2・お嬢様、世間を知る

 それから数日、本の多い図書室へと場所を変えてのお勉強。

 マナーや言葉の次はこの国の土地と住んでいる種族についてがっつり教えてもらうことになった。


 種族とかそういう話の方はとても面白いんだが、マナーのほうが度々叱られる。

 特に口調については厳しくて、ちょっとしたことでも怒られる。

 その度にお――私のお尻が赤く熟れることになって、涙目になってくるほどだ。


 こっちのほうがだいぶ深刻だ。他のことは結構許容範囲広いのに、この一点は中々譲ってくれないと言うか……おかげで女性の口調にはかなり四苦八苦しているのが現状だ。

 一年以内に必ず更生させてみせると息巻いていて、本当にこれがなければいい執事なんだけど……と思う。



 さてと……この国の現状だが、まずリーティアス国は魔王が統率する数多ある国の中では非常に小さいく、領土が三つしかない。

 もう国というより村と街が寄り集まっただけのとしか言えないんだけど、これには隣国がやたらと侵略してきたのが原因だという。


 昔は中堅くらいの実力に領土と力をもっていて、穏やかで暖かな気候だったこともあってか、そこそこ賑わっていたのだそうだ。


 それが先々代・先代の時代に領土を奪われ続けた結果、進退窮まっている上に、国に必要な財政管理などをしてくれる人たちなどもほとんどいなくなってしまったそうだ。

 一体なんでそんなところに転生することになったんだろうかね。

 


 そんなないない尽くしの私達が現在管理している土地と種族は……



 ゴブリンが住まう森の中に村を作っている場所。

 スライムが住まう平原に農村のようなものがある場所。

 最後に魔人(人間と特に変わらない種族)が住む私の屋敷がある港がある町。


 スライムが農村? とも思うけど、ここのスライムはなんとかなり知能が高い。

 私が生きた時代では、主にスライムは洞窟やダンジョンと呼ばれる場所の中に潜んでいて、死体や他の魔物のだした排泄物などを消化するという掃除屋としての側面を持っていた。


 攻撃さえしなければ襲ってこないし、そんなに強くない……というか大人であれば一匹二匹ぐらいであれば負けることはないほどの弱い存在だ。


 ゴブリンの方も子どもぐらいの知能をもっていて、罠やらなんやらを仕掛ける個体もいたり、ゴブリンジェネラルなんかも出てきて統率力をもった軍隊にもなって、恐ろしいほどの強さを誇っていたりもする場合もあるのだけど、どうやらここではそんなこともないみたいだ。

 雄ばかりで雌が少ないせいか、異種族の女性と子を成すこともあったんだが……。


 こちらではゴブリンにも雌雄の比率が同じぐらいで、年を取ればそれ相応の知性が備わるとか。

 ただ、子どもの魔人より少し大きいサイズで成人しているらしい。耳が尖った褐色の肌に丸い鼻が特徴的で、ゴブリン関連の上位亜種はいないらしく、ジェネラルなどはいないとか。


 で、この時代のスライムの情報はと言うと――。



「人型のスライム?」

「はい、魔王の配下の中にはそうしたスライムが大勢存在する場合がございます」

「だけどそんなスライムなんて聞いたことないぞ……ないわよ」

「お嬢様……」



 そんな悲しむような目でこっちを見るのはやめてくれよ執事さんよ。

 こっちだって話し方は頑張ってるんだからさ……。

 もうちょっとだけお……コホン、私に優しくして欲しい。


「一つの例外を除いてスライム以外の種族がスライムに血と魔力を分け与えると、血を媒介に絆を結び、結ばれた絆を通して魔力を吸収すると、その質と情報にあった姿に変化いたします。変化した姿が人や獣や竜などの、生物に近ければ近いほどより強大な力を持つとされており、一度変わってしまったら、元の容姿に二度と戻ることはございません」


 またえらい能力のスライムだな。

 ここはやっぱり別の世界なんじゃないかと、その思いが段々と強くなっていく。


「なんでそんな姿になるんだ?」

「それはスライムが全ての生物の情報を持っているとされているからとされております。そして分け与えたものの魔力によって変化が起こり、最も親和性の高い生物の姿を取るとされているからでございます」

