聖黒の魔王

灰色キャット

始まりのお話

0・勇者、生まれ変わる

 俺はごく平凡、いやちょっと貧しい村の生まれだった。

 ただ他と違ったのは、同世代の子どもに比べて、明らかに魔力や身体能力が桁違いだったってことだろうか。


 特別であったことから周りから敬遠されていた俺は、時たま宿屋に一泊するために訪れた冒険者から聞く魔物やダンジョンの話などによく目を輝かせていたものだ。

 将来、俺も外に出て、冒険者としてのし上がってやる! とよく夢見たものだった。


 だけど、そんな俺が大人になる直前に事件が起きた。村に魔物が群れをなして襲ってきたんだ。

 後からわかったことだが、近くで魔力の暴走を起こした馬鹿がいて……そのせいで動物が急激に魔物化して理性を失った結果、変な統率感が生まれたそうだ。


 三十体以上の魔物が暴走したかのように一気に襲いかかってきたのを見て、村人たちは全員恐怖し、散り散りになって逃げ出すしかできなかった。


 当然だ。魔物との戦いに慣れてるであろう冒険者でさえ、数人で何十体もの魔物なんぞ相手にできるわけがない。

 一人一体ですら手に余るなのに、わざわざ俺のちっぽけな村に命を賭けるなんぞ、それこそ馬鹿のすることってわけだな。

 


 荒れ狂う狼、普通のものよりもなお太いイノシシが変貌した魔物や、異様な禍々しさをもつ熊。

 動物が魔力に当てられ暴れまわる死の力が着実とこちらに押し寄せてきて、誰もが恐怖し、逃げる中、俺はたった一人で戦うことを決意した。


 ふざけるなと。

 俺は周りと違うせいで孤立し、大人たちにも異常な子どもだと見られていた。

 だけど、それでも俺はこの村が……この村から見える美しい花畑や、自然の営みが好きだった。


 だから俺は死ぬ気で戦った。

 怖さを勇気に変えて、震えを強さに変えて力を奮った。

 剣は刃こぼれ、意識がかすみ、感覚が麻痺しても俺は戦い続けた。


 どれだけの魔物を殺しただろうか。

 気づけば、周りの魔物は全て死んでいて、村は焼かれていたけど、まだ復興できる芽が残っていたことに、俺は思わず微笑みがこぼれるのを感じていたのを覚えている。



 それからの俺は、あのときもっと力があれば、と。

 もっと強ければ、村が焼かれる前に魔物たちを一掃できたはずだと、復興中の村をぼんやり眺めながら、そう感じるようになっていった。


 そして程なくして俺は村を出て、世界を回ることにした。

 様々な人に触れ、力を身に着け、冒険者たちが話していた洞窟や町を回って力をつけていった。


 勇者の試練とか言う洞窟に入って、見事試練に勝ち抜いたり、村を襲った魔物たちよりもずっと多く……何倍もの数の魔物を相手に戦ったり、魔族との戦いに巻き込まれたりと…本当にいろいろなことがあった。



 世の中には俺以外にももっと強いやつ、特殊な能力を持ってるやつがいて、火属性魔法を使って相手を圧倒する【炎】の勇者。

 誰よりも前線で戦い、あらゆる攻撃を弾き、全ての味方を守る【防】の勇者など……そんな数々の武功で名を馳せた、歴戦の勇者たちが俺が飛び出した世界に待ち受けていた。



 そんないくつもの勇者がいる中、俺は白く輝く鎧をその身にまとい、たった一人でどんな災厄もこの手で終わらせてきたことから【白覇びゃくは】の勇者、なんてなんだか恥ずかしい二つ名で呼ばれていたな。



 気づけば誰よりも強く、誰よりも高みに至っていた。

 強さを目指していつの間にかたどり着いたその場所は、ずっと変わらないものと思っていた。

 


