7・お嬢様、聖黒族を知る

「お嬢様は現在どれほどの種族がいるか覚えてらっしゃいますか?」

「えっと、大まかに分かれているのは竜・獣・人・鬼・スライム・妖精……だっけ?」


 いやここの種族の多さには泣けてくる。

 大雑把に分かれてそれであり、ゴブリンは小鬼……正確に言えば鬼種の一種だ。

 ちなみにオークや人狼は獣種に分類されていて、一部だけが獣のような獣人は人種に位置付けされている。


「はい、そのとおりでございます」


 どうやらきちんと全部言えたみたいだ。

 間違えていたらため息混じりに正解を言ってくれるからな。

 少し誇らしげな気持ちになっていたのが態度に出てたのだろうか、やれやれといった感じでリカルデは苦笑しながらこっちを見ている。


「その中でもはるか昔に失われたとされる種族が存在しております。その一つが人種の聖黒族でございます」


「聖と魔……光と闇の力を使いこなすことが出来ると言われておるな。身体的特徴としては魔人族とそう変わりないが、老いることなく若い姿のまま寿命を迎えるらしく、いつまでも他者を魅了する容姿であると言われておる」


 リカルデの説明を継ぐようにスラムルもうんうんと頷きながら話に混ざってくる。

 だけどスラムルの言う聖黒族は、まるでサキュバスのことを指してるみたいなのが気になるところであるけど。


「なぜ失われたのか……文献にもあまり残っておらず、余りある力を他の種族たちに目をつけられたとされていたり、私達のように他種族を混じり合うことによって血が薄まったとされている説がありますね」


 そんな昔にいなくなった種族に私がねぇ……。

 あんまり実感わかないし、それがどんな意味を持つかもよくわからない。

 私が微妙そうな表情をしているのを見てか、更にリカルデたちが説明を続ける。


「火・水・風・土属性に比べるとかなり特殊な関係性で、光と闇は相反する属性という関係の上、決して混じり合うことはないとされております。それ故に、闇属性を扱えるものは光属性を扱えず、その逆もまた然り」


