41・魔王様、上位魔王に嘆息する

「お金の仕組みが変わるってどういうことよ?」

「そのまんまだよ。どっちかというならお金の価値が変わるってことかな」


 それは言い方を変えただけで違いがないような気がするんだけど。


「……上位魔王たちが新しく硬貨の価値を設定し直した。

 今ある鉄・銅・銀・金・白金の5つの硬貨に加えてそれを一回り大きくした――文字通り大硬貨が作られることになった。

 それに伴い以前は鉄貨20枚で銅貨1枚だったのが、鉄貨50枚で大鉄貨1枚に変更された。大鉄貨50枚で銅貨1枚だな」

「……!? そ、それ、本気で言ってるの……?」

「俺じゃない事は一応言っておくぞ。そんな得にならんこと、する気もない。これは上位魔王共が決めたことだ」


 上位魔王……またそれか。つくづく私の邪魔をしてくれる忌まわしい存在だ。

 どれだけの数がいるのかは知らないけど、私に対する挑戦もいいところだな。


「……ちょっと頭の中で整理してもいい?」

「うん。ゆっくりでいいからね」

「ふん、こんなこともすぐに飲み込めないとはな。早くしろよ」

「もう! ビアティグちゃんはもうちょっと仲良くしてよ!」

「これでも十分歩み寄ってるつもりだ」


 またぎゃーぎゃー騒ぎ出した二人はひとまず放置しておいて、私は先程ビアティグが告げた重大な事実について少しずつ反芻はんすうしていく。


 まず今回の硬貨の種類が増えたこと。次は硬貨を新たな硬貨に変えるための枚数の変更。

 これは硬貨の……それも金・白金の価値を高めること。大金貨・大白金貨が新しく増える以上、多少価値は下がるだろうけど、それは同じように価値が下がる鉄・銅・銀のことを考えればむしろ高くなっていると言えるだろう。

 これは私達の――いや、私の国にとって相当痛い。国民の大半が鉄~銀の硬貨を使って生活している。商人もそれに合わせた商売をしている。

 だけど硬貨の価値がこれほど変わってしまえば商人は価格設定を余儀なくされる。銅貨1枚で売っていたものを大鉄貨1枚に……いや、鉄貨50枚で大鉄貨になるのであれば、それよりも低い金額でのやり取りをしなければならないだろう。

 支払う給料も、国庫にある資産も、全ての価値がまるっと変わる。確実に国内外は……南西地域は混乱を避けられない。


 私にとってはかなりの痛みをもたらす決まりであっても、国民たちにとっては世界が変わることに等しいだろう。

 ふざけた真似をしてくれたものだ。だけどこれは上位魔王が君臨している国にも――なるほど。やつらの目的がなんとなく見えてきた。


 考えをまとめた私は、相変わらず言い合ってる二人に向けて話しかけることにした。


「ビアティグ」

「大体お前はもう少しだな――うん? なんだ、やっと要領を得たのか」

「ええ。それで質問なんだけど、今回の硬貨の価値の再設定……セントラルでは既に行われているんじゃないの?」

「! あ、ああ、そうだ。セントラル、北地域はこのルールでやり取りされている。南東地域はまだ終えていないそうだが、それは時間の問題だろう」

「やっぱりね。おかしいと思った。いくらなんでもいきなりここまでの変更を強制するのは自分の国にもかなり手痛いことになるはず。なら、はじめから自分たちの国のルールを他国に押し付けてしまえばいい」

「すごいすごい! よくそんなこと考えつくよねぇ。自分のルールを他人に押し付けるなんて、なっかなか思いつかないよ」

「それは貴女が守られる立場でもあるからでしょう。ていうか貴女も魔王なんだから少しは頭働かせなさい」

「えー、そうかな?」


 首をかしげてるアストゥはとりあえず置いておいて、今はビアティグとの話しで情報を拾うことが先決だ。

 肝心のビアティグは私の言葉に目を見張り、感心するかのようにしているけど。


「まさにそのとおりだ。そして俺たちにはこれに逆らえない」

「……いらいらするわね。一応聞いてあげるけど、それはどうしてなの?」


 大体予想は出来る。上位魔王が決めている硬貨の流通に関するルール。セントラルと北ではすでにこのルールで国を運用していること。その一方で南西地域の――少なくとも三つの国が知らず、南東地域も一部のみがそれを適用されているだけで留まってる。


「覚醒魔王……もっと言えば上位魔王がこの地域には一人も存在しない。俺もアストゥも……本来なら言うべきじゃないだろうが、クルルシェンドのアロマンズも含めて誰一人覚醒していない。あいつら風で言うなら最下位の魔王だ」


 アロマンズ……狐人族の魔王だったかな。

 最下位魔王とかいう名称は侮蔑的に聞こえるけど、自身の強さを世界に鼓舞できるほどの力を持っている者なら確かにそういう事言いかねない。


「ただでさえ大陸で使える通貨を全土に流通させ、商売などをスムーズに行いやすくしたのもやつらだし、そんなやつらに逆らうというのは事実上世界を敵に回すのと同意義だ。最悪他の国から品が入ってこなくなることも考えれば余計に、な」

「この地域にも力のある魔王がいればよかったんだけどね。でもリーティアスとケルトシルを除けばみんな歴史の浅い国だからね。それに上位魔王になれるほど力を持ってる魔王って大体がずっと前の大戦でセントラルに集まっちゃったから……」

「今現在こんな状況に陥ってるってわけね……それで、上位魔王って何人いるのかわかる?」

「えっとねー。南東に2人。北に2人。セントラルに6人いるはずだよ」


 さすが中央。約半数の魔王が集結してるってわけか。

 でも意外と少ないな。もっとうじゃうじゃいるのかと思った。


「案外少ないって顔してるな。当然だ。ただ単に上位魔王だと名乗ってるやつならいくらでもいる。だが誰もが真に認める上位魔王というのは全部で10人。他は平凡な魔王がただ覚醒しただけに過ぎん」

「それでもその10人に近い力を持ってる覚醒魔王も多いから、あながち嘘ってわけじゃないんだよねー」


 不機嫌そうにビアティグは言ってるけど、貴方はその覚醒しただけの魔王以下だって自分を卑下してることに気付いてないのか?

