9・お嬢様、乗り込む

 ウルフェンはしばらく呆然としてたけど、やがて否定的な表情のまま首を横に振る。


「悪いがそれは現実的じゃない。

 エルガルム、アールガルムを相手にして、いくらお前が強くても太刀打ちは出来ないだろう」

「そうかもしれないわね。

 でも、アールガルムが手を引いてくれるなら可能性はあるでしょう?」


 暗い表情を浮かべたままのウルフェンは、狼のくせに、まるでキバの抜けた犬のような顔してて気に食わない。

 犬みたいなのはまだいいとしても、その『もう終わりだ』っていう顔してるのが嫌だ。


「オーガルはオレたちに『自分の命令に従うこと』を約束事にしてる。

 どうあっても、戦争になればオレたちはエルガルムと共に戦うことになる」


 ウルフェンが神妙な顔で言ってるところ悪いけど、それは予測の範囲内だ。

 というか知恵がどうとか言う割にはあんまり考えてないことが丸わかりだ。

 多分自分の国じゃないから簡単に考えてるんじゃないかと思う。


「そんなことぐらいわかってるわよ。

 停戦期間が終了すれば、リーティアスの戦力が乏しい今、二国で別々の方向から一気に攻め落とそうとすることぐらいなら検討がつく」

「……それを知っているなら今更なんの話し合いをする気だ?」


 この狼、まだ気づかないのか?

