8・お嬢様、襲撃される

 朝、目を覚ましたら見知らぬ部屋に……ってそういえば昨日はスラムルの家に泊まったんだったか。

 どうりで家具の配置とかなんか違うわけだ。寝起きってこともあって、しばらくぼけーっと考えてようやく気がついた。


 ひとまず寝巻きを着替えて、軽く身だしなみを整えてから部屋を出て居間の方に行くと、もうみんな揃っていて朝ごはんの準備をしていた。

 一人だけのんびりしてたことにバツの悪さを感じながら、三人のところにおはようを言いに行くと、アシュルは笑顔、リカルデの方はもう少しゆっくりしてほしかったという雰囲気を感じる。

 スラムルの方は……この生物は特になんにも考えてなさそうだった。


「みんな、おはよう」

「お嬢様、おはようございます」

「おはようございます! ティファ様!」

「ティファリス嬢、おはよう」


 みんなの準備を手伝おうと思ったんだけど、リカルデに丁重にお断りされてしまった上に

「魔王になろうというお方が其のようなことをなされるのはよろしくありません」

 と怒られ、仕方なく席について暇を持て余すことになった。



 スライム式朝食はパンにアースバードの卵にサラダに昨日の残りのスープで、中々美味しかったけど。よくよく考えたら別にスライム式ってほどでもなかったな。

 アースバードの卵は、やっぱり本体と同じで土地に味が影響されるようらしく、リーティアスの国ではその美味しさはかなり有名らしい。

 略奪されて奪われそうになってるし、今じゃ有名どころの騒ぎじゃないと思うんだけどね。


 食事の後の片付けにも参加できず、出発の準備もリカルデがすでに終わらせていて、私のすることはなにもなかった。

 リカルデはむしろ優雅にじっとしてなさいと言わんばかりにたしなめられるし、アシュルは私の世話を焼こうと一生懸命頑張ってくれるし、結局スラファムを旅立つという今の今まで、私はひたすら暇を持て余していた。




「道中、気をつけて行くんじゃぞ」

「ばばさま、私が付いてるんですから心配無用ですよ!」

「だから余計に心配なんじゃよ」



 出口まで見送りに来てくれたスラムルに対し、別れの挨拶をしてるアシュル。

 自信満々にいってるアシュルに対し、ため息をつきながらやれやれといった様子のスラムルというやり取りがなんだか少し微笑ましい。


「スラムル、世話になったわね」

「なに、魔王様のお世話もわしの役目じゃからの、気にするでない」


 料理も結構美味しかったし、家もきちんと手が行き届いていた。

 お世話が役目ってなら、館にきてメイドたちの教育をしてほしいものである。

 そんなことを考えてると、まるで見透かしたかのように首を横に振りながら私をなだめてくるリカルデ。


「お嬢様」

「ええ、わかってるわよ。スラムル、また会いましょう」

「ああ、楽しみに待っとるよ」


「ばばさま、行ってきます!」

「リカルデ殿やティファリス嬢に迷惑かけるでないぞ」


 別れを惜しみながら、手をふるように触手が器用に左右に動いてお別れをしてくれる中、私達はスラファムを後にした。

 最後の最後まで器用なスライムだったな。

 他のスライムたちはこんなに表現豊かじゃなかった分、年季の差を感じながら道を歩いていった。






――







 ――道中――


 行きの時には特に何も起きず、そよそよと吹く風に森があったり、平原があったり……スラファム付近だと農業に勤しんでるスライムの姿とか、穏やかな風景が続いていただけだった。

 とても戦争の最中だなんて思えなかったし、私達が置かれてる現状が本当なのかとも思えるほど。


 だけど帰り……ちょうど森の近く歩いているときだった。

 その森の奥の方から、チラチラとこちらを伺うような気配が遠巻きに感じられた。

 明らかにこっちに友好的な様子じゃない。ここは一応私の国の領土のはずなんだけど……。

 リカルデとアシュルはどうなんだろう?


