3・お嬢様、魔剣に呆れる
リカルデに連れられて長い廊下を歩いて向かったのはこの国の宝物室。
途中で会ったメイドさんに挨拶しながら進んでいくと、やっぱリカルデ以外にも人いるんだなぁとか結構しょうもないこと思ったけど、そういえば今までまともに会話することがなかったな。
食事や着替えもリカルデが用意してくれていたし、庭に出ることもあっても遠目に見かけるぐらいだったからな。
「お嬢様、着きましたよ」
眼の前にはちょっと頑丈そうに見えるけど、至って普通な扉。
ここにその先代の魔王が使いこなせなかったという強力な武器が……。
リカルデが持ってた鍵で静かに扉を開くと、中は箱やら剣やら鎧やらが壁に掛けていたり端に置かれていたりして、いかにもって感じだ。
中は割と歩きやすいようになっていて、きちんと手入れが行き届いてるようだ。
いやそれが普通なのかも知れないけど、どっちかというと物置のような乱雑感のあるところを想像してた。
数ある武具の中でも、一際異彩を放っているのがえらく豪華な飾り付けを施されている剣があった。
ただ飾り付けされてるだけならまだいいんだが…つばの部分がなぜか猫の肉球っぽくて、柄頭が可愛らしい猫のマークがすごく印象的で涙が出てきそう。
納められてる鞘の部分も非常に可愛らしい猫の絵と肉球が散りばめられていて、他の剣とは明らかに違う異彩を放っている。
「リカルデ……あの一番奥にある剣は……?」
「あれこそ、このリーティアス家に代々伝わる名剣『
拳をグッと握りしめ力説するリカルデに、あまりのことに呆然とする私。
「え?もう一度お願いします」
「はい、あれこそ、リーティアス家の名剣『
我が家の名剣はあんな相当しょうもなさそうな見た目の剣なわけか。
というより魔剣じゃなかったのか? って疑問もあるけど、あの可愛らしい剣がそもそもこの国最強の剣っていう事実にめまいがしてくる。
「えっと、魔剣の方は?」
「ああ、はい、他の魔剣は誓約の時にすべて差し上げました」
「へ、へぇー……ちなみにどんなものがあったの?」
リカルデは当時のことを思い出すようにあごに手を当てて思案顔で語りだす。
「はい、ではまず『
三通りも一瞬で見えたら戸惑うものだろうけど、慣れてきたらかなり便利なものになるだろうと思うけど……もうすでに今ある名剣よりいいものが誰かの手に渡ってたとはな……。
「お次は『
「ふ、ふーん」
「最後は『
あ、最後のはあんまり大したことはなさそう。
斬った相手に確立で……ってもうそのまま仕留めるのとあまり変わらないし。
残りの二つはそれなりにいい武器のはずなんだけど、それを手放してまで残したこの名剣に価値があるとは思えない。
微妙な顔のまま、私はいい目をしてるリカルデを見る。
「で、『
「これは猫に触れられない者以外がこの剣を使う時、猫に好かれている分、切れ味と強度が上昇する効果があります」
なんでそんな剣が代々伝わってるのも謎なんだけど、これを使いこなせれば強いのか?という疑問もわく。
猫に好かれるという条件も、一匹につきどれほど上昇するかも不明というのが参る。
「思ってたのより大した事なさそうなんだけど……」
「何をおっしゃってるのですか!この剣であればミスリル製の武具ですらなめらかに切断できるんですよ!?」
「わ、わかった!わかったからちょっとこっちに迫らないで!」