 だけど所詮人の子。俺も、その例外ではなかったらしい。

 どうやら俺の強さはとうに人間の器で収まる限界を超えていたようで、行き過ぎた力はやがて自身の体を蝕み始めていた。


 勇者の中にはときおり、素質以上の力を開花させ、寿命と引き換えに膨大な力を得る者がいるとは聞いていたが……まさか自分がそれに当てはまるとはつゆにも思わなんだ。

 その事を知らせてくれた創造神と呼ばれている存在は、他の言葉を言おうとしていたみたいだけど、あまり下手なことは何も言わずにいてくれていた。

 ただ『今は休め』と、その一言だけ。



 俺が最期を迎えるとき、花々が咲き誇る中にある、ある程度は整えられた小屋の粗末なベッド一人伏せていた。

 魂の灯が段々と小さくなっていくのを感じながら、俺は静かに産まれたときから、今までの戦いの日々を思い返していた。


 辛いことも多かったが、その分楽しいこともたくさんあった。

 共に同じ道を歩んだ人、分かたれ敵として相まみえた人……幾多の人の顔が俺の脳裏を通り、過ぎてゆく。




 そうやって色んな思い出を思い返しているうちに、やがてその生命が尽き、意識が遠ざかる瞬間に創造神の声が聞こえてきた。どうやら俺の能力をそのまま全て引き継いで遠い未来に転生させてくれる、というものだった。

 それは創造神が認められたものだけが使えるものらしく、俺の今までの功績を称えて、とのことだったが、わざわざ死ぬ寸前で知らせるなんていい迷惑――というより今それを言うかな? と感じていたくらいだ。


 これはむしろ悪意を持ってるんじゃないかとも疑いそうになるが、あの神がそんな底意地の悪いことしないだろうし、多分善意でやってくれてるのだろう。

 まさにありがた迷惑っていった感じだな。








 でも、だけど。


 ……もし願いが叶うなら、今度は誰かと共に一緒に生きていきたいものだ。

 最終的には望んで一人の道を進んだ俺でも、次の人生があるなら仲間を作って、友人や恋人なんかと一緒に平和に暮らしていければ……とそう思った。


 俺はどうせ転生するなら、と思いふけりながら、意識は完全に闇に沈んでいった……















 だったのだが








 ――昔の、遠い日の出来事を夢に見ていたような……あるいは他の何かを見ていたような……不思議な夢の中から俺は目覚めた。

 さっきの夢のことを考えようともしたんだけど、想像以上の違和感を感じてしまい、その思考を中断した。


 まず白い部屋。明かりが差し込んでるところから朝なのもわかるが、こんな白い部屋にいたことなんて今までなかった。

 ベッドも結構ふかふかで、とても木造仕立てのおんぼろ家の寝床とは思えない…というか全く別もの。


 次に感じたのは倦怠感。

 気だるさが俺の体を襲ってきて、まるで自分の体が他人のものなのかと感じるほどの違和感だった。


 後はー……そうだな、頭に霧がかかっているようで、昨日の事を思い出そうとしても、あまりうまく思い出せない。


 ただ、創造神が俺を遠い未来に転生させる、ということを言ってたのだけはなんとか思い出せた。


 転生させてくれるのはいいんだが、名前や自分の過去が上手く思い出せないってのは問題なんじゃないだろうか?

 幸い常識の方は問題なく思い出せるし、生活で困ることはないだろう。

 名前の方も転生したって言うなら新しい名前が、俺にはあるだろうしな。




 前向きに考え事済ませてきたら、どうも夢見心地でぽかぽかして気持ちがいい感覚が俺を襲ってきた。


 んー、だめだ。寝起きはいいほうだったんだけど、どうにも眠気が収まらない。

 このままだったら二度寝してしまいそうだ。


 しかたなく上半身だけ起こすと……って体が起こせる?

