21・戦いの火、迫る

 フェンルウ達人狼がこの国にやってきてから月日は流れ、今は12の月・ルスピラ。季節的には冬だけど、ちょっと肌寒くなってきたかなとも感じるぐらいであんまり気にするほどでもない。

 そんなことよりも誓約をしたのが二年前の1の月・ガネラということもあり、後一ヶ月でいよいよ私達の最初の戦いが始まる。


 リカルデとウルフェンのおかげで兵士の質と気力は高いらしいけど、防衛のことを考えれば大体500人辺りといったところらしい。

 リーティアスより大きい国であるエルガルムと戦うには明らかに兵力差を感じるし、間違いなく普通の兵士たちはその差にのまれる。その差を埋めるのが私の役目だろう。


 一応その500人には私がちょっとしたアイテムを渡すことにしていて、これが今回の戦争で有利に立つ手札の一つになると思う。

 簡単な作りだし、数をこなさないといけないという点以外は別に負担じゃないから楽でいい。この調子で行けばガネラの中頃には配布できるだろうし、戦争まで十分に間に合う。


 このことはリカルデにもおまじないをしてあげると伝えてるだけで、詳しい内容は明らかにしていない。私を信用してくれてる彼へ、その期待に見合った戦い方をしようと思っているからこそだ。


 今回はアシュルとケットシーの二人には、ゴブリンたちと連携して戦ってもらいたいと思ってる。

 今も訓練中ってこともあるし、一人で色々やらせるにはまだ経験不足気味なのが否めない。いきなり投入して上手く戦えず危機に陥りました! では困るからね。


 そうやって着々と戦いに向けて準備を進めていると、リュリュカが何ヶ月ぶりの他国からの来訪者を告げに、執務室に訪れてきた。


「ティファリスさま、お客様がいらっしゃいました!」

「また、ね……。誓約が切れる日も近いっていうのによくもこの国に来る人がいるわね……。で、今回は誰が来たのよ?」

「えっとですね。セツオウカからやってきたと言ってました。

 リカルデさんから送られてきた書状について…だそうですよ」


 セツオウカ……誓約の立会人にもなってくれた鬼族の魔王セツキが治める国だったわね。

 エルガルム・アールガルムが誓約違反を行ったことについての返答を、わざわざ人材を使って送ってきたというわけか。


「その使者は今どうしてる?」

「応接室で待っていただくように、案内しております!」

「そう、だったらすぐ行くけど……私のお気に入りをお茶菓子に出してないでしょうね?」


 以前にクロシュガルをフェンルウにほとんど食べられたこともあったし、気をつけておかないといけない。

 私のお菓子は私が守る!


「あ、あー……大丈夫です! あまりお菓子を食べそうな方には見えなかったので、お茶だけだしてます!」


 なんだかその言い方も気になるけど、少なくとも被害は出てないようで安心した。


「それじゃ、すぐに行くから私の分もお茶、お願いね」

「はい! かしこまりました!」






 ――







 応接室にいたのはなんというか、今まで見たのとはちょっと違う風貌をしている赤い髪に立派な一本角を生やした男性の鬼だった。

 私達が普段着るような服のどれとも違うし、ズボンみたいなものを履いてるわけでもない。どうにも奇妙な服装で、スカートを履いてるようにも見えるけど、妙に涼やかでなにやら風情を感じる。



「おお、貴女様が噂のリーティアスの女王・ティファリスさまでござりまするか!

 拙者、我が主が一の家臣・オウキと申す者! お初にお目にかかり、至極! 至極光栄でござります!」

「え、ええ…ありがとう」


 なんというか、私には濃い連中が集まってくるなにかでもあるのかと疑いたくなるような……これまたよくわからない話し方をする鬼だ。

 その変な迫力に押されて、私はおもわず後ずさってしまう。


「我が主の命により、リーティアスの見定めを仰せつかり、ここに参じた次第!

 しばし! しばしこの国の滞在させていただく許可をいただきたい!」

「は、はあ……ここにいたいっていうのはわかったけど…もうすぐ戦争するのよ? そういうこと、わかってる?」

「ははっ! みなまで言わずとも理解しておりまする!

 拙者はこの度の戦の行方を見届け、誓約を破りし者を主の元へ送り届けるため遣わされた身。例え戦乱の火に巻き込まれようとも、生きてセツオウカに舞い戻ることが出来ると信頼されたからこその大任! 果たせずしては戻ることは成りませぬ!」


 魂を絞り出してるのかというほど叫んでるけど、もうちょっと声のトーンを落としてほしい。

 これが宿屋だったら間違いなく隣から苦情が飛んでくるだろうね。


「いまいち要領を得ないんだけど……『戦争の結果をこちら側で見届けてこい。リーティアス側が勝利したらオーガルを受け取って帰ってこい』ってセツキ王に言われたのね?」

「正にその通り! 左様でございます! 我らが国の民でないのに理解していただきまことに感謝の極み!」

「わかったからその鬱陶しい話し方をもう少しどうにかしてちょうだい」


 フェーシャと違う意味で疲れるやつだ。

 セツキ王はどうやらこちらの言い分を認めてくれたらしいし、ここでオウキを無理やり送り返してしまえば、不誠実な対応をされたと捉えられかねない。

 勝つにしろ負けるにしろ、戦争が終わるまでこんなのと付き合わなきゃならないのか……。

 この時期に来てくれたのは、ある意味救いなのかもしれない。


「貴方の言いたいことはよくわかったわ。こちらも都合上、貴方に護衛を回すことは出来ないけど……それでもいいかしら?」

「先程も申しましたが、拙者は我が主・セツキ王の一の家臣! 故に気遣いは無用でござります!」


 突如立ち上がり天高く拳を突き出す姿がこの応接室ではさらに滑稽こっけいに見える。

 だけどオウキの奇妙な有様とは違って、どこか洗練された気配……戦う者の気が彼の強さを教えてくれた。基準に出来る相手がジークロンドぐらいしかいないけど、少なくともあの王よりは力を持ってるだろう。

