第1章・底辺領土の少女魔王
1・勇者、執事に教育される
しばらく驚きっぱなしで思考停止していたが、我に返ると、眉をひそめた執事服に身を包んだ男がそこに立っていた。
そりゃあんな奇声あげたらそんな顔にもなるか……っていうか俺も理解が追いついてないんだから、少しは許して欲しいものだ。
コホン、と一つ咳払いをして気を取り直してから執事の男にいろいろ聞き出すことにした。
これ以上この沈黙を保つのも気まずいし、今は少しでも情報がほしい。
「えっと、ここはどこだ? あんたは?」
「はい、ここはリーティアス家でございます」
「リーティアスってのは……?」
「リーティアスとは、貴女様の家名でして、貴女様はティファリス・リーティアス様でございます」
まったく大層な名前だと思うが、リーティアス家というもの全く聞き覚えがない。
少なくとも俺のいた時代ではそんな場所や名前は存在しなかったはずだ。
まあ、遠い未来に転生したらしいし……地形に変化が出たり、新しい国ができたりはしてるだろう。
なら次はこの国について聞いてみようか。
「えーっと……まず、ここはどういう国なんだ?」
「はい、ここはリーティアス国であり、貴女様が治めるべき場所でございます。
海に面していますので、魚介類が豊富にとれます。
我が国ではこれを特産物としております」
俺の口調に難しい顔をしながらだが、律儀に答えてくれる男。
海に面してる……ってことは船があって、漁が盛んっていうことか。
他にもどれほどの規模なのか、魚介類以外にもなにがあるのかなど、詳しく知りたいことは山程あるけど、ちゃんと応えてくれるならまず知りたいのは自分自身のことだ。
この男が言っていた覚醒や、その弊害について聞いておかないと、後々まずいことになっても困る。
なにを聞こうか、とすこしばかり時間をかけて考えをまとめ、再び男と向かい合う。
相変わらずなにやらしかめっ面をしているように見えるんだけど……何考えてるだろう。
「あーっとだな……覚醒と弊害っていうのはどういう意味だ?」
「覚醒というのは魔王、またはその素質を持っているものがある日突然、内なる力に目覚めることを指します。あまりに強大な力が覚醒しますと以前の記憶をなくしてしまう場合や、性格や種族が変貌するものもいるとか。もちろんあくまで一部、ということになります」
なるほど、それが覚醒の『弊害』。
産まれた時はそのまま少女でも、俺という自我が目覚めたから覚醒したって感じかな?
ある意味納得できる。なにせこの体は少女で俺は男……性別の違いもあれば能力の違いなんかもあるしな。
というより魔王? 魔王って言ってたか?
勇者だった俺が魔王っていうのは一体どんな冗談だ。もう悪い夢を見てるようにしか思えない。
新しい出来事が次々出てきてまた立ちくらみがしてきた……。
普段はそういうのもないんだが……この体が少女のものだからなのか、転生したてな上、こうも衝撃的な事実ばかり知ってしまえば自然とそうなる。
というか、もう少し俺に優しい情報が欲しい。
「ま、魔王ね……」
「魔王の発端は最初にその種族をまとめ上げた者たちだと言われております。
魔王の方々はそれぞれ大小の違いはありますが全員国を治めており、侵略行為を繰り返す者、保守的な者と各々の理念や信念とともに国家を運営されております。
また、魔王には上位魔王と呼ばれる方々もいて、通常の魔王の能力を遥かに凌ぐ存在もおります。
これは最低でも他の上位魔王に認められることが条件でして、その実力を認められたものが名乗ることを許されておりますね」
そういう役割的には俺がいた時代とはあまり変わってないな。
あのときも魔族で一番強く、知性があるものが魔王を名乗ってまとめていた…違うところといえばそんなポンポンと魔王が出てくるようなものじゃなかったってことだ。
こういう説明を聞いてると、もしかしたらここは違う世界なんじゃないか? って考えが脳裏によぎるが、まさかなとも思う。
さすがに創造神がそんな意地の悪いことはしていない……と信じたい。
しかしそうなると、俺は魔王であり、覚醒した存在で……この国の主ってことだな。
勇者だった俺が魔王ってどうなんだ? とも思うが、そんなこといつまでも気にしていてもしょうがないか。
上位魔王なんてのもいるらしいけど、それはひとまず置いておいた方がいいだろう。
まだ転生してきて一日も経ってないし、あまり気に揉む必要もない。後回しにしていいことだな。
とりあえず、転生・覚醒・魔王についてはある程度聞くことが出来たようだ。
成果はあったということで、残りはもうちょっと時間をかけてゆっくり聞いていけばいいか。
「あー……うん、覚醒については大体わかった。ありがとう」
「いいえ、主の問に答えるのも執事としての責務でございますので」
「俺の、執事? やっぱり執事なのか?」
「……これは大変失礼いたしました。私はリカルデ・ミストスと申します。貴女様のお世話全般を任されております」
男……リカルデは丁寧に頭を下げ、その後は覚醒前の俺についていろいろと話してくれた。
なんでも一度力を使い果たし倒れ伏した結果、
少し前に眩い光のようなものが俺の全身を包み込み、気がついたときには俺が目覚めたと語ってくれていた。。
その他にも好きなものやら嫌いだったものとか、ティファリスを象る情報も知ることが出来たのは良かったんじゃないかと思う。
後は両親のことについても聞いてみたけど、リカルデはあまりいい顔をしなかった。
それでもぽつぽつと語りだしたリカルデの話では、母は俺が幼少の時に体調を崩し、床に伏せたまま息を引き取ったということ。父の方も戦争のせいで重傷を負い、他界したそうだ。