顔をズズイィッ!と迫ってきてものすごく顔を近づけてくる。
あまりに近くてものすごく困る。
武器のことを語る時のリカルデはなんだか、すごく生き生きしてる、というよりなんか怖い。
「……はっ! 申し訳ございません。武器を見るとつい」
「ついで迫ってこられたら困るんだけど……」
礼儀を教えてもらってたときより熱も入ってて、かなり引いたしな。
熱意があるのはいいことだが、限度があるだろう。
「え、えーっと、猫に嫌われてる人が使うとどうなる?」
「その場合、何一つロクに斬れないなまくらになってしまう上、たいして痛くもないという情けない武器になってしまいます。先代の時は戦時中であった上、使用する条件を満たす間も無く戦いが続きまして、結局使用することもなく……」
「先々代のときは使えてたの?」
「先々代は猫に嫌われる体質でして……」
猫に嫌われる体質? というか猫に好かれないと国が傾くってどんなものなんだよ。
ミスリルってのは私のいた時代でもかなり硬い金属だったし、それをなめらかに斬れるっていうのはすごいんだろうけど……猫に好かれることが条件な上、あんなキワモノの象徴のような剣、少なくとも私は装備したくないな。
「次の戦いの場にはティファリス様にはこれを…」
「必要ない」
「ぜひ活用していただきたいと」
「いや、お断りしておく」
「……なぜでしょうか?」
「なぜでしょうかって、こんなもの持って戦場になにしに行けと」
リカルデには悪いが、装飾が猫に染まってる時点で抜剣するのもためらうわ!
これで刀身が猫関連に細工されてたら、もう恥ずかしさで立ち直れないかも知れない。
「大体、猫に好かれるっていってもこの近辺に猫なんているの?」
「はい、アールガルムに占領される前は獣族の一つ、猫人族の国『ケルトシル』と交流が有りました。現在は国境が隣接していないため、自然と国交断絶という形になってしまいましたが」
なるほど、猫に好かれるのが条件なわけだから猫人族でもなんの問題もないわけか。
それでケルトシルと国交を保つことで猫と好かれる条件を満たして斬れ味を上げてたわけだが、今じゃロクな能力が発揮することもなく、宝の持ち腐れ状態。
「それじゃ、今持っていってもまるで意味ないでしょう」
「いえ、こちらの領土内にも猫人族の者や、多少であれば猫も住んでいると考えられますので、それなりの剣になるとは思われます」
「なるほどね。でもそれはあくまで好意をもたせられること前提なのでしょ?」
「なにをおっしゃいますやら……貴女様であれば、その程度のこと造作も無いでしょう」
え、この鬼なにをいってるんだろう。
私のどこにそういう要素があるんでしょうかね。
でもここで完全否定するとまた熱くなっていきそうな雰囲気感じるし、ここは適当に曖昧に答えておこう。
「あ、うん、そう……かもね?」
「かも、ではなく間違いなく、です!ですので二年後の戦場にはぜひこの名剣を…」
「あ、それはお断りします。絶対持っていかないんで」
何を言われても持っていくことはない。
そんな辱めを受けるくらいなら、私はさっさと国外に逃亡する。
だからいくら悲しげな表情でこっちを見ても無駄だぞ。
「そこまで意思が固いのでしたら……貴女様の衣装もご用意できていたのですが……」
んん? 今ぽつりと不穏なことを言ったぞ?
