4・お嬢様、初めて外に出る
マナーや歴史やら……この世界のことを色々学んでいたらいつのまにか一年の時が過ぎていた。
言葉遣いの方はある程度マシになったおかげで、私のお尻は赤くならず、やっと私は救われたのだ!
一年もこの館で過ごしていれば、ここが私がいた世界ではないこともわかる。
元々そうじゃないかなとも思ったんだけど、この頃になると、変に私の伝説が残ってる場所よりマシだろうと思うようになった。
こっ恥ずかしい思いをせずに済むからな。
それと転生したこの体が、どこまで動かせるか試してみた。
あくまで鈍らないように気をつけてだけど、結構まともに動けるみたいだし、成果は上々といった感じだ。
本当はもうちょっと広いところで思いっきり動かしたいんだけど、いかんせん、外に出るのはリカルデに禁止されている。
行き先が庭か図書室だけだったが、学ぶべきことも多かったし、特に退屈はしなかった。
そんな風に日々が過ぎていったある日の朝。
コンコン、コンコン、とノックの音が響くと「失礼致します」の声とともにリカルデが入ってきた。
相変わらずの律儀なノックと、執事服に今は見る機会の増えた穏やかな表情がなんか安心する。
「おはよう、リカルデ」
「おはようございます、お嬢様」
一礼する彼の姿は相変わらず様になってる。
「今日は何をするのかしら?またお勉強?」
うんざりする、というか自分でも気持ち悪いと思ってる口調だなとは思う。
だけどこうしないとリカルデが怒るからなぁ……外と内は別だとはよく言ったものだと常々感じる。
「いいえ、今からスライムとの契約のための準備をしたいと思います」
契約……。
そういえば少し前に私は二十歳の誕生日を迎えたらしい。
その時はささやかながらもお祝いをしてもらったが、魔人からすればまだ少女・少年と言った感じらしい。
魔人はかなり長命らしく戦いのない暮らしをしていれば、およそ五百年以上は生きるらしい。
けど、戦争のせいか今は二百年も満足に生きられないことが多いみたいだ。
特に力の弱い魔王は世代交代も激しく、私の父親もその部類だ。
話は変わったけど、実力を認められるか、能力が開花する兆しが見えると、魔王になる予定の者はスライムと契約して自身の潜在能力を確かめる傾向にあるとか。
私の方は覚醒したおかげでその契約が回ってきたってことだね。
「契約って、具体的にどうすればいいの?」
「それは簡単でございます。血と魔力を与え、名前を授ける――それだけで契約完了となります」
随分簡単だけど、複雑な儀式があって面倒な手順を踏まないでいいならそれに越したことはない。けどそれだけで本当に大丈夫か? と思うな。
「それで、名付けるとどうなるの?」
「繋がりができ、契約を行った魔王の潜在能力に合わせ、適切な魔力の供給が行われるようになります」
「ふんふん、それで姿形を変えることができるってことね」
聞けば聞くほど私の知るスライムとは大分違う。っていうのはリカルデから説明を受けたときから分かってたことなんだけどさ。
「で、契約はいつ頃する予定?」
「はい、お嬢様の準備が整い次第、村に向かいたいと思います」
おお、村!
その言葉を聞いた瞬間、私の顔は多分にやけてるんだろう。リカルデの顔がなんだか嬉しそうにしてる気がからね。
それにしても村……外出かー。
私は今まで一度も外に出たことがない。
いや引きこもりとかそういうことでもなく、単純にリカルデが出してくれなかったからだ。
よし! なら早速着替えて準備しよう!
