終幕。


『何をする気ですか? まだやるというのであれば貴方の臓器を破壊します!』


「君の悪い所はなんだかんだと優しい所だよ。そうやって忠告をする暇があればさっさと実行すれば良かったのだ」


 ゆっくりとアルが自分の身体からメディファスを引き抜く。


「なっ、おいどうなってやがる!?」


『アルフェリア……!』


「言葉も出ないかね。バレないように臓器だけを異次元に飛ばしたのさ。そして……」


 こちらから距離を取ったアルの掌に再びぶよっとした物体が乗り、それが吸収されていく。


「仕切り直しは出来たものの、君達の今の状況は分かった。きっと私は勝つ事が出来ないだろうね。いやはや最高に愉快じゃないか」


「自分が死ぬって時に随分楽しそうだな」


「私はね、この命を危険にさらしたかったのさ。だから神々も相手にしたし君等の有利になるような事もした。君等が英雄になれるように舞台も整えたしね」


「余計なお世話だボケ。俺は目立ちたくないんだって言ってるだろうが」


「ふふ……懐かしいっすね……でも、私が君を世界の希望に祀り上げたのは……見たい物があったからさ」


「見たい物……?」


「姫ちゃんは今や世界中から期待を寄せられているね。まさに全世界の希望。つまり……勇者と呼ぶに相応しい」


 俺が勇者だと……? こいつが俺を勇者に仕立て上げて何の得があるって言うんだ。


「残念ながら俺は魔王なんでな、勇者とは正反対の生き物だよ」


「君の自覚はどうでもいい。世界中の人々がどう思うかが重要なんだ。この世界に生きる人々にとって君は希望であり、勇者。世界の存亡が君の肩にかかっている。そこで、だ……」


 あぁ、俺は何か大きな間違いをしていた。

 少しはデュクシとしての良心みたいなのが残っていてこちらに有利な事をしていたのかもしれないなんて思っていたが、違う。


 こいつはそれも全て含めて楽しみの対象、手段だったのだ。こいつが見たかったのは……。



「そんな君が私に勝てなかったと知れば人々はどれだけの絶望に包まれるんだろうね? 阿鼻叫喚? 恐慌状態? ふふ……きっと世界が終わる前にやりたい事をやってやる、なんて輩が大量に現れるだろう。今まで一つになっていた人々が、隣人を恐れ、意味のない暴力が飛び交い、犯罪も急激に増えるだろうね。世界が終わるという時に良心などを保っていられる人間がどれほどいるだろうか? 想像するだけでワクワクするだろう? 楽しいだろう? 胸が高鳴るだろう!?」


 こいつの目的は世界中を効果的に落ちる所まで落とす事。人々の心が穢れていく様子を楽しむ事。


「相変わらず趣味が悪いにも程がある……」


「しかし、しかしだ。この状況では最早私の計画もご破算だ。こういうアクシデントがあるからこそたまらない……。今までの積み重ねが花開いた瞬間だよ。至福と言わざるを得ない」


 分からない。こいつの思考回路が本当に理解できない。元からなのかデュクシとアルプトラウムが混ざったせいでおかしくなったのか……。


「……だからね、私はもう満足した。この世界でやりきったし楽しみ尽くした。世界が堕ちていく様は見たかったが、そんな事よりもこの展開の方が私は満足できた。だから、だから……もう終わりにしよう」


 アルは急に無表情になり、そして今まで見せた事の無いような冷ややかな視線を向けてきた。


「姫ちゃんだけならいい。ファウストも残滓程度の存在だ……だけどジェミニ、君はダメだよ。私以外にそれだけの力を持った存在がこの世界に居てはならない。舞台のバランスが崩れてしまう。それはいけない。やり直したとしても楽しくない」


『何を訳の分からない事を……』


「本当に申し訳ないのだけれど、君らの命も道連れにさせてもらう事にした。先の楽しみが無い世界にも、この命にもさほど興味はないからね。ヒールニント、すまない」


『アルフェリア!! 辞めなさい。もう、もういいじゃないですか……私はまた貴方と語り合いたかった……そんな結末も少しは期待していたんですよ?』


「そうか……それは光栄だね。ファウストとそんな時間がとれればどんなに楽しいだろう。しかし、だ。私はもはやあの頃の私ではない。アルフェリアであり、君らが言う所のデュクシでもあるわけだ。思いのほか私の頭の中の大部分をヒールニントという女が独占していてね……他の事が考えられなくなりそうなくらいなんだ」


「ハーミット様……」


 突然のろけ始めやがって何のつもりだ畜生。


「だから私は少し無理やりにでも状況を動かさなければならなかった。私の心が求めている物が二つに分かれてしまったんだ。ただ一人の女性と一緒にいられればそれでいい、という些細な願いと……この世を混乱に陥れてでも楽しみたいという二つにね。そしてそのどちらもが等しく私の望みなのだ」


「だったら諦めてヒールニントと平凡な人生でも送ればいいだろうが!」


 世界を堕とす事が出来なくなったのなら、出来る方を取ればいいだけなのに何を悩んでいるんだこいつは。


「それが出来れば苦労はしないよ。私はね、結局の所刺激がないと生きていけないのさ。いざという時の為に待つ事は出来る。楽しみがあればいくらでも待てるさ。でも先が無いと気付いてしまったらもう無理だ。そんな世界に居続ける事は出来ない」


『……それ以上言葉は要らないわ。昔のよしみで、私がその力を奪ってあげる』


『昔のよしみで私が貴様を粉砕してくれる』


「そうはさせないよ。私を壊すのは、壊す権利があるのは私自身だけだよ」


 同族達の言葉に耳を貸さず、アルは自暴自棄にも取れる発言を吐いた。


 ……まさか自ら命を絶つつもりなのか?