衣装? この
「一体どんな衣装を用意してきたんだよ……」
「は、それでは一度ご覧になられるとよろしいかと」
リカルデがパチン、と指を鳴らすとメイドがサササッとどこからともなく現れ、その手にはなんとも言えない衣装が。
白い猫耳のカチューシャ、淡いというか柔らかいピンク色で白い尻尾とフリルのついた衣装。
こ、こんなものを付けて戦場なんぞに出た日には、私は
「え、これをつけろと?」
「はい! メイドとしてお勤めされてるみんなでお嬢様に似合う衣装をご用意させていただきました!」
満面の笑みのメイドにこれほど困惑することもない。
こう、私は今かなり渋い表情をしているはずなのに、この「私達、超やり遂げました!」みたいなこの表情が怒りを通り越して呆れを呼ぶ。
まだ覚醒して数日しかも経ってないわけだし、私の事を知ってこれを用意するというのは不可能だろう。
ということはその前から前もって準備していたということか! この国がちょっと嫌になった。
「あ、あら? お嬢様でしたら可愛らしいと喜んでいただけると思ったのですが……」
「そ、そりゃ可愛らしいけど……少なくとも着たいとは思わないかな」
私の反応が思ったのと少し違っていたからか、首をかしげるメイド。
可愛らしいのは認める。
でもこれはちょっと、というか大分違う。
「ふむ、これは少々甘いと言わざるを得ませんね」
なにやら不満気味なリカルデ。
彼から見てもやはりこれはないみたいだ。
用意したのが予想と違っていたのだろうな。ここはバシッと言ってほしいものだ。
「お嬢様の髪は漆黒でありながら艷やかな黒髪、その初雪のような真っ白な猫耳や尻尾とは相性が悪いと言わざるを得ません!」
「……はっ! よく考えればそうでした……私達としたことが、これは盲点っ……!」
「これは黒の猫耳に尻尾、それと服はピンク系より白にして、可憐さを強調する選択をすべきかと」
なんでだろう、最初の印象と大分違うっていうか、私以外と接する時に私の話をするとダメダメに変わってる。
二人が熱意的に話してるのを見ている冷静というか、一歩冷めた目でみている私がいるというシュールな図がしばらく続いていた。
でもなんだろ、そこまで私の服一つについて語ってくれるなんて少しうれしいものがあるな。それがこんな意味のわからない衣装だったらもっとうれしかったんだけど。
ひとしきり話し合って満足したのかメイドは満面の笑みで退出していった。
「……どれだけ話し合ってもいいけど、絶対に着ないからね?」
「そうですか、それは残念です」
本当に残念がってるのかそうでないのかイマイチわかんないけど、気にしたら負けなのだろう。
メイドが退散してからも宝物室の中身をあさってみたけど、ロクなものがなかった。
強いて言えば簡単に扱えそうなロングソード、後は一際大きく幅広で肉厚な剣があったけど、こっちは斬る、というより潰し切るといった感じのものぐらいが使えそうだったかな。
武器や鎧くらいいざとなればどうとでも出来るし、あまり気にする必要もないか……。
その後はまたマナーと常識、周りの種族についてのお勉強。
武器や私のことを話す時のテンションが一体なんだったのかと思うほどの落差が私に襲いかかった。
今日も一日をそんな風に過ごしたせいか、夜の食事の時も話が頭の中でぐるぐる回っていて、あんまり味もしなかったな。
早く食事がちゃんと美味しく食べられるようになりたい。
やっとのことで自室に戻って、リカルデが他の用事ということで離れたことでようやく解放される。
なるべく体を見ないように着替えると、即座にベッドに飛び込んで体の力を一気に抜くと、押し寄せてくる疲労感。
そういえば、私の世界では朝に公衆浴場で体を洗ったりして目を覚ますのが普通だったんだけど、ここでは夜に疲れを取るために入るということを知って驚いたな。
男のときのように、そのまま自室に行こうとした私に対して、リカルデが怖い表情をしていたのを鮮明に思い出す。
まあ、結果的にこの心地よい感じがたまらないし、文句もないんだけど……この日だけで色々あったっていうかありすぎたっていうか。
転生してなぜか女の子として二度目の人生がはじまって…執事に口調で怒られて教育されて宝物室のあまりの酷さやメイドの私の常識を越えた行動に戸惑いながら過ごしていたせいか、多分今までで一番疲れたんじゃないだろうかと思うほどだったな。
だけどこういう風に誰かと一日ずっと接していたり、お仕置きされたりなんてなかったし、すごく新鮮な気分になる。
「ああ、こういう気持ちも……悪くない、かもね……」
しばらくぼんやりしてたけど、やがて眠気がやってきて、私の意識はそのまま深い闇の奥底に沈んでいった――。
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