38・魔王様、似たような出来事を受ける
『妖精の止まり木』での食事を終えた私はお腹の苦しみに悩みつつも、運動がてらに散歩を楽しんでからアストゥへのお土産を買って城の方に帰る。
多分相当ご機嫌斜めだろうし、何かしら対策をしておいたほうが良いだろう。
「随分遅かったね」
城に……というより門を通ろうとして聞いた第一声がそれだった。この声は――
「アストゥ……どうしてここに」
「そろそろ帰ってくるかなって思って待ってたの! もう、街に行きたいなら案内くらいするのに!」
もう、もう! と頬を膨らませて私に憤りをぶつける幼女――もとい女王。
地団駄を踏む姿はとてもそうは見えないんだけど。
「ごめんなさいね。でも貴女が一緒にいたら接待みたいになりかねないでしょう? ありのままの貴女の国を楽しみたかったのよ」
「う……むー、それなら良いよ。街の人たちもわたしに遠慮するかもしれないもんね」
「それにほら、これ。お土産もあるから機嫌直してちょうだい」
「えー、なになに?」
最初は怒っていたアストゥの興味がすぐに私の持ってる袋に移った。
中には『妖精の止まり木』とは違うタイプのラポルタルトが入っている。フーロエルの蜜に漬け込んだラポルをタルトとして焼き上げたのだとか。生地にもタルトの中にもフーロエルの蜜が使われていて、ものすごく濃厚な甘さを秘めた一品となってる。
「あ、これ『ラポルの里』のタルトだ! ものすごーく甘くて美味しいんだよねー」
さっきの表情とは打って変わって上機嫌になったアストゥはすごく嬉しそうに私のお土産を受け取ってくれた。
物で機嫌が戻るとは、本当に子どもというかなんというか……可愛らしいやつだ。
「さ、早く城の中に入ろう? ティファリスちゃんが買ってきた夕食後のデザート! 楽しみねー」
私の手を引っ張って中に入ろうとするアストゥに余計な抵抗はせず、なすがままに身を委ねておくことにする。
下手に何かをしたらまた不機嫌になるかもしれないからね。
というかいつの間にかちゃん付けで呼ばれているんだけど……まあいいか。この子にさま付で呼ばれても違和感しかないしね。
かといって私は自分にちゃん付けが似合うとかはこれっぽっちも思ってないから、積極的に呼んでほしくはないんだけど。
――
その後デザートとして出されたラポルタルトは想像以上に甘ったるく、私のように妖精族以外の者がそれ単体で口にするのはちょっと厳しいと感じるほどのものだ。
というかそれほどの甘さを誇る『ラポルの里』のタルトに、さらにフーロエルの蜜を垂らして食べてるアストゥに対して、若干胸焼けを覚えるくらいだ。
「よくもまあそんなに食べられるものね……」
「ムグムグ……ん、うん! フーロエルの蜜は魔力回復を促進してくれるんだよ! わたしは覚醒するのに時間と魔力が必要だって説明したよね?」
「したわね。……ああ、なるほど。魔力を蓄えるために、ね」
「そうそう! 後は美味しいからかなー」
どっちかというとそっちの方が理由としては強いんじゃないかなとか、その満面の笑みを見てると思う。
「そういえばジュライムの街はどうだった? きれいだったでしょー?」
「ええ。色とりどりの花が溢れて、十分に楽しんで散策することができたわ。それにパンケーキも初めての体験だったしね」
「そうでしょーそうでしょー! 他の国にはバターと卵を使った甘いお菓子なんてまず見かけないもんね。グルムガンドにはすごく感謝してるんだー。彼らと付き合いがなかったら、妖精族はずっとフーロエルの蜜だけだったろうしね」
なるほど、フーロエルの蜜以外は全部グルムガンドの協力のおかげってわけか。
卵やミルクの類なんかは自力でなんとかできるだろうけど、バターはケルトシルで購入して持ち帰ってるんだろう。
獣人の商人は比較的どこでも見かけるしね。
「へー、昔はフーロエルの蜜だけ食べてたのね」
