5・お嬢様、スライムの町に行く
――リーティアス国の農村・スラファム。
球体のスライムたちが手というか触手っぽいのが伸びてクワやらなんやらを持って農作業をこなしている異様な風景が辺りに広がる。
それとは別に触手を器用に動かして他の種族相手に商売をしてたりとにわかに信じられない光景ばかりだ。
ディトリアの町並みを見物しながらここに来るまで約三日、特になんということもない平和な様子だったのに、目的地に着いた途端この衝撃。
アイテム袋といいここのスライムといい、驚かせてくれることばかりだ。
「お嬢様、どうなさいました?」
不思議そうにこちらを見てるリカルデの正気を一瞬疑いそうになるけど、これがここの常識なのだろう。
なんとも言えないこの感情、どうしてくれようか。
「あ、えっと、な、なんでもないわ」
何か言おうとしたけどうまく言葉にできず、結局何もないふりをして取り繕う。
ここで違和感を感じていることを打ち明けてもしょうがない。
この世界では、これが普通、常識なんだから。
深呼吸して落ち着いて……よし、これで大丈夫。
「で、これからどこへ行けばいいの?」
「はい、こちらでございます」
私の様子を顔には表さないけど、心配そうな目で見ていたリカルデ。
なんでもないから早く、と先を促すと「こちらです」と足早に案内してくれる。
慌てて後をついていきながら周りを見ていると、本当に見るもの全てが新しい。
カタコトで話すスライムたちと魔人族の男性が楽しく会話してたり、異種族の子ども同士で追いかけっこしたりしてる姿は微笑ましく映る。
先頭を歩いているリカルデを知っているのか、挨拶をかけてくるスライム……一人? 一匹? に丁寧に挨拶を返してる。
私もそれに習うと、笑顔で返してくれるんだけど……なんかほんのり顔を赤くしてるのは気のせいかな?
「お嬢様、到着しました」
いつのまにか止まってたリカルデに危うくぶつかりそうになったけど、なんとか回避。
前を見ると、ほかの家よりも少し大きな木造の建物がそこに建っていた。
「この中に入ればいいの?」
リカルデは「そうです」の短い一言を確認して、私はもう一度その家に向き合う。
他の人の家ってわけでもないだろうし、意を決して中に入ってみると、人が暮らしているような……ここにいるのはスライムかな?とりあえずどっちかが暮らしていような生活感があった。
スライムに生活感って意味分かんないのは自分だけだろうか。
と、とりあえず誰かいないか確認してみよう。
「こんにちはー」
「おや、どなたかな?」
二階の方から降りてくるように現れたのは、年老いた女性のような声で話す赤色の球体型スライムだ。
ぽよん、ぽよんと弾力よく跳ねる姿がなんだか微笑ましい。
「スラムル様、ご無沙汰しております」
「リカルデ殿こそ、久しぶりじゃな。
いつぶりぐらいじゃったか」
「先々代が健在の時でしたので、少なくとも十年は経っておりますね」
「もうそんなに経つか……時間がすぎるののなんと早いことか」
え? 知ってるの? というか、よく名前がわかるもんだ。
私にはどれがどれだかさっぱりわかんなかった……ってそもそもスライムに知り合いもいないし、当然か。
どこか嬉しそうな二人の声色で話していたけど、すぐに今回の目的について触れだした。
「あなたがいらしたということは、契約の話じゃな」
「はい、ティファリスお嬢様と契約を結ぶスライム族の方の手配をしていただきたく」
リカルデの言葉を聞くとぷるぷると体を震わせてスラムルがこっちを伺ってるような感じがした。
「ふむ、クレリス殿はどうなさった?」
「魔王様は以前の戦いの傷が原因で……」
「それは……済まないことを聞いたの」
悲痛な表情を浮かべるリカルデに対し、若干申し訳無さそうな目……って目がある!?
