22・魔王様、開戦の狼煙をあげる
1の月・ガネラの17の日。誓約を結んでからとうとう三年が経ってすぐ、やつらが攻めてくる予兆を見せてきた。
「誓約が終わってすぐだなんて、わかってたつもりだけど気が短いやつらねぇ」
「ティファリス様、こちらの方はいつでも出陣できる手はずとなっております」
さすがリカルデだ。随分と用意がいい。
エルガルムは事前に私達の領土と比較的近い街に軍隊を準備していて、いつでもここに攻めこめれるようにしていたようだ。
このままだと、何日もせずにこの国に侵略してくるだろう。
「リカルデ、交戦するなら開けた場所がいいわ。確か国境がそんな感じじゃなかったかしら?」
「はい。確か平原になっておりますね。今出撃すればエルガルムの軍が到着するまでには準備も整うでしょう」
「なら、お願いね」
そうして私達はディトリアに必要最低限の防衛と、ウルフェン・リカルデを残して国境に行くことになった。
私についてくるのは残りのアシュル・ケットシー・フェンルウ・オウキの四人だ。フェーシャに対処できるものまで駆り出すのはちょっと危険だけど、アシュルとケットシーには戦場の空気を知ってほしかったからだ。
本当はリカルデにもついてきてもらいたかったけど、「あまり国を空けるわけにもいかないでしょう」と諭されてしまった。
この世界に来てからはじめての大きな戦い。負ければ国としても後がない初戦っていうことで、私は一層気を引き締めて望まなければ……と自分に気合をいれ、いつもの服とは違ったスカートが膝まである黒いドレス姿に、帯剣した状態で館を出たのだった。
――
――リーティアス・エルガルム 国境平原――
500人のゴブリン部隊とともにやってきた戦場予定の場所。遮蔽物には木や岩が点々としてるぐらいで、基本的に見晴らしのいい平原で、森に逃げ込もうとしてもここからではかなり距離がある。ここでなら戦況がよくわかるし、対応もできる。
ちなみに肝心のエルガルム軍はまだ遠くにいるのか、なにも見えてこない。
「い、いよいよエルガルムとの戦いですね」
アシュルが緊張したような声でじっとオーク達がやってくるであろう方角を見つめている。
他の面子もどこか妙に固まった表情をしていて、適度な緊張感をもって冷静でいるのはフェンルウとオウキぐらいなものだ。
この時のために鍛えてきたであろうゴブリンの戦士たちも同様。はじめての戦い、相手は今まで私達を蹂躙し続けてきたエルガルム。
国としての規模は明らかにあちらのほうが上ときたもんだ。ガチガチに緊張してても不思議じゃないか。
来るときまでは私がなにも言わずとも適度にリラックスしていたみたいだけど、ここにきて急に戦うことに対する恐怖や負ける可能性の高い絶望が襲ってきたのだろう。
このまま戦わせては、余計な犠牲を払う可能性がある。
「みんなちょっと聞いてもらっていいかしら?」
なるべく全員に聞こえるように大きな声で話すと、アシュルたちとゴブリン部隊が一斉に私に注目してきた。
「もうすぐ私達の最初の戦いが始まるわ。今までの過去を全て精算して、新しい一歩を踏み出すための初戦よ。
あなた達はなにも気負う必要はないわ。焦らずいつも通りやりなさい」
ゴブリンたちはなにやら神妙な面持ちでうんうん頷いてるけど、恥ずかしくなってくるからちょっとは話半分で聞いてほしい気持ちだ。
私は誰かを率いて戦ったこともないし、鼓舞するのも上手いほうじゃないからどう言っていいものかよくわからないんだけど……。
「私から言えるのは……眼の前の敵に怯えてはいけない! 私達の後ろには愛する人が、家族が、友人が信じて待ってくれている! 無事に帰ってくれることを祈っている! それに答えるために……誰一人欠かすことなく、戦い抜いて勝利をこの手にしましょう!」
私の言葉に『おおー!』と一部の部外者を除いた全員が答え、それなりに緊張がほぐれたようだった。
思い浮かんだ言葉を私なりに言っただけなんだけど、なんとか士気が上がってよかった。
「それはいいでござりますが……その格好は少々場違いなのではござりませぬか?」
「ええー……そうかしら? アシュル、私変?」
「いいえ! とてもお美しいですよ!」
「いや、そういう意味ではなくてですな……」
「オウキさんの空回りっぷりが見てて愉快っすね」
「それを言ったらもっと可哀相に思えますミャ…」
オウキが微妙な顔してるけど、フェンルウもケットシーも固くなってた表情が和らいできたし、私の方も適度に気が紛れた。
さて、エルガルム軍がやってくるまでまだ時間がありそうだし、ゴブリン部隊に渡したお手製のアイテムについて再確認しておこうか。
――
十分作戦や武器の確認なんかも出来て、そろそろ本格的に暇を持て余し始めてきたかな…と思っていたところに、それらは現れた。
この見渡しのいい平原に大量という言葉じゃ言い表せないほどの黒い物体が、私達めがけて前進していく様が容易く見て取れる。
偵察に出ていたゴブリンたちからは具体的な数字は聞き出せなかったけど、押し寄せてくるあれはどう考えてもゴブリン500人部隊の何十倍もいるのは間違いない。
オークの他にも魔人や人狼なんかもいるようだ。誓約で手に入れた私の国の兵士たちもそうだけど、占領されてる町や村の様子から無作法者たちも大勢軍に引き入れてるんだろうと思う。