「リカルデ」

「はい、把握しております」

「誰か見てる、不快な感覚ですね」


 どうやら二人も気づいてるみたいだ。

 相手はおそらく三人。こっちも一応三人なんだけど、ここは私一人でやってみよう。


 戦いで自分の体がどこまで動くかどうかもわからないし、いざいきなり戦争となって期待通りの戦力になれなければなんの意味もない。

 そういう理由で、一人で戦ってみたかった私は、二人に手を出さないようにお願いする。


「二人共、ちょっと確認したいことがあるから、私が合図するまでおとなしくしておいて」

「…かしこまりました」

「はい! ご武運を!」


 私達が敵対している種族の一つに人狼族というのがいるし、もし彼らの場合、匂いなんかで補足されてしまいかねない。

 逆に相手がオークである場合も考えて私はできるだけ背を低くする。

 一気にリカルデたちから離れて、自分の居場所を見つけづらくするためにだ。


 ある程度二人から離れた後、相手の姿がうっすら見える距離を保ちながら様子を伺うと、大きい狼みたいなのが二足歩行しているような姿が微妙に見える。


 やっぱり私達を追っていたのは狼というか犬というか……そんな動物っぽい顔に毛深い図体が服を着ている、人狼族のようだ。

 ここらへんで近い国っていうとアールガルムだし、エルガルムの方は離れてるから、当然といえば当然か。


 私の匂いが他の二人と離れていることに気づいてるようで、辺りをキョロキョロしている。

 気配は隠せても、匂いを隠すには私もリカルデに怒られるような工夫をしなきゃいけない。


 今そんな事する余裕も無いわけだし、彼ら? が私を探している間に一気に強襲をかける。

 こういう時、私が勇者としての性能を引き継いでいなかったら、おそらく彼らが気づかれる前に叩く、など出来なかっただろう。そういうところは少し感謝しておかないとな。


 ああ、でもいきなり本気でやって悲惨なことになっても嫌だし、まずは様子を見ながら戦って、大丈夫そうなら全力でいく方針にしておこう。


「おい! あそこだ!」

「なに!? いつの間に!」


 近づく私にようやく気づいたのか、腰に装備していた剣を抜いて臨戦態勢を取るが、その動作がすでに遅いっ!

 抜いて構えたところで私が一人の人狼の間合いに入り、すばやく腹に飛び蹴りを入れてやる。


「ぐ、がはっ」


 結構加減したはずなんだけど、勢いがあったせいか、ふっとばされて近くにあった木に頭をしたたかに打ち付け、気絶してしまった。

 その様子に驚いてる人狼の下顎を蹴りで撃ち抜いてやろうかと思ったけど、微妙に届かなさそうだったし、ここは素直にこいつにもその腹に蹴りを叩き込んでやることにする。


 いきなりの出来事についていけてないのか、うめき声を上げながらうずくまりながら腹を抑える人狼。膝を折ってちょうどよく下がったその頭に向かって踵落としを決めて二人目が轟沈。


 いざ戦闘に入ると結構簡単に倒せて、敵の様子を……って考えてた私自身が少し馬鹿らしく感じるほどだ。

 最初に近づく時以外はかなり手心を加えてるつもりなんだけど、ここまで差があるとなぁ……。


 二人目を速攻で倒し、残りは他の人狼より体格のいいのが一人。

 最後のやつは私に向かって剣を振り下ろしてくるようで、さっきの二人よりずいぶん反応がいい。

 だけど肝心の動きが遅く、私はすれすれでかわすように前進して、その無防備なあごに掌底を浴びせてやる。


 これで三人目も倒れたことにより、無効化終了。さっさとリカルデとアシュルの二人を呼んで、人狼たちを締め上げておこう。


 幸いリカルデが縄をもっていたからそれを使ったんだけど、なんで持ってるか聞いてみたら

「執事としての嗜みです」

 と答えてくれるだけだった。


 縄を持つことが執事の嗜みっていうことがまず理解できないんだけど……それがリカルデってことにしておこう。





 しばらく時間がたってようやく体格の良い人狼が目を覚ます。頭を軽く振った後、辺りを見回して私達を見定めると、グルルルルと威嚇するかのようにうなりを上げてきてるけど、そこにはどこか怯えが混じってるように感じる。