 さすが上級魔王の治める国の一の家臣を名乗ってるだけはある。ここらへんの弱国では務まらないと言わんばかりだ。


 だからといってこっちを試すような真似はあまりして欲しくないんだけど。


「そう……部屋はメイドに案内させるわ。そこを自由に使って構わないから」

「それは実にありがたい!」


 オウキは意気揚々とメイドの後ろをついていくように退出していった。

 まったく……能力が高いのはいいんだけど、セツオウカにはもうちょっと疲れない相手を用意してほしいものだ。


 他にも言いたいことは多いけど、ひとまず手を出さずに待ってくれるという選択をしてくれたのはありがたい。

 誓約を交わした三国のうち二国が好き勝手やってくれたのだ。リカルデがセツキ王と親しい間柄でなく、私が積極的に動かなかったなら、今頃エルガルムとアールガルムは焼け野原になっていただろうし、リーティアスも巻き込まれていた可能性が高かった。それを考えたら変な鬼の一人や二人、受け入れても問題ない。……問題ないのだ!


「今はそんなことより、やらないといけないことが多いからね」


 書類の整理はフェンルウがやってくれてる以上、私も気持ちを切り替えて戦争の準備を急いで進めないと行けない。

 アシュルもケットシーも魔導の勉強を頑張ってくれてるみたいだし、負けてられないな。






 ――







 ――オウキ視点・リーティアスの館――


 メイドの方に案内された部屋は、質素ながらも清潔に保たれており、この館の清掃が非常に行き届いている証拠であろう。

 セツオウカの布団とは違うベッドと呼ばれるものも、また違った趣がある。


 拙者はふと我が主・セツキ王との会話を思い返し、今後の使命のためにより一層帯を締め直す。



『オウキ、お前はリーティアスに行ってティファリスって魔王を見極めてこい』

『見極め、でござりまするか?』

『応。ニ年くらい前、遠くから妙に強い気が出現したのは知ってるな?』

『はい。南の方角に確かに。

 それが最近魔王となったティファリス女王であると?』

『今までやられたい放題でやっとこさ誓約結んだリーティアスが、ここに来ていきなりこんな手紙を寄越してきやがったからな。

 女王自らアールガルム行ったり、誓約違反した国とは自分たちがケリをつけるとかよ、いきなり攻勢に出るなんてありえねえだろ。

 ティファリスってのは絶対なにかある。それをしっかり見極めて、ついでに誓約違反の豚を俺様の前に引きずってこい』

『ははっ! 我が主のお望みのままに必ずや! 必ずや我が務め、果たしてご覧にいれましょう!』



 その後、拙者は使者としてリーティアスに渡り、つい先程ティファリス女王に対面したのはよいが……あの方は本当に我が主が気をかけるに相応しき存在なのであろうか……。

 闇のように深き黒き髪に相反するかのように光に満ちた白き銀のような瞳。その容姿は少女のそれなれど、纏う気配は異質。


 優雅で冷静な立ち居振る舞いに、拙者が試すように殺気を浴びせても知らぬ存ぜぬといったような態度。

 流石の拙者も全くの無反応ではどう判断してよいのやら……気づいていないのか相手にされていないのかすらわからないのでは、どうすることも出来ない。


「今しばし、様子を見る他ありませんな」


 幸いこれから誓約切れによるエルガルムとの本格的な戦に突入するだろう。

 リカルデ殿の手紙によれば、アールガルムとはすでに接触しており、ジークロンド王と話し合いの席を設けていたとか。

 そのことから察すると此度の戦、アールガルムは関わってこない。仲違いで終わっていればそのことについて触れることもなかったはずだろう。


 とはいえ、リーティアスはすでにボロボロの小国。対するエルガルムは徐々に勢力圏を広げていっていき、中堅国になりつつある。

 そのような国に正面から戦いを挑もうがなにか策を弄そうが、まともに戦いにすらならぬであろう。


 兵力に開きがあれば、多少力の差があろうとも関係ない。この度の戦において重要なのはなによりもティファリス女王が魔王としてどれほどの力をその身に宿しているか……その一点に尽きる。


 それでリーティアスが敗れることがあれば彼女も所詮、我が主が目をつけるほどのない凡庸な人物であったということだ。

 その場合、せめて誓約違反の王の片方でもいい…連れて帰らなければならぬだろう。我ら側からしてみればどのような事情があれ、アールガルムもエルガルムも我らが主であるセツキ王の名を穢したことには変わりはしないのだから。


 決意を新たにしたところで、戦が始まる日まではかの女王の様子を見つつ英気を養うとしよう。

 終始気を張っていても、要らぬ気苦労をするだけであるしな。

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