43・魔王様、会談の後

 ――フェアシュリー・ジュライム 客室――


「あぁー……疲れたぁー……」


 はしたないように思うけど、ボフッと音が立つほどの勢いでベッドに体を預け、枕を抱え込んで他の誰かが聞いたらなんとも情けないやつだろうとか言われそうな声を上げていた。


 結局私がビアティグのあまりの発言にちょっと反省させてやろうと思いっきり重圧を掛けた結果、やらかしてしまった感はあるけどなんとか話はまとまった。


 しばらくの間は南西地域全体で硬貨の流出量を増やし、セントラル側に私達の商人も送り込み、フェアシュリー側とは積極的に貿易を行うこととなったのだ。

 グルムガンドの方はやはりこちらへの悪感情が目立つ、ということもある。今は上辺だけでも協力関係を築いていたほうがいいだろうという結論に達し、他の案件は機会を見て……という感じで落ち着いたか。


 まずセントラル側に向かわせるのは自分の国でも信用のある商人限定だけで、大硬貨を少々持たせておいて向こうでの商売をやりやすくさせる。

 更にケルトシルとアールガルムには書簡を送って知らせておいて、後日改めて会って話すことにすることにした。とにもかくにも今はこの地域全体で取り組めるようにするのが先、というのが私達の達した結論だ。


 全く……こんな面倒くさいことばかり引き起こしてくれるセントラルにはいずれきっちりけじめをつけてやらないと気が済まない。

 なんてことを思いつつベッドでゆっくりゴロゴロしながら考えていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。このノックの仕方は間違いなくリカルデじゃない別の誰かだ。


「開いてるから好きに入ってきていいわよー」


 私の声が届いたのか、扉を開けて現れたのはアストゥだった。

 不安そうなその目はうつむいていて、まるで怯えた子どものような有様だ。あのときの私の様子がよほど怖かったのだろう。


「あ、あの、ティファリスちゃん」

「どうしたの?」

「え、えっと……怒ってる?」

「……なんで?」


 会談は終わった。結果的にはこちらの提案を飲んでくれたし、私としては怒る理由がない。

 まあ、ビアティグが変わらずクチの悪い態度を取ってきたら威圧ぐらいはするだろうけど、アストゥには特に思うところはない。せいぜい元気のいい可愛い子ども程度かな。


「だ、だって……すごく怖かったから」

「そういう風に振る舞っていたからね。別にアストゥに対して怒ったわけじゃないわ」


 アストゥの方に近寄って頭を撫でてやると、不安そうな顔がほぐれていくのがわかる。


「よ、良かったぁ」


 満面の笑みを浮かべるアストゥに、本当は村の話しをしとこうと思ったんだけど……今はすべきじゃないか。

 内政干渉にもなるだろうし、そこのところはきっちりやってくれると信じておこう。


「ほら、せっかくだから座って。また眠たくなるまで遊んであげるから」

「……! うん!」


 それからアストゥと話したりちょっとした言葉遊びをしたりと夜がふけるまで相手をしていたら、いつのまにか会談が始まる前の…私を振り回していたアストゥに戻っていた。







 ――







 そして次の日。

 私は自分が泊まっている客室で、リカルデの淹れた深紅茶を飲みながらこれからの日程をどうしようか悩むことになった。予定ではこのままリーティアスに戻り、セツオウカの返答を待つ……つもりだったんだけど。

 硬貨の仕組みが変わる上にこれから南西地域の全ての国で協力していこう、という指針を立てたわけなんだからクルルシェンドの魔王に会う必要があると思うんだけど……使者も何も送らずにいきなり会いに行くというのは失礼に値するだろう。


「さて、これからどうしたものか」


 口中に広がる深紅茶の味わい深い苦味に浸りながらこれからの行動について思案する……なんとも良い時間だ。

 このひとときが私に安らぎを与え、思考を活発化させてくれる。


 そしてそんな時に聞こえてくるノック音。昨日の夜といい今日といい、随分とお客さんが多い。

 これはまたアストゥが遊びに来たか? いや、微妙にノックの音が違うし、別の人かな?


「開いてるから好きに入って」

「……遠慮なく入るぞ」


 私の予想と違い、入ってきたのはどこかバツの悪そうな顔をしているビアティグだった。

 私を、というか魔人族を嫌っている彼が一体なんの用だろうか? 思わず訝しげな目で見た私に対し、ビアティグはいきなり頭を下げてきた。


「その、なんだ。済まなかった……それにありがとう」


 いきなり謝罪と感謝を口にしてきた。

 今まで口の悪かったこの男にこんな言葉をかけられて、ついなにか企んでるんじゃないか? と疑念のこもった眼差しを向けていると、途端に不機嫌そうな顔になって私を睨む。


「なんだその目は」

「いいえ、ただ貴方がそんなことを口にするなんて意外だったから」

「ふん、お前には色々と借りがある。それに対する礼ぐらい言わせろ。殺そうとしたものを全員生きて引き渡してもらったこともあるしな」


 その後のこの言動がなければ尚のこと良かったんだけど。


「それはそれは。それではその言葉、慎んでいただきましょうか」

「わざとらしい言い方しやがって……。まあいい。

 ティファリス、お前、南西地域全体で硬貨の問題について取り組むべきだと言っていたな」

「そうね。貴方達はどうかは知らないけど、私達には死活問題だからね」

「……根に持ってるのか?」

「持ってないわ。事実だったしね」

「……はぁー、話を戻すぞ。全ての国、ということは当然クルルシェンドの魔王とも会わなければならんだろう。会談が終わってすぐに使いを出してやったからそのまま会いに行け」


