財政が不安定になるのは目に見えている。それほどのリスクを背負ってまでなんで俺たちがサポートしないといけないんだ。

 そんな気持ちをそのまま言葉にしたのが俺の最大の過ちだと言える。これほど後悔したことはない。


「はぁー……ああだこうだと言ってるがな、今教えてやったんだからそれでいいだろうが。大体、今まで知らなかったのは調べなかったお前らの怠慢だろう。人のせいにするな。

 これだから魔人族は……自分の国ぐらい自分でなんとかすることも出来ないのか」


 その時、俺はふとルブリスとの会話を思い出していた。『馬鹿にしたりなんぞすれば……下手したら不味いことになる』……その言葉が頭の中でこだまする。

 なぜなら、その言葉を口にした瞬間、さっきまで馬鹿にしていた時に浴びせられていた威圧とは別次元のプレッシャーをその少女魔王は解き放ってきた。


 いや……こんなものプレッシャーとかいうレベルじゃない。化け物のソレという言葉すら生ぬるい恐ろしいものがそこにはあった。


「へぇ、そんな事言うのね。貴方、今自分が何を言ったのかちゃんと理解してる?」


 微笑んではいるけど、目が全く笑っていない。キレイに整ったその顔で本当に笑っているんだったらさぞかし華やかに映るんだろうけど、このプレッシャーの中で仮面を着けたかのように笑われては頭がどうにかなりそうなほど恐怖を感じる。


 恐ろしい。

 ただただ凍てつくような冷めた目で見る……この女の目がとても恐ろしい。

 その目で見据えられてるだけで体だけじゃない。心の奥底まで寒く凍えてしまいそうに……いや本当に寒さを感じる。それでいて汗がたまらなく吹き出てきて、体の震えを抑えて口を開くだけで精一杯――いや、思考することと口を開くこと。それだけ許されてるようにさえ感じる。


 ふとアストゥの方を目だけで見てみると、彼女もティファリスから感じる異常性に顔を真っ青にしてかたかたを音が立つほど震えていた。

 わかる。というかあの目と圧力が向けられているのが俺で本当に良かった。アストゥだったらこれにはまず耐えられないだろう。下手したら漏らしてしまってたかも知れない。



「私達の怠慢? 言ってくれるじゃない。それを他でもない、貴方が言うのかしら?」

「……どういう意味だ?」

「グルムガンドはわざわざ他国から来た商人にも渡らないように隔離されていた。フェアシュリーは他の国の者はほとんど入国出来ないし、私が歩いた街中では大硬貨の存在は伏せられていたわ。そしてクルルシェンドはそんな二国の間にあって、私達は渡れない。それでどうやって知れと? 貴方達が徹底的に隠してるの間違いじゃないの?」

「……そんなことはない。グルムガンドでは知っていればちゃんと応対した」

「知っていれば? 馬鹿じゃないの? どうやって知れと言うのよ。情報、動き……そういった私達にわかる要素何一つないじゃない」


 くっ……ああ言ったらこう言って押さえつけられちまう。確かにあまり他国に広まらないようにしていた。だがそれは余計な混乱を招かない為というのもあった。

 もちろん、俺たちの国が優位に立とうと思った気持ちがないわけでもない。魔人族は敵。そういう思想の元に行動している節があることも否定しない。

 いや、むしろそっちの方が強かったからか。


「それにフェアシュリーを見て思ったんだけど、仕組みを知ってるのは首都とその近辺ぐらいじゃないの?」

「え、えぇ……? そんなこと――」

「落ち着いてきたって言ってたわね。だけど私がいった獣人族の村では相変わらず鉄貨20枚で銅貨1枚の、こちら側の仕組みそのものだったわ」

「え? そ、そんな……」

「どれだけの街や村が順応してるのかは知らないけど、村と呼ぶにはそこそこ大きいそこが、なんで知らないかが疑問ね」


 不味いな……完全にアストゥが怯えている。無理もない。アストゥは今までこんな恐怖の只中に置かれたことが全く無いからな。セントラルとの外交もっぱら俺とアロマンズが行っていた。アストゥにとって今回が初めての外交……いわば処女外交だ。いや、思考が麻痺しすぎてよくわかんないこと思ってる気がする。

 と、ととと、とりあえず、だ! 俺でさえ自分を押さえつけないと震えが止まらないほどだった。このままじゃアストゥは喋ることすらロクに出来なくなってしまう!


