39・魔王様、獣人に苛立つ
会談の時間。アストゥの城にある一室でそれは開かれることになった。
私とアストゥは最初から城に居たこともあって既に部屋で待っているんだけど……グルムガンドの魔王ビアティグは中々姿を表さない。
ちなみに部屋には私とアストゥが二人っきり。ニンベルは一応部屋の外にいて、何かあったらすぐに対応出来るように待機しているのだとか。
「ビアティグちゃん、遅いねー」
「そうね」
っていうかビアティグちゃんって……聞いてる限り男の魔王だったはずなんだけど。
そんなことを考えていると、扉が開いて件の魔王と思われる男が入ってきた。
私よりずっと背が高く、服で隠れてはいるけど大柄のガタイに鍛えられてがっしりした体つきが見る者を圧倒する。黒い線がいくつか入った白い髪に青い目。耳と尻尾も髪と同じ色をしていて、夜中の暗殺者と同じ、虎の獣人のようだ。
「ビアティグちゃん、やっときたー」
「そう呼ぶのはやめろ。男の俺にそれはきついと何度言えばわかる」
「男の子でも私がそう呼びたいの!」
ため息をついて私の方に顔を向けてくるけど……なんだか見下されてる感じがする。
こうも不躾な視線を向けられるとはね。公式の場なんだから、もう少しわきまえて欲しいものだ。
「……お前がリーティアスの魔王か」
「ティファリスよ。よろしくお願いするわ」
「ふん」
おー、清々しいまでにこちらに敵対心を向けてきてるなぁ。
正直夜遅くからの襲撃に加えてこんな風な態度を取られたら結構腹立つな。
グッと拳を握りしめそうになる自分抑えていると、むーっと頬膨らませたアストゥが目に入る。
「こら!」
「……っ。何をする」
「わざわざ来てくれたティファリスちゃんになんでそんな冷たい態度取るの!」
「外の魔王なんか何を考えてるかわかったもんじゃない。それはお前もよく知ってるだろう。今回の話し合いだって何突きつけてくるかわかったもんじゃ――」
「わかってるけど! ティファリスちゃんはそんなことしないもん!」
アストゥがビアティグ王を叩いて説教しているみたいだけど、ビアティグ王自身はどこ吹く風。おまけに私が目の前にいるのになにか企んでるだろうが言わんばかりだ。
外の魔王が、と言ってることから私ばかりにこの敵意が向いてるわけではなさそうだけど……最初からそんな態度じゃうまくいくわけ無いと思うんだけどね。
「わかった。わかったわ。この話し合いで互いを理解すればいいじゃない」
「うー…ティファリスちゃんがそう言うんなら……」
「出来るとは思えないがな」
やれやれ、やっと会談の形式で話し合うことが出来るわね。
互いが席についたところで、私の方から話を切り出した。
「さて、まず最初に……フェアシュリーとグルムガンドはあまり他の国と接点がないと聞いているわ。だからこそ交流を持ちたいと思って話し合いの場を設けたかった。まずはそれに答えてくれたことに感謝をさせてちょうだい」
「まだるっこしいことはいい。お前の目的を早く言え」
「ビアティグちゃん!」
私への態度を断固として曲げない……そんな意志が伝わってくる。私が暗殺されかかったのを知ってて取ってるのであればいい度胸だ。
「その前に一つ、ビアティグ王に言っておきたいことがあるわ」
「……なんだ」
「よくも私に対してあんなことをしてくれたわね。寝入った少女の部屋を土足で踏み荒らしてくれるなんて、随分悪辣なことしてくれるじゃない」
「何を言ってるんだお前は?」
私の言葉にまるで覚えがないと言わんばかりに不審そうな目をこちらに向ける。
「ティファリスちゃん、どういうこと?」
「言葉通りよ。昨夜、私の部屋に招待した覚えのないお客さんがやってきたってこと」
「それって……」
アストゥが信じられないと私とビアティグ王の顔を見比べているけど、肝心のビアティグ王はやれやれといいたげな表情を浮かべている。
「何を言い出すかと思えば……そんなくだらんこととはな。言いがかりはよせ」
「そう……言いがかりかどうか、捕まえた賊をここに持ってきましょうか? リカルデの部屋で寝かせてあるからすぐに連れてこれるわよ?」
「ふん、どうせそこらへんから捕まえてきた獣人族の者で適当にでっちあげたんだろ? その手に乗るか――」
他にもなにか言おうとしてたけど、私はビアティグ王に少し黙ってろと言わんばかりの威圧すると、途端に言葉を引っ込めてしまった。
出会ったばかりとは言え、あまりに失礼ではないだろうか? 少しは疑わないで聞いてくれてもいいと思うんだけど。
「ティ、ティファリスちゃん?」
「……あまり私のことをバカにする発言は控えることね。程度が知れるわよ」
「…………くっ」
まともに言葉を紡げずにいるビアティグ王を見据え、しっかりと言い聞かせるようにしてから威圧するのを止める。こんなことでいちいち煩わせない欲しいものだ。
「え、えっと……まず襲った人をここに連れて来たほうが良いと思う、な。ビアティグちゃんが魔人族のティファリスちゃんを疑ったりそんな態度取っちゃうのは……悪いことだけど、しょうがないとも思うし…ね?」
「…………わかった」
「それじゃあ、ニンベルに行ってもらうね。リカルデさんのお部屋で良かった?」
「ええ。五人くらいいるけど、一番重要そうなのを連れてきてくれればいいわ。リカルデにも一緒に来てもらうように言ってもらえる?」
「うん、わかった。じゃ、それまでちょっと待っててね」
部屋の外で待機しているニンベルに指示を出してリカルデと件の暗殺者がやってくるまで一時の間、この重苦しい空気の部屋で待つことになった。
……そういえばリカルデは『さん』なのか。別にいいけど。
――
