6・お嬢様、スライムと契約を交わす
「おまたせしたのう」
その後ものんびりとお茶を楽しんでいると、スラムルともう一匹の青いスライムがやってきた。
この子が私と契約するスライム……。
彼女? にもやっぱり目がついてるけど、眉のほうは微妙に下がってて、この子のほうが可愛く見える。
「ほら、あのお方がお前の契約相手だよ」
「は、はい」
なんだか緊張気味な様子だし、ここは私が優しく微笑みかけながら、あの子が話しかけてくるのを待ったほうがいいだろう。
私も一応上に立つものだからね。
「あ、あの、はじめまして!」
どこかたどたどしく、少女のような可憐な声で私に話しかけてくる青いスライムの様子は、どこか尊敬しているような眼差しを感じる。
私はあまりにもガチガチな彼女の方にゆっくりと近づいて、できる限り彼女との距離を縮めてから頭をなでてあげると、少しずつ緊張が和らいでいくのを感じた。
「はじめまして、私はティファリス。よろしくね」
「……! は、はい! よろしくおねがいします!!」
なんだか嬉しそうにぷるぷる震えて、上ずった声があがっている。
うん、こういう様子見てると本当に可愛くて、今までにない癒やしが私の胸にやってきた。
「そのスライムが契約をする者ですか」
「ああ、他のスライムたちより優秀じゃからな」
私が青いスライムをなでて癒やされてる間に、スラムルとリカルデがなにやら二人で話している。
この可愛い子が優秀ねぇ……。
二人の会話に割り込むように私は彼らに訪ねてみることにした。
「ねぇ、この子に名前を与えればいいの?」
「はい、この家の奥に契約をするための部屋がありますので、そこで名付けを行う形になります」
やっぱり契約の場にいたことがあるのか、リカルデが当然であるかのように奥を見る。
ここでちょいちょいっと終わらせられるほど簡単なものじゃないってことか。
「奥の部屋、ね」
「こっちじゃよ」
ぽよんぽよんとスラムルが奥に案内してくれる。
奥と言ってもそこまでではなく、次の部屋を開けたらすぐのところだった。
さすがに昔からある古ぼけた感じの部屋で、床には魔法陣のようなものが描かれている。
「スラミィ、お前は魔法陣の中央へいきなさい」
「わ、わかりました!」
スラミィと呼ばれた青いスライムの子が、より緊張した面持ちでぷるぷるとその魔法陣の中央に行く。
……この魔法陣ってなんの効果があるものなんだろう。
「それは魔力を効率よく供給するためのものですよ。
ティファリスさま、スラミィに血を……」
「え、ええ。わかったわ」
いつの間にやら近くに来ていたリカルデから、用意していたナイフを受け取り、指先……と思ったけど、どれくらい血がいるかわからないし、てのひらに傷を入れてスラミィにかざすように掲げる。
結構思いっきり傷つけちゃったみたいで、血が思ったより出てきて、一瞬リカルデとスラムルが驚くような気配を見せるけど、そこは気にしないでおこう。
ポタ、ポタ、と落ちる血のしずくを眺めて、私の血が赤色であることになぜかすごく安心した。
転生前と種族が違うし、万が一にも青や緑だったら……と少しでもそう思ったのがバカらしく感じたほどだ。
スラミィに血が落ちていくと、魔法陣と共にだんだんとうす青い光を帯び始め、不安そうに体を揺らしている。
その様子を確認して、リカルデがこちらに寄り、回復魔法を使って傷を治癒してくれた。
「はい、後はスラミィに触れて魔力を渡すイメージを浮かべながら名前を授けるのです」
「うん、わかったわ」
辺りからちらほらと青い粒子がチラホラときらめいていて、どこかきれいな光景だ。
魔法陣の中央に入り、そっとスラミィに触れ、名前を考える。
「そうね……ではアシュルの名をあなたに与えましょう」
せっかくだから何かの意味をもたせた名前を与えてあげたかった。
考えた末、私の世界での古い言葉で『青』を意味する『アシュール』という単語から取ってあげた。
考えたと言っても、この子の青いボディを見てだから、我ながら結構単純だなと思う。
名前をつけた瞬間、薄く光っていたのがだんだんと強い光になり、あまり眩しくて目をそむけてしまった。
――
……どれくらい時間が立っただろうか。
だんだんと光が収まっていき、視界がもとに戻ったところで私はアシュルがいる場所を見た。
そこには氷のような青色って言ったらいいのか? そんな色をした長い髪の少女がそこに座っているようだ。
見た目は私より少し上、といった感じで、目を開けると水色の澄んだ瞳がとてもきれいに見えた。
「あ、あの……」
少女がなにか言おうとしてる様子を見てたけど、そういえば彼女が今何も羽織っていないことに気づいて、私はリカルデに着るものを用意させようとしたんだが、そこのところはさすがリカルデ。すでにシーツを用意してくれていた。
その後はひとまずアシュルに合うであろう青と白を基調にしたメイド服に似たようなものを着てもらってるんだけど……リカルデはなんでこんなの持ってきてるんだ? というかどういう用途で誰が着るものだったんだ?