「……こほんっ、お嬢様、楽しみにされるのはいいですが、私の目の前で着替えようとなさらないでください」
「え? あ、あはははは……」
気まずそうというか、こいつなにやってんだって目で見られる私。
あー、やっちゃったとか思ってたけど、もうすでに後の祭りだった。
「もう覚醒されて一年になるであろうはずですのに、相変わらず……」
結局私の着替えが終わったのは、リカルデにこっぴどく怒られた後だった。
多少の問題も起こったけど、なんとか準備も完了。
動きやすい服装で来るよう言われたし、ある程度軽装にしてきた。
と言ってもズボンはダメ出しされるから結局ヒラヒラっとしたスカートなんだよな……。
そんなこんなでメイドにはじめての「いってきます」を伝えていざ外に出ると、なんだか無性にわくわくしてきた。
まだ戦時国家である、ということを考えれば不謹慎なのはわかる。
だけどここに転生して私が知ったのは今までの私が知らなかった新しいことばかりだ。
これから、この一歩からまた新しいことが待ってるということにわくわくする。
「……全く、なに考えてるんだろうね。私は」
一人つぶやく私に対し、リカルデも聞こえてなかったようで、空に小さく吸い込まれるだけだった。
そういう歳でも……いや、そういう歳かな。
私はリカルデと共に外に出たのはいいけど、こういう時はなにか馬車とかに乗って行くものじゃないのか? と疑問が湧いてきた。
「……あれ? こういう時、乗り物とか出てくるんじゃないの?」
「せっかくですので、町を歩いてみては、と思いまして。お嬢様は私が語った話でしかこの国を知りません。
見聞を広めるのもまた仕事のうちでございます」
と言い切るリカルデになんだか妙な説得力があった。
仕方ないかも知れないが、そういうのも悪くない。
この微妙な潮風の心地よさを感じながら、少しずつ歩いていくことになった。
――リーティアス国・港町ディトリア――
南部に広がるこの国唯一の港町であり、漁業が盛んな場所であり、現在のリーティアスの首都。
昔は他の国の魔王も訪れてたようだけど、今は全くない……いや停戦しているとはいえ戦時中の国、しかも敗戦の色濃厚といった感じの国なんぞに訪れる魔王もいないだろう。
魚介類以外に特に目立ったものはないけど、品質が違うとか。
自然と料理もうまかったりで人が賑わいやすいそうだし、今はちょっと落ちついているが、普段はもっと活気があるのだろう。
っというか、これ以上説明できるところがない。
通りを歩いている住民たちの視線が私に向いていることがなんかむず痒く感じるくらいなのと、予想以上に人が街通りを歩いていて、あちらこちらで元気のいい声が聞こえていると言ったところか。
人がそれなりに歩き過ぎ去っていって店からは楽しげな声が聞こえてくるようだし、確かに多少人数は少ないけど、なんか戦時下にある町の風景じゃない。
「もっと落ち込んでるっていうか、暗い雰囲気が漂ってるものだと思ってたけど……」
そういう私の顔は驚いていただろう。
それはそうだ。
今は二国と戦争状態にある上に、前魔王が領土と引き換えに停戦した際、オークの国・エルガルムはこのディトリアと隣接する土地を手に入れている。
ということは停戦期間さえなければ今すぐにでも攻め落とされている状態にあるってことだ。
そんな状態の中で、こんな活気のあるというのも不思議に思う。
……いや、だからこそかも知れない。
だからこそ、人は笑顔でいられるのかも知れないな。
そう言う風に納得しておくと私はまた周りを見渡していると、出店なんかも多くて、屋台のおじさんが満面の笑みで声を掛けてくる。
「お、嬢ちゃん嬢ちゃん! このシードーラのスープ、どうだい? おまけするよ~」
とか食事の誘いでもしてるかのような売り文句をしてくれたくらいだ。
私はおまけという言葉と、いい匂いにふらふらと惹かれていく。
ちなみにシードーラっていうのは海に住む、竜種に近い蛇のこと。
成人魔人より五倍以上は大きく、頭部に二本の角と胴体にヒレのような物がついていて、少しの時間であれば空が飛べるという魔物。
竜種の近い割にはブレスをはいてくるわけでもなく、主な攻撃方法は近接戦闘のみ。
討伐難易度も低めなこともあり、食用として狩られることも多く、この町では食卓によく上るとか。
成長するごとに身はギュッと締まっていて、適度な弾力があって非常に美味いとか。
若すぎるとかたいのかやわらかいのかよくわからない感触に、肉の味も薄いらしく、不味いから放っておかれることが多いと聞く。
私達は魚ばっかりだったからこういうを見るのも初めてで、なんか新鮮だ。