 これはびっくりだ。いや本当に。

 ビアティグがそんな気の利いたことが出来るとは思っても見なかった。


「明日は嵐でも来るかもね」

「どういう意味だおい」


 ぼそっと小声で言ったはずなのにバッチリ聞こえていたようだ。

 今の独り言くらい、目をつむって受け流しておくのが普通でしょうが。これだから気の利かない男は困る。


「……言っただろうが。お前には借りがある。会談ではああ言ってしまったが、少しは気にしていたからな。

 グルムガンドにはお前たちのことを嫌う派閥も多い。そっちは俺がなんとかするから、お前はクルルシェンドにも協力要請でもしてろってこったな」

「それならご厚意に甘えさせていただくとしましょうか。国のごたごたが長引きそうだったら私が行ってあげるわよ? 一応私が原因だしね」

「お前が来たら国が滅びかねん。どれだけ長引いても絶対呼ばないから安心して行け」


 全力でぶんぶん首を振って焦りまったり、私に対して真顔で「滅びかねん」とか……また大げさなことを言ってくれる。ちょっと手助けしてあげようと思っただけなのに。


「ビアティグ王、深紅茶を淹れましたのでよろしかったらどうぞ」

「ん? あ、ああ、ありがとう」


 リカルデってばずっと黙ってたかと思えば深紅茶を淹れてきたのか。この男にお茶なんて必要ないだろうに。


「ん、んんっ!? この深紅茶ってのいいな。甘くないのが特に!」

「……フェアシュリーでもここなら一応普通の料理も出てるでしょうに」

「アストゥが勧めてくるんだよ。あいつ、俺が甘い物苦手だって言ってんのに聞いてねぇからな」

「ああ、そこのところは同調するわ。あの子は甘ければ甘いほど好きみたいだし」

「はははっ、あいつが食べる『ラポルの里』のタルトは見た目からして甘さで胸焼けしそうになるからな」

「わかるわかる。私もあれを口にする気は起きなかったもの」


 まさかの深紅茶から繋がった会話で盛り上がるとは思わなかった。というかビアティグって私の前でも一応笑って話したりするのか。


「ん? どうかしたか?」

「いいえ、貴方ってそんな風に笑うのかと思ってね。中々いいんじゃない?」

「はっ、バカなこと言ってんじゃねぇよ」


 さっきまで不機嫌そうにしてたはずなのに、今はそんな気配あんまり感じない。


「……俺は魔人族は嫌いだ。セントラルで見たやつらには獣人族をいたぶって楽しむ外道も多い。この南西地域では行われていないが、奴隷売買も向こうでは行われているし、大半は悲惨だ。俺達の国の女に向けて下卑た目で見てくるやつもいるし、平気で外交にも圧力をかけてくる……醜い奴らだ」


 しかめっ面をしながら苦々しく語るビアティグの言葉に引っかかる物があった。

『奴隷』……やっぱりこの世界にもそういうモノが存在するわけか。


「? どうした。なにか思うところでもあったか?」

「いいえ。それにしてもとんだお門違いだと思ってね」

「仕方がないだろう。俺もグルムガンドという国も、魔人族というのはセントラルのものしか知らんのだからな。

 だがまぁ……お前みたいなやつもいるし、多少は考えてみても良いかもしれん。多少は、だがな。魔人族は嫌いだが、お前はその中でもかなりマシな部類だよ」

「そう、なら良かった。私も、口は悪いわ気は利かないわの貴方でも嫌いではないしね」

「おい、それ全く褒めてねぇだろ」


 ため息をついて深紅茶を一気にあおって、勢いよく立ち上がる。

 なんていう酷い飲み方だろうか。深紅茶っていうのはもっとゆっくり味わって飲むものなのに。


「はっ、それじゃ俺は行くぜ。アロマンズとは上手くやれよ」

「ええ、ありがとう」


 リカルデに美味かったと一言残してビアティグは去っていった。

 出会ったばかりは私に対し相当に見下し、憎い者を見るかのような目だったけど、帰っていったビアティグにはそんな様子、全く見られなかった。

 先の会談でどういう風に心変わりしたのかは知らないけど、いい影響を受けてるようでなによりだ。


「お嬢様、それではこのままクルルシェンドに向かう、ということでよろしいでしょうか?」

「そうね。セツオウカの為に戻るというのも手だけど、せっかくビアティグが整えてくれたんだし、顔を立てるためにもいかないとね」

「承知しました。幸いにもクルルシェンドは隣国ですし、あまり時間もかからないでしょう。最悪の場合はケットシーもフェーシャ王もいらっしゃいます。問題はございませんでしょう」


 賛成してくれてるのはいいけど、そこにアシュルとフェンルウも加えてやってほしい。

 一瞬ウルフェンのことも考えたけど、彼は戦闘向きで頭を絞ることに関しては期待しない方がいいだろう。

 なにはともあれ、次の予定はクルルシェンド。その後はリーティアスに帰ってケルトシル、アールガルムとも連携を取り合って行けばいい。

 いつ来るかわからないセツオウカに対してそんなに気を使わなくてもいいだろう。一年経って音沙汰もない向こうが悪い。

 未だ見ぬ国、クルルシェンドにはどんな美味しいものや楽しいことがあればいいな。

 今からちょっと楽しみになってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る