元魔王は理解に苦しむ。


「ほんとマジでどうやったら諦めてくれるの?」



「この命尽きない限り俺の愛は変わらないぞ!」



「じゃあ殺せば諦めてくれるのね? 死ぬか諦めるか選んでよ」


「生きる! そして諦めぬ! 俺が勝ってお前を手に入れる!」


 ……ほんとこの熱量はどこからくるのかしら……。


「この俺が、負けるはずがっ、無いのだーっ!」



 なかなかのスピードで突進してくるマベ野郎は私に拳を振り下ろした。


 殴るのではなく、振りかぶって振り下ろした。


 つまり……。


「お前何か持ってるわね?」


 受け止めようと思ったけれど念の為一度かわす。

 すると、ズバァァァン! と氷の地表が二つに裂けた。


「なんと!? これを見切るかよ!」


「ふぅん。見えない剣か……それがアーティファクトね?」


「バレては仕方ない! これがあの方から頂いた力。これの神髄は相手に気付かれる事なく切り裂ける所にあるのだが……」


「あんな振りかぶり方したらバレバレよ。頭悪いわねぇ」


 受け止めなくてよかった。

 別にくらっても死にはしないだろうけどロザリアの剣の事もあるし念の為ね。


「貴方が剣を使うって言うなら私も剣で応戦しようかしら」


 異次元に切れ込みを入れ、その中に手を突っ込む。この感覚は未だに慣れない。


 だって向こう側に本当に望む物があるか分からないじゃない。

 いきなり向こう側から何かに手を掴まれたりしたらどうしようって少しだけ不安になる。


『あっ、それ私のよ!?』


「あんたも今は私の一部なんだからいいでしょう? 有る物は有意義に使ってあげないとね」


「……なんだ? 誰と話してる?」


「残念ながら私の中にはあんたの知らないもう一人の私が居るのよ」


「なるほど、もう一人の自分、か……ミステリアスだ……」


 気持ち悪いなぁ。なんで何を言っても私に対する好感度が上がって行くんだ。


 それにしてもこいつ私がこんな事じゃ死なないって分かってやってるのかしら?


「あの剣撃を私がまともに受けて死んでたらどうする気だったのよ」


「ん? いや、お前ならあのくらい簡単に避けるだろうと思ってな。それに……」


 その妙な信頼はなんなんだ。


「万が一死んでしまっても亡骸を一生愛する自信があるからな」


『「うげっ」』


 私とロザリアの声が被る。


 私は正直言うと、こいつの事は本当に気持ち悪いし死ねばいいとは思うけど、どうしても殺したいというほど憎くは無かった。


 一応私の事好きって言ってたわけだしね。

 でもダメ。


 殺してしまったら死体を一生愛するとか言い出した時点でマジ無理。こいつは殺しておかなきゃいけない奴だ。


「おや、心なしか殺意が強くなった気がするな」


「あら、気付いちゃった? 猟奇的な部分を垣間見て本気で殺そうと決めたのよ」


「そうかそうか。本気を出してくれるのならばこちらもやり甲斐があるというものよ! しかし簡単に勝てるとは思わない事だな!」


 ……楽観視しているわけじゃない。

 だけど……。


「いくぞ!」


 マベサイコ野郎が見えない剣を振り回す。

 刀身の長さが分からないので注意が必要だけれど、こちらも剣を手にしている以上遠慮する必要は無い。


「ごめん、やっぱり負ける気はしないわ」


 だってわざわざ刀身が見えなくする事で勝とうとするような剣と、ただただ相手を殺す事に特化した剣の戦いでこちらが打ち負けるはずがないじゃない。


 ずばんっ!


 思った通り、一瞬腕が重たく感じたけれど問題無く相手の刀身を切り裂き、こちらの剣がマベ野郎の身体を斜めに切りつける。


「ぬおっ!?」


 派手に血を噴き出して氷の上を転がったが、すぐに体制を立て直して飛び起きる。


 一撃でって訳にはいかなかったわね。


「素晴らしいっ! 素晴らしいぞっ! ますます俺の物にしたく……」


「うるさい」


 予め剣を振り上げておいて、振り下ろしながら転移。


「ぐあっ!?」


 ちっ、掠めただけか。


「ふふ、ふははは! 強い……強いな……! しかし俺には奥の手がある!」


 ボンッ! という音を立ててマベの身体が膨れ上がった。身体が二回りくらい大きくなる。


「デカくなればいいってもんじゃないでしょうよ」


「大きくなるだけではない! 俺の命のエネルギーをパワーに変換する特別なアーティファクトだ! 力も! 早さも! 数倍数倍っ!」



 アーティファクトを複数所持していた!?


 目で追う事が出来ない程の連続攻撃。

 でも、こいつの攻撃は全部直線的だからなんとなくの勘で大抵防ぐことが出来る。


 良くも悪くも馬鹿正直な奴だ。


「そんな戦い方してたら死ぬわよ? 命を使い潰してるんでしょう?」


「心配してくれるのか!? しかし俺は、命をかけてでもお前を倒したい! 俺の物にしたいのだ! もっと、もっとくれてやる! 俺に力を!!」


「……馬鹿ね」


 背後から突進してくる気配を感じた私はあらかじめ閃光を放ち相手の目をくらませて、ただゆっくりと剣を前に突き出した。


「ぐぶっ……まだ、まだぁっ!!」


 驚くべき事に腹にあの剣が突き刺さり、周囲の細胞を削り取られながらも更に加速。

 寿命を餌にして爆発的な能力を得るアーティファクト……完全に使い捨ての道具にされているのになんでこいつはこんなに必死なの?



 目の前から突っ込んでくるのが分かっていたのに早すぎて避けられないし受けようとしても力が強すぎて氷の地表に叩きつけられてしまった。


「ぐあっ!」


 私をまたぐ形であいつが大きく振りかぶる。


 間に合わないっ!


 ぶおんっ!


 奴が私に見えない剣を振り下ろした。


「……え?」


 私は一瞬、覚悟したのだが……なんとも無かった。


「ふ、ふふ……そういえば、この剣はさっきへし折られていたんだったな……刀身の状態が自分でも見えないってのは……不便、なもんだ……ごぼっ……」


 奴の吐き出した血液が私に降り注ぐ。


「あんた……」


「いい、分ってる。それより……俺は強かったか?」


「……ええ、負けちゃうかと思った」


「そう、か……そりゃ良かった。なぁ、頼みがあるんだ、名前を……教えてくれないか」


 男ってどうしてこう馬鹿ばっかりなのかしら……。


「私の名前はメアリー。メアリー・ルーナよ。覚えておきなさい」


「……」


「聞いてるの?」


「……」


 ほんと、馬鹿ばっかり。

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