「どっちかと言うと『しか』の方が正しいのかも。妖精族は魔力を蓄えて成長……というか生きる種族だから、魔力を促進・回復してくれるフーロラルの蜜さえあれば寿命を迎えるまでは全然平気だったの。もちろん今、昔のように蜜だけの生活には戻れって言われても無理かな」
それはそうだろう。毎回同じものを食べ続けるより、ほんの少しでもいい…食感や味に変化があったほうがどんな方向であれ変わって見えるというものだ。
この子達のような妖精族の場合、結局なんでもフーロラルの蜜をかける辺り甘いもの漬けというか蜜漬けというか……基本的なものは何も変わってないように見えるけどね。
――
夕食も終わってここに来たときと同じようにたわいない会話で時間が立ち、夜が深まってきたことでまぶたをこすっていたアストゥに明日は会談のためにもそろそろ寝るように言い聞かせ、私の方も部屋に戻る。
着替えてとりあえずベッドに横になった途端、歩いたりアストゥと話したりしたときの疲れが襲ってきて、すぐに眠ってしまった。
他の誰もが寝静まった夜。光と花の都はその名の通り、昼は穏やかな太陽の光に、夜は優しくも儚い月の明かりに照らされてる
だけどそんな風情をぶち壊すものもまた、夜闇に紛れて現れるものだ。
そう、私が眠っているのに無粋な輩は気配をまるで隠そうともせずに部屋に侵入してきた。
ただ……この侵入者、殺気も存在感もなにもかもダダ漏れ。これじゃあ昼間に真正面から襲われるのと変わらない。
あんまり自己主張が激しすぎるもんだから微妙に目が覚めてしまったじゃないか。
記憶では確かに鍵を掛けたはずだったんだけど、他国の部屋だからといって魔導を張り巡らせるのを遠慮していたのがまずかったか。
数はおおよそ五。妖精族の城であること考えれば、刺客は妖精族の可能性が高いはず。その割には魔力が高いようには感じないところから考えると他種族……可能性から考えたら獣人族かエルガルムを裏で操っていた連中のどちらかか。
前者だったら明日にもグルムガンドの魔王に会うんだし、あまり考えたくはないんだけど……後者であれば都合がいい。
ただ……どちらにしてもこんなお粗末な暗殺で本当に私が殺せると思ってるのかね。せめてちゃんと気配を隠せるようになってから来て欲しいものだ。
「目標は――」
「あそこだ。よく眠っているもんだ」
「あれがリーティアスの魔王か。眠っていればただのガキってか」
起きてるし、私がただのガキなら貴方達はただの馬鹿丸出しにしか見えないから。
思わずそう言いたくなるのをぐっと堪えて暗殺者たちが近づいてくるのを静かに待つ。
できればもう少しなにか情報を教えてくれれば良いんだけど、それ以上は何も言わずにじりじり近寄ってくる。
「悪く思うなよ。国の為に死ね――」
「悪く思うわよ。なに馬鹿言ってるのかしらね。『ガイストート』、『チェーンバインド』」
得物が抜かれる音が聞こえたと同時に私は彼ら全員に対し、魔導を発動させる。
今回の『ガイストート』は剣に宿すタイプではなく、闇か影を鎌状に変化させ、相手を自動的に斬りつける方法を選択する。
イメージとしては物理的な死すらも許さぬ、幾度も斬り刻むことにより精神・魂を削り潰す滅びの刃。
一度斬られたくらいじゃもちろん精神が壊れることはない。せいぜい「あ、これ死ぬ」って本気で感じるほどの痛みが襲いかかってるくらいか。
「があああああああああああああ!!?」
「な、に、ぐあああああ!?」
次々に上がる叫び声に唐突にある出来事を私は思い出した。
それはこの『ガイストート』が、元々相手の戦意を精神ごと削り取る為に作った魔導だったということだ。
だけどその効果のせいで一部には……いや大多数に誤解され、私が血も涙もないと言わしめた魔導でもあったけか。