「これはまた、随分と好戦的な狼ね」

「グルル、オレたちをどうするつもりだ!」

「それはあなた達次第よ」


 というか明らかに私達を付けていたくせに、なんていう言い草だ。

 多少怒気を孕んだ私の態度に出ていたのか、勢いづいていた人狼が若干ひるんだように身を退いていた。


「で、この人狼たちはどうされるんですか?」

「人狼といえばアールガルム、私達と戦争してる国でしょう。

 そんなところの住人がこそこそと後をつけて、一体何をしようとしてたのかな? と思ってね」


 そんなやり取りを見ていたアシュルに私はここにいる人狼たちに尋問をするぞ! という意思表示とともにちょっと悪そうな笑みを浮かべる。


「では、拷問にかければよろしいのですね」


 リカルデこの人は一体何を言ってるんだろうかね。

 拷問にかけるなんて、早々思いつくものじゃないと思うけど……。


「…え? いや、いやいや、それはいいわよ」


 リカルデの発言と歩み寄ってくる姿をみて身構えた人狼の様子を察し、私は慌ててそれを制する。

 こんな道端で拷問なんかされて、誰かに見られてら、確実に私の品位が疑われる!


「ただ、私はお話が聞いてみたいだけ。わかった?」

「……はっ、かしこまりました」


 少し間があったけど、なんとかおとなしく引いてくれてよかった。そんなことを考えてると、他の二人もうめき声を上げながら目を覚ました。


「くっ…ここは?」

「兄者、これは……」


 二人の人狼も状況を察してか、今からどんな目に合わされるんだ…と暗い面持ちになる。

 あんまり酷いことはしないつもりでいるけど、このまま時間が経つと、リカルデがどう出るかわからない。

 さっさと聞きたいこと聞いて今後の予定を立てていこうか。


「………おい」


 その時、最初に目を覚ました人狼が思いつめた様子で声をかけてきた。

 体つきも私が奇襲をかけたときの反応も一番良かったし、この人狼チームの隊長みたいな存在なのかもしれない。


「ん? どうかした?」

「オレはジークロンドの息子、ウルフェンだ。お前に頼みがある」


 唐突の発言に私たちはかなり驚いた。

 なにせジークロンドってのはアールガルムの魔王で、このウルフェンってのはその魔王の息子とかいってるんだよ?

 

 一瞬向こうの国は私達と同じくらい人材不足に悩んでるのか、彼らが単に先走りしすぎたのか……少し悩むほどの出来事だった。

 不躾な物言いにアシュルは少しムッとしたような感じで皮肉を言おうとしている。


「なんでその息子がここにいるのか知りませんが、それは命乞い、ということですか?」

「いや、捕虜はオレだけいればいいだろう。

 他の二人にはなにもしないでくれ」

「ウルフェン様!?なにを言ってるんですか!」


 アシュルが言うように確かに命乞いだった。

 だけどそれが部下、ということに私はすごく好感が持てた。


 こういうこと言い出すやつは、大抵自身の保身を優先させるような輩なのが多いし、部下の必死な様子が彼が魔王の息子であると信じさせてくれるのに十分だった。


 彼が協力的だというのであれば、私としてはそれくらい条件は呑んでもいい。


「貴方がたが私の質問に答える限り、安全は保障しましょう。

 ある程度回答が得られれば、それなりの対応をすると約束するわ」

「……ありがとう」


 それで満足を得られたのか、どことなく安堵したウルフェンだけど、いまいち私の言うことを信用してない部下の二人が訝しむような目でこちらを見ている。

 

