40・魔王様、エルフ族を知る
「お、落ち着いてよビアティグちゃん。……ティファリスちゃん、もうちょっと話を聞かせてくれる?」
「ええ……と言っても私もそれほど詳しいわけではないわ。ケルトシルの魔王であるフェーシャの誕生日パーティーに、顔を隠すように黒いローブを身にまとった見知らぬエルフが姿を表したそうよ。そのあとは私の館で元通りになるまでビアティグ王の知る頭のおかしい魔王になってたってわけよ」
「どれほど前の出来事かは知らないが、見間違えじゃないのか?」
「フェーシャはその時の出来事を鮮明に覚えているそうよ。私もその言葉を信用して詳しい話を聞かなかったけど、貴方があんまり疑うんだったら確かめてもいいんだけど?」
私の言葉に押し黙ってしまったビアティグ王はなにやらぶつぶつ呟いている。
「ビアティグちゃん、ティファリスちゃんが困ってるよ」
「……とても信じられない。が、今はそうも言ってられないか」
「そうね。勘違いから生じるものはしょうがないとしても、今はそんなふうに疑ってる場合じゃないでしょう」
「だからこそ俺たちも話そう。そもそもお前はエルフのことをどれほど知ってる?」
エルフ族の特徴……私はリカルデが語っていたことをゆっくり思い出してることにした。
「耳が長く、基本的に美しい薄緑色の髪に同じ色の目をしてるのが最大の特徴で、妖精族にも劣らない高い魔力を持っているってことか。森に住んで自然を愛し、卵や肉などの動物に関連した食べ物を口にしないといったところね」
「……それだけか?」
「他になにかあるの?」
「ティファリスちゃんの知ってるエルフは大体あってるけど……それは本に書いてある種族説明だけだよね」
「そうね。この地域には元々エルフ族の国はいなかったし、後々知ればいい程度に考えてたわね」
リカルデは戦争に必要な知識以外は最低限しか教えてくれなかったし、フィシュロンドにあった私が本来いるはずだった城にあった書庫はもぬけの殻。ディトリアにある館にはリカルデが教えてくれたことを補足する程度しか書いてなかったしね。
私の知らないエルフ族があるというのはある意味仕方ないことだろう。
「……エルフのせいで俺たちはこの南西地域に追いやられ、今ここでやつらを警戒しながら時を過ごしている」
「追いやられた?」
「エルフ族はね、人と獣の血が交わった汚い存在だって獣人をすごく非難したの。自然なあり方から外れてるって。
しかも共感した一部の魔人族の人たちとエルフに迫害されたってお母様から聞いたよ」
「俺たちの祖先を最初はエルフも認めていた。だが魔王の世代が変わってからというもの、まるで手のひらを返したかのように虐げられていたそうだ。祖先はこの南西地域に逃げ延びたが、残った者達はエルフの魔王が代替わりするたび獣人族の扱いが変わるせいでかなり住みにくい場所になっていると聞いている。」
「その国って?」
「上位魔王たちが住み、やつら自身がセントラルと呼んでいる中央地域にあるパンデラと呼ばれる国だ。何度か代が変わり、現在はクアルというエルフの魔王が治めているそうだ」
「代替わりの度に獣人保護派だったり排斥派だったりするんだけど……今の魔王はよくわかんないかな」
私がリカルデに教えられてきたこととこれほど違うとは……。
エルフってもっと神秘的なものなのかと思ってたけど、随分とドロドロしてるじゃないか。
ちょっと私のピュアな心を返して欲しい。
アストゥの説明はまだ続いてるようで、一息ついた後再び話し始める。
「元々国樹はフーロエルの花を育てることやわたしたちが住みやすい環境を作るために育てられた大樹なの。今はついでに力の強いエルフが入ってこれないように結界も貼ってくれてる感じかな」
「だからビアティグ王は怒声を上げたと」
「この南西地域に移り、一から国を作り上げてから今までの間……俺たちの世代までエルフが攻めてきたことはなかったからな」
ビアティグ王は怒りというか悔しさと言うか……色んな感情を混ぜたような顔をしてるけど、私の国にも関連するような重要なことがさらっと打ち明けられた方が驚きだ。
国樹にそんな役割があるなんて全然知らなかった。
エルフが積極的に南西地域に介入してこない理由が国樹にあっただなんてね。
それに魔人族についてもだ。
一度寄った村で腫れ物を触るかのような扱いを受けた理由もこれではっきりとわかった。ただ、なんで今までの沈黙をエルフが破ったかという疑問が残るけど……私はセントラルのことなんてあんまり知らないし、情報が少ない。
「ビアティグちゃんの言う通り、ティファリスちゃんの話を聞くまでエルフがこの地域に入ってきたなんてこと、聞いたこともなかったし……国樹の力が弱くなってるってことなのかな?」
「私はそう思わないけどね。アストゥの話を聞く限り、国樹は力の強いエルフを拒絶し続けていると思う。でなければわざわざフェーシャを操ってケルトシルに混乱を引き起こすなんてまだるっこしいことはしないはずよ。仮にするとしても徹底的に情報規制を敷いて、ケルトシルにエルフ達を少しずつ入り込ませる方がよっぽど効率的でしょ。
結局フェーシャのやったことと言えば近隣の魔王に喧嘩を売った挙げ句、捕縛されて元に戻された程度なんだもの」
「なんだかすごい言われようだよね……」
だって本当のことだしね。言葉に出したら若干呆れ気味に私を見てるアストゥからどんな顔で見られるかわからないから言わないけど。
「まあ、フェーシャの事は置いておいて……国樹の結界が力の強いエルフ族の拒絶であるならば、弱いエルフ族なら通れるんじゃないの?」
