大賢者は大興奮の後不完全燃焼。


 ニポポンに到着した私を出迎えたのはゲッコウだけだった。


「……サクラコは?」


「今頃万事屋の中でお楽しみの真っ最中でさぁ」


 あの女ぁぁぁぁっ! こんな時に何考えてやがるんだ結局あいつもショコラの師匠って事か畜生!


 バァン!

 思い切り万事屋のドアを蹴り破る。

 音に驚いたメイド達がわらわらと出て来たので思い切り叫んでやった。


「サクラコオォォ! 出てこいっ!」


「おわっ、なんだい藪から棒に……現れるなりそんな剣幕で怒鳴ってたら可愛い顔が台無しだぜ?」


 サクラコは着崩れた服装を直しつつ奥の部屋から顔を出した。


「うっさいわボケェ! 早く準備しろすぐ出発だ!」


「なかなか来ないのを待ってたのはこっちだっつーのに……まぁいいさ。あたしはいつでも出れるぞ」


 サクラコを促して万事屋の外に出る。

 私の背後で「お気をつけて……」とか「早く帰ってきてくださいね?」とか聞こえてその都度サクラコは足を止めそのメイドにキスをしていた。


「早く来い!」


「はいはい。……で、まずは何処へ行くんだ?」



「とりあえず簡単な地理については頭に入れてきてある。クワッカーから魔物が居る場所の情報を貰ってその都度私が転移で連れていくからあとはどうにかしろ」


「……ちょっと待ってくれ、アシュリーは戦わないのか?」


「疲れたから少し休む。魔力貯蔵の疑似アーティファクトはコーべニアにいくつかくれてやったからな……在庫の事を考えると節約しておきたい」


 私が魔力切れなんて事になったらピンポイントで転移する事が出来なくなってかなり効率が落ちる。


「まずは北からだ。行くぞ」


 ゲッコウと合流し、すぐにニポポン最北端の村まで飛ぶ。

 既に村が襲撃を受けていて、村人達は必死にバリケードを作って侵入を防いでいる所だった。


「ここは飛行タイプは居ないみたいだから任せた。二人でどうにかしてくれ」


 数もそこまで多くないから何とかなるだろ。


「休む暇なんかないと思うぞ?」

「確かにそうでさぁ。すぐ終わらせてきやすぜ」


 二人ともなかなか言うじゃないか。

 だったらお手並み拝見と……あ、終わった。


 サクラコのよく分からん忍術で鎖を自由自在に操り、雁字搦めにして一か所に集めた所で二人が高速の斬撃を繰り出し、二桁以上いた魔物達は文字通り一瞬で切り刻まれた。


「へぇ、やるもんだ」


「お前ら! もう大丈夫だ! 謝礼は村一番の美人でいい……いてててっ!!」


「馬鹿な事言ってないで次行くぞ!」


 村人にアホな要求を始めたサクラコの脇腹を摘まんで無理矢理引っ張る。


 のんびりしてる暇は無い。


 私達はそれからも同じような事を繰り返し徐々に南下していった。


 そして。


「おい、次はベアモトだ。セスティの話じゃそこがゲッコウの故郷なんだろう?」


「ゲコ美さんが危ねぇんですかい!? すぐに行きやしょう!」


 今までとは比べ物にならない殺気を放ち始めたゲッコウに比べ、サクラコはテンションが下がっている。


「どうせカエルばっかりの国なんだろ……?」


「いや、姐さんそれは偏見ってもんですぜ。確かにあっしと同じような外見の種族が多いのは確かですが普通の人間もちゃんといやす」



「……ほう?」


 サクラコの表情が明るくなった。分かりやすいというか下衆というか……。


 げんなりしながらも二人を連れてベアモトまで転移。

 すると空にはびっしりと飛行種が飛んでいて、ベアモト城が必死に砲撃で応戦していた。

 地上も城をぐるりと取り囲まれている。


「おいおい話が違うじゃねぇかよなんでこんなに居やがるんだ……」


 クワッカーがこの状況を把握できなかったとは思えないので、恐らく別方向からの集団がここで合流した形だろう。


「二人は城の周りにいる奴等を始末してくれ。私は空の方を引き受けた!」


「あいよ」

「ゲコ美さんを宜しく頼みやす!」


 再び転移をして城の最上部まで飛び、内部へ侵入する。


「きゃっ! あ、貴女は何者ですっ!?」


「私はゲッコウの仲間だ。あんたがゲコ美か?」



「いかにも! そして俺が兄の……」


「自己紹介はいい。それより砲撃をやめろ。外の敵は私がなんとかする」


 それなりの頻度でばすんばすん砲撃が飛んでたら鬱陶しくてたまらん。


「くそう、こんな時に杓子の玉があれば機動要塞ネオベアモンで一網打尽にしてくれるものを……!」


 ……何それ。とても興味を惹かれる響きだ。


「その機動要塞ってのはなんだ?」


「む? 興味があるかね。この城は変形し戦う事が出来るように作り直した! しかし動力源が……」


「その杓子の玉ってのは特別な物なのか?」


「今はもう魔力が空っぽで……メアさんが持っている筈です」


 ゲコ美の説明で一瞬がっかりしたが、それは動力源が杓子の玉ではなく、大量の魔力、という事を指す。


 無駄な消費をしている場合じゃない。

 分かってる。分かってるけど……!

 まだ貯蓄玉あるし……!

 ちょっとくらいなら……!!


「よし私がこの城を動かしてやる! 動力室へ案内しろ!」


「そんな、人間一人でどうにかなるとは……」


「いいから! 早く!」


 動かしたくてたまらん。城が変形だと? 今それ動かさなきゃいつ動かすんだ!


「本来そこに杓子の玉を……」


 奥の動力室へ行くと丸い窪みがあった。これなら私の疑似アーティファクトを嵌め込み、そこに魔力を流し続ける事で代用が出来そうだ。


「よしよしよし……! こんな面白そうな物があるとは予想外だ。あの巨大魔導兵装は調べそこなったからな。これは自ら実践で調べてやるよ!」


 魔力を疑似アーティファクトへ流し込むと、動力室がぐごご……と振動を始める。


「本当に一人で動かすとは……! では叫ぶのです! 機動要塞ネオベアモン、発進、と!」


「いいだろう。その力私に見せてみろ! 機動要塞ネオベアモン!! 発進っ!!」


 この時の私は未知のカラクリに心が躍りすぎて冷静な判断力を失っていたのかもしれない。


 結論から言うと、ネオベアモンは起動し、城はちゃんと変形した。


 だが、元々杓子の玉というのはベアモトを納めていた血筋にしか使えない物だったらしく。その名残からかベアモンも特定の血に反応するという無駄にハイテクな技術が使われていた。


 これは後に聞かされたのだが、ここは特にメアが力を入れて再現した所だったらしい。余計な事をしてくれたものだ。


 結果、操縦したのはゲコ美。

 しかも操縦席に座ったら人が変わったように「ゲーコゲコゲコゲコヒィーッヒヒヒッ!」とかいいながら嬉々として魔物を殲滅。


 私はひたすら魔力を流し続けるだけの動力源として戦いの終わりを冷めた目で見つめ続けるしか無かった。


 こんな事なら自分で戦えば良かったと、心の底から後悔した。

 そして、ゲコ美が戦いの終わり際に「今の私の様子をフロザエモン様に言ったら……分かってますよね?」と言った時の狂気に満ちた眼が脳裏に焼き付いて気分が悪くなった。

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