 それか私が知らないとでも思っているのか……もしそうだとしたた、ずいぶんと舐められたものだ。


「貴方たちがここにいなかったら、私も他の方法を取らないといけなかったけどね」

「……オレたちがいなかったら?」

「まさか誓約のこと、忘れたわけじゃないわよね?」

「誓約だと……?」


 リーティア・アールガルム・エルガルムが結んだ誓約。それは三年間侵略行為を行わないことだ。

 私がこの国にとって重要な人物ということを知ってての今回の事件だ。知らないとは言わせない。

 ウルフェンたちがしでかしてくれたおかげで、こちらのことは聞かざるを得ないし、もちろんそれだけで終わらせる気もない。

 ここは向こうの出方次第だな。


「ティファさまティファさま、誓約ってどういう内容だったんですか?」

「後で教えてあげるから、少し静かにしててね」

「はいっ」


 一瞬アシュルはなにを言ってるんだ? とも思ったけど、彼女はスラファムから全く出てきたことがないと話していたのを思い出した。

 ある程度うわさ話は流れ込んでくるとは言ってたけど、アシュルのこの反応から考えたら、おそらく今のこの国の情勢ぐらいしか知らないんじゃないかと思う。


 ……だとしても今その話をする必要もないし、相手側がこっちが知らないと思いこんで変に図に乗られても困るからな。


 だけど今ウルフェンが心底驚いた、という顔をした後、相当微妙な顔をしたのが気になった。

 まるで誓約があることを今知ったかのような……


「知らなかったのね?」

「……! あ、ああ。オレは誓約が結ばれたことなど、知らん」 


 やっぱりウルフェンはなにも聞かされていなかったみたいだ。

 これも多分オーガルからなんだろうけど……やけに頭が回るように感じる。


 オークというのは動きは鈍重だけど、その巨体から繰り出される重い一撃で敵を粉砕するタイプの種族だ。

 ある程度の戦略はもっているけど、こんな他の種族を隷属させるやり方や、誓約の事を全て伏せてなにも知らないやつをけしかけるような真似をするような種族じゃない。


 どうもきなくさいことになってきた。

 これはもしかしたらもっと強大な国が絡んでることを覚悟したほうが良いかもしれない。

 あくまで可能性の話だけど、もしそうなのだったら余計にアールガルムだけを相手にしている場合はない。


「……仕方ないわね。

 こうなっては、私がアールガルムに直接乗り込んだほうが速いのかもしれないわね」

「ま、待ってください! どうしてそうなるんですか!?」

「使者を向かわせたとしても、まともに取り合ってもらえるかもわからない。

 そんな人達と話し合いをしようというなら、直接向かうしか無いじゃない」


 慌ててるアシュルを宥めるように言ってみるけど、あんまり納得してくれてない様子。

 んー、どうしようか。二国を相手にするにしても問題ないとはいえ、その後の復興なんかにかかる人材の事を考えてると、やっぱり戦う数を減らすのが得策だろう。


 どうにかアシュルに諭そうと悩んでいるところを、リカルデがまるで思いついたようにアシュルに提案する。


「それでしたら、アールガルムに向かう際はアシュルにお嬢様のお世話を任せましょう」

「お、お世話!! ティファさまの!?」

「お嬢様を一人で向かわせるのは危険ですが、アシュルが側にいれば、万が一のことが起こってもなんとかできるでしょう」


 リカルデの言葉にとたんに目を輝かせるアシュルの様子は、おやつを与えられた犬のような感じだ。

 彼の方をちらっと見ると、これでいいでしょうという感じで頷いているところを見ると、私がしたいことを理解してくれてる様子。


「わかりました、お任せください! お食事からお風呂まで、隅から隅までお世話します!」

「いや、そこまでしなくていい」

「な、なんでですか!」


 この子に隅から隅までお世話されると身が持たない。

 なんというか、魔力で結ばれた絆からか、好意は伝わってくるんだけどなぁ……。

 限度というものを知らないから問題なんだよな。


「……お前ら、オレたちを忘れてないか?」

「忘れてないわよ」


 お世話するさせないできゃいきゃい騒ぐ私とアシュルを見て、さっきとはうって変わって呆れたような、可哀想なものを見る目でウルフェンがこっちで見てきた。

 やめろ! 私をそんな目で見るな!


「……とりあえず! 私とアシュルがウルフェンたちを連れてアールガルムへ。

 リカルデはディトリアへ、でいいわね?」

「かしこまりました。

 戦への準備を整えながら、館にてお帰りをお待ちしております」

「はい!がんばります!」


 これ以上ぐだぐだ言ってる場合でもないだろう。

 最善が取れるのであればそれに越したことはない。


「それじゃ、早いほうがいいでしょうし、出発しましょうか。

 ウルフェン、案内してくれるわね?」

「……わかった」


 こうして私たちはディトリアに戻る予定から、アールガルムに向かうことになった。

 全く、一度面倒事が起こると、連鎖するから困る。

 そういうものに好かれるような体質でもあるのかな? と不安になってくるわ。










 ――アールガルム国・首都ヘイドリセン――


 私達の首都と言える町、ディトリアより数倍は賑やかで、発展してるように見える。

 そりゃ私達の港町は二国に囲まれている上に、両方と戦時中だし、人が少ないのも仕方ないけど……なんか悔しい。

 活気もやはり段違いで、周辺でも結構わいわい賑わってる。

 人狼族がかなり多いけど、ディトリアと違って色んな種族が歩いてる。

 もちろんオーク族もいるし、まんま猫が二足歩行しているという猫人族、一般的な魔人族もいて、だいぶ新鮮味を感じる。


 ウルフェンたちが襲撃して以降、元・リーティアスの領土の町や村も見ていたけど、思ったより平和そうでこれと言って揉め事の気配なんかはなかった。

 どうやら魔王ジークロンドは結構善政を敷いているみたいで、見ている限りでは搾取されているような様子は見られないことに、なぜだか心の底からホッとした。

 これは、私がティファリスとして生きているからなのだろうか……。


 それ以上のことは特になにもー……ああ、宿を取る時も相当揉めた。

 だって向こうは男三人、こっちは女二人。


 一応捕らえた側ってこともあるし、別々ってわけにもいかないし……って悩んでたんだけど、結局アシュルが猛反対して「今度襲ってきたら私が半殺しにしますから、全く問題ありません!!」って血走った目で断言してたことがすごく印象深かった。


 


 その後何日かして首都のヘイドリセンに到着したんだけど、そういう宿屋でのやり取りが何度かあったぐらいかな。

 あと、食べ物はやっぱり勝ってる国側ということで、私達のところよりも種類が豊富だったな。

 なんかすごい負けた気が……ってこっちは敗けてる側の国だったか。


 しっかしさすが首都ということで定番の門番なんかもいる。うちのところにはそんなもんいなかったのに。

 その門番も、ウルフェンが姿を見るとすぐに通してくれた。

 ちなみに私はオーガルに顔が割れてるみたいだし、途中の町で買ったフード付きのローブを身に着けて顔と髪を隠している状態にしている。

 アシュルはまだ姿が変わったばかりで情報も少ないそうだけど、顔を隠す必要もないけど……メイド服ってのはおかしいということで、おそろいのローブを着込んでとても嬉しそうにしている。


 あと一応の設定では、私達はリーティアス国からの亡命の途中でウルフェンに出会ったことになっていて、アールガルムにはその報告に戻ってきたということで動いてもらっている。