これの本質は『不殺』なんだけど……結局理解されずに悪い方に捉えられてしまったため、拷問のまがいのことには絶対使用しないようにしていた。
そういう嫌な思い出のあったはずなんだけど、どうしてか今の今までその事を忘れていたわけだ。
まあ別に生活に支障をきたしてるわけでもないし、ここは昔と違うからどうでもいいんだけど。
それよりもこのお馬鹿さんたちのほうがよっぽど問題だ。
鎖でグルグル巻きにされた挙げ句、無様に転がされて気絶した暗殺者たちを見てみる。人間の耳の代わりに頭に動物の耳がついていて、お尻の方に尻尾が生えてるのが確認できた。
白い虎の耳と同じタイプの尻尾の青年。他には犬だったり熊だったり様々だ。明らかに獣人族……それもアールガルムでもリーティアスでも見かけない者も多く、間違いなく面倒ごとの塊だった。
それにしても国のために死ね、とはまたありきたりな言葉を並べてくれる。大体この程度で魔王を殺そうなんて出来るわけないじゃないかと言いたい。
全く……アールガルムといいグルムガンドといい、もうちょっと強いやつを差し向けて欲しい。
これでは弱い者いじめしている気分になってしまう。
それにあの驚きの表情。いくらみんなが寝静まった深夜とはいえ、暗殺される対象が起きてる可能性くらい少しは考慮すべきだろう。
こんな間抜け、私の国で兵士やってたら鍛えなおすほかないな。
「お嬢様」
ノックの音と共に入ってきたリカルデは特に慌てた様子がない。冷静沈着も結構だけど、何も心配してないようにも感じる。
「ちょうどよかったわ。この人達の管理、お願いできる? 中途半端に起こされたからまだちょっと眠いのよ」
「かしこまりました。明日は会談の日となっておりますので、どうぞゆっくりお休みくださいませ」
「よろしく頼むわね」
リカルデに暗殺者一行を引き渡して、私は再度眠ることにした。彼らへの尋問くらいいつでも出来るし、明日に備えてゆっくり寝ることのほうが最優先ってことだ。
――
もしかしたら二度目の襲撃があるかもしれないとも思ったけど、流石に心配しすぎだったようだ。
目が覚めた私は寝間着から着替え、リカルデのところに行ってみると、暗殺者たちは相変わらず気絶したまま目を覚ましていないみたいだった。
「随分と悠長に寝てるわね。こののんきさは私もぜひ見習いたいわ」
「お嬢様のおかげで彼らも素晴らしい安眠を享受でき、幸せでしょう」
「あら、どこかに行っていたのかしら?」
私が来たときには既に部屋からいなかったリカルデだったけど、よく見たらティーセットを持ってるように見える。
「そろそろいらっしゃる頃だと思いまして、お茶の準備をしておりました。幸いにも、彼らは目をさますこともなさそうでしたから、十分に時間をかけることができましたよ。目覚めに深紅茶はいかがでございますか?」
「流石リカルデ、気が利くわね。もちろんいただくわ」
ここに来る前にアイテム袋にでも入れてきたんだろう。こういうことはアシュルじゃ真似できないことだ。
早速いただきながら優雅な朝を堪能していると、リカルデが彼らの処遇について聞いてくる。
「お嬢様、彼らはどうされますか? 会議までまだ時間はありますし、起こして尋問いたしましょうか?」
「いいえ、それは後でいいわ。グルムガンドの魔王の反応も見てみたいし、それにここは自国じゃないのよ? フェアシュリーが関わってるかどうかもわからない以上、ここで
もちろんアストゥがそんなこと出来るとは思えない。逆にこういうことを平気でしてくるような子だったら、私は人を見る目が皆無だということになる。
今は憶測ぐらいしか並べられないけど……少なくとも今回の会議、ジークロンドと話したときより荒れるかも知れないという覚悟はしておいたほうが良さそうだ。
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