「その常識を逸脱したのが聖黒族じゃ。彼奴らはまるでそれらを旧くからの友とするかのように従えると伝えられておる」


 聞けば聞くほど、なんというかピンとこない。

 スラムルの言う、常識を逸脱したとかなんとか言われても私は私。

 リカルデにいまだお小言を言われる付けている私でなのだ。


「で、それって他の魔王たちに知られても大丈夫なの? 隠した方がいいとかない?」


 二人(?)がかなり驚いていたこと、また稀有な存在ということもあってそれがネックだ。

 過去の記憶では希少価値の高い種族なんかは貴族やらなんやらがやたらと欲しがったりしてたからな。


 それに説の一つが本当だとすると、私のことが知られれば魔王共から集中攻撃を受ける可能性も高い。

 私一人であれば切り抜けられなくもないが、今は私も魔王。ここにいるで暮らす人達を置き去りにすることはできない。


「私は積極的に隠す必要性はないと考えます。

 以前も説明いたしましたが、聖黒族以外のことを考慮しましても覚醒魔王とは非常に強力な存在でございます。

 光か闇、単属性に絞って扱えばそうそう解るものではないでしょうし、どちらか一つであれば珍しいものでもありません」


 魔王といえば闇属性のイメージが強いが、ここでは光属性使いも一定数いるらしいから片方だけ隠してれば問題ないのだそう。


「確かに希少性の高い種族に価値を見出す輩もいるじゃろう。しかしどうせバレる時はバレる。

 その程度の気持ちで行けばいい。最悪、それくらいの障害くらい跳ね除けてもらわんとの」


 愉快愉快といいたげなように笑うスラムルは、一人だけすごく楽しそうだ。

 気軽に言ってくれてるその姿は、他人事のようにしか聞こえない。

 いや、このやわらか生き物からすればまさに他人事か。


「そうです! ティファ様に害をなそうとする方がいるなら、私が容赦しません!」


 むん、と力強く応答するアシュルの姿が微笑ましい。

 彼女がこれからどれほどの力を見せてくれるかわからないけど、今のままの姿を見てるとあんまり頼れそうにないのが残念だ。


「えっと、うん、ありがとう」


 嬉しそうなアシュルを横目に、どこか満足げな表情を浮かべてるスラムルは、なんだかツヤツヤしてる。

 この老年のスライムは、知識を披露するのも蓄えるのも好きみたいなよう。


「はぁー……しかしあれじゃな、まさかティファリス嬢が聖魔族になっとるとは思わんかったわ」

「これまでも種族の変わったいたと記録がありましたが、それでも今や失われた種族に変化した、という前例はあまりありませんでしたしね」


 リカルデの言葉に頷いた後、ニヤリといやらしい笑みを浮かべるスラムルに微妙に寒気がする。


「どうじゃ? 研究のために少しわしにも血を分けてくれんか?」

「ばばさま!」


 少しずつ私にすり寄って来ようとするスラムルの前に怒りの表情を浮かべて立ち塞がったアシュル。

 私としては別に血を分けることくらいやぶさかでもないけど、万が一そのことが他の者に知られて面倒なことになられても困る。

 というか私の血をどうするつもりなんだろう? スライムが研究する姿がまるで思い浮かばない。


「そういうのは丁重に断らせていただくわ」

「ふうむ……それでは仕方ないの」


 希少性が高い聖黒族の血を欲しがる割には結構あっさり退いたな。

 なんだかそれが裏がありそうで怖い。


「こうなってはアシュルに頑張ってもらうしかないのう」

「ば、ばばさまっ!」


 にやにやと笑ったままのスラムルに対し、途端に顔を赤くしてわたわたと慌てだすアシュル。

 ていうかアシュルに何を頑張らせるんだ? スライムといえば分裂というのが相場だし、分裂して聖黒族のスライムを増やすということか?

 そういう意味であればアシュルが頑張れば、聖黒族タイプのスライムが増える可能性はある。


「ん? なぜティファリス嬢はきょとんとしとるんじゃ?」

「はい、契約したスライム本人に伝えさせたほうがいいであろうと思いまして」


 不思議そうにしているスラムルの問いにリカルデが答える…っていうか色々表情が変わる二人と違ってリカルデはあまり感情のブレが少ないよな。

 微笑んでるか苦笑してるか、少し困ってるか以外は大抵目の方に現れるからすごく分かりづらい。ちなみに今はちょっと楽しんでる。


「え? わ、私がですか!?」


 リカルデの答えを聞いてなおさら慌てるアシュルだけど…何をそんなにあわあわしてるんだろう?


「アシュル、なにそんなに慌ててるのよ」

「え、えっと、それはですね……なんでもないです!」


 ちらちらっと私の方を見て何か言おうとしてたみたいだけど、結局なにも言わずにそのまま顔を伏せてしまう。

 んー、なんだったんだろう。ちょっと気になる。


「ふむ、スライム殺しとしての才能がありそうじゃな」

「さすがティファリス様ですね」


 アシュルと私のやり取りを見ながら微笑ましく二人だけど、スライム殺しってなんか物騒だな……。

 最初はまともな話をしてたような気がするけど、最後の方はアシュルをからかうような流れになっちゃって、気づけば陽も傾きかけていて、私達はスラムルの家に一泊してから帰る事になった。


 夕食をごちそうになることが決定した時、一緒に食べるとか給仕するとか色々と揉めたけど、最終的に館や公式の場にいるわけでもないし、みんなで食べようということになった。

 一年間リカルデが色々と世話してくれてたけど、未だにどうも慣れない。

 私はやっぱり誰かと一緒に食事するほうが好きだな。


 調理の方はスラムルが作ってくれると言っていたけど、肝心のスライム族の料理というものがどういうものかわからなかったし、食べられるのか?と少し前まで疑問だったんだけど、意外と普通の料理が出てきて噴き出しそうになった。