「失礼いたします」
扉を開けて入ってきたリカルデは私の予想通りビアティグ王と同じ虎の獣人族の男を連れてきてくれた。
肝心の暗殺者の方は目を覚ましているようで、私の姿を認めるとまるで視線で殺してやると言いたげなほど睨みつけてくれる。喋れないように口までがんじがらめにしているから他に何もできないんだけどね。
「お前はルブリスのところの……!」
ビアティグ王は驚愕の表情で虎獣人の暗殺者を見つめていた。ビアティグ王の姿を確認した獣人の方も途端に気まずそうに顔をそらしてるし、やっぱり知ってたか。
ビアティグ王が同じ獣人族だというところから何かしら関連してると思っていたけど……大当たりだったか。
「貴様! なぜこの男を…!」
「言ってるじゃない襲ってきたって。夜中にこの男を含めた五人の侵入者が襲ってきたから返り討ちにしたというわけよ」
「これ、魔法? それよりもっと高度な魔力の使い方してるよね。すごいすごい!」
私の『チェーンバインド』に興味を持ったアストゥが輝くような目で私を見てて……これは多分後で色々聞かれるんだろうなぁ、と顔に出るのを堪えなければならないほどうんざりした。
今色々聞かれるのも面倒だし、ひとまずアストゥは無視してビアティグ王に話を続ける。
「……ビアティグ王はこの男を知ってるみたいね。私は昨日ジュライムを歩き回ったけど、貴方と同類の獣人族には出会ったことはなかったわ。グルムガンドはどうか知らないけど、初めて見たわね」
「…………」
「だんまりは良くないわよ。せめて貴方の差金かどうかだけでもきっちり答えてくれる?」
「……疑って悪かった。その男は俺の国で仕えているものの配下の一人だ。
部下の不始末は俺が謝罪する。すまなかった。何を言っても信じられないだろうが、これから会おうという者にこんな刺客を差し向けるマネは絶対にしない。それだけは言わせてくれ」
「いいわ。この期に及んでまだ言い訳しようものなら私にも考えがあったけど、貴方の潔さに免じて借りにしておいてあげるわ。必ず返してもらうわよ」
「…わかった。お前を暗殺しようとしたバカ者共のことは」
「安心しなさい。全員生きてるし、会談が終わったら返してあげる。だけど次来る時はなんの意味もなく死んでいくことを覚悟してくるように伝えておくことね」
「……強く言い含めておこう」
ついさっきまで私を寄せ付けないかのような強い態度を取っていたけど、私が誰一人殺さず確保しているのを知ってその強固さが和らいでいくのを感じた。……もっとも、すぐに元に戻ったところを見ると、完全には打ち解けてくれそうにはなさそうだ。
「わたしもごめんね? ここで襲われるなんて思ってなかったから……」
「そうね。アストゥは獣人族以外をここに迎えたことは?」
「え、えっと……なかったかな」
「なら今後の課題としてニンベルと共によく考えておきなさい。私が無傷だったから良かったものの、本当だったら相当問題になってたわよ?」
「う、うぅー……わかった。本当にごめんなさい」
しゅん、としょんぼりした顔をしてるアストゥを一瞥して、私は改めて本題に入ることにした。
「そろそろ今回の話に入りましょう。フェアシュリーとグルムガンドの魔王に集まってもらった理由は一つ」
「俺たちの国と様々な面で交流を結びたいってのは知ってる。だがお前たちは今まで俺たちの国に積極的に関わろうとしなかっただろう。それをなぜいまさら……エルガルムが攻めてきたからか?」
「別にそれだけじゃないわよ。というかエルガルムなんて物の数にも入らないわ」
「はっきり言うよねー。オークの魔王がかわいそうになってきちゃった。でもリーティアスってエルガルムに追い詰められてかなりピンチだったって話じゃなかったっけ?」
「随分前の情報ね。エルガルムは私にぼろ負けして今はリーティアスの領土よ」
こちらの二国はケルトシル・アールガルムとは違って他国にあまり関心がないみたいだ。私のところが今もエルガルムのオークたちと戦ってると思ってるみたいだしね。
「ふん、俺はてっきり助けでも乞うてきたのかと思っていたが……まさか本当に交流を結びに来ただけとでも言うのか?」
信じられないとでも言うかのような表情のビアティグには悪いけど、それ以上に優先度の高い理由なんて私にはない。強いて言えば騒動の原因になりがちであるエルフ族を抱える国への対策。
少しでも周りの国と関係を深め、暗躍してる者たちが入り込みにくくなればいいといったところか。
「本当にそれだけ……って言っても信じてくれないでしょうし、もう一つの理由を一応説明しておきましょうか」
「もう一つの理由……」
「貴方達はケルトシルの事はどれくらい知ってる?」
私の問にアストゥとビアティグはお互いに顔を見合わせ、悩んでるみたいだ。
「ねこが魔王をしてるってことぐらいかな……」
「最近頭がおかしくなっていた猫人の王がどこかに消えたぐらいしか知らないな」
他の行き来してる獣人族から伝え聞いたことぐらいしか把握していないみたいだけど、それでよく今までやってこれたな……。それだけの国同士の絆が強いのかもしれないけど、それにしてはちょっとおざなりなんじゃないだろうか。
「ということは、その頭のおかしくなった理由にエルフ族が関連しているってことは知らないみたいね」
「なんだと!?」
私の一言にありえないというかのように拳に机を叩き込んで勢いよく立ち上がった。
いきなりのことでちょっと驚いたけど、どうやら彼らも少なからずエルフ族に因縁があるようだ。
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