「それは……たぶん通れると思う。それでも結構負荷がかかるからそんなに動けないはずだよ」
「私がオーガルのところで見た黒いローブの男は魔人族だったわ。フェーシャが見たというエルフ族と接点があることは間違いないでしょう。
ケルトシルとエルガルムという違いはあるけれど、同じ黒いローブに身を包んだ男が現れ、魔王がおかしくなる……関係がない方を疑うわ」
「また魔人族か……」
「ビアティグちゃん。ティファリスちゃんを睨んじゃダメだよ? ティファリスちゃんはエルフについてる魔人族とは違うんだから」
「わかってる。だがどうにも割り切れないことぐらいはわかってくれ」
どれだけ魔人族に恨みがあるのやら……全く関係ない私からすればこれほど迷惑なことはない。
はぁー、とため息ついて首を左右に振るアストゥの気持ちも結構わかる。
「でもさ、なんでわたし達の国じゃなくてティファリスちゃんの国を攻めたんだろう? 全然関係ないよね?」
「さあね。フェーシャといいオーガルといい、やたらと私を欲しがってた気がするけど……」
「お前を? その貧そ――」
「それ以上言ったらお前の命、ないと知りなさい」
「今のはビアティグちゃんが悪い」
女に対して言ってはいけない一言を口にしようとした愚か者に再度威圧をかけるとアストゥも同意してるところから、ビアティグ王――もうこの無礼な男に王はいらないだろう。ビアティグはたじたじになっている。
転生前は男だったとはいえ、今のこの身は少女。そんな貧相だなんて言葉を口にされそうになったら怒りもする。
「お前は一々威圧せんと会話できんのか」
「貴方が一々威圧させる程無礼なこと言うからよ」
「今のはビアティグちゃんが悪い」
「お前はそれしか言えんのか」
ビアティグのやれやれといった様子からすると、この男は本当に女性の扱いを知らない。
いや私も転生前も男だったし、あんまりにも女扱いされるのもどうかと思うけどさ。
「まあいいけど。フェーシャは私を妻にしたかったみたいだし、オーガルはジークロンドに私をさらうように言ってたそうだけど」
「ということは、エルフの狙いってティファリスちゃん?」
「それが妥当だろうが、なんでリーティアスの女王を狙う必要がある?」
「妖精やエルフなんかの魔力が高い種族は相手の魔力に敏感なんだよ。ティファリスちゃんってば、結構感じにくいけどわたしより魔力高いと思うよ。わたしだったら絶対お嫁さんにしようと思うな」
「思わなくて……いえ、結構悩むわね」
アストゥは背は低く、少女よりも幼く見えるけど、私から見てもかなり可愛い。これが少年だったとしても、まるで少女のような可憐さを感じるだろうし、大人になったら顔にあどけさを残しつつも顔立ちの整った姿に成長するだろう。
それはそれで悪くない。私が本当に女だったらかなり有りだと思うかも……少なくとも男のままだったら将来の可能性を考えて結婚に応じそうだ。
「何を真剣に悩んでるんだ。アストゥが余計なこと言ったせいであれが変なことを考え始めただろうが」
「えー、わたしのせい? ほんとのこと言っただけなのに」
ぶー、と頬をふくらませるアストゥを見て、私は自分が会談そっちのけで思考の渦に囚われていたことに気付いた。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと性について思考の海に潜ってた」
「女同士のくせに本気で悩みやがって気持ち悪い。もう少し気をつけろ」
貴方はその口の聞き方に気をつけなさいと心底言ってやりたい。
それに私は、体は女でも精神は微妙に中途半端なんだよ!
「話を戻すぞ。アストゥが言うにはティファリスの妖精族よりも高い魔力に目をつけてエルフがこちらに介入を始めた……ということで間違いないか?」
「いい迷惑だけど、それ以外ないんでしょうね」
「案外どこかで目にして気に入ったって線もあったりして」
「はっ、こんな女のどこが」
鼻で笑うビアティグは本当にその態度を改めるべきだと思う。
このままだったらぶん殴りたくなるもの。
「はー、ビアティグちゃんは……」
「なにが言いたい」
「べーつにー。それでね、ティファリスちゃんがきっかけになったけど、多分これからどんどんわたし達にも圧力をかけてくると思うの。実際今問題起こってるでしょ? わたしの国も大変なんだよね」
「ああ……あれか。いつかやるとは思っていたがなるほど。だからこそ今のタイミングでやったのか……。
ふざけた真似をしてくれたもんだ」
なにやら私にはわからない会話を二人でしてるけど、いきなり仲間はずれにしないでもらいたい。
いきなり輪の中から外されるのは妙に不快だ。
「ねえ、なんの話をしてるの?」
「……まさか、お前は知らないのか?」
なにその信じられないものを見る目は。
「嘘だろお前」とか目で語ってきているほどだ。
「あー、ティファリスちゃんは知らないよね。セントラルのことも今知ったみたいだもん」
「む、そうだったな。つい知ってるものと思っていたが……」
さっきの態度を顧みたのか、少々バツが悪そうな顔をしている。
だけどそんなものを吹き飛ばす程の重要な事実がアストゥから告げられることになった。
「えっとね。上位魔王のみんなの決定でお金に関する仕組みが変わっちゃったの」
「……はあ?」
あまりのことに、私は思わずそんな呆けたような返事しかできなかった。
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