37・魔王様、面倒になる

 フェアシュリーに来て三日目。明日はいよいよアストゥ女王――いや、アストゥとグルムガンドの王の会談なんだけど……


「お嬢様、本日は――」

「私、逃げるわ」


 リカルデがなにか言う前に私は事前に宣言しておく。

 ここに来てからずっと……いや本当にずっとアストゥと遊んだり話し相手になったりと、仕事に忙しかったときとは別の意味で時間に追われる事態になった。

 しかも子どものその姿で溢れんばかりの元気良さを炸裂して、私の精神をことごとく追い詰めていった。


 私だって適度に動いたりするんだけど、戦うのや執務をおこなうのとはまた勝手が違うからなぁ……。


 夜はあの子が寝るまで面倒をみなきゃいけないし、私は一体何をしに来たんだと問答したくなるほどだ。子守か。

 だからこそ、今日は逃げる。街を回ると言ったら必ずあの子もついてくることになるし、それはそれで住民に気を使わせかねない。

 本音は元気いっぱい走り回られて疲れるのが目に見えてるからだけど。


「……かしこまりました。アストゥ女王には私が申し伝えておきましょう」

「よろしく頼むわね」

「お嬢様を脅かす者はいないと思いますが、くれぐれもお気をつけください」

「わかってるわ」


 というわけで私はアストゥが起き出す前に自由を求めてフェアシュリーの街を散策することになった。







 ――







 ――フェアシュリー・街内――


 この国をうろついてもあまりおかしくない格好に着替えて城内から抜け出す。後は適当に光と花の都と言われる街並みをぼんやりと歩いてみる。

 珍しい獣人族の者もそこかしこにいるけど、それは他の街でも見かけたりする。初めて見る妖精族は大きかったり小さかったり色々なサイズの男女がいて、それこそ手乗りサイズだったり魔人族と同じだったりして見てるだけで楽しい。


「よくこんな大小様々にいるものね」


 全員虫のような羽が体の大きさに合わせて生えてるのが共通みたいだ。私が今まで見たどの種族よりも特徴的に映る。

 大きい方は他の種族相手に商売したり、農作業をしたり……小さい方は花の世話や蜜の採取や果物への水やりなんかをしてる。あれがこの国名物のフーロエルの蜜になるわけか。


「おねーさんおねーさん、一口食べてみませんか?」


 たまたま近づいてきた小さい方の妖精の子がふわふわ浮かびながら小瓶に入ったフーロエルの蜜をスプーンですくって見せてきた。


「そう? それじゃいただこうかな」

「はい、どーぞー」


 受け取ったフーロエルの蜜を口に含むと、花の香りがほのかに鼻を突き抜け、丸みを帯びた柔らかな甘さある。

 口の中でゆっくり味わってみると、緩やかに甘みが強くなっていく。


 んー、これは美味しい。深紅茶の温かい方に入れると飲みやすくなるかも知れない。逆に冷たいのとは相性がちょっと悪いかも。

 いや、量を控えれば飲めるお菓子みたいな感覚で面白いかもしれないな。


「どーですか?」

「うんうん、美味しいよ。これってどこまで甘くなるの?」

「そーですねー。他の種族の方からしたらかなり甘く感じるみたいですねー。私達妖精族は平気ですけど」


 今でもそれなりに甘いのだ。他の人がかなり甘くなるというのだったら確かにちょっとくどく感じるかも知れない。というかそれが平気ってことは妖精族はみんな相当な甘党ということになるな。


「でもでも、そこまで甘くなる前に飲み込んでしまえば美味しく食べられますよー」

「まあその通りね。うん、これいただけるかしら?」

「はーい! ありがとうございまーす。こっちで販売してますのでどうぞー」


 案内された店で一瓶だけ買うはずだったんだけど、気付いたら三瓶ぐらい入った袋を持っていた。微妙に上手く釣られたような気がしたけど、まあ美味しいからいいか。

 せっかくだからミットラにも一瓶分けてあげよう。料理の方でなにか役に立ててくれるかも知れない。


 ……なんだか食べ物のことだけしか考えてないような気がする。き、気のせいだよね?