「さすがティファリス様。やはり人型のスライムに変化させることに成功されましたね」
ああ、最初からそれを見越しての準備か。
うんうんうなずくリカルデに妙に感心したけど、そこに少し疑問が湧いてくる。
「これ、男の方に変化してたらどうなってたんだろう……?」
「ご安心ください。執事服も用意しておりますので、その場合でも問題ございません」
自分の仕事に誇りを感じてるような顔してるけど、普通そこまで準備よくないからな?
たまにこの執事、変なところで準備いいんだよな。
大体そのおかげで助かってるし、なんにも言えないのがまた、ね。
「まあいいや、ありがとうリカルデ」
「いいえ、滅相もございません」
うやうやしく礼をするリカルデの姿はどことなく様になってはいたけど、なんというか……メイド服を準備していたという事実が、この場面をどこか滑稽に映らせる。
「あ、あの!」
アシュルが声をあげたことで私は彼女をすっかり置き去りにしていたことに気づいた。
私としたことが、リカルデの妙な準備の良さに呆れるあまり、アシュルのことをすっかり忘れていた……。
改めて見ると、さっきの青いスライムとはまるで違っていて、あの頃の名残は髪や眉なんかの色と目の色、それとメイド服くらいだ。
あ、メイド服はリカルデが持ってきたんだっけか……。
「え、ええと、アシュルでいいのよね?」
「はい! ……アシュルです!」
ん? 今なんか小声でなんか言わなかったか?
少し頬を赤らめてる彼女はやっぱり私が名を与えたスラミィ……。あー、いまはアシュルか。
くりっとした目も含めて、本当に可愛らしい容姿をしてるな……私の頭一つ分くらい背が高かったり、スラッとしてて、髪の色とか違うけど、私と並んだら姉妹っぽく見えそう。
それよりなにより私より、圧倒的に勝るそのたわわに実る一部が、なんとも言えない敗北感を覚える。
いや、元は男なんだし、気にしてないんだけどさ。勝ち負けの問題でもないし。
「これからよろしくね」
「はい!よろしくおねがいします! ……魔王様!」
可愛らしい笑顔を浮かべるアシュルだけど、またなにか小声でつぶやいてるような気がした。
ほんのり顔に朱が差している気もするけど、確か他のスライムたちも似たようなものだったし、多分気のせいだろう。
というか魔王様とか呼ばれるとむず痒い。
なまじ前世が勇者だったし、今までそんな呼ばれ方されてなかったからなおさらそう感じる。
「魔王様とか呼ばれると恥ずかしいから、別の呼び名でいいかな」
「では、ティファリス様とお呼びすればいいですか?」
「ティファでいいよティファで」
魔力の絆で強く結ばれてるんだし、せっかくだからもっと親しみのある存在になりたい。
アシュルは一瞬だけ大きく目を見開いたようだったけど、すぐに満面の笑みを浮かべてくれた。
「ティファ様……よろしくおねがいします!」
ああ、こういう風に嬉しそうにしてるの見ると、ちょっと前の形態とはまた違った可愛さがあるなぁ。
この姿でかなり高位のスライムだなんてとても信じられない。
私が男のままであったら……という考えが脳裏によぎったけど、頭を振ってそれを消す。
今更そんなこと考えても仕方のないことだ。
私が色々思考している間に、リカルデはアシュルにある質問を投げかけていた。
「アシュル、貴女はどの種族を元にしたスライムになったのでしょうか?」
「どの種族を元にした、ってなに?」
「スライムは変化するのに契約した者に最も近い種族に変化することは知っておるかな?」
リカルデの問いに頬を指でぷにっとしながら悩む素振りを見せてるアシュルの様子を見て、疑問に思った私の問いに答えるように話すスラムル。
それは確かリカルデに聞いたはずと思い、こくんとうなずく。
「確か魔力の質と情報によって最も親和性の高い姿に変わるんだっけ」
「スライムはその変化した種族の情報が自然と頭に入ってくるのじゃよ。契約をした者の情報を元に姿を変えるわけじゃからな」
「へー……」
そういえば覚醒したときに性格や種族が変わる可能性がある、とリカルデが言ってたのを思い出した。
もしかしたら種族の方にも変化が起きているかも知れない……そう思っての質問だったわけか。
私は納得した面持ちで二人の方を見ていると、どう答えようか迷っている様子のアシュルが少しずつ、私の種族について告白した。
「え、ええっと……私、聖黒族を元にしたスライムとなってます」
「聖黒族!?」
「まさか……!」
それを聞いたリカルデとスラムルがかなり驚いた声をあげていたけど、聖黒族ってどんな種族だろうか?
リカルデが教えてくれた種族のどれとも該当しないし、彼もあまり良く知らないほど、数が少ない……とかなのか?
うーん……あんまり気にしてなかったけど、リカルデとスラムルが驚いた様子で私とアシュルを交互に見つめるから、だんだん気になってきた。
「聖黒族ってなに? そんなに珍しい種族なの?」
「聖黒族というのは、本来ありえない種族のひとつなのですよ」
そう語りだすリカルデの表情はいつにもまして真面目だった。
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