「……わ、わわわかった。お前の言いたいことはわかった。だから頼む。その重圧を抑えてくれ。このままじゃアストゥもまともに会話できない」

「……」


 思わずすがるように頼み込むと、ティファリスは何も言わなかったが先程まで感じていた威圧が見る形もなくなっていた。

 さっきまで感じていた寒さが嘘のように暖かさが戻ってきた。震えも少しずつ収まってきたし、アストゥの方もほっとした様子で一息ついていた。

 俺の方も、勇気を振り絞った甲斐があった。だけどもう一回やれと言われたら無理だろう。


「た、助かったぁ……」

「ああ……」

「貴方があんまり自分勝手なこと言った責任だからね」


 いや絶対それだけじゃない。リーティアスがないがしろにされたとでも感じていたんだろう。実際そうだったし。


「はぁ……ティファリス、お前の言うことはわかった。俺の言い方が悪かった。本当の事を言うとな、大硬貨は他の国に回せるほど俺たちも持ってない」

「また――」

「ティ、ティファリスちゃん! ビアティグちゃんが言ってることは本当だよ? 落ち着いてきたっていうのも本当だけど、それはセントラルから少しずつこっちに持ってきたからなんだよ!」


 また同じことを繰り返そうとしたように映ったんだろう。俺の言葉に目がさっきと同じようになりかけていたティファリスを、アストゥが慌てて止めてくれたおかげでなんとか食い止めることに成功した。


「つまり、そっちにもそこまで大きな硬貨の貯蓄はないっていうこと?」

「う、うん……私が把握してる領土内だったら、手に入れた端から回してるからまだいいんだけど……他の国にまで回せるほど量がないのが事実なの」


 しょんぼりしてるアストゥの言葉を信じてくれたみたいだ。よくやったアストゥ。俺ではまた二の舞だっただろう。


「……グルムガンドも同じだというの?」

「ああ、本当ならそのことも押し黙って色々と有利に動いてやろうと思ったんだが、事ここに至ってはそうも言ってられねぇ」

「……そう」


 これ以上ティファリスを刺激するようなことは避けたい。多分だろうが、この女はきちんと接していれば答えてくれるタイプだ。

 本当に話を聞かないなら、アストゥの話も俺の話も一笑に付してさっきと同じ要求をしていただろう。

 考えるように顎に指を当てて考え込んでるところを見てるとまだちょっとはらはらしてるんだけどな。


「……」

「あ、あの、ティファリスちゃん?」

「ふぅ……大硬貨を作ってるのはセントラル、でいいのかしら? 既存の硬貨を鋳潰して作り直すって方法は出来ないの?」

「難しいだろう。確かに再現できれば鉄貨や銅貨の大硬貨を大幅に増やすことが出来るし、セントラルからわざわざ仕入れなくていいだろう。だけどなぁ……」

「お金が作られるところって決まってるの。南西地域以外全域に必ず一つはあってね。自分たちで作ったのがバレたら偽造扱いされちゃうよ」


 ティファリスが歯がゆそうな目で俺達を見てるが、そんな目で見られてもこっちが困る。俺達だって今の状況は悔しい。

 だけど力がない。魔王は力が全てだ。力がなければ何も出来ない。何も守れない。


「なら、流通される硬貨量を増やすしかないわね。こちらでは大硬貨についてはひとまず伏せておいて、硬貨の交換が20枚から50枚に変更する予定にしておきましょう。ゆっくりと情勢を見ながら変えていく……少なくともこれならセントラルの反感も買うことはないでしょう。本当ならそこまで馬鹿どものご機嫌取りなんてする必要、ないと思うけどね」


『ご機嫌取り』と言った瞬間、吐き捨てるように嫌悪してるのがはっきりと伝わってきた。もしかしたら俺達が内通してるかも知れないってのに、そこまではっきりと言えるこいつが羨ましい。


「まずはそこから一緒に付き合っていきましょう。言ったと思うけど、まずは手を取り合うことが肝要。このままセントラルのいいようにされるなんて腹立たしいこと、看過できるものじゃないわ」


 優しく微笑んでるつもりだろうが、俺にはそれがまるで悪魔が笑ってるようにしか見えなかった。

 俺は魔人族があまり好きじゃない。だけどもそれと別に、この女なら多少は信じても良いような気がする。

 こいつは今まで会ってきた魔人族とはどうも違う雰囲気をまとってる。それ以上に怒らせると怖いから、あんまり敵に回したくないからな。

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