 あんまり深く考えないようにしとこう。とりあえずアシュル達のお土産を買うことにしよう。

 髪飾りは前に上げたから、今度は服をあげてみようか。でも大事がって着なくなるのもあれだしなぁ。


 やはり指輪やペンダントの方が無難かもしれない。後の人は――とりあえず食べ物でも渡しておけばいいか。

 フェンルウは結構甘いものが好きだし、ケットシーも色んな所に食べて回って手帳に点数付けてるほどだし、ちょうどいいと思う。


 そんな事を考えながら街を回ってみると、いい感じのアクセサリー屋を見つけたので入ることにした。

 木造に柔らかい陽の光が窓から射し込んできて、全体的に優しい雰囲気を演出してくれていい感じだ。


「いらっしゃいませー」


 店の雰囲気と完全に一致してると言えるお姉さんのような妖精族の人がいた。

 胸とか結構大きくて、包容力があるというか…母性のようなものを感じる。


「ちょっと指輪を探してるんだけど……」

「指輪ですかー? それならこちらの方にどうぞー」


 どこかおっとりしたような雰囲気をまとった店員の案内を受けてそちらに向かうと、様々な指輪がそこに並べてあった。

 木製のものから金属関連まで石が嵌っているものからそのままのものまで豊富に揃ってる。


「どうですかー? お客様にはこういうのが良いかもしれませんよー」

「ああ、いえ。ちょっとしたプレゼント用に買おうと思っててね。彼女は綺麗な青が印象的で、できればそのイメージに合ったものがいいんだけど」

「そうなんですかー。ちょっと待っててくださいねー」


 私が自分で身に着けるものと勘違いしていたらしく、適当に選んだと思われる指輪を数点見せてきた。

 だけど贈り物であることと、アシュルのイメージを伝えるとすぐに指輪を引っ込めて新しいものを持ってきてくれた。


「おまたせしましたー。こちらはどうですかー?」


 そう言って見せてくれたのは綺麗な水色の宝石が嵌ってる指輪やちょっとした装飾の施されたものが数点。

 うん、結構イメージぴったりでセンスを感じる。


「おすすめはこちらのアクアベリルの指輪と銀の指輪ですー。送る相手は水魔法は使われますか?」

「え、ええ、そうね。使うわ」


 一瞬どもったのはアシュルが使ってるのは水魔導だからだ。だけどそんなことはわからないだろうし、ここで説明する必要もない。


「でしたらこちらは水属性の魔石が使われていますので、水魔法も強化されて大変おすすめですよー」


 魔石。戦争や魔物なんかの戦闘に使う分には良いのかも知れないけど、魔物の活動があまり激しくないこの南西地域ではそこまで重要視されてはいない。

 まあ、水属性は攻撃の他にも治癒や生活の飲み水として活用するものも多く、攻撃以外の恩恵も大きいから一概には言えないけど。

 逆に火の場合は鍛冶師なんかに好まれるとか。


 アシュルにはできれば実用的なものを着けてもらいたいし、この小ぶりであり自己主張しすぎない澄んだ水色が気に入った。


「そうね。それを貰うわ。いくらかしら?」

「はいー。金貨1枚でどうでしょうか?」


 アクアベリルの基本相場は確か銀貨17枚。高品質のものになるとさらに上がると聞いたし、そこから研磨・加工・装飾をしていけば金貨1枚じゃ到底済まないはず。


「随分安いのね。なにか理由でもあるの?」

「? いいえー、フェアシュリーではこれが普通ですよ?」


 うーん、嘘を言ってるようには見えない。高く売りつけることや、偽物を安く売りつけることならともかく……少なくともこれがそうだとは思えない。

 あまり疑うのも悪いし、ここは買うとしようか。


「そう……変なこと言って悪かったわね。それをいただくわ」

「ありがとうございます。綺麗に包みますので少々お待ち下さいねー」


 精算の終わった指輪が贈り物用の箱に包まれて私に手渡された。

 微妙に得したようなそうでないようなよくわからない気分だ。


「ありがとう。……そうだ、ついでにこのフェアシュリーでおすすめの食堂ってある?」

「そうですねー……『妖精の止まり木』が美味しいですよ。場所はお教えしましょうか?」

「してくれるのだったら、お願い」


 店員の人から詳しい場所を聞き出して、私は人気の喫茶店と呼ばれている『妖精の止まり木』に向かうことにした。







 ――







 たどり着いた妖精の止まり木は大きな樹をくり抜いたような店をしていて、テラスのような場所もあって、外の空気を楽しみながら食事か、中でゆっくり食べるか選べるみたいだ。


