20・お嬢様、久しぶりに街に出る

 フェンルウが入ってきてから、私の仕事が随分と楽になった。

 相変わらず予算関連は私の方が担当してるけど、街に関する苦情や陳情なんかは処理してくれるし、軍備関連は後で情報をまとめたものを渡してくれるから、ほとんどこっちでなにかする必要もない。

 あの体でどうやって書類めくったり記入したりしてるのか疑問だったけど、本人は二足歩行もやれば出来るとか、手先は器用な方だとか言っていたし、深く考えたら負けなのかもしれない。


「ふー、ジークロンド王もいい子を寄越してくれたわね。

 おかげで大分楽になったわ。」


 以前なら結構詰めて更にアシュルやケットシーに魔導の訓練をしていたからかなり予定がきつかったけど、今はちゃんと空いた時間が作れて、のんびりお茶が出来る時間も増えた。


 ここにやってきた当初はまだあまり信用できない部分もあって、仕事も任せてなかったんだけど……


「ティファリス様! そんなに仕事してたら倒れるっすよ!」

「ティファリス様、ちょっと休憩してくださいっす! 身体を休めることだって仕事のうちっす!」

「自分もアールガルムでは色々やってたっすから、これくらいならこなせるっすよ!」


 なんて言って私の仕事を率先して手伝ってくれるものだから、ついつい甘えちゃうんだよね。

 フェンルウの仕事ぶりを見ながら休憩してたし、不審なところがないってわかったらなおさら、ね。


 ウルフェンの方はあまり人目につくところに行かせるわけには行かないけど、ここにただ居座らせるのもどうかと思うし、リカルデに預けてある。

 フェーシャという無駄飯食いがいるけど、基本的にここでは働かざる者食うべからずだ。


 なにはともあれフェンルウのおかげで今日の分の仕事も終わったし、久しぶりに時間が空いた。

 この貴重な一時、以前から交わしていた約束がようやく果たせそうだ。





「ティファさま、私にご用事ですか?」

「ええ。アシュルは前にディトリアを一緒に回るって約束してたの、覚えてるかしら?」

「もちろんですよ! あれからすぐにケルトシルから魔王が来たりしてうやむやになっちゃいましたけどね……」


 相当楽しみにしてたのか、約束の話になって急にしょんぼりしてしまったアシュルだけど、次の私の言葉に表情が一変する。


「だったら今からディトリアに遊びに行きましょう。私の仕事も一段落したしね」

「ほ、ほほほ、本当ですか!?」


 輝かしいばかりにきらめく笑顔がちょっと眩しい。

 まるで今まで諦めてたことに希望の光が射したというような感じだ。


「嘘は言わないわよ。支度をするから一緒に来てちょうだい」

「はい! わかりました!」


 アシュルも喜んでくれたことだし、早速行きましょうか。

 もたもたしてたらまたどんな邪魔が入るかわからないしね。






 ――







 ――ディトリア・街中――


 外に出たことは何度かあったけど、遊びに出かけるのは本当に久しぶりだ。

 以前よりは活気に溢れていて、人通りもそれとなく多い気がする。


「やっぱり新しい店は全然出てないですねー」

「今ここで店を開く勇気のある人はいないでしょう」


 世間的に見たらここは完全落ち目というか、次に戦争が起こったら確実に消滅するであろう国だと思われてるだろう。

 そんなところで店を出す気なんて起こるわけもないわな。


「あ、でも港近くのお店で新しい料理を出してるそうですよ!」

「『ミトリ亭』だったかしら。あそこは本当に色々思いつくわね」


 ミトリ亭オリジナルの甘辛いソースを塗り込みながら、丹念にじっくりと焼き上げられたシードーラの串焼きは美味しかった。

 あそこの仕入れてるシードーラはかなりの年月を生き抜いているものばかりで、強く逞しく巨体に育ったソレは一般的なものより身の締りがよく歯ごたえがあり、程よい旨味が溢れているそうだ。


 普通であれば鬼族の国であるセツオウカから伝わってきた精製方法で作られる塩を使って味を整えるんだけど、ミトリ亭のシードーラはそれが一切必要ない。

 基本的な調味料は私の世界と同じものでちょっと安心する。変なものが入っていたり、不安感に煽られることも少ないだろうからね。


 話が脱線したけど、あそこの料理はディトリアではちょっとした有名どころだ。私も暇な時はちょくちょく食べに行ってた。


「ミトリ亭の料理もしばらく味わってないし、久しぶりに行ってみようかしら」

「ティファさまって、食べるの好きですよねー」

「美味しいものは心を癒やして明日への活力を与えてくれるもの。戦争が終わったらケルトシルとの貿易も本格的に進めていこうと思ってるし、もっと色んなものが食べられるようになるわ」