「はぁーー……それじゃ、みんなと契約しちゃえば戦力になるんじゃないの?」

「それはいささか難しいでしょう」


 リカルデが一息入れて話すときは大抵長い話をするときだ。

 それを見てうんざりする私に意を介さず話を初めてくれる。


「基本的に一人一体しか契約することが出来ません。

 力が弱いものが契約をかわせたところで、大した能力のスライムにはなりませんので、魔王かそれに準ずる能力を持つもの以外は基本的に無意味とも言えるでしょう。

 例外的に覚醒魔王の中では二~三体と契約出来るものもいる場合もあると聞きますが、何を目安に契約上限を迎えたなどのことは全く分かっておりません。

 結論から申しますと、誰も彼もが契約したところで能力の低いスライムしか産まれぬ上、何体契約できるか……そもそも出来ないのかすら謎となっております。

 ただ、魔王クラスの魔力を持つものだけはほぼ確実に一体は契約できますので、自然と一国に一体以上、契約スライムが存在することになりますね」


 なるほど、魔王になれる素養の持ち主ならば誰でも契約できるけど、無いものは契約できるかすらわからず、また契約を結べたとしても能力も低いスライムになるということか。

 それなら別の国には契約して姿が変わった色んなスライムがいるのかも知れないな。

 たとえ魔王が死んでも、新しい魔王の配下として留まる事もできるだろうし、歴史の長い国ほど多くのスライムがいる可能性が高いだろう。



「ティファリス様にはいずれスライムとの契約の儀を行っていただきますので、その時に覚醒した貴女様がどれほどの潜在能力を秘めていらっしゃるのか、多少なりとも判明するのではないかと思います」


 なるほど。確かにスライムが契約者の魔力の質で姿を変えるなら、私次第で能力の高いスライムに変化するということだ。

 最も親和性の高い生物に変化するって言ってたし、私の現在の種族もわかるというわけだ。



「ふんふん、そりゃ楽しみだ」

「お嬢様……」


 あ、だめ、うちの執事がまたジトッとこっち見てる。

 そんな目で私をみるな!


 私は無意識にお尻を抑え、リカルデから距離を取った。

 これ以上彼からお仕置きされたら、私はまともに座れなくなってしまうかもしれない。

 私のお尻は私が守る!


「そ、そういえばね、リカルデはどんな種族なのかな? って気になるんだけど!」


 これ以上彼の機嫌を損ねてはならない。

 なぜだか彼には逆らえないし、ここは出来るだけ口調に気を使って話を繋いでいかないと。



「私はゴブリン族の先祖返りした姿でして……種で考えますと鬼種になります」


 鬼! ゴブリンから鬼!

 え……ゴブリンから産まれる鬼ってどういうことなの?

 上位種はいない、という話だったけど……。


「ゴブリンはゴブリンなんじゃないの……?」

「ええ、ゴブリンとは別名小鬼族でございます。

 遠い昔は鬼であった我らですが、多種族の血を取り込み続けた結果、現在のような姿になったと言われております。

 そのような関係からか、ゴブリンは『上位亜種』は存在しませんが、『上位種族』として鬼族が存在します」

「それで、ゴブリン同士で交わった結果、鬼族の血が強い者が産まれて、それがリカルデ?」

「さようでございます」


 満足気にうなずくリカルデの姿を見ながら考える。

 確かにいろんな種族と混ざっていればそういうことが起こると聞いたことがあるし、私のいた世界でもドワーフの血が混じった人間には、その特性が現れることがあるとか。


 それも含めてだけど、ゴブリン族から産まれた割には成人の魔人並に身長があるというのが驚きだわな。


「はぁー、先祖返りもそうだけど……色んな種族があるもんだね」

「これからはもっといろんな種族とも相まみえることになると考えます。まずは自国・敵国の中心となっている種族を覚えていただければと」


 そりゃいっぺんに覚えられれば苦労しないんだろうけどな。


 それはそうと、リカルデは敵国敵国と言っているけど、私達はどことどう敵対してるんだろうか?

 なんで未だに攻めてくる気配がないのか、ということ。


 普通であれば魔王が討たれ、か弱い(?)私と一部の戦力を残してはなにもないこの国……すぐに滅ぼされても何らおかしくない。

 そのはずなのになぜ攻めてくる様子が見られない。

 いまさらながら疑問に思い、私はリカルデに質問を投げかける。


「リカルデ、敵国はなぜこちらに攻めてこないの?」

「それは一年前、貴女様のお父様が逝去される前に残された誓約のおかげでございます」

「誓約?」


 コホン、と咳払いを一つして、リカルデはゆっくりと語りだしてくれる。


「力ある上位魔王と呼ばれる方々に立会人とし、魔王同士で行う約束事のことでございます。こうすることにより、誓約を万が一反故にされた場合、立会人・誓約を交わした魔王双方を裏切ったことになります」

「条約みたいなものね……で、どういう誓約を交わしたの?」


 私は小さくつぶやきながらも、リカルデに続きを促す。


「立会人には武器コレクターであり、義理堅いと名高い魔王に我が国に伝わる魔剣を三本。相手方には我らが所有していた領土の複数と、戦力の半数と契約しているスライムを明け渡すことにより、三年間の侵略・戦争などの攻撃的行為の禁止を誓っております」


 その結果、領土わずかとなり、戦力もそれに見合った規模まで縮小されてしまったと。

 領土が少なくなれば食べるものに関しても不自由することになりかねない。

 そういうことを考えると、領土やスライムたちを渡すことは痛くても戦力を渡すことについては痛くない、ということかな。

 上位と呼ばれる魔王がそんな暇潰しみたいなことよくしてるなって思うけど、彼らは自国がある程度広く、管理しきれないほどの領土を面倒見る気がさらさらないやつだったり、互いに睨みをきかせていたりと……最初から興味がなかったりと色々な意味で野心がないやつも多いとか。