 転生ってのはてっきり赤ん坊の頃からやり直すのかと思っていたけど、どうも違うみたいだ。

 だったらある程度育った少年くらいの体になってるのか? その方が俺には都合がいいわけだけだが。


 そう結論を出した俺は、とりあえず周囲を見回していると、若干くたびれているような壮年の男性がそこにいるのを見つけた。

 赤い髪に短いけれど確かに主張している頭の二本の角。執事服が様になっていて、着慣れてる感がすごくある。

 そんな男が俺に向かって丁寧に一礼してくる様子は、まるで主君に向けるそれだ。


「お嬢様。おはようございます」

「あ、ああ、おはよう……?」


 まだ若干眠たい目をこすりながら返事をしたのだが、なぜかそれが女の…どちらかというと子どもなのではないか?と思うほどの声が出ていた。



 そしてあの男のまるで敬うかのような『お嬢様』発言。

 何いってんだ俺は男だぞ……と思いながらも、あの男の言葉と女の子ような声に、俺の違和感はますます大きくなっていく。



「ええっと、お嬢様って誰のことだ……?」


 頭から出てくる疑問符をその男に投げかけると、男は困ったように俺を見つめていた。

 そんな目で見られたらこっちの方がむしろ困るんだが……。


 男はしばらく何か考えごとをしていたようだけど、なにか得心したような顔で一人だけで自己解決したかのようにうんうんうなずいていた。

 勝手に話を進めないでこっちにもわかるようにして欲しいんだけどなぁ……。



「なるほど、様子が今までと違うご様子……これが覚醒されたときに生じる弊害、ということですかね」

「覚醒? 弊害?」

「いえ、申し訳ございません。

 それよりも、お嬢様とは貴女様のことでございます。あちらの方に姿鏡がございますので、そちらで御身のお姿を確認されるとよろしいかと」


 キョトンとしていた俺に対して男が礼儀よく指す方向に顔を向けると、そこには大きな姿鏡があった。

 ……うん、確かに男がいろいろ話すよりも自分自身ではっきり姿を確認したほうがわかりやすいかも知れんな。


 なんだか微妙に降りづらいベッドからトコトコと鏡の方に向かって歩いていく。

 しかしなんだ……いざ立ってみると結構視点が低いな…こんなに背が小さかったけか?

 姿鏡の方にその身を映すと、艷やかな、漆黒の長髪に白銀に近い瞳、少し尖った耳に美しくも柔らかい顔立ち。

 この子は成長したら相当美人になるだろう。それも可愛らしさを両立した素晴らしい女性になるのではないかと予想する。

 生前の俺が成長したこの子に出会ってたら、確実に惚れていただろうなとどこか今の状況を棚に上げて考えてしまったほどだ。


 最初はきょとんとしていたが、顔を見た瞬間表情に赤色がさしたところなど、ほのかに色っぽく見える。胸の方はわずかに確認できる膨らみがある程度……って何を考えてるんだろうか俺は。


 白いなめらかなローブみたいなのを羽織っているその清楚な姿にそっと手を重ねてみると、やはり自分の体なのであろう。映し出された少女の方もこちらの動きに合わせて手を重ねようと同じ動作を取る。


 ん……? 俺と同じ動きをしてる……?

 ってことは……この子、本当に俺か!


 一瞬立ちくらみが起きたが、なんとか体勢を整え、男の方に顔だけ向けて震える声で何かを尋ねようとするも中々声にだせない。


 俺が……女の子?

 そういうこと考えると、急激に股間あたりに違和感を感じるようになってきた。

 さすがに人前だから直接見て、とか布越しとはいえ触って確認なんぞは恥ずかしくてできない。



「こ、これが俺……?」

「はい、お嬢様でございます」

「は、あ? はあああああああああああ!?」


 恐る恐る自分を指差すと、その男も当然であるかのように頷いていた。

 そのあまりの事実を受け入れられなかった俺は、おもわず絶叫してしまった。


 男だったら俺が少女? しかもお嬢様と呼ばれるほどの貴族階級の……。

 挙句の果てにはこんな美少女に変えられるとは思いもしなかった。


 こんなサプライズ、必要なかった……。

 恨むぞ……創造神!

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