香辛料を効かせて、他にもいっぱい野菜が浮いていて、すんごいいい匂いがして食欲を刺激する。
たしかこれは、スライムの村で作った野菜たちだったな。
スパイスレタスと呼ばれる調理すると旨味と香りを溢れさせてくれる見た目真っ赤な葉物が一番目につく。
そんなことを考えていると急激にお腹が空いてくる。
もうすぐお昼だし、たまにはこういうものを食べてみたい。
それに自分の国ではどういう物が食べられてるか知るのも悪くない。
……よしっ。
ちらっとリカルデの様子を見上げて買っていいか伺ってみると、少し困ったような顔をしてたけど、すぐに頷いてくれる。
なんだかんだいっても最後は聞いてくれるのが彼の優しいところだ。
「それじゃ、二杯ほどいただける?」
「はいよ!まいどありよ!」
お金を払ってもらったスープとスプーンをリカルデにも渡し、辺りを見回すと、ちょうどよくいくつかのテーブル席がある場所を発見する。
「あそこは使っていいの?」
「はい、立って食べるのに向いていないものも販売してますので、そのために設置された場所でございます」
ならなんの問題もない。
っということで早速席についたのはいいけど、リカルデの方は相変わらず立ったまま。
……あ、そうか。
「リカルデ、貴方も座って座って」
「いいえ、私は……」
「暖かいうちに食べたほうがおいしいでしょ? さっさと座る!」
「しかし……」
渋ってるリカルデだったけど、それでも譲らない私に折れたのか、ため息をつくと諦めたような顔を浮かべる。
こういうものは、普段と違う食事をするから楽しいものなのよ。
「……それでは、失礼いたします」
「はい、どうぞ」
私と向かい合うように席についたリカルデにきっと私の表情は満足げなんだろう。
普段の食事もいいが、こういう風に誰かと一緒に食べるのも、人のぬくもりを感じると言うか……なんというか特別な気分にさせてくれる。
リカルデと共に食べたスープはやっぱりシードーラの肉に味がよくしみていて、絶妙な歯ごたえを与えてくれた。
しんなりしてたりほっこりしてたりする野菜とも合っていてすごく温かい気分にさせてくれる。
あぁ、なんかいいなぁこういうの。
「お嬢様、随分楽しそうに召し上がられていますが……お気に召しましたか?」
「ん、そうだね……このシードーラの肉とか、結構美味しいよ」
この気持ちを少しでも長く味わいたくて、もっとゆっくり楽しみたくて、私はついのんびりと食事をしていたことがばれて、少しのお小言を頂いてしまったけど……。
それを含めて私は楽しかったんだし、このぐらい喜んで受けるってものよ。
ひとしきり食事と街の風景を堪能して……そうやって色んなものを見て、もっとこの国の良いところを知っていこう。
私の治める国を……少しでも好きになっていければ、と思う。
その後、私達はゆっくりと町を見て回ったりあちこちの風景を楽しみながら旅を進めていった。
しばらく歩いているうちに夜の帳が下りてきて、野宿の方は結構心配してたんだけど……リカルデが持っていた中が異空間になってる袋をもってきたらしく、それは杞憂に終わった。
なんでも、国には必ずこういう類のアイテムが存在するとか。
中に入れると、その物体の時間が固定されるそうで、『時間固定袋』――通称『アイテム袋』と呼ばれてるらしい。
食べ物も入れたままのものが出てくるから、できたて料理はそのままだし、所有者の魔力量でその大きさが決まるとかで、魔力を流して登録することが出来るとか。
所有者が登録を解除するか、死ぬかしないと基本的に他の者には使うことができないという代物らしい。
「……便利な世の中になったものねぇ」
「お嬢様……」
そんな老人みたいなことを言った私に哀れな目を向ける執事は放っておいて……。
なんにせよ、暖かい食事が食べられるのはありがたい。
私は前世の知識のせいか、リカルデがほとんど手ぶら状態だったのを見てすごく不安だった。
食事は干し肉・水分の抜けた固いパン。うっすいコンソメスープという食事と、なんも敷いてない寒い寝床を想像をしてしまったからだ。
こんな便利袋が私の生きていた前の世界にあれば、どれだけ戦いが楽になったか……思わず遠い目をして昔のことを思い出していた。
いや、別に大したこと覚えてないんだけどな。
その衝撃の一夜を明けた後も、私達はゆっくりとした速度で先に進んだ。
短い旅、せっかくの初めての外出なんだから、存分に楽しんでも悪くはないはずだ。
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