「いらっしゃい」


 中に入るとちょっとのんびりした声の男の妖精族がいて、なにやら甘い匂いを纏ってる。

 店内には他にも複数の店員が居て、客の方も結構いる。それなりに繁盛している店、ということだろう。


「おひとりさまですか?」

「ええ」

「でしたらお好きな席にどうぞ」


 外の景色が見えるテーブルに座ると、同じく妖精族の女性がメニュー表を持ってきてくれた。


 私のところを含めた他の国では見かけないパンケーキ、色んなフルーツのジャムを挟んだサンドイッチなど……他にも色々乗ってるけど、端的に言えば甘い物以外メニューにはない。

 城の料理もそうだったけど、それでも私や他種族に合わせた料理が多少は出ていた。

 でもアストゥは決して口をつけてなかったし、やはり妖精族は甘い物しか摂らない種族なのだろう。


 甘酸っぱいのとかは普通においてあるんだけど、甘さが主体になってないものは全くと言っていいほど置いてない。

 バターや卵など、他の国からの輸入品であると思われる商品は多いのに、この品揃えは残念感を隠せない。それでもこういう食べ物は他の国ではまず見かけないから良いんだけどさ。


「お決まりですか?」

「そうね……。このパンケーキと深紅茶。後ラポルのタルトを一切れいただくわ。

 あ、飲み物は温かい方でお願いね」

「お客さん、結構食べますねー……かしこまりました。温かいものでしたら苦くなりますけど大丈夫ですか?」

「ええ、問題ないわ」

「はい、それでは少々お待ちください」


 結構食べるってパンケーキって薄くて丸いあれじゃなかったっけ? ちょっと物足りないかもって思ったんだけど……もしかして間違ってる?


 若干そんな不安を感じながらも、先に出された深紅茶を飲みながら料理が来るのを待ってると、その不安は現実のものとなって姿を表した。


「おまたせしましたー! 当店特製パンケーキと、ラポルタルトです」

「え、あ、ありがとう」

「はい、ごゆっくりどうぞ!」


 テーブルに置かれたのは物はそこそこ厚く丸いパンケーキがそこに鎮座していた。その上に果物が散りばめられ、フーロエルの蜜がたっぷりかかっている。

 それにラポル――これは私が知ってるりんごと同じだ。上に乗っているラポルはてらてらと蜜を塗ったかのように艷やかな光沢がとても美しい。少々小さいサイズのようだったけど、一切れにしておいて良かった。


 この量はアールガルムで食べたあの時よりは圧倒的に少ないんだけど、甘い物ばかりの今回のほうがかなり辛いかもしれない。

 しかし出されたものは食べてしまわないといけない。自分が食べると決めたものを残すのはマナー的にも私的にも許せることではない。


 覚悟を決めてまずはパンケーキの方に手をかける。ただ切るだけでは口に入りきれないため、もう半分くらい切ることになったけど、口にした瞬間感じる柔らかい食感と甘いフーロラルの蜜、そこに甘酸っぱい――ここではストラと呼ばれているいちごのような果物が三位一体となって調和の取れた絶妙の味を産み出している。


 ちょっと甘さにくどさを感じるけど、そこは深紅茶で相殺できる範囲内だ。もう完璧と言ってもいいぐらいだ。

 一つをゆっくり楽しんだ後、お茶のおかわりを頼み、ラポルタルトに手を付ける。

 こちらはラポルの食感、全体的にパンケーキとは違い甘みの抑えられた……どちらかというとラポルの味を強調した作りになっている。

 妖精族としては物足りない甘さなのだろう。フーロエルの蜜が入った小瓶がセットでついてきている。とはいえ、パンケーキと同じくらい甘かったらどうしようかと考えていた私には僥倖ぎょうこうかも。


 シャキッとしたラポルの歯ごたえも小気味いいし、この調子であればギリギリとは言え、なんとか平らげることができそうだ。


 最初は戸惑いがあったけど、今は苦味のある深紅茶と共にこの蜜のように濃厚な時間をゆっくり味わっていくとしますか。

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