今気づいたんだけど、縦線と横線がまるで目と眉のように見える配置をしてて、今はその眉が下がってるよう。
その姿がまた愛らしい。
中身は年老いてるんだろうけど、あのぷるぷるボディを見ると全くそういう風に見えないのがなんか憎らしいな。
私が覚醒魔王になったことを伝えられると、今度は驚いたかのように私を見てる。スライムなのにやけに表情豊かなのがまたかわいい。
しばらく二人話し込んだ後、スラムルはうなずくように体を上下させ、納得いったと言わんばかりになった。
「あいわかった。今から契約する者を呼びに行こう。
少々待たせてしまうじゃろうが、その間は好きに寛いどくれ」
器用に触手で扉を開けて、スラムルはぽよんぽよんと出ていってしまった。
てっきりこのスライムが相手なのかと思ってたけど、違ってたみたいだ。
「お茶の準備をいたしますので、お嬢様はどうぞおかけください」
リカルデはそう言って椅子を引いてくれたので、ひとまず遠慮なく座っておく。
彼自体は館にいたときと同じように接してくれてるけど、初めての人の家だからかなんか落ち着かない。
まわりはきちんと清掃されていて、この世界のスライムはどうやって掃除してるんだろうか? とか思ったり、なんとなく触手で拭き掃除なんかしてる姿をイメージしてそれはそれで可笑しいな、とか考えてる内にリカルデがお茶を持ってきてくれた。
「お嬢様、どうされました?」
「……ごめんなさい。ちょっとぼんやりしてた」
私の様子にリカルデはしばらく考えるような仕草をしていたけど、少しうなずくと考えをまとめるかのように話し出す。
「お嬢様には契約のことと、スライム族についてあまり触れておりませんでしたし、ここで少しお教えいたしましょう。
それで暇も多少は紛れましょう」
「契約って、スライムに魔力と自身の情報を分け与えることでしょ?」
「そのとおりでございます。正確には情報を与えるために血を、そしてスライムに名前を与えると魔力による強い絆が結ばれ、それにより契約完了となります」
ああ、そういえば名付ける必要があるんだったか。
どうしよう……全くなにも考えてない。正直そんなことより自分のことで忙しかったからそんな余裕がなかったとも言えるんだけど。
ま、まあいいか。名前というのはその人物を表せるものだし、こう……なにか合った感じのを直感でつければいいだろう。
うん、そう思うことにしよう。
「で、スライム族のことについては?」
「はい、スライム族は契約をしたものに対し忠誠心を持つことが多いですが……能力の高いスライムは稀にそれ以外の感情を持つものも現れます。」
「忠誠心以外って……好きになるってこと?」
「はい、恋慕と言い換えてもいいかも知れませんね」
つまりスライムに恋されると。
それもなんか嫌だなぁ……悪い感情を保たれるよりはよっぽどいいんだけどさ。
涼しい顔して淡々というリカルデに、どんな発言が飛んでくるか戦々恐々だ。
「スライムには元々雌雄の区別などなく、芽生えた自我のみが男であったり女であったりするだけです。そのようなことから、相手が同性であってもスライム間ではそれが普通だそうです」
それは……どうなんだろう。
そう言う恋愛の形もあるだろうし、なまじ私の精神が現在男寄りである以上、どう転ぶかはわからない。
といっても生涯独り身だったからそんな経験もないし、どこまでが恋愛の好きで、どこまでがただの好きなのかの境界だってよくわからない。
「……本当に先が思いやられるわ」
「問題ございませんよ」
なにが問題ないのか、リカルデがふっと微笑みながらこちらを見ている。
なんだかそれが、妙に含みのある笑いに見えて、思わずムッとしてしまう。
「恋愛は何であれ、本人の自由意志でございますので」
「それ、問題ないことないわよ」
本当に大丈夫なんだろうか……と私は再びため息をつく。
いまさらなにを言ってもしょうがないし、天井を眺めながらスラムルが私の契約スライムを連れてくるのを、ぼんやり待つことにした。
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