 だって……スライムだよ? どうやって料理するんだよ! って感じだけど、普通に触手を器用に操って料理してた。


 掃除したり、料理したりとお前は本当は魔人族なんじゃないか? と突っ込みたい程の家事レベルで、伊達に私より長生きしてないなと感じた瞬間でもあった。

 ……地味に私の家事能力がスライム以下という事実にかなりショックを受けてたのは、誰にも内緒だ。


 スラムルが作った料理はジャイガとかいう芋みたいな食物と、ゴブリンの村で育てている鶏が入ってた。

 確かアースバードとかいう……土地によって味や肉質が変化するという鶏のような魔物の肉を使ったスープと同じ食材を炒めたもので、中々美味しかったけど、ディトリアの料理と比べたら、ちょっと味が薄かったかも。だけど私はこっちのほうが好きだ。


 私がゆっくり味わいながら食べていると、左隣にぴったり寄り添いながら美味しそうに食べてるアシュルに、リカルデは微笑ましいものでも見るかのようにみていた。


「えっと、アシュル? そんなに寄ったら食べにくいんだけど……」

「え? えーっと……あ、私が食べさせて差し上げますよ!」


 ものすごく輝かしい笑みを浮かべてるけど、そういう意味じゃない。

 こっちに笑顔をみせてくれるアシュルを邪険にすることもできないし、あんまり強く言うこともできないから困ったような笑みを浮かべるしかできなかった。


 結局押し切られて食べさせてもらったんだけど、その時のアシュルの幸せそうな顔は、多分忘れられないだろう。





 そんなこんなで騒がしいというか、少し疲れる夕食を終えた私は部屋に戻って体を拭くことにした。

 ここはスライムの住む村だし、そもそもスライムボディは汚れも自然に浄化されていくというのが原因で、風呂というものにあまり興味が持てないとか。

 町にはあった普通の人も利用する共有浴場も存在しないし、沸かしたお湯で髪や体を綺麗にするくらいしかできないのが、ちょっと辛い。


 ノックの音が響く。このノックの仕方はリカルデじゃないな。

 彼は必ず四回ノックをしてから必ず一言かけてから入ってくる。

 スラムル辺りになると、ノック無しで平気でそのまま入ってきそうだし、多分アシュルだろう。


「どうぞ」

「し、失礼します!」


 なぜか口ごもりながらだけど、予想通りの声と姿、アシュルが布と桶をもってきてくれた。

 というかなんで下着を持ってるんだろうか?


「えっと、その下着は?」

「リカルデさんがお嬢様に必要だろうって……」


 いくつか種類あるから選べるのは選べるんだけど、いくらなんでも執事に下着を用意される私の身にもなってほしい。

 一応体は女だから! 自分のものはちゃんと持ってきてるわ!


「それは後でリカルデに返しておいて」

「は、はい、わかりました。

 桶は机の方におけばいいですか?」

「ええ、よろしくね」


 アシュルの方はたまに過剰なスキンシップをしてくるから注意が必要だけど、基本的に良い子だから助かる。

 ……さて、それじゃ今日は疲れたし、さっさと体拭いて寝ようかな。

 とか考えていると、出ていこうとしていたアシュルが私の方を振り返って、遠慮がちに話しかけてきた。


「あの、ティファさま」

「んー?」

「お体、お拭きしてもいいですか?」

「……遠慮しておくわ」


 世話を焼こうとするのはリカルデと同じかもしれない。

 残念そうな顔をしたアシュルだったけど、これについては私も譲れない。直に体に触れられるのは、まだちょっと恥ずかしい。


 「お世話したい……」と目で訴えるようにじわじわと扉の方に行って、やがて根負けして部屋から出ていってくれた。


 この色々衝撃の多かった一日は、こうして最後の方も嵐のように過ぎていったわけだけど、なんだかアシュルには悪いことをしたように感じる。

 少しでも打ち解けようと彼女なりに努力してくれてるのかもしれない。

 ちょっと積極的すぎるような気がしてたけど……慣れてきたらお風呂にでも一緒に入ってあげようかなとか思ったりする私であった。

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