 あまり暴れすぎると他所の国に睨まれる原因になるだろうし、そういうことを控えるのも当然か。


「だけど、これじゃ戦争行為の禁止が終わった途端滅ぼされるんじゃないの?」

「ええ、ですので本来であればその間にティファリス様には他国に渡る準備するための時間稼ぎが目的でした」

「……覚醒前の私はあまり戦闘力が高くなかったわけね」

「以前のお嬢様は穏やかで慈しみのある御方でしたので……魔王様が崩御されたことを悲しみ、傷ついたご様子を見てしまっては……」


 伏目がちにだんだんと声の調子を落としていくリカルデ。

 というか、今の私が遠回しに否定された気がしたんだけど、そこに触れる勇気はなかった。


 誓約の話になってからずっと顔を伏せて表情がうまく読み取れなかった彼であったけど、顔をあげるとそこには戦う事を決意したかのような表情を浮かべていて、すごくいい顔をしている。


「今のお嬢様の力であれば、おそらく戦力的な不利は覆せるのではと私は考えております」

「……それは随分甘い考えなんじゃ? 戦いは個より軍の方が重要になるんじゃないかな?」


 あくまで一般的な戦いの考え方だけどな。

 私自身は生前、そういうカテゴリーに当てはまらなかったせいか、自分で言ってて違和感を感じてるけど、それを知らないリカルデが勝てると断言するのも不思議だな。


「覚醒した魔王は未覚醒の魔王に比べ、一線を画する能力をもっております。

 その中には、単独で小国を攻め落としたという逸話も存在するほどに、強力無比なのでございます」


 通常の魔王でもかなりの力をもっていて、決して弱くはないらしいけど、そこまで言い切られるなんてどれほどの差があるものなんだろうな。


「以前のティファリス様でしたら考えられないことでしたが、現在の貴女様でしたら問題なく打ち倒せると私は思っております」


 私のことを私以上に自慢げに話しているけど、ちょっと過剰な気もする。

 彼の評価が高いのが気になるけど、やっぱり昔の私との長い付き合いからか。


「というわけで、ティファリス様には頑張ってお勉強をしていただかないと」

「あ、はい」


 熱意の入りすぎる彼の姿に、置いてけぼり感を感じる私。

 よくよく考えれば礼儀の勉強のときも「お嬢様はこう! こうやって話します!」とやたら例を上げて話していたし、よほど昔の私のことが好きだったのではないか……ちょっと行き過ぎな部分もあるけどな。



「聞いておられますか?」

「ん? ああ、聞いてますよ。早く教えてくださいよ」

「わかりました。……コホン。私達と現在敵対している国は二つあります」


 ンン、と一拍置いてからリカルデによる詳しい説明が入る。

 そこから彼が話しだしたのは、話題の国と種族についてだった。


 獣種の一つ、人狼族を率いる狼牙王・ジークロンドの国『アールガルム』と、同じく獣種のオーク族を率いる魔猪まちょ王・オーガルの国『エルガルム』が今私達と戦争中の国家らしい。


 人狼族は速さを活かした戦闘を得意として、ジークロンドはそれに磨きをかけた戦いをして、相手を翻弄しながら爪で斬り刻む戦法を取っているとリカルデは言っているけど、どれだけの素早さで動いてくるか、が問題になりそうだ。


 もう一つのオーク族は力まかせの戦法が好みらしいけど、オーガルは魔猪まちょ王と呼ばれているだけに魔法も扱い、知略に長けた戦い方をするのだとか。

 ……どうせ自分だけ多少知恵があるぐらいで、総合的に見たらあんまり変わらなさそうだけどね。


 今まで二国ではそういった交流もなかった上、どちらも目立った強さは聞かない地味な魔王だったらしく、自分たちで『力のジークロンド』やら『知恵のオーガル』やらの二つ名を自国に触れ回ってるとか。

 いくつか気になることもあるし、二つ名に疑問を持つことも多い。

 策略でもあるのか、馬鹿なのかさっぱりわからないけど、これ以上は実際聞いてみないとわからないだろうな。



「そういうのって自分たちで言い回るものじゃないと思うんだけど」

「全くその通りでございます。同盟を組んでから調子づくようになりまして……もともと前線で暴れまわるタイプの魔王でしたので、我々の魔王様も出陣されこのような事態に」


 チッ……とか舌打ちが聞こえてきそうなほどしかめっ面にするのほど嫌ってる様子。

 ここまで追い詰められてるわけだしな。


「先代がせめてこの国にある魔剣を使いこなしていたのでしたら、少なくともこの状況は阻止できたのですが……」


 おおう、出たな魔剣。

 国に伝わるほどの一品、どれだけの強さを誇るものなんだろうか……?


「こんな状態にならなかった……って一体どんな魔剣がこの国に……?」

「そうですね。これを機会に一度ティファリス様もご覧になるといいでしょう」


 そういう彼の表情は「ついに来ましたか」とばかりのいい顔をしていた。


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