魔王様は絶望に蝕まれる。


「ふ、ふふふふふ、ふはははははははははははははははははははははははははははは!! 最高だ、最高だ最高だ! 最高に最高で最高の最高だ!」


 ……ほらみろ。

 俺の嫌な予感は当たる。



「なんという事じゃ……」

「どーするのあれ」

「アル……!」


 アルプトラウムは、満身創痍で宙に浮かんでいた。


 ……ならばどれだけ良かっただろうか。


 全くと言っていいほどダメージを感じさせない姿、表情で、あいつはそこに存在していた。



『おかしい。間違いなく手応えがあった』

「それは俺も感じた。仮に生きていてもあれほど早く回復するのは不自然だ」


 オロチすらもアルプトラウムの異様な雰囲気に飲まれ始めている。


「ふふ、ふははは……! 私にこれを使わせたのは君が初めてだよ。誇っていい!」


 そう言ってアルプトラウムは空間に切れ込みを入れ、その中から何かを取り出した。


 奴が取り出したそれは、掌の上に乗っているそれは、どう形容していいか分からない物体だった。


「これがなんだか分かるかい? 我等、君達が神と呼ぶ生き物の命の源さ」


 ……心臓、みたいな物だろうか?


「本来は我々の身体に溶けて混ざっている物だ。私は慎重で臆病者なのでね、身体から切り離し安全な場所で保管していたわけだよ」


「それは初耳ね。貴方そんなビックリ生物だったの?」


 メアが眉間に皺を寄せる。


「ビックリ生物……まぁ君達には無い器官だからね。大昔に私が人間達と戦う事になった時、私は戦いの末封印という形を選んだ。何故だかわかるかい?」


「いつだったか聞かせてくれたわよね。人間の行く末を観測し続ける為に封印されたって」



 アルプトラウムは口角を吊り上げながら頷く。



「ああ。勿論それは本当だよ。だけどね、私はこうも言ったはずだ。私を解き放ってくれる人材が現れるのを待つ為だ、ともね。それは巡り巡って舞台の土台が出来た事を意味する。そして私が本当に求めていたのは……まさにこの時だよ」


 アルプトラウムの掌に乗っているぶよっとしたそれは、するりと奴の身体に溶けていく。


「当時はアーティファクトを所持した人間共、そして魔族全てを相手に戦っていたからね。万が一の事を考えるとまだこれを使うべき時では無かった。しかし、これを使わなければ勝てない相手が現れる事こそ、私が何よりも切望し続けた瞬間だ!」


 奴の身体にそれが溶け、染み渡った時気付いた。


 こんな化け物に勝てる筈が無い。


 俺が瞬時にそう諦めてしまうほど、その力は巨大で、威圧的。


「……セスティ、お主は少し休んでおれ。どのみちしばらく動けぬじゃろう?」


「お、おい……! 冗談だろ? やめろ、アレには勝てない!」


 めりにゃんは俺の制止を優しい笑みで振り切り、俺を地面に横たわらせ……その手を離した。


「おい、めりにゃん! 俺を置いていくな!」


「……どこまで出来るか分からぬが、やるべき事をしてくるのじゃ」


 そう言って彼女は、飛び立った。


「そういう訳だから貴女は寝てなさい。私達でなんとかするわ」


「おにぃちゃん、行ってくるね」


 バカ野郎どもめ! 力量の差も分らないのか!?

 これじゃ、無駄死にするだけだぞ!


 おいオロチ! なんとかしろ! 俺の身体、俺の力全てくれてやるからなんとかしろ!


『……まさかこれほどまでに生物としての差があるとは、我も思わなかった。口惜しいが、出来る事はもう、無い』


 ふざけるな! 星降りの民を滅ぼすんじゃなかったのか!?


「姫ちゃんはもう動けないみたいだけれど……敬意を表して少し遊んでやろうじゃないか」



 三人が目まぐるしくアルプトラウムに攻撃をしかける。

 魔法、剣撃、打撃、それら全てを駆使して戦うが、もはや奴は防ごうともしなかった。


 全てその身体で受けながら、顔色一つ変える事はない。


 やがてその表情が徐々に能面的な物に変わっていく。


「やはり先ほどがピークだったか……結局のところ私を最高に楽しませてくれたのは姫ちゃんだった。君達では……ダメだ。こんな事ならば本来の力など発揮すべきでは無かったかもしれないね」


「ふざけるなぁぁぁっ!」

「儂らにも意地と言う物があるのじゃっ!」

「おにぃちゃんが居なくても、私達は……!」



「……もういい」


 アルプトラウムが、それこそコバエを払うかのように腕を一閃、横に振るう。


 それだけで、たったそれだけでメアの身体は真っ二つになり、その衝撃波を受け止めようとしたショコラ、そして障壁を展開していためりにゃんの両名も致命傷を負って俺のすぐ目の前に落ちて来た。


「お、おい、めりにゃん!」


「……」


 めりにゃんは優しい表情でこちらを見つめていた。

 血塗れで。


 ショコラは動かない。メアは切断された切り口がぼこぼこと沸騰するように泡立ち苦痛に呻く。


 唯一、チャコだけは無事で離れた場所で震えていた。


 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だァッ!!


 こんな結末があってたまるか。

 こんな終わりを認めてたまる物か。


「オロチ、頼む。神憑りをしてくれ」


『もはや何の意味もあるまい……』


「いいから! この手を、この手を少し動かせるようにしてくれればそれでいいんだ!」


『……? 貴様一体なにを……』


「いいから早く!」


 これは出来れば使いたくなかった。使用後がどうなるか分からないから。


『しかし、貴様がその状態では神憑りをしたところで動けるようになるとは……』


「だったらなんでもいいからこの手を……!」


「ぷっきゅ!」


 マリス……?


「マリス! そうだお前が居た! 預けておいたアレを出せ! 今すぐだ。俺の手に握らせてくれ!」


 クワッカーから預かってきたアレを、使うしか無い。

 どうなったって知った事か。

 このまま全滅するよりはマシだ!


 マリスは俺の身体から離れ、小さなドラゴンの姿になり、ペッと光る球体を吐き出した。


 握っている感覚も無いが確かに俺の手にそれは収まった。


 アルプトラウム……デュクシ。

 ここからは俺の優先順位変更だ。


 何があっても、どんな結果が待っていようとも、俺は俺の大事な人達を守る。


 出来る事ならばそこにデュクシ、お前も入れたかった。

 だが、こうなっては手の届くところだけで精いっぱいだ。


 許せ……!


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