 気づいてていってるなら酷い自虐も良いところだ。


「また色々と面倒ね。セントラルはさしずめ誰もが上位魔王を狙ってる魔窟ってとこか。そんなものの何がいいんだか……」

「そう思ってるのはお前だけだ。真に上位魔王だと認められれば、周囲の国への発言力が更に増す。無駄な戦いをして余計な戦力を減らさずに済む」

「そして自分たちは労せずして私腹を肥やせる……でしょう?」

「そういう人も中にはいるだろうねー。一種のステータスみたいなものだから。そんな事考えてる魔王の何人かは兵力が魔王の力だって勘違いしてるお馬鹿さんだけどね」

「魔王というのは良くも悪くも己の力こそが全て。確かに多少の上下であれば策略でなんとでもなる。だが圧倒的な差があればそれも無意味だ」

「……そうね」


 とりあえずビアティグの言葉には頷いておくけど、私はそうは思えない。

 現に今回の謀略、私には相当の痛手になる。国が疲弊し、盛り返そうとしている矢先にこれだ。セツオウカから使者がいつ来るかはわからないけど、またしばらくは国外のことに時間を割く余裕を失うだろう。

 そしてそれを立て続けに引き起こし、国としての体裁がロクに取れなくなった隙をつく。そうなればいくら私が力をもっていたとしても攻め込むわけにはいかない。国がなくなれば王として立ち行かなくなる。


 アストゥがどうかは知らないけど、ビアティグが考えてるように自身の力=国の力だと考えるのは不味い。

 国が豊かであることと魔王の力が強大であることは決してイコールではないのだから。

 だからこそ兵力の底上げもしておきたいんだけど……やっぱり問題は硬貨か。


「……今から頭が痛いわね。エルフのことも硬貨のことも」

「わたしの国もあの時はだいぶ慌てたよー。今はなんとか持ち直してきてるけどね」

「俺の国は未だ半分と言ったところだろう。他国の商人が留まっている場所を除けばほぼ整っていると言えるだろう」


 そしてリーティアス・ケルトシル・アールガルムはこれから導入しなければならない、と。ならばやっぱりこの会談を持ちかけて正解だった。


「それなら私達は余計に互いに手を取り合っていかなければいけないわね。フェアシュリーからグルムガンドに、グルムガンドから私達に大きい硬貨を少しずつ流通させていってくれればそれだけ早く私を含めた国の体勢が整うと思うわ」

「ティファリスちゃんの言ってることはわかるけど、フェアシュリーも安定してるわけじゃないし、またそれはできないよー。それに――」

「は、そうやって落ち着いた俺たちの国に更に負担を強いようとしてるんだろう? その手に乗るか」

「ちょ、ちょっとビア――」

「それじゃあ貴方達二国だけがセントラルと合わせられればいいっていうの? それこそ負担をこっちに強いてるようなもんじゃない。そもそもその情報を知った時、リーティアスとアールガルムはまだしも、ケルトシルにそのことを伝えてくれていれば多少は足並みを揃えられたでしょうに……。そんなことを考えもしないで自分たちの国の利益優先。いいご身分ね」


 私の言葉に不愉快そうな顔をするビアティグと、おろおろとするだけのアストゥ。もし情報を掴んだ時点でケルトシルなりアールガルムなりに伝えてくれさえしていれば、私もあまり突っ込めなかったかも知れない。


 だからこそこういう風に言われても文句は言えなかっただろう。二人は自国を優先するあまりそれを怠った。自分たちはもう大丈夫だから貴方達はすぐに体勢を整えてね? なんてこと言われてはいそうですかと頷けるわけがない。


 もちろん調べなかった責任。戦争や他の仕事にと他国をないがしろにしていた面があるのは否定できないし、対応できなかった可能性だって十分高いけど。


「くっ……だがお前たちは戦争中だっただろうが。そんな国に金の仕組みが変わるなんて話し持ち込んだとしても到底整えられるものじゃない」

「それはあくまで貴方の考える予想の中では、でしょう? 少なくともアールガルムの中央都市は平和だったし、ケルトシルも賢猫けんびょうのカッフェーならば対応してくれたはずよ」

「だが……」

「それに、一応協力関係を結ぶ為にここまで来てるのよ? その態度はちょっとないんじゃない?」

「だからエルフのことも、上位魔王のことも教えただろう。硬貨の方も詳しく話した。今はソレで十分だろう」


 私にうんざりするような目を向けてきているけど、ビアティグは自分の言ってることをきちんと理解できてるのか疑問だ。

 恐らくその場その場の感情に合わせて発言しているのだろうけど、少々言い方はあんまりなんじゃないと思う。


 だけどそちらがそうくるなら、悪いけど私も自分の国の為だけ話をするとしよう。

 ビアティグの言い分だって別に全く理がないわけじゃない。でもこの魔王が治める国がしてきたことを考えると、それを看過出来るほどの器量は私にはないのでね。


 きっちり反省してもらおうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る