 部下の反応も当然だ。襲った相手を信用するなんて中々出来ないことだしね。

 とりあえず最初にしたかった質問の前に大きな疑問ができたから、先にそっちから解決していこう。


「まず、貴方が本当に魔王の息子だとして、なんでこんなところにいるのかしら?」

「それは……」


 ウルフェンもこの疑問をぶつけられることはわかっているのだろう。それでも自分の身分を明かして部下の安全を保障させたのだ。

 言いよどむその姿は仕方ないことだろうけど、まずここから聞かないとはじまらない。


「……オーガルの命令だ」

「ウルフェン様!」

「お前たちは黙っていろ!」


 ウルフェンが騒いでいる二人の人狼を一喝すると、しゅーんと顔もしっぽもうなだれるようにおとなしくなって、なんかそれが可愛く思えた。

 というかそんなことよりもっと重大なことが聞けたぞ。


 今回の襲撃騒動も私にとっては望んでいたものの一つだった。今回の一件を通して、どちらかの国・魔王の人となりをじっくり見る機会だし、有利に事を運べるからだ。

 だけど、私が思ってたより重要な話がウルフェンから語られる。


 オーガルというのはエルガルムの魔王だ。

 同盟を組んでたとしても、魔王の息子を動かせるような立場じゃないはず。


「オーガル? ジークロンドじゃなくて?」

「……そうだ」

「命令って、ティファさまを殺せってことですか?」


 不穏そうな表情を浮かべるアシュルに対し、ウルフェンは首を横に振った。

 アシュルはちょっとその表情を抑えてほしい。ウルフェンはともかく、その部下たちに騒ぎ出されても困る。


「ティファリス・リーティアスをエルガルムにつれてこいと言われた。

 ここらへんを通る『背が低く、黒く艷やかな長髪と白銀の目が特徴で、多少幼いがあどけない笑顔が色っぽく見える少女』がそうだと聞いた」


 最初の部分はまだしも、最後のところはただ純粋に気持ち悪い。

 魔王がそんなこといってウルフェンたちを送り出してきたと思うと、顔が引きつる。


 ちらっと質問した方のアシュルの方を見ると、彼女もさっきの言葉にウルフェンを哀れな目で見ていた。

 なんか『それだけしかわからないなんて』とか小声で言ってるみたいだけど、あの子は放っておこう。


「……しかし、なぜあなた方はオーガルの命令などを?

 失礼ですが、かの魔王にそこまでの権限があるとは思えません」


 さすがリカルデ、あの流れを一切突っ込まないでくれたとはな。

 さっきの気持ち悪い発言はさておき、オーガルといえばオーク族の魔王だ。

 それがなんでここで出てくる?という疑問がわいてくる。


「お前たちは人狼がなにを尊ぶか知っているか?」


 突然の質問に私も戸惑う。

 人狼がなにを尊ぶか…リカルデから聞いたそれは人狼族が発端となり、今や魔王の間でも用いられることが多くなった『決闘』のことだったはず。


「えっと、たしか決闘と約束、じゃなかったかしら」

「そう、それも決闘における約束に対してだ」


 人狼族というのは決闘と呼ばれる勝負方法がある。

 決闘とは別に戦うだけじゃない。ときには知恵比べや競争なんかも決闘として扱うことがある。

 それははるか昔では互いの命を賭けたものだったけど、現在は互いが提示した約束に対して行うようになっていると聞いた。

 人狼族の決闘はお互いが不正が無いように、証人となりえる人物を複数人呼び、ギャラリーを交えて行うものだとか。

 敗者は勝者が事前に提示した約束を守る義務が存在し、これができない場合、アールガルムでは厳しい処罰があるという。


 他の国でも『決闘管理委員会』と呼ばれる公的機関が発足されていて、人狼族のみであったそれは、今や様々な国で行われているとか。


 他種族間や例え魔王の間でもそれは適用されると聞いたけど……


「魔王ジークロンド、オレ、他の奴らも全てオーガルとの決闘に負け、その約束に縛られている」


 なるほど、これは展開が読めてきた。

 アールガルムの魔王とはいえ、決闘での約束を守らないというのも大問題だ。

 リカルデの勉強の時に人狼とオークは交流が一切なかったと聞いていたけど、その時は違和感を感じていた、そして正体がこれってことか。

 そもそものジークロンドとか、速さに重点を置いた戦い方してるのに馬鹿なのかとも思っていたけど、それも恐らくオーガルの仕業なんだろう。


「なるほどね……ウルフェンのおかげで私がやるべき道が見えたわ」

「やるべき道だと?」


 ウルフェンやまわりの表情が疑問で浮かぶなか、私は心の中で決めたことをそのまま笑顔で伝える。


「エルガルムとはお望み通り本格的に戦争してあげるってことよ」


 人狼たちはともかく、自身の貞操のためにも、オークの魔王は滅ぼさなければならないと決意を新たにする私であった。

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