「アシュル、キョロキョロみてちゃ恥ずかしいわよ」

「ティ、ティファさまも、ですよ!」

「私はいいのよ。顔わからないから」


 指摘されて恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしてるアシュル。

 私? 私がそんなことするわけないじゃないか。これは敵情視察の一環なんだから、多少辺りを見回っても問題ないってわけよ。


「……どっちも同じだろう」


 私達の姿を見てなんとも言えない表情のウルフェン。

 あの後人狼の二人は報告のために先にアールガルムに帰還することになっているし、私達が行く間に準備を整えておくそうだ。

 ウルフェンはひとまず人質、ということで残ってもらったってことだ。

 とはいっても別に拘束とかは現在していない。

 どうせアールガルムに向かうわけだし、逃げることもない上に、拘束した状態で連れ戻るっていうのも話をややこしくしかねないからな。


「で、どこまで行けばいいのよ?」

「後はまっすぐ向かうだけだ。少し小さいが、城だからすぐわかる」


 城! これが落ちぶれた国と今栄えてる国の差か…。

 妬ましい目で見てたんだろうウルフェンがなんでそんな顔してるんだ? といった感じで首をかしげている。


「……なにをそんなに睨んでる?」

「なんでもないわよ」

「ティファさま、全然なんでもないって顔してないですよ……」

「なんでもないのよ!」


 そんなくだらないやり取りをしながら先に進んでいると、確かに小さいながらも立派な城が段々と姿を表してきた。


 いよいよ人狼の魔王とのご対面か。

 本来だったらウルフェンと一度離れたほうがいいかもしれないけど、元々力押しのオーク族。

 知恵といってもそこまで回ってないのがアールガルムのずさんな対応でもわかるし、そこまで気にする必要はないだろう。

 亡命者は一度魔王に謁見することになっているみたいだし、仮に密偵が潜んでいたとしてもそこまで報告にあがるものでもないだろ。


「お疲れ様っす!」


 門のところまでいくと、甲冑を着込んだ小柄な人狼の門番が立っていて、朗らかな顔で挨拶してくれている。

 ウルフェンも片手を上げて答えていたけど、この人狼なんか変な感じだ。

 どことなく体が不自然っていうか……どこが、とも言えないけどなんか違和感がある。

 頭以外鎧に包まれているというそれを感じさせるのか、微動だにしないその姿がそう思わせるんだろうか?


「……新しく亡命したいというやつを連れてきた。ジークロンド王は今大丈夫か?」

「あ、はいっす。今日はエルガルムの奴らも帰ったっすからね! 全然問題ないっす!」


 直立でピシッとしてる姿が礼儀正しいのかそうでないのかよくわからん人狼の兵士だな。



「よし、ならば通るぞ」

「はいっす! お気をつけてっす!」


 えらく軽い言葉遣いの人狼を残してさっさと中に入る。

 入る時に私とアシュルが軽く会釈すると、顔を赤くして喜んでいたけど、なんかつい最近見たことがある態度だったな。


 そんな事を考えながら門を越えて城の中に入ると、石造りのその中は随分と質素な印象を抱いた。

 ウルフェンいわく、余計な装飾は出来るだけ省いているらしく、城にありがちなツボやら絵画やらの高級品の飾り物が一切ないのが逆に清々しく見える。

 窓も多いから昼間は結構明るいのも特徴的だ。


「こっちだ」


 ウルフェンの後をついていくと、兵士たちが次々と挨拶をしてくる。彼自体はかなり人望があることが、彼らの様子から伺いしれる。

 幅広い廊下を先に進んでいくと、他とは違って装飾が派手で大きな扉が見えてきた。

 たぶん謁見の間と言ったらいいだろうか。扉が開いて先に進んだそこはまたかなり広い部屋で、玉座にやったら威圧感のある風貌の人狼が堂々と座っていた。


「魔王、例の者を連れてきた」

「……ご苦労」


 ウルフェンが頭を下げると私達の後ろに下がっていく。

 これがリーティアス国を攻め落とそうとしている国の一つ、アールガルムの魔王ジークロンドか。

 左目の方に大きな十字傷があるけど、別に失明してるわけじゃないみたいで、それがさらに厳つく見える。

 はっきりとしたその鋭い両目でこっちを見ていて、私達――というより私の挙動を観察してるみたいだ。


「初めてお目にかかります、アールガルムの魔王様」


 ここで私が彼よりも下であるならばローブの裾でもつまんで丁寧に礼儀の一つもしなければならないだろう。確か、カーテシーていったか。

 しかしここでそんな礼をすれば私がこの男よりも下であると認めてしまうことだ。

 一応敵国であるこの魔王にそんなことはできないし、する必要もない。

 私は頭のフードを取って自身の顔を取るだけで済ませるだけでジークロンドの表情の変化を伺うけど、微動だにしない。


「ヌシがリーティアス国のティファリス女王か」


 低く重厚感のある声が辺りに響く。

 鋭いその目と相まって並の人間が面会なんぞしたら恐怖で失神したりするんじゃないだろうか。

 ふとアシュルの方が気になって、ちらっと様子を見てみる。もしかしたら怯えてるのかな? と思ってみたんだけど、逆に『ティファさまになんて不敬な』とばかりの顔で不快感を露わにしていた。


 あ、これだめだわと感じて、私はジークロンド王の方に向き直る。

 今彼女に関わると、この空気が壊れる……そんな気がしたからだ。


「あら、よくおわかりで」


 しょうがないから私は出来るだけ柔らかな笑みを浮かべると、ジークロンドがわずかに顔をしかめているのが見えた。

 それは私に向けてなのかアシュルに向けてなのか……。


 今はただ、アシュルが余計なことを口走らないように祈りながら、私達は前哨戦から本格的な国の長同士の会談を行うことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る