その押し寄せてくる軍勢を見て、ゴブリンたちはさっき上がっていた士気が一気に下降していくのが手に取るようにわかる。自分たちより数が多いのはわかっていたつもりだろうが、それでも五倍とかじゃ済まない数。いざ対峙すると恐怖心が勝るのだろう。先程私が上げた士気が風前の灯になっているのがすぐにわかった。
「ティファさま……どうしましょう」
「安心なさい。この程度、なにも恐れることはないわ」
ゴブリンたちの不安は伝染してないみたいだけど、どうしたらいいのかわからない様子のアシュルにいつもどおりの笑顔を投げかけてあげる。
だけどこの軍勢……向こうはこっちを見て小馬鹿にでもしてそうだ。
「オウキ、客観的に見て、なんの通告もなしに襲ってくる可能性については……どう考える?」
「ふむ……ほぼ確実ではないかと考えますな。これだけの兵力差、普通であれば被害も微々たるものでござりますしな。勝てばなんとやら……でござります」
「やっぱり…そうよねぇ…」
現にある程度行軍してきたエルガルム軍は、私達の数をはっきり視認できたと同時に火がついたように突撃してくるさまを確認できた。
ここまでなんの降伏勧告とかの一応の礼儀もなくいきなり攻め込んでくるなんて……こうなったらいっそ清々しいな。いや、そんなもの求めるのも間違いか。
なにはともあれ、兵士たちのどれだけがオーガルの影響を受けてるのか、素行が悪い荒くれ者なのかは知らないが、平然と私に向かってくるとはいい度胸だ。
「それで、ティファリス女王はどう動くのでござりますかな? なにを思ってここを主戦場に選んだのかは知りませぬが、この身を隠す場所のない平原では、明らかに不利だと考えますぞ」
「……ふふっ」
オウキの言葉に思わず笑いがこみ上げてしまい、彼に不審な目で見られてしまった。
でも仕方ないだろう? 確かに、私達は数で明らかに劣っている。それでも戦うというなら、遮蔽物の多い森や狭い道の多い地形を選ぶのが一番だ。
数の差を少しでも埋めようと考えるなら、それは確かに有効手段の一つだ。だけど今回はそんなことしても無意味なほどの差がある。
「オウキ、よく見ておくといいわ。
この私がなぜここを選んだのかを、ね」
私は数歩前に躍り出て、まっすぐエルガルム軍を見据える。
ジークロンドの時のように手加減する必要はない。最初から戦闘状態に切り替え、自身の体内にある魔力を練り込み紡ぎ、イメージする。
それは転生する前の世界で見た寒い地域ではよく見られる白い雪。そして、触れたものを焼き尽くす白き炎。
エルガルム軍の頭上よりあまねく舞い降り、敵対する者たち全てを白に塗りつぶす……。
一瞬の間にイメージしたその魔導を、私は魔力を練り上げ具現化させる。
「『メルトスノウ』」
突如として空は暗く染まり、どんどん広がる。やがて死の炎を内包した雪が、ただ何もかもを滅ぼすために降り始めてきた。
対するエルガルム軍は、その様子を気にすることもなくただただ目の前の敵を蹂躙してやろう、そういう意思があるかのように愚直に私達に向かって突撃してきている。
ここの暖かい気候であれば、雪なんてもの見慣れないものに不審感を抱くだろうに、興奮してるせいで周りが見えてないのだろう。
だけどそれも兵士が『メルトスノウ』で生み出した魔力の雪に触れるまでの間だった。
やがて雪はエルガルムの兵士達の身体に触れ、真っ白な炎でその身をまとわせる。そこにあるのは平原から押し寄せてきた黒を、ただただ白で塗り固められた光景が広がっていった。
そこには確かにあった数の暴力など、もはやないも同然。どれだけの大軍であったとしても、私達に届くことは決してないのだから。
私が後ろを振り返ると、そこには信じられないものを見ている顔をしている者たちがいた。その中、他の人とは違うどこか恍惚としたような表情で私を見ている者もいたけど、大体は前者のほうだ。
「さあ、心の準備は出来てる?」
大声で軍に呼びかけると、正気を取り戻したかのように一斉に私に注目した。
「私はあなた達に見合う力を示したつもりよ! 今度はあなた達が答える番!
国のために戦い、国の為に敵を滅しなさい!」
エルガルム軍と出会う前の気概を取り戻させるべく、ゴブリンたちに向かって発破をかけると徐々にそれに呼応して、その勢いはいま最高潮に達する。
「敵を打ち砕き、私とともに進め! ゴブリンたちは三人一組、四人一組で常に複数で行動しなさい! 負傷者が出た場合はすぐに引いて、必ず三人以上で戦うこと! いいわね!?」
『おおおおーーっっ!!!』
「アシュル・ケットシー・フェンルウもゴブリン達の中に加わって出来るだけ被害を少なく留めるように!」
「わかりました!」
「はいですミャ!」
「了解っす!」
ひとまず一対一になりかねない状況はできるだけ避け、敵のほとんどを私が引き受ける形で指示を出していく。
今回はアシュル・ケットシー・フェンルウもチーム編成の中に加え、くれぐれも突出しないようする。特にアシュルは功を焦る可能性も考えてのことだ。
あらかた戦い方を伝えて私はエルガルム軍の方に向き直り、腰に帯びていた剣を抜き、天高く剣先を掲げる。
大きく息を吸い込んで、振り上げた剣を敵軍に向けるように振り下ろし――
「全軍、突撃!!」
『うおおおおおおおおおおおおっっ!!!!』
私の号令とともに、わずか500の軍隊は平原を埋め尽くしていた残党共に向かって進撃していく。
さあ、これから見せてあげようじゃないか。私の戦い方をじっくりとね。
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