「そうなったらカッフェーさんが持ってきたクロシュガルもまた食べられるかもしれませんね!」


 嬉しそうに話してくれるのはいいけど、私はそうは思えない。あれは向こうでも最上級のシュガハとバターを使って仕上げた逸品なのだ。

 一日10枚を1セットとして考え、5セットしか作られない超限定品で、こっちには流通することはないということがわかってる。


 私個人で買うとなればどれだけ先の話になるかわからない。そういうことを考えるとフェンルウに対する怒りがこみ上げてくる。


「……その話だけは、あまりしないでちょうだい」

「ティファさま?」

「ほら、ミトリ亭に行きましょう」

「あ、待ってください!」


 さっさと歩きだすと、アシュルの方も慌ててついてくる。

 クロシュガルのことはひとまず忘れて、ミトリ亭の新作料理でも堪能しましょうか。






 ――






 ミトリ亭は看板に海の上を飛ぶ白い鳥の絵が書かれていて、港に面したところにある全体的に白い店だ。


 すごく清潔なイメージで店内は出来るだけ陽の光を取り入れてるからか、自然の明るさが心地よい雰囲気を出してくれている。

 夜には月の明かりと魔法の灯で昼とはまた違ったムードが漂う店になっていて、ディトリアでも一番のおすすめの店だ。

 店主は魔人族のミットラという男性で、昔は色んな所を食べ歩きした末、このディトリアで店を開いたそう。


 中に入ると、昼をいくらか過ぎた辺りだというのに人で賑わっている。魔人族の他にもゴブリンたちもみんな笑顔で料理を食べている。


「あ、ティファリス様! 久しぶりですね」

「久しぶりねミットラ。元気してた?」


 ミットラが私に気づくと、こっちに笑いかけてくる。

 話しながらでも料理に関して集中力を切らさないその姿、彼は調理という戦場では歴戦の猛者といった感じだ。


「ティファさま、なにを頼みましょうか?」


 カウンター席に座ってメニュー表をのんびり眺めていると、ミットラが料理を二皿こちらに持ってきた。


「あら? まだなにも頼んでないけど……」

「以前ティファリス様からいただいたアイデアを元に作りました。一度食べてみてくれませんか?」


 わざわざこっちに来て味見を頼んでくれるとはね。忙しいんじゃとも思ったけど、ある程度料理は出し終わってて、今は時間があるそうだ。そこまで気を使ってくれなくても……あ、でもそのおかげで思い出した。


 確かここに最後に来た時、シードーラの串焼きについて甘辛いソース以外にも、もう一種類なにかあればいいなぁ…と思い、このソースじゃなくて塩で食べさせてみてはどうか? と言ってたのを思い出す。


「塩のソースで作ったシードーラの串焼きです」

「これがねぇ……」


 シードーラは塩が塗られている他にも透き通った野菜? みたいなのが串焼きの上に載せられていて、ミトリ亭オリジナルソースとは違った匂いがする。


「それじゃ、いただきます」


 ちょっと私の口には収まりきらない大きさだ。リカルデが見たらちょっと行儀が悪いと言われそうだけど、思いっきりかぶりつく。

 歯ごたえのある肉にじゅわ~っと口の中から溢れ出す肉汁。塩が肉の旨味を更に強めて、透明な野菜のシャキッとした食感と辛さが心地良い。

 オリジナルソースとは違って、塩で引き締められた肉汁が味わえる一品だ。シンプルだけど、そこがまたいい。


「んーー…さすがミットラ。私の思いつきでこれだけの品を仕上げるなんてね」

「ははは、ありがとうございます。

 ティファリス様の思いつき、それがなければ思いつきませんでしたよ」

「ふあ~! これすんごく美味しいです!」


 アシュルの方はひたすらうまいうまいと食べてるだけだ。

 この子も大概美味しいもの好きなんだよなぁ。私と好みも似通ってるし、これも契約した影響なのかもしれない。


「このシードーラの上に載ってる透明なのってなに?」

「それはルオンです。元は黒いものなんですが、炒め方によって色や味が変わる食べ物ですね。

 生でも食べられますが、生の方は辛さが強く人を選びます。茹でたり煮込んだりすると、段々旨味が出てきて徐々に透明になってきます。

 ディトリアから離れた寒い地方では、じっくり煮込んで素材の旨味を引き出したスープをパンと共に食べたりもしますね」

「へー、面白い食べ物ねぇ。

 色んな食べ方があるならバターとかとも合いそうね」

「いいですね。次はルオンを中心に一品作ってみましょう」


 また私の言葉になにかを得たのか、ミットラは思案顔でぶつぶつ呟いてる。

 し、しまった。今思考の海に浸からせるのはまずい。急いできちんとメニュー表から注文しないといけない。


「せっかくだから他の料理も頼みましょうか。

 もう一種類の串焼きと、パンにスープにと…後は食後の深紅茶かしらね」

「私も! 私も同じものお願いします!」

「かしこまりました! 心をこめて作らせていただきます」


 なんとか現実世界に戻ってこれたミットラは、キッチンに戻って調理を始める。

 もう少し遅かったらしばらくの間戻ってこなかっただろうし、そうなると私の休みは一気に消し飛ぶところだっただろう。


「危なかったですね。もうちょっとで今日はご飯抜きになるところでしたよ」


 アシュルも同じことを考えてたのか、心底ホッとしたような顔をしてる。


「さ、料理が届くまでお話でもしましょう?」

「はい! それでは私の最近の出来事を……」


 そこから終始笑ったり焦ったりと、自分の感情に素直に話をしてるアシュルに相槌を打ちながら、この穏やかな時間が緩やかに流れていくのを楽しむ私であった。

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