きつねこ娘はおんなのこ。
なんだなんだなんだなんだなんなんだこの女はっ!!
私はカルゼの右腕だ。そりゃあいつに比べたら足元にも及ばないほどに弱い。
だとしても、それはあいつが尋常じゃなく強いからだ。
私は強い。
強い筈だ。私の力は金毛九尾。荒神の力をこの身に宿し、それを自由自在に操る事が出来る。
カルゼに出会ってコントロールできるようになってからは尚更、私は強くなった。
私は強い! 私は強いんだ!
なのにどうしてたかが人間の女を殺す事が出来ないの!?
私を追いかけてきた聖女、ヒールニントはどう見ても戦闘に関してはド素人だった。
私の攻撃も「あわわわっ!」とか「ひぇぇぇっ!」とか言いながらかろうじてかわす事がやっと。
なのに、なのにあいつはぎこちない動きで確実に私の攻撃を避け、そしてよたよたしたへっぽこパンチを私に繰り出してくる。
そして、それを受けようものなら確実に体の一部が消し飛ばされてしまう。
金毛九尾の力により私の身体は強化されていて、手も逞しく大きくなって鋭い爪も携えている。
それがどうだ。
いまや私の掌にはど真ん中に風穴があき、左手の薬指も吹き飛んでしまった。
いつか、いつかどんな物でもいいからカルゼとお揃いのリングを嵌めたいなんて少女染みた夢を見ていたのに。
絶対に許さない。許せない。
この女だけは……カルゼの寵愛を受けるこの女だけは何がなんでもここで殺さなければならない。
例えそれがバレてあいつに怒られようと、憤怒にかられたカルゼに勢い任せに殺されたとしても。
もう私は後には引けない。
この女をあいつの元へ行かせてはならない。
「……落ち着け。大丈夫だ、私は強い。大丈夫だ……」
「何をぶつぶつ言ってるんですー?」
この能天気な所も腹が立つ。
どうしてこんな平然としていられる?
私を前にして、どうして……?
まるで感情なんてどこかに置いてきたかのようにただただこの女はどこまでも自然体だった。
「お前は……なんなんだ? その力はいったいなんなんだ! 答えろ!!」
「えー。答えろって言われても私もよく分かんないんですよねー。出来る力が手に入ったからにはやらなきゃ! って思って」
なんでだ。どうして?
なんでこんな女が彼に愛されているの?
どうしてこんな女がこんな力を手にするの?
世界は理不尽だ。
私にとっていつも世界は残酷だ。
父は私を実験台にしようとした。それでも好きだった。私は死にゆく運命だった。それも祖父のおかげで命を繋ぐ事が出来た。私の人生は続いてしまった。独りぼっちの私の人生が続いてしまったんだ。
そんな私が一人で頑張って頑張って地べたを這いずり回るような気持ちでなんとか生き続けて、やっと、やっとだ。彼に出会えた。
彼は私の欠点を補ってくれる。
彼は私の欠点を消してくれる。
彼は私の欠点を受け入れてくれる。
彼は私の欠点を気にしないでくれる。
彼は私に生きる意味を与えてくれる。
彼は私に生きる希望を与えてくれる。
彼は私の光だ。
彼は私の全てだ。
彼の為に生き彼の為に死ぬ。
それだけでいい。
だけど、この女はダメだ。
彼に近付けてはいけない。
必ず彼にとっての足枷になる。
嫌われたって構わない。
蔑まれたって構わない。
この命を失う事になったって、構わない。
私の命は彼の物だ。
彼に奪われるのならば本望だ。
だからこそ、だからこそ……!
「お前だけは私が今ここで必ず殺す!」
「こわっ、私に手を出すなって言われてるんじゃなかったんですかー?」
「うるさい! もう知った事か!!」
「あれっ、もしかして貴女……泣いてるんですか?」
「だ、だまれっ! 見るな!」
こんな奴に涙を見られた事が恥ずかしい。情けない。悔しい。
消してやる。存在を丸ごとこの世界から消してやる!
こいつに接近戦を挑むのは危険すぎる。
それならば、遠距離から削り殺す!
私は距離を取り、体内から沸き上がる魔力を無理矢理表に引きずり出して投げつけた。
彼はこれを鬼火だと言った。
魔法として練り上げていない純粋な魔力の塊に姿を与えて相手にぶつける攻撃。
「うわーっ! なにそれっ!」
聖女はわたわたしながらもそれをかわしてみせた。
「まだまだっ!」
あたらないならあたるまで続けるだけだ!
同じように鬼火を無数に発生させ、タイミングをずらしながらそれらを聖女へ投げつける。投げ続ける。連打、連打、連打!
「き、きゃぁぁっ!!」
一発脇腹に当たった! そこからは早かった。
バランスを崩した聖女へ無数の鬼火が襲い掛かり、轟音と爆炎をあげる。
「……カルゼ、ごめんな……それでも、私は……」
「びっくりしたーっ! 死んだらどうするんですか! お仕置きしますよ!?」
「う、嘘でしょ……?」
私は、感情の高ぶりと未知の恐怖とで涙が止まらなくなっていた。
今までにだって命の危機は経験した事がある。強い奴とも戦った。
だけど、こんな事は初めてだった。
「い、嫌……、嫌よ……私、私は彼の為に、強く……」
「気持ちは分ります。きっと今まで彼を支えてくれていたんですよね? だから私は貴女を責める気にはなれないんです」
いつの間にか聖女は私の目の前に居た。目と鼻の先に。
「ふっ、ふざけないでっ! 強者の余裕のつもりなの!?」
「……ごめんなさい。でも、本当の気持ちなんです。ありがとう」
ありがとう。
何よそれ。ふざけないでよ……。
「私はあの人のところへ行きます。ごめんなさい」
聖女が、そのか細い腕を振るう。
グーではなくて平手。
こんな時にまで手心を加えようとするなんて馬鹿だこの女。
謝らないでよ。謝ったって、許せるはずないじゃない。
「どう、して……? どうして貴女なの……? どうして私じゃないのよぉぉ!」
ほんとみっともない。
久しく忘れていた少女のような言葉で泣きじゃくって、彼女に対しての嫉妬を口にしながら私の意識は暗転した。
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