「私の命をエネルギーに全変換。この世界を跡形もなく消滅させるほどの魔法を!」


 アルの手に禍々しい力が集まっていく。きっとなりふり構わぬ全身全霊、全力が来る……!


「アル……! お前らしくもない。全てを壊して終わりにするつもりか!?」


「いいや、違うね! それだけの力を受け止めて君等が消滅すればそれでいい! ついでに世界が消えてしまうのならばそれも仕方ない事だ!」


 アルが命を燃やし、魔力に変えとてつもない強大な力が渦巻く。


「ファウスト! あれどうにかする方法は!?」


『……ありません。先にアルを滅ぼすしか……』


 もう、やるしかないのかもしれない。

 だいだらぼっちにもう一度吸い込ませるのも試したかったが、だいだらぼっちの傷は深くまだ回復できていない。

 ヒールニントの力を使えば可能かもしれないが今奴をここに呼び出して回復して……なんて悠長な事をしている余裕は無かった。


「みんな、最後に一つだけ言わせて……巻き込んでごめんね。それと……もう少し私に力を貸して」


「今更なにを言っておるのじゃ」

「最後まで付き合うわよ」

「おにぃちゃんと一つになってる……うへへ」

「ハーミット様を止めましょう……!」

『まったく、ぐちぐち悩む暇があったらあいつをぶっ倒しますわよ!』

『私は君等に全てを委ねよう。奴を止めてやってくれ』

『人間、これが最後の一撃だ。全力でいくぞ』

『アルフェリアを……よろしく頼みます』


「……ありがとう。私は、私達は……何があってもここであいつを止める!」


 申し訳ないがこちらもアルに対抗する為に同化している全員の命を使わせてもらう。


「デュクシ! 帰ってこい!」


「邪魔を……するなぁぁぁっ!!」


 全ての力をメディファスに集める。


「メディファス! お前の出番だぞ!」


『お任せあれ! 今の我は万物を切り裂く刃なり!』


 メディファスにありったけの魔力を込める。

 礼装剣も一緒に構えると、その束の部分に私のリボンがクルクルと巻き付き、「きゅぷい!」と一鳴き。

 気が付けばメディファスと礼装剣が一つになっていた。


 ローズマリー。さすが私のドラゴンですわ。

 やるじゃないの!


「出し惜しみ無しよ! この一撃に私達の全ての力を込める!」


 先程までよりもはるかに威力を増したメディファスをアルプトラウムへ向け振り下ろす。


「これで終わりだぁぁぁぁぁっ!!」


 瞬間。


 目の前が真っ白になるほどの光がアルの身体を引き裂いた。


 予想していたアルからの反撃は無かった。

 命をエネルギー源として使用しておいて何もしない……?


 その異様な結末に言い知れぬ気持ち悪さを感じた。


 そして……両腕も失い上半身だけのボロボロな姿になったアルは、それでもなお笑っていた。


「アル……いったい何を考えて……」


「く、くははは……歴史は、この世界は君に味方をした。賞賛に値する。……しかし、しかしだ……私は死なない!」


 先程まで命を諦めようとしていた奴の発言とは思えない。


 バギン!!


 アルの背後に大きな渦が生まれる。


「おまえ……まさか!?」


「……また会おう」


 アルは、力を溜めて私達を殺すフリをしていた。

 煽るだけ煽って私達の渾身の一撃を待ち、それすら利用してこことは違う場所への入り口を作った。


 力を溜めていたのもこのゲートを開く為だったのか。


 すぐに追撃をしようとしたが、先ほどの攻撃で力を使い果たしたのか、或いは同化時間の限界が来てしまったのか目の前が霞み上手く身体が動かない。


「待って!」


 その時、よろよろとこの場へやってきた少女が、アルを追いかけるように傷だらけのその手を伸ばした。

 あれは確か金毛九尾の……。


「カルゼ! 私を置いていかないでっ! お願いっ!」


 しかし、彼女が伸ばした手は虚しく空を切る。


 今のアルに腕が残っていたならば、或いはその手を掴んでいただろうか?


 奴はその少女に優しく「君はもう、自由だ」と笑いかけ、渦の中へ消えていった。」


 彼女もアルを追いかけてその穴の中へ飛び込もうとはしたのだが、俺達が追ってくるのを防ぐためなのかただの時間稼ぎなのか、穴の前には障壁が張られ彼女にそれを破る事は出来なかった。

 何も掴めなかった彼女はただただ、涙を流しながら虚空に空いた穴を見つめ、障壁をガリガリと力なく引っ掻いていた。

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