そのことを聞いたとき、俺自身は両親の顔すら知らず、一度たりとも会ったことがないはずなのにすごく悲しい気分になった。
これは少なからず俺にもティファリスの心が残ってるってことだろうかな。
さて、両親の事も踏まえてリカルデの話を統合すると――俺はこの国(?)に残るただ一人の魔王の娘であり、その魔王となれるのは俺しかいない……。
ということは俺が現在この国の魔王ってわけだ。
つまり、俺にはこの国を豊かにする責任があるってことになる。
なんでこんな問題が先から先から湧いてくるのだろうか……。
ひとまず家族関係についてや国のことがはっきりしたのは良かったということにしておこう。
考えることは今じゃなくてもいいしな。
いろいろ教えてくれたリカルデに礼を言うと、一瞬だけ優しくこっちに笑いかけてくれた。
だけどほんの一瞬で、すぐにまた考え込むような顔になってしまった。
「ありがとうリカルデ。
おかげで、俺も少しは自分の状況が把握できたよ」
「……でしたら、次は私めからお伝えしたいことがございます」
相変わらず難しい――というよりこれは怒ってるんじゃ? と思うような顔をしているリカルデが重々しい様子で話しかけてくる。
その様子に思わず俺もたじろいだ。
この雰囲気、おそらく今までのものよりもずっと重々しい空気。
つまりこれまでのことは未だ序の口で、これからさらにとんでもない事実が飛び出してくるのではないかと、俺は思わず身構え、リカルデの言葉を待つ。
「あ、ああ、来い!」
「今のティファリス様からは品性の欠片も伝わってきません。これが『覚醒』の影響であれば実に嘆かわしい。そのような男性が話すような口調、幼少の頃よりお仕えしている私としてはあまりにも……」
えぇー、そこぉ……?
リカルデのその言葉に、俺はさっきまで入れてた力が一気に抜けて、空回りしてしまった。
身構えた俺の緊張感をちょっと返せ!
……だけど気持ちもたしかにわかる。
自分で言うのもなんだが、こんな少女が男っぽい口調で喋ってるんだもんな。
俺から見ても不自然なように見えるし、産まれたときから俺の世話をしてるらしいリカルデからすれば、なおのことだろう。
でもさ、こんな将来楽しみそうな少女になるとか普通は思わないからな?
完全に男としてやり直しできるものかと思っていたもんだから、余計に動揺もするわ。
この先きちんと女として生きていけるのだろうか不安になる。このままだったら、精神は男のままだというのに、体のせいで俺は男と付き合わなければならないのか? それとも女性的な性格に変化してしまうのだろうか?
というか、将来のことを考えたら結婚としないといけないとか!? 更にめまいがしてきた……。
……ああ、まずい。泣きそうになってきたけど、ひとまずリカルデだ。
よくよく考えれば彼には本当に気の毒なことをしたのではないかと思う。
転生してから俺の自我が目覚めるのが遅かったのか…最初からこの予定だったのかは知らないけど、今のティファリスに戸惑ってるんだもんな。
「ああ、えっと、なんというか、申し訳ない」
「いえいえ、謝罪されなくても大丈夫でございますよ。その代わりと言ってはなんですが、もう一度、今度は性格が変貌されても問題ないように一から鍛え直させていただきます」
悪いと思って頭を下げた俺に対し、リカルデはいえいえとばかりにゆっくり左右に首を振って、俺を見据えてきた。
さっきまでの表情とは一変して、急に穏やかに笑ってきたその姿が少し怖い。
なにより目が、目が全く笑ってない。殺気がこもっているように思えるのも、絶対気のせいじゃない。
これはたとえトラウマ残してでも再教育してやる!って決意を体現しているように見えて、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。
それでも逃げ出せないのはリカルデは、自我が戻る前のこの俺、ティファリスにとって大事な存在であるだろうし、それを大切にしていきたいと思ったからだ。
「えっと、お手柔らかに、ね?」
「はい、厳しくさせていただきます」
「えっ……お手柔らかに……」
「はい、性格・言葉づかい共にきちんと直してさしあげます」
あー、でもこれはもう無理なのかも知れない。
だって、「絶対逃さん……!」っていうのが伝わってくるからさ……。
笑顔を崩さないその様子が、数多戦場を潜り抜けたはずの俺でさえ恐れを抱かせる程の面持ちだった。
いや、単に体が少女になったせいで精神年齢も若干幼くなったのではないかとも思うが……思いたいなぁ。
「それでは、まずはその自身の呼び方から徹底的にいきましょう」
「え、えっと……」
「今後は『俺』という言葉を口にする度に、男のような話し方をする度に、しっかりお仕置きさせていただきますね。
大変心苦しいですが、それが貴女様のためになると思っております」
「お、お仕置き?」
俺の怯えた姿を見て優しそうな顔で迫ってくるリカルデだけど、それがなおさら怖い。
「はい、あまり痛くはいたしません。
私もこのときばかりは執事としてではなく、お嬢様を立派な淑女に戻っていただくため、一教師として接します!」
結局俺――私は、この後めちゃくちゃ再教育された。
『俺』って思った瞬間お仕置きされるんだからどうしようもない。
こいつはどうやって私の思考を読んでるのかな……と思うほどだ。
あー……服の上からとはいえ、乙女の柔肌のお尻が真っ赤に……
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